建築

2017年9月24日 (日)

「四四南村」

台北に来て早5か月が過ぎようとしている今日この頃ですが、
ワタクシまだ故宮博物院も台北101もまだ訪れたことがないのである。

まぁ、東京人が東京タワーに行ったことがないということと
同じ理屈でいつでも行けるという安心感?からか
遠くにはイソイソと出かけるが近場は遠慮してしまう傾向がある。

台北101もまだ訪れたことがないと記したが、これは展望デッキまでは行ったこと(上がった)がないという意味で、
地下や周辺ご近所には幾度か訪れたことがある。

で、今回はそのご近所である「四四南村」のスナップである。

「四四南村」とは元々「四十四兵工場」という武器工場で働いていた外省人たちとその家族が暮らせるようにと
政府より準備された場所のことで、現在ではリノベーションされカフェレストランやショップ、
そして「眷村文物館」という特別展示会館として利用されている。
台北101にも近いので台北今昔を対比・象徴させるフォトスポットしても面白い場所でもある。

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2017年9月10日 (日)

青田茶屋

隙と暇あればビールばかり飲んでいるワタクシだが、
たまには茶でも所望し精神を落ち着かそうとランチの後に向かったのは
永康街の先にある「青田茶屋」である。

こちらも日本家屋をリフォームした茶屋である。
お値段は多少高めだが読書でもしながらのんびりと茶を嗜むには
良い空間である。

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2017年9月 2日 (土)

アントニオ・ガウディ展 at 華山1914文創園区

次は「華山1914文創園区」で開催中のアントニオ・ガウディ展

このアントニオ・ガウディ展は開催されて間もないことからかなりの人気で
チケット売り場に行列ができるほどである。

展示内容はワタクシが今まで観てきたガウディ展以上の展示はなかった。
以前東京都現代美術館で開催された「ガウディ かたちの探求」展はCGを駆使し映像で
理解できる優れた内容だったのでこれを上回る展示内容を期待していたのだが
サグラダファミリアの資料室にあるような展示品を並べていたのがチョット残念である。

まぁ、本物を観てきた身からする物足りないのは致し方ないことなのかもしれない。

それにしても台湾におけるガウディ人気の高さを実感した今日この頃なのである。

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2017年9月 1日 (金)

ザハ・ハディッド展 at 松山文創園区

台湾の人々の建築に対する情熱というか想いは深いものがある。
そんな建築に対する想いを象徴する催しが開催されている

「松山文創園区」ではザハ・ハディッド展、
そして「華山1914文創園区」ではアントニオ・ガウディ展である。

まずは「ザハ・ハディッド展

新東京国立競技場のコンペで波乱を巻き起こしたザハおば様だが、昨年の3月30日に心臓発作のため死去している。
実に早すぎる旅立ちで残念でならない。
もっと長生きして我々の度肝を抜くような建築を作って欲しかった。

で、彼女の功績を称えるために「松山文創園区」で開催されているザハ・ハディッド展に赴く。

全体的にこじんまりとした展示だが彼女の漲る創造力には驚かされずにはいられない今日この頃である。

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新国立競技場はかなり小さめのホワイトモデルで展示

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2017年8月30日 (水)

「宏国大楼」

イヤイヤ・・チョット気を許すとブログ更新が1ケ月以上もないとは・・・
全くもってタンザニアのイカンガーなのだが、ネタは蓄えてある。
まぁ、あることはあるのだが、台湾の暑さでモチベーションと気力?がチョット低下していたのと、
本来持っている怠慢さ故なのだが・・・・
気を取り直し徐々に再開していきませう。

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住んでいるアパートの近所にガンダム?みたいな建物がある。
この建物は「宏国大楼(ホングォダーロウ)」で台湾を代表する建築家、李祖原の代表作だと
知ったのは大分経ってからである。
建っている場所は松山空港に近いため高さ60mという制約があり、この制約の中でいかに
クリエイティブかつ中国文化の抽象的なイメージを現代の建築材料で作り出すか、
苦労したという。

ポストモダン建築に台湾スタイルを盛り込んだ李祖原のデザインに
何故か懐かしさを感じてしまうのである。
竣工は1989年。
アンカーテナントは日本のMIZUHO銀行で漢字で「瑞穂銀行」という看板が掲げてあるが、
何故か違和感を覚えるのはワタクシだけだろうか・・・・

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2017年7月23日 (日)

青田七六

台北の路地をさ迷い歩いていると日本統治時代の日本家屋に出くわすことがある。
という冒頭で始る「中山18」の記事を先日アップしたのだが、
「青田七六」もまぁ似たような経緯でカフェ&レストランにリフォームされた日本家屋である。

