書籍・雑誌

2009年8月20日 (木)

水戦争

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水戦争―水資源争奪の最終戦争が始まった (角川SSC新書) (新書)
柴田 明夫 (著)

地球から水がなくなる・・・世界で起こる水戦争とは?

石油の高騰などよりも、最も懸念すべき資源の問題は、世界的な水不足。やっかいなのは石油や石炭などの資源と違って、水には代わりになるものがない。

最近の国連の報告書によれば、「2025年までに世界人口の半分に当たる35億人以上が水不足に直面する」恐れがあるという。

水問題の専門家、ピーター・H・ブライク博士によれば、「人間が生存するには1人1日当たり最低50?の生活用水が必要だが、平均してそれ以下の生活用水しか使用できない国が55カ国もある」。
    
実際、現在、世界人口の2割に当たる12億人が不衛生な水しか飲めない生活を強いられている。

実際に、ヨーロッパ、インド、アフリカ、アジアなどでは複数の国家をまたいで流れる「国際河川」での開発や取水をめぐる紛争が起きている。
(例)コロラド川(アメリカ・メキシコで水の過剰利用と汚染)
   ヨルダン川(イスラエル、ヨルダン、レバノン他で水源地域の所有と水配分)
   チグリス・ユーフラテス川(トルコ、シリア、イラクで水資源開発と配分)
   漢江(韓国・北朝鮮でダム建設と環境)
   ナイル川(エジプ、スーダン、エチオピアによるダム建設と水配分)
   ドナウ川(スロバキア、ハンガリーによる運河の為の水利用)など

中でも、水資源の利用量が世界の他の地域と比べて圧倒的に高いアジアで今後、水戦争が頻発する危険性が高い。

コンビにでは500mlのペットボトルの水が100円以上する。
確かに今では水は石油より高い?かもしれない。
水は大切に使わなければならない、と痛切に感じた今日この頃である。

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2009年8月 3日 (月)

御乱心

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御乱心―落語協会分裂と、円生とその弟子たち (単行本)
三遊亭 円丈 (著)

シュールな三遊亭 円丈の落語に誘われて落語にハマってしまったワタシ。
最近では落語そのものにも興味を覚え、関係する資料などを読んでいる。

で、この「御乱心」は昭和53年に起こった落語協会分裂騒動に翻弄される“円生とその弟子たち”を当事者であった
三遊亭 円丈自ら筆を取り一気に書き上げた顚末記である。

登場人物の名前は全て実名で、架空の人物は一切出てこず、著者によれば95%は事実で残りの4%は細かい言い回しや構成順序の僅かな違い、そして1%はギャグとの事である。

しかし、当時の人間模様のドロドロさは鬼気迫るものがある。
特に円楽に対しては、私怨が籠っているだけに迫真の描写で赤裸々に綴られている。

ワタクシ、「笑点」という番組が好きにはなれなかったが、今思えば“円楽”が好きになれなかっただけかもしれないなぁ・・・とこの「御乱心」を読みながら感じた次第。

で、先日、「川柳川柳・三遊亭圓丈二人会」をにぎわい座で楽しんできたのだが、川柳川柳(当時はさん生)も当事者である。
そして、三遊亭圓生の残り少ない?弟子で現役落語家でもある二人である。

まぁ、これからもお二人で新作落語で我々を楽しませてください。

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2009年6月30日 (火)

コンクリートが危ない

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コンクリートが危ない (岩波新書) (新書)
小林 一輔 (著)

職業柄“コンクリートがヤバイ”と常々感じていたが、この本を読み確信に変わっていった。

冒頭の山陽新幹線高架橋のひび割れや腐食の実態の写真は結構ショッキングである。
これは適正な材料を使わなかったこと、や施行技術が不十分だったからである。
で、お上もこれではイカン!ということで橋脚の補強工事を10年ぐらい前から行なってはいるが、公共施設は予算もあり耐震診断は出来るが民間の建物はそうはいかない。
特に東京オリンピックが開かれた1964年を境に著しく劣化しているのだという。

2005~2010年にコンクリート構造物が一斉に壊れ始める、と著者は警告している。
(この本が出版されたのは1999年である)
壊れ始める、とされる著者の根拠は実に説得力がある。

それにして大正時代や昭和の初期に施行された建造物がいまだに無傷で残っているというのも事実である。
先人達は基本に忠実にコンクリートを調合・施行したのである。
理論上は200年の耐久性をもつはずのコンクリート構造物が、今では負の遺産として全国に数え切れないほど建造されている。
地震災害のほとんどは“人災”なのかもしれない。

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2009年6月11日 (木)

ビーサン屋げんべい物語

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ビーサン屋げんべい物語―葉山の片隅から世界を狙うオンリーワン商店 (単行本)

たかがビーサン、されどビーサン・・・

葉山にある江戸末期から続くよろずや“げんべい
もともとは足袋職人の店だったそうな、で三代目で小売業に転換し、四代目からビーサンを扱い始める。
そして五代目が試行錯誤の末にそのビーサンで葉山を代表するオンリーワン商店に仕立て上げた。

ビーサンにここまで情熱をかけて本気で取り組んだ人間はいないだろう。
真夏の太陽のようにビーサンにかける迸るような情熱が眩しい。

ゆったりとした「葉山時間」が流れる中で、自然体でシンプルな生き方をしたい。
読みながらそう思う。

最近では東京でも“げんべい”のTシャツを着た人を良く見かける。
そしてこれからビーサンの季節もやってくる!
何故か?この時期になるとビーサンのようなシンプルな生き方?に想いを馳せるのは
ワタクシだけ・・・・・?

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2009年3月26日 (木)

都市と交通

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都市と交通(1981年) (岩波新書)
岡 並木 (著)

出版は1981年だから今から28年前になるが、その内容はいまだに色褪せていない。
で、この本の出だしの“ツカミ”の部分だが実に納得させられる。
東南アジアの人々の通勤交通費は非常に高く、収入の1/3~1/4を使っているという。
これは東南アジアの都市で「抵抗なく歩ける距離」は100~200メートルという統計結果からもわかるとおり、その都市の気候条件がその距離を大きく左右しているという。

ちなみにヨーロッパではその距離は400メートルで気温が零下5度以下になると200メートルになる。

確かに東南アジアの都市では様々な乗り物が走っている。
ジャカルタでは「ペチャ」、シンガポールでは「トライショー」、マニラでは「ジプニー」、バンコクでは「トクトク」など自転車やジープ、軽四輪などを改造した乗り物が多い。今では交通事情などにより激減しているものもある。

ワタクシ、香港とシンガポールでしばらく暮らしていた時期があり、どちらの都市でもタクシーとバスにはだいぶお世話になった。しかも料金も安かった。
特にシンガポールでは赤道直下ということもあり一年を通して気温が30度以上あり、その炎天下を30分以上歩くなんて考えられないことで、近距離でもタクシーを利用していた。

