サッカー

2015年4月20日 (月)

バルセロナ  カンプ・ノウ

カンプ・ノウ(カタルーニャ語: Camp Nou、発音はカム・ノウ [kam ˈnɔw])は、サッカー専用スタジアムで、
ご存じFCバルセロナのホームスタジアムである。
一般的には「新しいスタジアム」を意味するカンプ・ノウと呼ばれている。

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2014年4月27日 (日)

「SAYONARA 国立競技場」

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さて、相変わらず「更新」が滞っており、まったくもってタンザニアのイカンガーなのだが・・・・
気を取り戻していきませう。

東京オリンピック招致が「オ・モ・テ・ナ・シ」効果により功を奏したかどうかは定かではないが、
無事に決定し日本中がその興奮の余韻を楽しんでいる間もなく、功労者である猪瀬知事が唐突に湧き出た
資金提供問題で辞任しその後任に舛添要一氏がなったのだが・・・
オリンピックのメイン会場である新国立競技場のデザイン・コンペの結果を巡って賛否が議論されている。

設計者はアノ!アンビルトの女王、ザハ・ハディドである。
そのあまりにも大胆奇抜なデザインのためコンペで優勝するも建設するのが困難なため多くのプロジェクトが見送られてきた。
故にアンビルトの女王、つまり建設されることがない“女王”という有難くない称号が付けられてしまったのだが、
時代とテクノロジーの進化がようやく追いつき最近では多くの建物が建設されている。

で、新国立競技場のデザインなのだが、個人的にはザハさんのデザインにはチョット抵抗がある。
というよりは“あの”場所に“その”デザインで建てて欲しくはない、というのがワタクシの率直な気持ちであり、
そういう意味では異論を提起している槇文彦さんと同じ意見なのである。
埼玉や神奈川の郊外に建つならあのデザインでもいいと思うが“あの”場所はイカン!
そして大きすぎる。オリンピック開催中は仮設スタンドで十分である。
明治神宮外苑という場所柄を考えても緑と調和するデザインが良いと思う。
いみじくも槇さんは「将来的に建物が緑で隠れることを願う」と結んでおられたが、
まったく同じ気持ちである。

現在の国立競技場は今年の7月から解体工事が始まるということで“お別れ記念イベント”が多く開催されている。
その一環で「スタジアムツアー」が再開されており、国立競技場の姿を焼き付けておこうと先月一時帰国した際に
時間をやりくりし「スタジアムツアー」に参加してきた。
開催期間も少なくなり日曜日ということもあり、ツアーガイドのお姉さんもビックリするほどの大勢の人々が詰めかけ、
お姉さん曰く「こんなに多くの参加者数は初めてです」
通常は午前、午後の計2回のツアーなのだが、この日は参加希望者が多かったので午前中だけでも2回行われていた。

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「優勝者の碑」
国立競技場正門側の国旗掲揚等部分の下側には、第18回オリンピック競技大会優勝者の名前が競技ごとに彫られている。

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メインスタンドから見て左手にある「織田ポール」
オリンピックにおける日本人初の金メダル獲得という偉業を記念して、
国立競技場開場年である1958年、トラック内に優勝記録と同じ長さの高さ15m21cmのポールが立てられた。
まぁ、観客席からの視線上にあるため邪魔だという意見もあり、またコンサート会場として使用する場合にも
このポールがあると使いづらい。で、スマップのコンサートを開催するにあたりジャニーズ事務所より要望があり、
切り離される仕様に変更された。
なお、このポールは新国立競技場にそのまま移設されることが決定している。

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また敷地内には「出陣学徒壮行の地」の記念碑もあり、
これも敷地内で適切に保存されることが決定している。

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メインスタンド上部中央部にはロイヤルボックス(34席のロイヤル席)があり、その両側に大きなモザイク壁画が施されている。
向かって右側がギリシャ神話の「勝利の女神」で左側が相撲の祖といわれている「野見宿禰(のみのすくね)」である。
この一対でスポーツの象徴である「美と力」を表しているという。

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ギリシャ神話の「勝利の女神」の名は「ニケ(Nike)」で英語での読み方は「ナイキ」。
右手に勝利と栄光のシンボル「月桂樹」、左手には平和の象徴「オリーブの枝」を持っている。
そしてあのアメリカのスポーツメーカーの名前の由来になっている。