詳しい説明はコチラ↓
「青田七六」
http://www.taipeinavi.com/food/719/

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で、肝心の料理はというと・・・
注文したのが「白身魚の塩焼き」なのだが出来るのは照り焼きだという。
仕方がなく了承し運ばれてきたのがこちらである。

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まぁ見た目はいいのだが実にあっさりとした味付けなのである。
素材の良さを引き出す調理法か?と思いきや素材の良さがわからない。
身は固く、出汁は効いておらず、塩気も足らない。
ただひたすら淡白な味付けにしようと努力?しているのである。

実に不思議な日式料理を体験した今日この頃である。

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2017年7月13日 (木)

「中山18」

台北の路地をさ迷い歩いていると日本統治時代の日本家屋に出くわすことがある。
廃墟になっている家屋やリノベーションしてカフェや雑貨店に見事に変身した家屋もある。
中山18」もその一つである。

で、これらのプロジェクトを立ち上げたのは台北の若者達である。
以前紹介した「松山文創園区」や「華山1914文創園区」も日本統治時代の工場を再利用している。
イヤイヤ、台湾のお方の日本建築を保存し再利用するという熱意にはオジサン感服島倉千代子?である。

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2017年7月12日 (水)

龍山寺

古き良き台湾の雰囲気を堪能しようと龍山寺を訪れる。
正式名称は「艋舺龍山寺(マンカーロンシャンスー)」、艋舺は現在の萬華地区の意味で台北発祥の地と言われている。
まぁ、商業が発達したのが先日記事にした「迪化街」ならここは神頼みの聖地である。

とにかく台湾のお方の神頼みにたいする情熱、熱意には気迫が籠っている。
我々日本人は古来から八百万の神を信仰するDNAを持っており、淡々粛々と参拝をするのだが、
台湾のお方は「俺の(私の)頼みを聞け!(聞いて)」と一心不乱に祈っている。

まぁ、文化、歴史、宗教感が異なるので比べることは出来ないが、
その一途な姿勢・態度がワタクシには何故か?微笑ましくもあり新鮮なのだ。

で、その熱い神頼みの聖地の周りにはその熱い神への想いにあやかり?
便乗しようとする出店やら商店が集まっている。
その雑多さが何とも言えず古き良き台湾の雰囲気を醸し出している。

「艋舺龍山寺」界隈で台湾の生き様のバイタリティを感じた今日この頃である。

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2017年6月19日 (月)

国立成功大学建築学部作品展

「松山文創園区」の展示スペースでは国立成功大学建築学部作品展が催されていた。
ちなみに名前の由来は台湾の民族的英雄で台南を中心に活躍した「鄭成功」から命名されており、
国立の総合大学で台湾の京大とも言われている。

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イヤイヤ・・若いパワーを感じますな・・・

ところで台湾で人気がある日本の建築家は伊東 豊雄サン。
ちなみに丹下サンも人気がある。

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2017年6月17日 (土)

「松山文創園区」と「華山1914文創園区」

台湾では梅雨が明けたと思ったのだが、
先週から曇天続きで週末は雨。

まぁ、部屋にいてビールでもの飲みながらPCで映画を観てもいいのだが、
雨降りでもインドア・イベント?なら楽しめるだろうということで、
重い腰を上げて小雨の降る中を出かける。

向かった先は「松山文創園区」と「華山1914文創園区」である。

「文創」とは文化創意の略で、まぁ早い話がアート・イベント空間のようなもので、
どちらの建物も日本統治時代のもので「松山文創園区」は1937年に建設された「松山煙草工廠」を、
「華山1914文創園区」は「日本芳釀株式會社」後に「台灣總督府專賣局台北酒工廠」を
リノベーションしたものです。

「松山文創園区」

「松山文創園区」の前身である「松山煙草工場」では「工業村」という、職場を1つのコミュニティのように捉える考え方を取り入れており、
工員の福利厚生や工場の環境設備を非常に重視し、託児所や大浴場や西洋式庭園を作ろうとしたのである。
で、当時の日本内閣は官員を欧米へ2年間派遣して、最終的に本と西洋の建築特徴を合体した建物を設計し、
「工業村」の概念を形にしたのである。
そして、松山煙草工場は台湾初の現代化専門紙巻タバコ工場となったのである。

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「華山1914文創園区」

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「松山文創園区」では大学の建築学部の作品展が、
「華山1914文創園区」ではポール・スミス、レゴ、そして渡辺直美の企画展が催されていた。

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詳しく後日に記事をアップしませう。

追伸:日本には立派な新国立美術館があるが、ワタクシ個人的には「華山1914文創園区」の方が好みである。

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