そんなシンガポールのオーチャード通りでは政府が「抵抗なく歩ける距離」を伸ばす計画が1970年代から始まり歩道に木を植えて木陰を作っていった。
今では多くの住宅地でもこのような整備が進んでいる。
ワタクシもオーチャード通りの近所に住んでいたので実感できる。
日本では地下道がこれにあたるのかもしれない。

で、現在の日本の「都市と交通」を考えると東京への一極集中は変わりなく、朝のラッシュは変わらず、地下鉄の乗り換えはよくわからず、駅前の放置自転車問題は解決されていない。

世界の各都市でも同様の交通問題はあり、これは永久に続くものだろう。
最近では「パーク・アンド・ライド」という計画もあるが、多くの通勤者には関係ないものである。
通勤という時間と金とエネルギーの浪費は個人的には無駄だと思うのだが、さりとて地元で職を得るのは難しい。
これが現状であり、長距離通勤者の地獄はこれからも続くのである。
イカン!愚痴っぽくなってしまったが、この本を読みながら交通問題を考えて通勤ラッシュの電車に乗る今日この頃なのである。

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2009年1月26日 (月)

「散歩学」のすすめ

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「散歩学」のすすめ (中公新書ラクレ) (新書)
古川 愛哲 (著)

ワタクシの趣味は“散歩”である。
思えば若い頃から“散歩”が好きだったかもしれない。
古道歩きから野山を歩く“トレッキング”
北アルプスを散歩する縦走登山、沢を散歩する沢登り、岸壁を散歩するロッククライミング、
海の上を散歩する“セーリング”
海の中を散歩する“スキューバダイビング”
空を散歩する以外は全てやってきた。

で、この“散歩”なのだが実にお手軽に知性と感性を磨いてくれるのである。
そのコツはこの本に紹介されている。

フィールドワークという研究手段があるが、地質、鉱物、生物、植物、歴史、民族、音楽などなどフィールドワークで研究されている学問は多い。
で、このフィールドワークだが、“散歩”の延長線上に位置しているのかもしれない。

この「散歩学」のすすめの中で面白い“散歩学”の記述があった。
それは洗濯物のレイアウトから夫婦関係を研究するという立派な学問があるというのである。
これはフランスの社会学者が研究しているらしいが、プラバシーの侵害がチョット心配だなぁ・・・

また、著者は“散歩”はノン・アルコールでコーヒーを楽しんでいるが、ワタクシは“散歩”の途中で居酒屋や立飲屋に乱入し、人間交流関係の勉強もしているのである。

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2009年1月20日 (火)

すぐわかる日本の神社」と神話の祭礼

先月のある日自宅に小包が届いた。
開けてみると1冊の本が入っていた。

で、思い出した。この本は写真を掲載する謝礼として送られてきたということを・・
その本とは、
「すぐわかる日本の神社」
『古事記』『日本書紀』で読み解く (単行本)
という日本の神話と神社の結びつきや成り立ちを丁寧に解説してくれている。

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掲載されたワタクシの写真とはどんなものなのか?
横須賀で神話と結びつく神社とは?

それは走水神社の祭礼の写真で、神社の起源である日本武尊(ヤマトタケル)と弟橘媛(オトタチバナヒメ)の伝説を神輿を担ぎながら表現している。
この祭りは約300年ほど前から行っているとも言われる伝統行事である。

この祭礼は実に楽しい!
横須賀の皆さん、是非一度見てください。

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2008年12月 9日 (火)

MANGA CVN73

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先日のグランドイルミネーション(基地一般開放)の時に配布していたのが「MANGA CVN73」である。
これは原子力空母CVN73-USSジョージワシントンをPR・紹介するマンガで、先の6月8日に先行して配布していたものと同じで最近ではWEB上でPDFファイルで無料提供されている。

内容は主人公の日系米国人ジャック・オハラ3等兵曹がGWに初めて乗り組み横須賀へ航海する途上、訓練などを通じて成長し、横須賀到着後は鎌倉に住む祖父母に会いに行くというものである。

ジョージワシントンの横須賀配備に伴い、最近ではテレビでもジョージワシントンを紹介する番組が多い。
先日(12月7日)もテレビ東京の日高レポートで管制室の中や発着艦の模様を詳しく放映していた。

で、違う番組でもジョージワシントンを紹介していたが、個人的に興味深かったのは備蓄部門ではメガネの全てのタイプのあらゆる度数のレンズがストックされているということである。

まぁ。5600人以上が乗船しているわけで洋上の町と考えれば当たり前のことなのだが、その施設の充実振りにはあらためて驚かされたのである。

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2008年10月 8日 (水)

梅干と日本刀 Part2

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(昨日からの続き)
タイトルにある「梅干」だがこれは日の丸弁当の梅干を指している。でこの大量の白米と一粒の梅干だが、これが胃の中に入ると、この梅干ひと粒が、九十九パーセントの米の酸性を中和し、米のカロリーは食べたほとんどが吸収される役割を果たす。つまり、日の丸弁当は食べてすぐ、エネルギーに変わる、労働のための理想食なのである。

鉄の精製にはコークスという高温の熱を出す燃料が必要なのだが、日本には木炭という低温燃料しかなかった。この不利な条件が逆に“鍛えて焼きを入れる”という知恵を生んで、世界一の刃物「日本刀」を生み出した。粘土で刀の背の部分を覆い、水の中で焼きを入れる。こうすることにより、粘土で覆われていない部分は硬くなり鋭利な刃物となり、覆われている部分は柔らかくなる。こうして一本の刀で硬く鋭利な部分と柔らかく折れにくい部分という相反する性質を持たせたのである。
当時西洋人がこの刀を持ち帰ったが、同じものを作ることが出来なかった。

著者は常に行間から「日本人とは何か」ということを問いかけ、その素晴らしい実例から我々を豊かな大和文明へと誘ってくれる。
そう、著者はいつも優しい目線で日本を見つめ見守ってきたのである。
そして我々に今の世で忘れてはならない“大和の心”を諭してくれる。

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2008年10月 7日 (火)

梅干と日本刀 Part1

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梅干と日本刀―日本人の知恵と独創の歴史 (祥伝社黄金文庫)
樋口清之著

昨日にもチョット触れた「梅干と日本刀」だが、この本を読むと我々の祖先はこんなにも素晴しい知恵と独創性があったのか、と驚かされる。

現代の我々日本人の基本的な認識や考え方は明治以降に積極的に取り入れた欧米文化によって強制されてしまい、本来我々の祖先から受け継いできた知恵や自然順応力、独創性などは忘れ去られてしまっている。

古来日本には素晴しい技術を持っていたのである。
例えば、土木技術では釜無川の信玄堤と鎌倉市材木座の防波堤がある。

信玄堤は、武田信玄が甲府盆地を流れる釜無川の鉄砲水を防ぐために、自然の岸壁を利用して水流のエネルギーをそいだり、雁木(がんぎ)堤という突堤を川の中に作ったり、決壊しそうな個所の堤防を切って、その外側に第2 堤防を築いたりして、計り知れない自然のエネルギーを分散させるように非常に精巧に作られている。

