インド

2012年2月 1日 (水)

Goodbye India

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という訳で本日 日本へ脱出します。

結局 タージ・マハルには行かなかったなぁ・・・・・・
最近はどんな立派な遺跡や世界遺産.を見ても昔ほどカンドーしなくなったのが行かなかった理由でもあり、また旅行の手配がメンドーであったのも事実である。
積極性とフットワークの軽さを取り戻さなければイケナイと思う今日この頃である。

しかし、ローカルスタッフ達が催してくれたFarewell Partyでのローカルフードはウマかったが、辛かった・・・・・・

日本にはしばらくいます・・・・・・・

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2012年1月26日 (木)

アガカーン宮殿(Agakhan Palace)  ガンジーそして「断捨離」

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MG ロードは古き良き昔の「プネ銀座」と前回記事を書いたが、
車社会が急速に進むインド(プネ)では都市計画により車線数の多い道路が整備されている。
プネではNagar Roadが代表的である。
最近ではこの道路の両側に巨大なショッピングモールが次々とオープンしている。

このナガ ロード(Nagar Road)沿いにひっそりと建っているのが「アガカーン宮殿」である。
「ひっそり」と形容したが、プネの代表的な観光名所であるにもかかわらず訪れる人は少ない。
で、「ひっそり」なのである。切ないほどに「ひっそり」としているのである。

この「アガカーン宮殿」は1892年にアガカーンというスルタンが雇用創出のための公共事業を目的として建設された。
で、この「アガカーン宮殿」だが、ガンジーとその妻カストゥルバ、ガンディの右腕を務めたデーサイが軟禁されていたことでも非常に有名である。
そして、カストゥルバとデーサイはこの地で亡くなっている。

ここにはガンジーが使った机、ベッド、カストゥルバのサリー、衣類、サンダル、そしてガンジーのシンボルでもあり、
インド国旗中央にデザインされている「チャクラ」という糸巻き機などが「ひっそり」と保存されている。

なおここの入場料は外国人の場合は100ルピーで、インド人は5ルピーである。
まぁ、これは公に決った料金設定なので文句は言えない。

ガンジーさん曰く
「持ち物を捨てれば捨てるほど、あなたの魂の表面から所有欲という曇りが消え、その魂は真実の輝きを取り戻す。」
・・・・・・『ガンディー 魂の言葉』より・・・・・・・
で、ガンジーさんが死んだ時に持っていたものは針金のツルのめがね、はきこんだサンダル、時計、杖、おわん、スプーン、聖歌集だけだったのである。

そうえいば、ワタクシの敬愛する坂口安吾も、
「モノの所有は精神の自由を束縛する」と言って、
モノを持っていなかったなぁ・・・・

従ってここで展示れているガンジーさんのモノは多くない。
しかし、そこからはガンジーさんの精神の自由さを感じることが出来る。
モノに溢れた物質社会の中で生活しているワタクシ達だが、
所有するという「欲」を捨て精神の自由を取り戻す時がきたのかもしれない、、
とつらつらと思ったが、これってつまり今流行の「断捨離」のことなのか??
と遅まきながら気付いた今日この頃なのである。

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2012年1月22日 (日)

MGロード点景

インドの主要都市には必ずといっていいほど「MG ロード」なる道路が存在する。

この「MG ロード」のMGとはMahatma Gandhi (マハトマ・ガンジー) の略で、ご存知アノ!インド独立の父であるガンジーさんのことである。
で、各都市の行政はこのインド独立の父であるガンジーさんに敬意を表して主要道路にこの名前を命名しているらしい。
主要道路であるからにして人々が集まり賑わう道路なのである。

さしずめ日本でいうと「銀座通り」ということになるだろう。
日本の場合は本家?の東京の銀座にあやかり○×銀座なる商店街がどこにでもある。
まぁ、これと同じようなものだろう。

でもね、日本の場合は“あやかり”銀座なのであり、
インドの場合は独立の父に敬意を表しているのである。
まぁ、これは国民性や民意の違いというよりも日本の場合「商魂」が根底にあり、
インドの場合には「ヒンズー教」があるからであろう。

ちなみに日本全国にはこの“あやかり”銀座が200以上あるという。
この“あやかり”銀座の第一号は、品川区の戸越銀座商店街だという。
(そういえば我が街にもあるなぁ・・・・)

そして「MG ロード」だが、調べると日本にもあった。
場所は北海道で霧多布から霧多布湿原の中を通って霧多布湿原センターへ
向かう全長1987mの道道808号線が通称MGロードと呼ばれている。
MGロードとはMarshy Grassland road(湿原の道)の略。
この湿原に道路を作ったがで湿原の中の水の流れが分断され生態系が狂ってしまった。
そこで1986年に再度改良工事を実施し湿原を縦断する道にふさわしく道路の下に多数のパイプを通し、
道路によって湿原の水の流れを阻害しないよう配慮し現在の道路になったという。
これはこれで「自然」を守る道路でヨロシイ。

で、プネの「MG ロード」である。
「プネ銀座」?にしてはしょぼいカンジは否めない。
インドは急速に開発が進んでいる。
今のプネも片側4斜線の道路の両側にに巨大なショッピングモールが建っている。
この「MG ロード」は古きよき昔の「プネ銀座」なのである。

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それれにしても野良犬ならぬ「野良牛」が多い「プネ銀座」なのである。

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2012年1月10日 (火)

巨人の星」がインドでリメイク!!