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で、興味深いのが「野見宿禰(のみのすくね)」である。
垂仁天皇の命により当麻蹴速と角力(相撲)をとるために出雲国より召喚され、
蹴速と互いに蹴り合った末にその腰を踏み折って勝ったという。
ほう、、当時の相撲は蹴り合ったのか・・・・キックボクシングか!?
まぁ、蹴り合いといえばサッカーもある意味蹴り合いのスポーツ?である。
ということで国立競技場が何故サッカーやラグビーの聖地と呼ばれるようになったのか?
チョット納得したのである。

そう「国立競技場」は日本サッカーの聖地なのである。
日本代表の試合、天皇杯、高校サッカー、日韓定期戦、ペレの引退試合、釜本の引退試合、
そして「トヨタ ヨーロッパ/サウスアメリカ カップ」通称「トヨタカップ」などなど。

オベラーツ、ベッケンバウアー、ペレ、クライフ、キーガン、ジーコ、ジダン、ベッカム、
ロナウド、ロベカル、他大勢の有名選手のプレーをここで観てきた。

今では信じられないが最初の頃の「トヨタカップ」ではスタンドはガラガラで空席が多かった。
テレビで海外サッカーを唯一放映していた「ダイヤモンドサッカー」。
サッカーがマイナーだった時代。そしてワールドカップは夢のまた夢の時代。
横浜の三ツ沢競技場で行われた「ヤンマー対三菱重工」戦の観客数はわずか400百人たらずだったが
国立競技場で行われた試合には40,000人の観衆を集めた。
まさに国立競技場はサッカーの聖地なのである。

このサッカーの聖地での試合で一番記憶が鮮烈なのが1972年のペレの引退試合でペレはこの試合で2ゴール決めている。
特に2点目はスッポンマークの山口を背にボールをトラップ、浮かせて反転、マークをはずし、ヘッドで押し出し、
左足ボレーでゴール左隅上部のネットを揺らした。
ペレをして「生涯最高のゴール」と言わしめた実にファンタスティックなゴールである。
実はこの試合は競技場で観ていない。
テレビ観戦なのだがズームレンズの中で躍動するペレのプレーにしばし唖然としたものである。

その国立競技場、正式には「国立霞ヶ丘陸上競技場」が取り壊される。
内部の施設も見学してきたが、いく度かの改修工事のおかげでまだまだ使える。
大規模な改修工事で保全できないものだろうか?無理だろうな・・・建て直す方が簡単だろう。
2020年ではどのようなスタジアムで開会式を迎えるのか?
願わくばその数十年後には緑で覆われたスタジアムであってほしい、と切に願う今日この頃なのである。

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2011年7月20日 (水)

なでしこジャパン優勝!

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なでしこジャパンの決勝戦は「Key Hole TV」にて観戦。
映像も音声も途切れ途切れで流れてくる。
しかし、その臨場感は確実に伝わって来る。

追いつき、追い越され、そしてまた追いつく。
途切れた映像を閉じた網膜の中でイメージする。
しかし、澤選手の2点目だけはイメージ出来なかった。
後で録画を観て驚愕した。
強いニアへのボールに対してあの一点でアウトサイドで合わせるという、奇跡的、そして芸術的なイマジネーションの高いシュート。
久々に見たファイン・ゴールだ。
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今回のなでしこジャパンには何か大きな力が後ろ盾しているような気がする。
団結力と試合ごとに成長する力?
震災で萎縮している日本を励ましたいという強い感情なのか?
それともサッカーの神様?
いや、全部だ!!
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「撫子ーなでしこ」は本来は花の名前。平安時代に中国から別種の「撫子」が入ってきて、それと区別するために日本原産の「撫子」を「大和撫子」と呼ぶようになった。

可憐な花だったことから女性を比喩する言葉として和歌に詠まれており、江戸時代に入り女性を賞賛する言葉になった。 そして平成の世、日本女子サッカー日本代表は「世界へ羽ばたけ」という意味を込めて「なでしこ」に「ジャパン」が付けられた。

そのなでしこジャパンは7月18日に今まで誰も見たこともない金の大輪を咲かせたのである。

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2010年7月 2日 (金)

PK考

ワールドカップにおけるPKでは数々のドラマを生んできた。

特に1994年のアメリカワールドカップ大会での決勝は史上初のPKによる決着となった。
その記憶が思い浮かぶ。

イタリアvsブラジル

イタリアは1人目のバレージが失敗。ブラジルがリードを保ったまま、最終キッカーで
あるロベルト・バッジオの蹴ったボールはゴールポストの上を飛んでいった。
そしてイタリアは優勝を逃した。

この時のバッジオの言葉・・・
「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」
そして
「PKを決めても誰も覚えていないが、外したら誰もが忘れない」
は今でもPK戦を見るたびに思い出す。