また、700 年前に作られた鎌倉市材木座の防波堤は、平たい石の板や石ころを海岸から沖合いに向かっておよそ8 間(約14.5 メートル)の幅で海中に積み重ねてある。こうすると石と石の間に徐々にエネルギーが吸収されて、相当強い波でも海岸近くでは静かな流れに変わってしまう。これは、巨大なコンクリートの壁を築いて“自然を征服する”のではなく、“自然に順応する”という知恵の結晶である。

                             (To Be Continued)

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2008年8月27日 (水)

登山不適格者

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登山不適格者 (生活人新書) (新書)
著 岩崎 元郎 (著)

岩崎氏はNHKで「中高年のための登山学」の講師も勤め、図らずも多くの“登山不適格者”を生み出してしまった(かもしれない?)。
その岩崎氏がその“登山不適格者”へ警鐘を鳴らしたのが本書である。

読めば山屋なら当たり前のことしか書いていない。
地図が読めない(読めるようにしろ)山行スケジュールを把握していない(把握しろ)

ワタクシは登山とは“未知なる世界”への“知的な冒険”だと思っている。
つまり“未知への冒険”でもあるわけで、そこには必然的に“未知への冒険”に対するリスクマネージメントが必要になってくる。
リスクマネージメントとは危険を察知して回避することであり、また遭遇してしまった場合の対処法でもある。
これが登山の常識であり、知らないで山に入ることはある意味「死」を意味することである。

そうそう、登山入門書などでは登山の装備リストに「地図」や「コンパス」が絶対必要な装備であると書かれているが、使い方を知らないと場合によってはこれも「死」を意味することである。

(そして、自分への反省も含めて)計り知れない巨大な力を持った「自然」を相手にしているという自覚が必要で、考えれられるあらゆる場面を想定したリスクマネージメントが必要なのだ。

“未知なる世界”への“知的な冒険”を安全かつ快適に行なうには常に考え、鍛えておかなければならないのである。

本書は・・・・
登山にブランクがあるワタクシにとって登山に対する考え方、取り組み方、装備の進歩は常に変化しているということを改めて知ることができたのが収穫である。

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2008年8月 1日 (金)

西武王国 鎌倉

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西武王国 鎌倉 (単行本(ソフトカバー))
山本 節子 (著)

我が愛しの“京急”(湘南電鉄)は三浦半島一周路線を計画していた。
まぁ、これは地元住民にとっては当たり前の計画なのだが実現はしていない。
何故?出来て当たり前の一周路線が計画だけで消えてしまったのか?
どうもこれは西武の圧力によるものらしい。

そして横須賀には湘南鷹取台、マボリシーハイツなどが西武によって開発されている。
この開発段階でもいろいろと問題があったらしい。
で、同時期に西武は鎌倉でも大規模な開発工事を行なっていた。
特に七里ガ浜の丘陵地を削り取り、海に土砂を投げ捨てていた宅地開発があったが、さほど問題にはならなかった。
これは、日本初のナショナルトラスト運動である「御谷(おやつ騒動」があったが、七里ガ浜の悪行から目を逸らせるために西武が意図的に御谷に人々の目が向くように仕組んだ、というのが事の真相のようである。

昭和30年代は宅地造成に関する法整備は遅れ、開発業者のやりたい放題だった。
鎌倉逗子ハイランドは、 無許可のまま西武によって開発が進められ、丘陵地に走っていた無数の市道は 勝手に廃道にされてしまった。

この一連の鎌倉における開発を巡る経緯はこの本「西武王国 鎌倉」に詳しく述べられている。
特に戦前、戦中、戦後にわたり、西武と東急によって繰り広げられてきた国土破壊という開発の凄まじさは一読の価値あり。

まぁ、西武と東急というかつてのライバルは今では帝王の呪縛から離れ、徐々にだが「雪解け」は進んでいるようである。(実際はわからない?)

で、湘南電鉄によって計画されていた三浦半島一周路線であるが、
今にして思えば、この計画が頓挫したから葉山周辺の静寂が保たれているのである。

利便性と開発、快適さと豊かな暮らしとは?
問えば問うほど難しい問題だなぁ、と考える今日この頃である。

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2008年7月31日 (木)

普通電車の旅「馬掘海岸」編

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今、普通電車の旅「馬掘海岸」編が京急の各駅で配布されている。

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馬掘海岸といえば今では海岸道路、うみかぜの路が象徴的であるが、元々は駅名にもあるようにきれいな砂浜が続く海岸で海水浴場として夏になると、東京などから多くの海水浴客が訪れてにぎわっていたのである。
ワタクシも子供の頃はよく訪れていて、遠浅で良い海水浴場だった記憶がある。
この「馬掘海岸駅」だが、湘南電気鉄道の開業と同時にスタート(1939年、昭和5年)した歴史ある駅でもある。

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      京急の車内に展示してあったかつての「馬掘海岸」

そしてこの馬掘海岸は1967年(昭和42年)から埋立てが始まり、
1969年に埋立工事竣工し、1973年にマボリ・シーハイツ1期155棟が分譲されている。

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今では馬堀海岸住宅地は「横須賀風物百選」の一つとなっていて、落ち着いた町並みを見せている。駅の山側にも続々と家が建ち、かつてののどかな景色もすっかり変わってしまった。
また、この住宅地は1987年豊かな緑道の風景により「かながわのまちなみ100選」にも選定されている。

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近くには防衛大学校や、走水水源地、また最近では観音崎に横須賀市美術館もオープンし、新たなる活気を感じる街になってきている。
そして、横須賀は埋立開発で発展してきた街だということを改めて感じる今日この頃である。

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2008年6月19日 (木)

平成関東大震災

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平成関東大震災--いつか来るとは知っていたが今日来るとは思わなかった-- (新書)
福井 晴敏 (著)

5月12日、中国でマグニチュード 8.0の大地震があり、死者・行方不明者が8万6000人を
超え、数百万人が避難生活を強いられている。
そして、先日(6月14日)、岩手・宮城内陸でマグニチュード7.2の地震が発生し、未だ
に行方不明者の捜索が続けられている。
そんなニュースをラジオで聞きながら電車の中でこの本を読む。

福井 晴敏氏の本は「Op.(オペレーション)ローズダスト」以来である。

いつか来ると誰もが知っている首都圏を襲う直下型大地震、それがもし今日来たらどう
なるのだろうか?
主人公は西谷久太郎=「サイヤク」=災厄 、そして何故かいつも傍らにいる甲斐節男
=解説男。
このふざけたネーミングの2人が遭遇する直下型大地震シミュレーション小説である。

具体的な被害例などを提示し、行動する際の注意点や普段から心がける点を簡潔にまと
めてあり、
生き延びるための知恵が詰まっている。
この本は一家に一冊必要な本だと思う。

そしてふとワタクシの前に立っている女性の足元を見ると、素足にサンダルである。
(あ~、この女性は地震に遭遇するなんて少しも思ってはいないのだろうなぁ~)
瓦礫の中をこの女性は素足にサンダルで歩くのだろうか?
会社のロッカーにはスニーカーが入っているのだろうか?