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今年の秋にインドでリメイクされた「巨人の星」が放映されるという
骨格はほぼ原作に近いが競技は「野球」ではなくインドで人気の「クリケット」である。
まぁ、当然といっちゃ当然の話でインドでは野球はメジャースポーツではない。
で、タイトルは「ライジング・スター(仮)」・・・「ジャイアンツ・スター」ではない。

舞台は建設ラッシュに沸く巨大都市ムンバイで貧しい主人公が努力してクリケットのスター選手になる成功物語。
主人公の名は星飛雄馬でなくスーラジ(なんか・・ピンとこないなぁ・・)
父はクリケット元インド代表候補だが中間層よりやや所得が少ない建設技術者(日雇い労働者ではない)
で、大リーグボール養成ギブスも登場するという。
そして、アノ「ちゃぶ台」返しも登場するという!(インドにちゃぶ台があるのか?)

大リーグボール養成ギブスならぬ×××××ボール養成ギブスはどのような形で登場するのか?
×××××ボール一号(魔球)はどのようなものなのか?
日本同様にバットにあたるのか?消える魔球なのか?
このアニメがヒットして野球盤ならぬ「クリケット盤」のようなゲーム(おもちゃ)が発売されるのか?
ショックを受けた時などによく使われる表現「ガーン!」は、ヒンドゥー語(あるいはマラティー語)でどのように表現されるのか?
闘志を表現するのに使われるアノ「目の中の炎」はどのように描写されるのか?
また、インド人達はこの「目の中の炎」が理解出来るのか?

ヒンズー教とカーストの国、インドでヒットするか?
興味が尽きない最近のインドネタである。

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2011年12月18日 (日)

インド・クリケット私観

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インドのエンターテイメントは映画(ボリウッド)、そしてクリケットである(らしい)。
しかし、ワタクシこのクリケットなるスポーツがイマイチ理解できない、というよりは面白さがワカラナイ。
インドに来て、おぼろげにルールは分かってきた。二人一組、交互に3本の棒に球が当たらないようにバットで弾き飛ばす。
ちなみに3本の棒はスタンプでこの上に2つのベイルを乗せる。3柱門と記される場合もある。
そしてアウトも何となく?分かってきた。が、しかし、面白くないのである。
複雑なルールが理由なのかというとそうでもない。

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何というか闘争心を煽り立てるナニかがないのである。
発祥の地 イングランドでは紳士のスポーツとされており、白いポロシャツとスラックスを身にまとい、Vネックのセーターかベストをシャツの上に着ることもある。そのまま街中でも歩け、実にスタイリッシュである。サッカーのユニホームでは恥ずかしくて歩けません!
で、小市民感覚で申すならば、試合中汚れたらイヤだなぁと思ってしまうことである。同じイギリス発祥のスポーツでサッカーがあるがこれは格闘技である。競りながらユニホームを引っ張り、スライディングして相手を倒す。試合後は泥だらけ、ワタクシ的にはこれぞ「ザ・スポーツ!」である。

クリケットの試合は優雅に流れていく。テストマッチといわれる国対抗試合では、4~5日を費やして試合を行うという。最近では時間短縮ということで約 2 時間半で終わる8人制クリケット、約 50 分で終わる6人制クリケットなども出てきたという。
しかし、元来ゆっくりした時間を楽しむというスポーツなので荒々しい闘争心を期待するのが無理なのかもしれない。

今年のクリケットのワールドカップはインドが優勝したが、事実上の優勝戦であるパキスタン戦では宿敵パキスタンに勝ち多くのインド国民が狂喜乱舞した。互いの仮想敵国同士である因縁の対決。インドでは多くの企業がこの日は臨時休業した。仕事どころではないのである。
ローカルスタッフ曰く、「サッカーの日韓戦のようなもの」というが日本と韓国は仮想敵国同士ではなく、歴史的怨念?が韓国プレーヤーの血を滾らせるからで必然的に肉弾戦となりやすい。インドvsパキスタンとはチト事情が違う。
パキスタンがインドに負けた時、パキスタンの多くの家では、テレビが破壊されたと報道された。
インドvsパキスタン戦という闘争心溢れる試合はクリケット・ファンを堪能させたことだろう。(とワタクシは推測する)