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そしてバッジオだけではない。ワールドカップではジーコも外し、プラティニも、
ストイコビッチも、そしてマラドーナでさえPKを外している。

ストイコビッチは1990年イタリアでのワールドカップ大会の準々決勝の
対アルゼンチン戦でのPK戦で外している。
この時の監督は元日本代表監督のオシムさんでユーゴスラビアを指揮していた。
当時のユーゴスラビアは祖国崩壊の一歩手前だった。

選手達は民族代表としての責務が大きく圧し掛かっていた。
PK戦が決まった時、2人の選手を除いて皆スパイクを脱いでいた。
そして選手達は監督に言った。
「監督、どうか、自分に蹴らせないで欲しい。」

誰が蹴って誰が外したか、それが争いの原因とされるが嫌だったのだ。

オシムは言う。
「お前らとにかく誰かが蹴らないと負けるぞ」
そして5人を決定するとプレーを見ずベンチからロッカールームへと消えた。
「あんなものはクジ引きみたいなもの。私は自分の仕事をすべてやり終えた」
PK戦を制したアルゼンチンはこの大会準優勝する。

駒野はオシム監督の時代からPKを外したことがなかった。
今回はPKという勝負では負けたが、サッカーでは負けていなかった。
そしてこれからもPKを名乗りを上げて蹴りに行くという。

また、バッジオの言葉が蘇る。
「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」

オシムさんはPK戦廃止論者である。
ワタクシもPK戦廃止論者である。
そして、勝負はサッカーで決着をつけてもらいたいと願う今日この頃なのである。

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2010年6月27日 (日)

オランダvs日本

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ワールドカップの熱戦の真っ最中である。

ワタクシ、40年以上のキャリヤを誇るサッカーファンである。
そしてワールドカップに関しては36年来のオランダ・サッカーフリークでもある。
日本代表を応援はしていたが、1970年代、当時の日本サッカーの実力ではワールドカップは夢のまた夢・・・
横浜の三ツ沢競技場で行われた日本リーグ・ヤンマー三菱戦の試合の観客数が400名とかいった時代である。
サッカーの人気は低迷していた。
そして月日は流れ、ドーハの悲劇、野人岡野のシュート、フランス大会、日韓大会、ドイツ大会と日本代表の記憶の連鎖が始まる。
この間も日本代表を応援しつつもオランダ代表を応援していたのである。

思えば1974年の第10回FIFAワールドカップ西ドイツ大会は今でも夢のような出来事だった。
そしてこの大会でサッカーの常識が覆させられる革命がおきたのである。
オランダのトータル・フットボールである。(ローティーション・サッカーともいわれた)
まぁ、これはあまりにも斬新・革新的なため適切な語彙が思いつかずサッカー記者達が作った造語だと思うのだが・・
そしてこのトータル・フットボールの中心がヨハン・クライフである。

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彼を中心に流動的にポジションをチェンジしつつ、前線から強烈なプレッシングをかけ(時には3人でボールを奪いにいく)、
そしてボールを奪い、サイド攻撃からゴールを奪う。
分業制だったサッカーのポジションの概念が覆させられたのである。
全員守備・全員攻撃、ポジション・チェンジ、ゾーンプレス、オフサイド・トラップ・・・
現代サッカーでは常識となったこれら戦術は全てこのオランダが原点である。

一次リーグを圧倒的な強さで突破したオランダは、二次リーグでもアルゼンチンを4-0、ブラジルを2-0で撃破、特にブラジルの息の根を止めたクライフの2点目のジャンピング・ボレーは歴代の名ゴールとして余りにも有名である。
このジャンピング・ボレーとフライニング・ダッチマン(空飛ぶオランダ人)も固有名詞として完全に定着してしまった。

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しかし、決勝戦でオランダと対決した西ドイツはこの完全無敵のトータル・フットボールを封じ込めてしまったのである。
話は簡単で、スッポン・マークで知られたフォクツにクライフを完全にマークさせたのである。
このマークは徹底しており、クライフがピッチの外に出てスパイクのヒモを直している時も片時も離れずマークしていたくらいで、これはあまりにもやりすぎではないか?とサッカー雑誌に批判の投書があったが、サッカーを捨てて?勝負にこだわった地元西ドイツの苦肉の策なのである。
そしてオランダは1-2と破れ準優勝、1978年のアルゼンチン大会もアルゼンチンに破れ準優勝。
この2度の準優勝がオランダのワールドカップでの最高成績である。

その後のワールドカップではあまりいいところがなく、今回のオランダチームに十分に期待しているのである。
で、そのオランダ代表と日本代表が今回のワールドカップの大舞台で試合をするという!!
これはオランダサッカーの洗礼を受けたワシらの世代にとっては実に感慨深いものがある次第。

まぁ、結果は0-1の惨敗だったが、収穫はあったのでは?
その結果がデンマーク戦での3-1というスコアに表れている気がする。

そして日本代表は決勝トーナメントでパラグアイと対決する。
パラグアイといえば最も有名なのがホセ・ルイス・チラベルト(GK)でしょう。
今はいないか・・・
で、日本代表には是非この試合に勝って出来れば決勝でもう一度オランダと対決してほしい!