地震は何時来てもおかしくはない、という認識を常に持ち、冷静に対応する気構えが大
事なのだと改めて痛感した今日この頃である。

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2008年5月13日 (火)

建物で読む横須賀

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「横須賀建築探偵団」が横須賀の歴史を物語る特徴的な建物をまとめた本である。
16年間にわたり丹念に調べた記録が身近な建物をより一層興味深い対象とさせてくれる。
中には既に現存しない建物もあり、チョット残念ではある。

そして、生まれ育った上町には幼い頃から慣れ親しんだ建物がある。
特に横須賀上町教会や船津眼科医院には格段の思い入れがあり、写真を見ていると様々な記憶が甦ってくるのである。

著名な建築家が「記憶に残る建築を創る」と言ったことがあるが、記憶に残るデザインは著名な建築家だけが創るものではなく、その土地の気候や風土、そしてそこに住む人々の人柄が滲み込み、時を経て初めて記憶に残るものになるのだなぁ・・・としみじみと感じるのである。

また、この本の中で紹介されている建物はほとんど知ってはいるがまだ知らない建物もいくつかあるので、機会をみてゆっくりと観て回ろうと思っている。

A5判、オールカラー、百八ページ。千部発行。千五十円。市内の主な書店などで販売。

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2008年5月 8日 (木)

今月号の「なぎさ」、そして表紙の写真に想う

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今月号の京急の情報誌「なぎさ」の特集は「篤姫の時代を歩く」である。
そして地元は横須賀の浦賀と久里浜が紹介されている訳で実にタイムリーな企画である。
当然の如く「ペリー上陸記念碑」も紹介されていた。

で、表紙の写真だがこれはその「ペリー上陸記念碑」の裏側のアップ写真である。
英文で1853年7月14日、アメリカ合衆国 ペリー提督がこの地に上陸す、と刻まれている。
そしてこの記念碑の左上が欠けているのが見て取れる。
実はこの欠けは戦時中に倒された時に出来たものらしい。

太平洋戦争も末期の昭和20年(1945)2月8日に敗戦の色も濃色になりつつある中、「敵国をたたえる碑」として大政翼賛会横須賀支部が県知事の許可を受け、碑を引き倒してしまったのである
そして、倒された記念碑の跡には、国家主義者徳富蘇峰の『護国精神振起之碑』というヒノキの木標が建てられてしまった。
また、この碑は粉砕されて砂利として道路に散布されていたはずだったという。

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しかし、建材として利用出来ないかと放置されていたら半年後に終戦。
進駐した米軍が引き倒しのことを知れば激怒し、関係した者はすべて殺されるなどといった噂が広まり、慌てて引き起こしたという記録が残っている。

まさに波乱の時代を刻んだ記念碑なのである。

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2008年4月 9日 (水)

鎮守の森

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「鎮守の森」(単行本)
宮脇 昭 (著), 板橋 興宗 (著)

以前、宮脇さんの講演を聴いてから「森」とは何ぞや?という疑問・興味がジワジワと我が脳裏を占めるようになってきた、そんな時にこの本を読む機会があった。

植樹の専門書というよりは、、日本人が知っておいたほうがいいような「哲学」が詰まっている本である。
その土地に一番適した木、日本では主にシイ、タブ、カシ類の木が如何に我々の生活に密着し、人々の生命を守ってきたか、古来から日本人が持っていた自然崇拝と共に、その「鎮守の森」の必要性をコンコンと説いている。

そして、植物の競争相手のいない環境で、肥料や水や日照が十分与えられた環境を「最適域」と言うが、これでは植物は健全に育たないという。

植物にとって最も成長が高まる環境は競争相手がいて、養分や日照など有る程度満足出来ず我慢を強いられる環境だという。

多種の植物を混在させることにより、互いに切磋琢磨し、厳しい環境にいる時の方が成長するというのがオドロキである。

で、この切磋琢磨が互いを成長させるというのは他の生物界、そして人間や経済にもいえることことなのだなぁ・・・とシミジミと感じた今日この頃である。

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2008年2月26日 (火)

みつめよう横須賀100選

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みつめよう横須賀100選

市民から募った横須賀市内の名所などを八百四十点の写真を使って一冊にまとめた「みつめよう横須賀100選」が十八日から発売されている。

時の移ろいの中で変わっていく街並みや、古道、歴史の重みを感じる石碑、将来に残すべき景観、街角にあるモニュメント、などなど独自の視点で切り取られた写真は見ていて飽きない。
見慣れている風景から身近でも知らなかったものもある。
知っているようで知らない横須賀の顔が垣間見れ、新鮮なオドロキを感じさせてくれる。
そして身近な“温故知新”を感じさせてくれる小冊子である。

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オマケで8万分の1の立体地図が付いている。

販売場所は市役所(市政情報コーナー)行政センター、モアーズの中にある役所屋で
価格は1000円。

横須賀が好きな方は購入すべし!

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2008年1月21日 (月)

「横須賀どぶ板繁盛記」&「ヨコスカどぶ板物語」

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今は無き、バー・テネシーのパパが綴る古き良き「どぶ板ストーリー」である。
パパとはマスターである藤原 晃氏である。

バー・テネシーはベースの前にあったことは記憶の片隅にある。
しかし、入ったことはない。前を通り過ぎる時にチョット中を覗いたくらいである。
地元のワタクシ達の世代では「どぶ板」は危険な所で行ってはイケナイ場所だった。
ワタクシが中学生の頃はベトナム戦争真っ只中でどぶ板には死と隣り合わせの兵士達で殺気立っていた。
さいか屋から先の本町は別世界だったのである。

しかし、この本を読んでいると当時の殺伐とした雰囲気は伝わってこない。
著者の気さくな性格の文体のせいか、なんだかとても穏やかでのんびりしているのである。
ここには語れていない裏の出来事は当然あったと思うが、それには触れることなく、だた面白おかしく人間模様を語っている。特に「皇后陛下」とか「サイパン」「タイガー」などと呼ばれていた人達のエピソードが興味深い。この「どぶ板ストーリー」の大半はヤンキーボケのお姉さま達と酔っ払いヤンキー達の生態?を赤裸々に語っている。

そして空母「ミッドウェイ」なんて懐かしい言葉が出てくるではないか!
ワタクシこの「ミッドウェイ」に乗船したことがあり、航空甲板が木造だったのを覚えている。

このマスターは予科練出身で戦後はアメリカの掃海艇に乗船し朝鮮動乱に参加していたという。
そしてこんな気さくマスターだったら一度でいいからバー・テネシーに行ってみたかったと後悔をする。
今、どぶ板は原宿の如く大変身し、日本の若者が闊歩しているのである。

でも昔のどぶ板も今となっては懐かしい
豚と軍艦」という映画で1960年のどぶ板にタイムスリップできます。

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2007年12月29日 (土)

サウンド文学館パルナス

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今日は予定通り大掃除を行なう。

大掃除にBGMは欠かせない。携帯プレーヤーをアンプに接続し、再生モードを「シャッフル」に設定しBGMスタート。
ワタクシの携帯プレーヤーにはロックからジャズそしてクラシックから日本の懐かしの70年代のフォーク、ポップスが入っている。変わったところでは落語や英会話フレーズ集、声に出して読みたい日本語CD版、そしてサウンド文学館パルナスなどもMP3形式にして収められている。(約3000曲)

サウンド文学館パルナスは学研が発売した日本・世界の名作文学を朗読したCD集である。今では廃盤になっている。
ワタクシこれがケッコウ好きで図書館で借りてきては携帯プレーヤーで聴いている。

で、再生モードを「シャッフル」に設定したということはこれらがランダムに流れてくるワケである。
これが結構楽しい。組合せの妙というか普通なら考えらられない取り合わせで流れてくる。
例えば、気だるいポール・デスモンドのサックスやトーツ・シールマンのハーモニカの後にランボーやボードレールの詩集が朗読され、その後にT・レックスやストーンズのロックが流れてくる。このありえない取り合わせが新鮮でチョット感動する。

また、ユーミンの「時をかける少女」の後にサウンド文学館パルナスの「時をかける少女」」のある章が朗読されたりする、という当たり前だが普通では聴けない取り合わせにも面白い。

これに視覚的効果が加わるとまたスバラシイ!
通勤電車の中で夜明けを迎え、朝焼けに染まる山々を見つめている。
バックで流れているのはランボーの詩、そしてZABADAKの曲が流れ始める。
黎明の時にこの幻想的な組合せで暫しのトリップ感覚が良い!

サウンド文学館パルナスは60タイトルある。
http://www.iccb.jp/book/library/palnas.html

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2007年12月26日 (水)

「ふるさと横須賀」

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我が家は親子3代に渡って横須賀に生まれ住んでいる。そして、祖母の時代から数えると100年近くも横須賀に関わってきているワケである。
その横須賀は今年で横須賀市制施行100周年ということで、我が家系も横須賀の100年の歴史と共に歩んできたのだなぁ・・とフト感慨に耽る今日この頃である。
で、その横須賀市制施行100周年を記念して「ふるさと横須賀」という写真集が発売された。

記憶の片隅で埃をかぶり忘れ去られようとしていた映像が鮮やかに甦ってくる。
懐かしいという一言では表現できない、美しくもあり、そして悲しみや哀愁を湛えた写真もある。

100年という時の移ろいの中で横須賀も大きく変貌してきた。そして我々市民もその時代の流れの中で翻弄されつつも精一杯生きてきた訳で、この写真集にはそのありのままの姿が映し出されている。
将来に渡って語り伝えていかなければならない「ふるさと横須賀」がこの写真集には詰まっている。

保存版 ふるさと横須賀
郷土出版社

辻井 善弥 監修 郷土出版社 版
2007年12月 発行 ページ 239  9,975円(9,500円+税)

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2007年11月28日 (水)

神奈川のうまい蕎麦64選

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神奈川のうまい蕎麦64選
そばったけの会/編集   

神奈川にあるうまい蕎麦屋を紹介している。なるほど横浜や鎌倉の有名処は押さえてはいる、がしかし、この本には三浦市はおろか横須賀市の蕎麦屋が一軒も紹介されていないのである。ワタクシこの手の本はあまり信用はしていないが、人口42万都市の横須賀には蕎麦屋がないのか~!とチョット憤慨してしまった。

で、少し冷静になって考えてみるとまっとうな蕎麦屋であった「まつや」や「閑雲」は既に閉店してしまっている。そういえばワタクシも最近では横須賀でが蕎麦を食していないなぁ・・・
横須賀は蕎麦不毛の地なのだろうか。
まぁ、強いて言えば中央にある「越後」の「本鴨せいろ」はウマイと思うのだが・・・
横須賀は蕎麦不毛の地ではないと信じたい今日この頃である。

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2007年10月27日 (土)

あやつられた龍馬

イヤイヤ、昨夜は行きつけの焼き鳥屋で隣のお客と「坂本龍馬」論でおおいに盛り上がり今日はいささか二日酔いでヘロヘロ状態である。

で、昨夜の「坂本龍馬」論のネタとなったのが下記の本である。

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あやつられた龍馬―明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン
加治 将一 (著)

先日紹介した「石の扉」の続編である。
「あやつられた龍馬」というタイトルであるが、坂本龍馬に関しての記述はさほど多くはない。
龍馬の後見人?であるトーマス・グラバーを通してフリーメーソンが幕末にどのように裏で活動してきたかを解説している。これが面白い。

薩長同盟にしてもグラバーの下準備が万全で長州・薩摩藩士を英国に留学させたりして協力関係にあり、また、大政奉還も日本人で最初のフリーメーソンと言われる幕臣の西周、津田真道が薩摩藩士の五代友厚とパリで密会し協力したと思われる。

グラバーは商社ジャーディン・マセソン商会の長崎代理人であり、武器販売のため龍馬に「亀山社中」という商社を作らせた。

そして坂本龍馬は土佐藩のエージェントであり、英国外交官のパークスのエージェントでもあったらしい。要はダブル・エージェント(二重スパイ)という役割を演じていた。というよりはタイトル通りあやつられていた訳で、英国の二枚舌外交?に翻弄されつつも最後まで日本という国を憂い無血政権移譲にこだわった。これが武力政権移譲派の怒りを招くことになり最後には暗殺されてしまう。あやつられているうちに日本人としての自我に目覚めてしまい独自に時代を切り開こうとするが後ろ盾がいない。そして最後は孤立無援状態であったという。大人しくあらつられていたら明治政府の要職に納まり、今ごろ一万円札の肖像になっていたかもしれない。

さて暗殺を指示した武力政権移譲派の頭目とは一体誰か?
意外な人物でビックリしたが、真実は隠されたままなので分からない。
この神秘性が坂本龍馬の魅力を色褪せさせない大きな要因なのだろう。

横須賀と坂本竜馬
http://take4-san.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_fa1e.html
http://take4-san.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_40fb.html
竜馬がゆく
http://take4-san.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_c5d9.html
石の扉
http://take4-san.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_f73b.html

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2007年10月24日 (水)

石の扉

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石の扉―フリーメーソンで読み解く世界―
加治 将一 (著)