1970年代当時は日本がワールドカップに出るのがワタクシの夢だったが、
今は決勝でオランダと対決するのがワタクシの夢である。

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2010年6月19日 (土)

ドバイ・ワールドカップ諸事情

日本vsカメルーンは岡ちゃんの采配?が見事に的中し??1-0で日本の勝利!!!
ワタクシ達は行き付けのPUBで観戦。日本の勝利にビールがウマイ!!!
で、開幕戦の南アフリカvsメキシコは宿舎のTVでビールを飲みつつ観戦した。
が、しかし前半戦の途中から放映が中断してしまった!

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そして、翌日の新聞には「放送が妨害された!」という記事が掲載されていた。
イヤイヤ、衛星の中継技術上の問題ではないか?とワタクシは思っているのだが、
まぁ、、放映妨害も考えられないことではない。

で、翌日のアルゼンチンvsアルジェリアの試合も放映が中断したという
スポーツ・パブの陰謀説?などもないわけでもないが、
事が大事すぎるのでこれは有り得ない。

ここドバイではどこでワールド・カップを観戦するのか?
普通はホテルに併設されているバーやパブで観戦するのがビールを飲みつつ
観戦出来るので良い。
ほろ酔いも手伝い実に盛り上がる!!

そして酒は提供できないが大きなスクリーンで観戦したい御仁達には
映画館に行ってもよい。
また、ドバイ・モールではスケートをしながら観戦!できる。

   Photo

昨日のドイツvsセルビアはここドバイモールでコーヒーを飲みつつ観戦した。

さぁ!!今日の日本vsオランダはどこで観戦するか?
やはり行き付けのパブが一番落ち着いていいのかもしれない。

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2008年12月21日 (日)

FIFAクラブワールドカップ ジャパン 2008

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今日は横浜国際総合競技場で FIFAクラブワールドカップ ジャパンの「3位決定戦」及び「決勝」が行なわれた。
先日(18日木曜日)マンチェスターユナイテッドと激しい打合いの末前代未聞の5対3で敗れたガンバ大阪はパチューカに1対0で辛勝。
決勝はマンチェスター・ユナイテッドがリガ・デ・キトを相手にロナウドの軽く流したパスにルーニーの技ありシュートが決まりこの1点を守りきり優勝した。

観客の殆んどの日本人がマンUのにわかサポーターでまるでマンUのホームゲームかな、と思いきや、双方の素晴しいプレーに素直に拍手していた。
ほんと皆さんサッカーが好きなのね。
でも今日はロナウドさんは両手を上に上げる“ダメだなぁ”的ゼスチャーが多かったなぁ・・・

それにしても今日は暑かった!?
寒さを予想して少々厚着していったら汗がダラダラ・・・
日中の最高気温は20℃近くあったかもしれない。
こんなに暑かった過去のトヨタカップ?はワタクシの記憶にありません。

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2008年11月14日 (金)

FIFAクラブワールドカップ ジャパン 2008

昨日のキリンチャレンジカップは格下シリアに3-1でかろうじて勝利したが、まぁ課題
は多く来週のアウェイでのアジア最終予選カタール戦(19日)は苦戦が予想される。

そんな不甲斐ない代表とは別にクラブチームはガンバっている。
で、今年のアジア王者は“ガンバ”ったガンバ大阪で去年は浦和レッズであった。

そのガンバ大阪は来月開催される“FIFAクラブワールドカップ ジャパン 2008”にアジ
ア王者として出場する。
そして順当にいけば準々決勝でヨーロッパ王者であるアノ!マンチェスター・ユナイテ
ッド(イングランド
)と対決する。
これは非常に楽しみである。

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マンチェスター・ユナイテッドは昔から好きなチームでジョージ・ベスト、スティーヴ
・コッペルなど懐かしの名前からデビッド・ベッカム、そして最近ではクリスティアー
ノ・ロナウド
がいて伝統の背番号7を付けてプレーしている。
クリスティアーノ・ロナウドはポルトガルの将来を担う若きスタープレイヤーであり、
代表チームでもフィーゴの7番を継承している。
彼がどんなプレーを見せてくれるのか?オジサンは期待しているのだよ。