石の扉とは石を象徴する、あるいは連想させるある秘密結社への入口なのである。
ある秘密結社とは「フリーメーソン」(Freemason)のことである。

ワタクシ、かなり以前からこの「フリーメーソン」に並々ならぬ興味を持っており、機会があれば関係する本を読んできた。

興味深いのは「フリーメーソン」の儀式である。‘mason’の意味は「石工」である。そしてこの儀式とはこの「石工」の歴史と関係がある。古来「石工」は万能の技術を持った職業集団であった。その起源はあのソロモン神殿まで遡るという。

ソロモン神殿とはソロモン王が紀元前10世紀に建設した神殿と関係する神殿を指す。現在「嘆きの壁」と呼ばれる部分は、この外壁の西側の一部である。
そして、儀式はこのソロモン神殿の再生を祈り行なわれているという。

従って「フリーメーソン」はユダヤとの関わり合いや、またテンプル騎士団との関係も示唆されている。
テンプル騎士団といえば最近ではあの「ダヴィンチ・コード」で有名になった。

この「石の扉」はフリーメーソンが如何に世界の歴史、特に革命に関わってきたか書かれている。
フランス革命、アメリカの独立戦争、などなど・・・
そして日本の明治維新までフリーメーソンの筋書きで行なわれたというではないか!
上海のジャーデン・マセソン商会、長崎のグラバー、そして坂本竜馬の亀山社中とは?

イヤ~、歴史では習わない歴史というのが本当に面白い。

歴史は陰謀によって作られたといっても過言ではない。そして当たり前だが陰謀は常に隠蔽されている。
だから、証拠がなく記録されていない。そして当たり障りのない内容で記録されている訳で、現在定義されている歴史はこうした当たり障りのない記録の集約であり、余り面白みを感じないのは当然である、とフト感じた今日この頃である。

石の扉―フリーメーソンで読み解く世界―
http://www.shinchosha.co.jp/book/126641/
http://www.asyura2.com/0406/idletalk10/msg/360.html

フリーメーソンの起源
http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/mason/freekigenhtm.htm

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2007年9月20日 (木)

牛馬のいた風景

最近郷土史に目覚め図書館で関連する本を借りてきては読んでいる。

        Aaaaa_hon

先週はこれらで、

        Aaa_hon

今週はこれ。

この中の「牛馬のいた風景」が興味深い。
かつて三浦半島の生活の中に牛馬がいた。戦国の時代には兵馬として、そして陸上交通や物資の輸送用に馬は使われ、江戸時代以降、農耕用に馬や牛は農家で飼養されるようになり、田を耕し荷を運び人々の暮らしを助けた。明治になると横須賀は軍都となり、馬は兵站の輸送用に酷使された。

それ故に横須賀には馬頭観音が数多く建っている。汐入から坂本に登る坂の途中にも馬頭観音がまとめて祭られている。

そして三浦半島といえば三浦一族である。三浦半島は山谷に富んでいる。中世の武士達はこの山谷を自由に駆け巡った。三浦一族は馬術に優れ、笠掛が得意だった。

源平合戦の一の谷に戦いで義経の鵯越の逆おとしは有名である。
この時の一番乗りは三浦一族の佐原義連(よしつら)であった
この時、義連は「われらの方では鳥一つ立ちてだにも、朝夕かような所をば馳せありけり、ここは三浦の馬場ぞ」として真先に駆け下ったといわれている。

また、三浦半島には馬にちなんだ地名も多い。馬場、馬堀、一騎塚、駒寄せ、馬込原などなど
そして、ワタクシが今住んでいる場所もカイカバ(飼馬場)と言われていた。

かつての郷土には生活に密着して牛や馬がいた。その面影が濃く残る“ご近所”である。

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2007年8月24日 (金)

夢の集合住宅

職業柄 マンションというヤツの設計やら何やらをやることが多い。しかし、ワタクシはこの「マンション」という言葉が嫌いである。何というか語感が生理的にダメなのである。
じゃ、何と呼べばいいの?と問うそこのアナタ!アナタはどれがいいですか?
マンション、アパートメント・ハウス、コンドミニアム、エトセトラ、etc.
まぁ、どれも イマイチ、ニッコウ、ウツノミヤ、なワケでヨコ文字文化というかカタカナ英語に弱い軽薄な日本人にがいかにも好みそうでワタクシは好かない。
やはりここは集合住宅と呼ぶのが建築学的にもスッキリしていると思う。
で、、この集合住宅なのだが、タテに長いのも好かんし、住みたいとも思わない。首都圏では高層マンション(イヤだなこの言い方、、)が乱立しているが、、、。

ここに一冊の本がある。

           Photo

「アパートメント」世界の夢の住宅 コロナブック(一枚目の写真)
植田実・文、平地勲・写真 平凡社 (定価:¥2,400+税)

ル・コルビュジェ、ミース、ガウディからフンデルトヴァッサーまで、20世紀を代表する建築家がデザインした理想の住まいを訪ねて。19世紀末から80年代に建てられた欧米各国の集合住宅から18事例を紹介している。
表紙はル・コルビュジェさんの「ユニテ・ダビタシオン」である。

この中にいくつかワシが住んでみたい思う集合住宅がある。

まずはコレ!
①Habitat 67、モシュ・サフディ、カナダ・モントリオール

        Aa_a

幅17.5フィート、長さ38フィート、高さ10.5フィート、の空間単位を354個構成して158ユニットの住戸を構成している。まるで現代の九竜城みたい。この中で鬼ごっこしたら楽しそう。
関連サイト
http://www.space1999.net/~sorellarium13/habitat-67.htm

②ハーレン・ジードルンク、アトリエ5、スイス、ベルン

        Aa_b

スイスのベルン郊外、緑の森に囲まれた傾斜地に立つ低層、3階建てのテラスハウス2棟。
どこに建物があるの?とよーく見ないと分かりません。ものの見事に自然と同化している。
一見、廃墟に見えるがこの緑の中に立派な住宅があるのです。
関連サイト
http://www5.ocn.ne.jp/~space/SiedlungHalen.html

③フンデルト・ヴァッサー ハウス、フンデルト・ヴァッサー、ウィーン

        Aa_c

ウイーンのガウディと言われた?フンデルト・ヴァッサーさんの1985年の作品、ウィーンの市営住宅です。
その名前が持つ語感のインパクトの強さから日本人には覚えやすい?というか一度聞いたら忘れられないフンデルト・ヴァッサーさん。元々は画家で、鮮やかな色彩がキャンバスに渦巻く、抽象画の奇才である。ディズニーランドにありそうな住宅で住んだら楽しそうである。
関連サイト
http://homepage3.nifty.com/archi-jpg/a_map/austria/hundertwasserhaus.html

彼の作品は大阪にもあります。
大阪市環境局舞洲工場
http://www.excite.co.jp/search.gw?look=excite_jp&target=image&search=%91%E5%8D%E3%8Es%8A%C2%8B%AB%8B%C7%95%91%8FF%8DH%8F%EA

※最近、ル・コルビュジェ展に行き、「ユニテ・ダビタシオン」の原寸大モデルを見て改めて彼の偉大さを知った次第。そんな彼も自宅を作らなかった建築家の一人である。

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2007年8月23日 (木)

ご近所探索「横須賀と芥川龍之介」

       A_kawana

あの芥川龍之介が横須賀に住んでいた。
場所は横須賀市汐入町五八〇番地の尾鷲方(現在の汐入3丁目1番付近)
写真に写っている川名米酒店の左手側らしい。

大正5年、芥川龍之介は横須賀にある海軍機関学校の嘱託英語教官を務めるため、
鎌倉に下宿していたが、通うには遠すぎたようで約一年弱で横須賀の汐入に引越しをした。
その場所が現在の汐入3丁目1番付近である。

この時期に「蜜柑」を執筆した。
ちなみに海軍機関学校は現在の神奈川歯科大学一帯にあった。
横須賀に居たのは約半年で婚約者の塚本文さんと結婚し、 鎌倉町大町字辻に新居を構える。

関連サイト
http://www.ic-y.jp/furusato/furusato_p88.html

そしてこのような作品を残している。

「横須賀小景」  芥川龍之介

カフエ
僕は或カフエの隅に半熟の卵を食べてゐた。するとぼんやりした人が一人、僕のテエブルに腰をおろした。僕は驚いてその人をながめた。その人は妙にどろりとした、薄い生海苔の洋服を着てゐた。


僕はいつも煤の降る工廠の裏を歩いてゐた。どんより曇つた工廠の空には虹が一すぢ消えかかつてゐた。僕は踵を擡げるやうにし、ちよつとその虹へ鼻をやつて見た。すると――かすかに石油の匂がした。

五分間寫眞
僕は或晩春の午後、或若い海軍中尉と五分間寫眞を映しに行つた。写真はすぐに出來上つた。しかし印畫に映つたのは大きいVIといふ羅馬數字だつた。

小さい泥
僕は或十二三のお嬢さんの後ろを歩いて行つた。お嬢さんは空色のフロツクの下に裸の脚を露してゐた。その又脚には小さい泥がたつた一つかすかに乾いてゐた。
僕はこのお嬢さんの脚の上の泥を眺めて行つた。すると泥はいつの間にかアメリカ大陸に變つてゐた。山脈や湖や鐵道も一々はつきり盛り上つてゐた。
僕はおやと思つてお嬢さんを探した。が、お嬢さんは見えなかつた。僕の前には横須賀軍港がひろがり、唯一面に三角の波が立つたり倒れたりしてゐるだけだつた。

そして、吉倉公園内に芥川龍之介文学碑がある。
ここには「蜜柑」の一文が刻み込まれている。
「蜜柑」は海軍学校教官時代に鎌倉への帰路、横須賀線内でたまたま出会った事を題材にしている。
http://www.yokosuka-benri.jp/db/g_info/l100004003.html

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2007年8月11日 (土)

「なぎさ」と「普通電車の旅」

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京急の各駅で配布している小冊子に「なぎさ」と「普通電車の旅」がある。

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「なぎさ」8月号は夏の思い出ということで「海の家」やら「ビーサン」やら
「すいか」やら「アロハシャツ」などの特集である。

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そして最近配布している小冊子に「普通電車の旅」なる小冊子がある。
Vol.2は「新逗子」編であった。

これによると京浜急行電鉄が1952年に開始した「海水浴特急」の運行と
共に海水浴が最盛期を迎え、1日で50万人を数え海水浴客が深夜まで
駅に列を成していたという。
これは海上ページェントに出演する有名女優目当てだったらしい。
当時の写真を見るとスゴイ!ひと、ひと、ひと!で砂浜が見えない!

そうか・・こんな昔もあったのね・・・

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2007年7月27日 (金)

「ソバ屋で憩う」

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「ソバ屋で憩う」
杉浦日向子とソ連編著,
新潮文庫,
1999.11.1
\590
ISBN 4-10-114914-3

先週の日曜日はワタクシの敬愛する杉浦日向子女史の命日であった、

思えばワタクシの蕎麦好き、江戸好きは彼女の影響が間違いなくあった。
漫画家であり、江戸風俗研究家であった杉浦日向子女史のことである。
彼女は、2005年7月22日、下咽頭癌のためこの世を去った。

そしてこの本の後書きに、蕎麦愛好家に一石を投じる次の言葉、
蕎麦大好きなんですよ!という人には二種類あり。
うまいソバのためには、いかなる悪条件をも乗り越えて、ひたすら邁進する求道者型。
又は、食後に、湯上りのようなリラクゼーションを堪能する悦楽主義者型。
つまり、前者が「蕎麦好き」、後者が「蕎麦屋好き」となるわけなのだが、
杉浦日向子女史は間違いなく後者である「蕎麦屋好き」なのだろう。

そう、昼下がりの午後3時、客足が薄れた蕎麦屋の暖簾をくぐる。
そして、日本酒を所望し、蕎麦をたぐる。
そんな小粋な女性が眩しい。彼女はそんな存在であった。

かくゆうワタクシも蕎麦はもちろん好きではあるが、やはり、蕎麦屋の雰囲気が
コヨナク好きなのである。

特に日曜日の午後2時から3時、客足が途絶えた頃、徐に暖簾をくぐり、
まず日本酒を所望し、肴は卵焼き。
〆に蕎麦を軽くたぐる。時間にして1時間強か・・・

アラヨットっと斜に構え店を出る。
いいよね!早くこんな大人になりたい、と思って生きてはきたが、まだ彼女の
悟りには至ってはいない。

早すぎる旅立ちに、合掌。

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2007年7月19日 (木)

三浦半島の史跡みち

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三浦半島の史跡みち
逗子・葉山・横須賀・三浦

鈴木 かほる 著 かまくら春秋社 版
2007年06月 発行 ページ 319P サイズ B6  1,890円(1,800円+税)
ISBN 978-4-7740-0361-0 (4-7740-0361-1) C-CODE 0026 NDC 291.37

三浦半島には古代、中世そして近世を通じて史跡が数多く点在している。
著者はこれら点在している史跡を丁寧にトレースし、29のコースにまとめている。
三浦半島は海と山に恵まれている。
先人たちの生き様に触れ、自然の美しさに感嘆する。
自然の中に点在する史跡を巡る道は私の良きウォーキングロードでもある。
先人達と著者に感謝!
   

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2007年7月 9日 (月)

観音崎で会いましょう

京浜急行の各駅では毎月1日に「なぎさ」という小冊子を無料で配布している。
で、7月号のタイトルは「観音崎で会いましょう」。

               Aaa_nagisa_1

これは先日、観音崎にオープンした「横須賀美術館」の特集である。
また、期間限定で三笠公園~猿島~観音崎間に定期観光船が就航しており、
三笠公園を「海事遺産ミュージアム」
猿島を「エコミュージアム」
美術館のある観音崎を「アートミュージアム」と位置づけて紹介している。
多少強引なカンジも否めないが、まぁ、3つのミュージアムを周る船旅も
いいもんだ。

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三笠公園のシンボル戦艦三笠

            B_saru_bbq_1

猿島

            B_gaikann_a_1

そして、横須賀美術館

そいえば先週の土曜日TVで猿島の特集があった。
もしもツアー
http://www.fujitv.co.jp/moshimo/tour/070630/index.html

               Aaa_matuzakaya

この中のバーベキューで使われているのは我家ご用達「松坂屋」の食材である。
肉もウインナーもうまい!