思えば一昨年のクラブワールドカップでは期待していたバルセロナのロナウジーニョが
あまり活躍せずインテルナシオナルに 1 - 0で負けている。
寒い中、ロナウジーニョの活躍を期待したが、座った場所はインテルナシオナルの応援
席の中!
場の空気の流れで必然的にインテルナシオナルを応援せざるを得なくなり終わってみれ
ば 1 - 0の勝利で周りのブラジル人達と勝利の喜びに浸り改めてサッカーの素晴らしさ
にカンドーしたのである。

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今年は12月21日(日)に横浜国際総合競技場で「3位決定戦」と「決勝」が行われる。
まぁ、決勝はリガ・デ・キト(エクアドル)VS マンチェスター・ユナイテッドという
順当な組合せになると予想されるが、ガンバ大阪にも“ガンバ”ってもらいたい。
オジサンは遠藤とクリスティアーノ・ロナウドの活躍に期待しています!

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2008年6月16日 (月)

驚異の「オレンジ軍団」

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土曜日の早朝、眠気と戦いながらユーロ2008のフランスvsオランダ戦を観る。
そしてオランダの破壊的な攻撃力に眠気をぶっ飛ばされる。

試合はオランダが4-1で快勝し、2連勝で早々と準々決勝進出を決めた。

その前はイタリアにも3-0で快勝した。
そして、イタリアに勝利したのは実に30年ぶりのことである。
イタリア、フランスとも開幕前の下馬評では優勝候補である。
その2カ国を相手に合計7点を取ったオランダの攻撃力は驚異的である。
特にイタリア戦での2点目は今のオランダサッカーを象徴しているような「美しいゴール」であった。
スルーパス、クロス、その折り返し、そしてスナイデルのボレーシュート!

実はワタクシ、1974年の西ドイツワールドカップ以来のオランダ・サッカー・フリークなのである。
この時の対ブラジル戦ではスピードある2ゴールでブラジルを粉砕した。この時のゴールシーンは今でも瞼の記憶に残っている。しかし決勝では惜しくも西ドイツに敗れてしまった。しかし、ヨハン・クライフを中心としたトータルフットボール、またローティーション・サッカーとも呼ばれる戦術でサッカー界に革命を起こし、その後の世界のサッカー戦術を一変してしまったのである。

オランダサッカーはユーロ1988ではファン・バステン、フリット、ライカールトのいわゆるミラントリオを擁するチームで参加し、準決勝で仇敵西ドイツを下し、決勝ソ連戦では今尚語り継がれるファン・バステンのボレーシュート等で勝利し優勝した。これが現在に至るまでのオランダ代表の唯一の国際タイトルである。しかしこのチームでもイタリアW杯では勝てなかったのである。

今年のユーロはオランダが熱い!
今までのワタクシの不満を一掃して対戦相手を撃破してほしいと、熱く想う今日この頃である。

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2008年2月 8日 (金)

サッカー日本代表を応援する

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先日、2月6日のサッカーワールドカップ3次予選のタイ戦は4-1で日本が勝った。
が、しかし相変わらず流れの中での得点はなかった。
3点はセットプレーからで、残りの1点は相手のクリアーミスからのタナボタゴール。
まぁ、勝ったからいいようなものの、最近の日本の観客のモラル?の低下ぶりには嘆か
わしいものがある。

タイの選手がボールを回しただけでブーイング、いつからこうなってしまったのか?
思えば10年前のフランス大会予選でマレーシアのジョホールパルで日本がワールドカッ
プ初出場を決めたが、
この時の日本のサッカーには夢と希望があった。
そして、サポーターの応援歌「翼をください」大合唱は、すごい迫力と感動を与えてく
れた。

2002年の日韓共同開催の時でも日本の観客のマナーの良さには各国メディアが絶賛して
いた。
それがいつの間にかこうまでモラルが低下してしまったのだろうか?

サッカーのプレーの良し悪しには関係なくただ勝てばいいのだろうか。
何だか、自身の欲求不満のはけ口をサッカーに求めているだけのような気がする。

かくゆうワタクシ自身も年齢共にサッカーに対するパッションの低下は確かにある。
これではイケナイ!スキとヒマを見つけて日本代表をスタジオで応援しようと思う、
のと同時に1997年のフランス大会予選での「翼をください」の大合唱が懐かしいと感じ
る今日この頃である。

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