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2007年7月 4日 (水)

古代中国の文明観

           Photo_62

先日観た「墨攻」という映画から「墨家」が気になっていたので
図書館から「古代中国の文明観」-儒家・墨家・道家の論争-
という本を借りてきて読んだ。

イヤ~、、なかなか面白です。
古代中国も環境問題でもめていたらしい。
黄河文明は黄河流域の自然を破壊し形成された。
で、当時の思想家達は文明と人類の将来をどのように考えていたのか?

まず、儒家(孔子、孟子)だが、
頭脳労働者(統治階層・貴族)と肉体労働者(非統治階層・庶民)とに
人間を大別し、階級・格差社会を容認し、身分の差が一目で分かるようにし、
社会秩序を固定化しようとした。
また、天地が万物を生み出す数量には余裕があり、
人類全体を養えるだけの食料が十分供給されるので、
どんどん消費してもかまわない、という物質的な幸福に対する楽天主義である。

そして、常に儒家が敵対勢力して非難していた墨家(墨子)は、
「兼愛」「非攻」「節用」などの十論の思想から成り立ち行動していた。
そして領土拡大による富の拡大よりも共存共栄がその目的であった。
また、自然界から取り出せる数量には限界があるので節約しなければ
ならないという思想で儒家と対立関係にあった。

墨家の環境問題に対する思想は現代にマッチしている。
チョット困ったことに、、墨家は音楽を罪悪として否定しているのである。
まぁ、この音楽とは皇帝・貴族が奏でる音楽をさしており、
天下の利益には何の貢献もしていないという理由ではあるのだが、、。
しかし、儒家では音楽は周囲との調和を楽しみ、
礼的秩序を維持できるので意義を認めている。
音楽でも儒家と墨家は対立している。

この墨家だが、何故歴史上から忽然と消えてしまったのか?
巨大になりすぎて分裂し、また始皇帝の発令した「挟書の律」という
思想弾圧のために絶滅したのではないか、とこの著者は述べている。

そして、、最後の道家、(老子、荘子)は
自然回帰による文明完全否定思想である。

それにしても、物質・消費文明や、階級・格差社会を肯定した
儒家の思想だけが生き残り、まさしく現代社会そのものである、
ということにオジサンは軽いショックを受けた今日この頃なのである。

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2007年6月29日 (金)

日本史集中講義

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点と点が線になる日本史集中講義 (単行本)
井沢 元彦 (著)

「逆説の日本史」で有名な井沢 元彦氏の簡単日本史講座である。
これはとっても面白い。

<本書で明らかにされる「日本史の謎」と、「日本人の心性」>
●十七条憲法が、その後一四〇〇年の日本人に与えた影響とは
●なぜ、武士が発生したのか。そしてなぜ朝廷と幕府が並存できたのか
●寺社の商業活動と、「楽市・楽座」でみせた信長の本当の狙いとは
●秀吉の朝鮮出兵と、キリスト教禁止令の本当の意味とは
●なぜ、「徳川の平和」が二〇〇年以上も持続できたのか
●「生類憐みの令」が出された本当の理由とは
●なぜ黒船来航で、ペリーは居丈高(いたけだか)な態度をとったのか
●幕末の尊皇攘夷論は、なぜ途中から変質したのか

教科書(歴史上)の断片的な出来事だけ捉えて判断していはいけない。
そこに至るプロセスや必然性を見極める必要がある。
結果が原因を生み、それがまた結果を生む。
歴史は点(出来事)と点(出来事)の繋がり(線)で見なければならない
つまり、教科書では、本当の歴史はわからない。

日本史の専門家というのは狭い分野の専門家であって
日本史全体、日本通史の専門家は一人もいないという事実。
歴史の一部しか知らない人が教科書を監修しているという。

この本を読むと驚くほどスムーズに日本史の流れと、日本人の本質がわかります。

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2007年6月 7日 (木)

とっておきの三浦半島

            Guidebook_cover

ワタクシ、週末は私的好奇心満的地域遊歩及散策にいそしんでいる。
まぁ、、簡単な話、ウォーキングである、しかし、ただのウォーキングではなく、
それなりの目的なり、意義を持って歩こうと決めている。
そんな時の心強いガイドブックがこれとっておきの三浦半島」である。
先に紹介した「「三浦半島きままに散歩マップ」ともに重宝している。

このガイドブックは、単なる観光案内ではなく、
三浦半島で自然・地質・環境・歴史・民族・文学などの分野で
活躍している38団体が、自分達の会をより多くの人々に
知ってもらうことを目的に作った冊子である。
知らなかった地元の素晴しさや新たな発見に触れることが出来る
大変ありがたいガイドブックなのである

しかもこのガイドブックは無料!である。
イヤイヤ、太っ腹だね。こうゆことに税金が使われるのはよいことだ。

入手先は神奈川県横須賀三浦地域県政総合センター(県合同庁舎)1階 
県政情報コーナー(無料)で配布されている。

インターネットでもPDFで入手できる。

目的を持って歩いていると自慢しているが本当ははビール片手にあっちフラフラ
こっちフラフラと歩いているのが実態だったりして・・・・・
コマッタモンダ・・・・・

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2007年5月23日 (水)

アースダイバー

               Photo_44

ワシは基本的には東京という街が好きではない。
人が多すぎる。ゴチャゴチャしている。
自然が少ない。
美しくない→汚い?
混沌としている。(そういう場所が多い)

でも、不思議な魅力もある。
何故か妙に心が引かれる場所もある。
そんな長年の疑問に答えてくれたのがこの本である。

現代の地図・情報に縄文と弥生の遺跡、古墳や墓地、神社、寺などを
オーバーレイさせる。
するとそれら「重要な宗教基地」は半島や岬の突端のような場所に
位置しているのである。
(昔、貝塚があった場所に神社などがあるということ)

そして地層(洪積層・沖積層)からドライとウェット、精神的と肉体・死、
上流と下流、縄文と弥生とに対比させて特長付けている。

新宿や浅草の由来説は面白かった。

この本は歴史、宗教、神話、文化人類学、考古学などで
カテゴライズはできない、なにしろ原始の時代には
人間は自然とバイブレーションしていたんだから、、。

「歴史」は学校の授業では教えてくれない部分のほうが刺激的である。

この本は偶然知った。ラジオでイトイ新聞で取り上げていたのを
紹介していたのだ。

中沢新一的世界
http://www.1101.com/nakazawa/

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