で、翻ってクリケット発祥の地とされるイングランドはこのワールドカップで一度も優勝していない。
闘争心が欠如しているからか?と単純なワタクシは思ってしまう。

前回07年のワールドカップまでオーストラリアが3連覇した。この時インドでは、自殺者やショックによる心臓発作で亡くなる人が多数であったとロイターが報道した。

サッカーの日韓戦ではTVが壊され、自殺者やショックによる心臓発作で亡くなる人はいないだろう。
恐るべしクリケットパワーであるのだが、クリケットを楽しむというDNAが欠如?しているせいかワタクシはそのパワーを体感出来ていない。
クリケットは100カ国以上の国で行われ、競技人口はサッカーに次ぐ世界第2位ともいわれるが、これはインド人の多くが競技できるだろうという推定に基づくため、正確な競技人口は不明である。

因みに人気のあるスポーツランキングでもクリケットは2位である。

      1位:サッカー
      2位:クリケット
      3位:バスケットボール
      4位:テニス
      5位:モータースポーツ
      6位:競馬
      7位:野球
      8位:陸上
      9位:ゴルフ
      10位:ボクシング

まぁ、インド成人男性のほとんどがクリケットのファンでプレーヤーである、いっても過言ではないだろう。
で、インドの国技はクリケットと思いきや、クリケットの他にカバディやフィールドホッケーも国技らしい。
らしいというのも正式に法律で制定されていないのでインドに馴染みのあるスポーツとでも言ったところか・・・
しかし、カバディやフィールドホッケーもワタクシは見たことがない!
特にインドが発祥の地とされるカバディはまったくと言っていいほどその存在が聞こえてこない。
このカバディはインド版鬼ごっこで競技中に攻撃者は「カバディ、カバディ、カバディ……」と連呼し続けなければならない、という見ていても闘争心が沸かないスポーツというか民族芸能のような競技なのである。

元来インド人は争いを好まない民族で個人個人は非常にメンタルが弱い。
ヒンズー教の神々や その教えが日々の生活の中に浸透しているのでそれもそのはずである。
しかし、集団となり、「群れ」ると気が大きくなるのか争いごとが多くなる。
集団同士の争いは多い。これは民族間の違い、宗教の違いによって引き起こされる。
そんな微妙なインドの内情の中でいかにインドを一つにまとまるか?
愛国心を植えつけていくのか?
クリケットしかないでしょう!
クリケットという一つのスポーツの下でそれぞれがベクトルを同じくして相手を倒す。
ワタクシは愛国心や求心力はクリケットによって培われているように思えてならない。

で、今日の一句
「クリケット インドをまとめる  求心力」   おそまつ・・・

なお、これらの戯言はワタクシの思い込みと妄想であります。あしからず・・・・・・・

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2011年11月25日 (金)

インドにはまな板がない!!そして「箸とまな板の関係」

ワインのあてを作ろうとスーパーなどで調理器具を物色しているのだが、インドで市販されている調理器具は極めて少ない。
まぁ、基本的にライスとチャパティ、そして野菜のスパイスオイル煮込み(カレー風?)がメインのこちらの食事では調理器具はそんなに必要ではない、ということは容易に推測出来る。
で、ワタクシが捜し求めていたのは「まな板」である。英語ではカッティング・ボード (cutting board) またはチョッピング・ボード (chopping board)である。
これが大手のスーパーなどで探してもないのである。

しかたなく買い求めたのはチャパティを延ばす時に使用する木製の台である。
チャパティ1枚分の大きさだからそんなに大きくはない。

調理用ナイフだがこれも種類が少ない。
肉を切り分け、魚を捌く必要もなく。ただ野菜が切れればいいのだから小さなナイフしか売っていない。

で、こちらではこの野菜をまな板を使わずに切るのである。
どのようにして切るのか?
ようするに手持ちで材料をそぎ落とす形が一般的らしい。

このまな板を使わない文化というか国は結構多い。
で、調べてみるとこの「まな板文化圏」は東アジアが多く、これは「箸文化圏」とほぼ一致する。

これは孔子の「君子厨房に近寄らず」の格言に基づているという。
つまり、人格者は身を慎(つつし)む者であるから、危険な所には初めから近付くべきではない、ということで、
食卓上でも刃物の使用を禁止した。
これにより、厨房で箸にとりやすい大きさに切りそろえられ、食卓に出されるようになったのであり、
切りそろえる必要性から必然的にまな板が必要となったという。

特に日本の場合では魚を捌く作業では絶対に必要なもので、まな板の語源も、「まな」とは「真魚」(川魚)のことを指し、古くはその用途は魚の調理にのみ限定されていたと見られる。

調理器具はその食文化から必然的に発達していくのだが、インドは昔から菜食主義の国。
博物館にはもはや骨董品モノで今では使われていない床に置き野菜を切断する器具が展示されていた。

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確かにこれではまな板は必要ない。

最近の日本でもまな板・包丁がない家庭があり、スーパーでパックに入った切り刻んだ野菜を買うという。
インドのスーパーでも同様の商品があり若い主婦が買っている。
スーパーでは調理用ナイフよりも調理用ハサミの種類の方が多かった。
野菜を文字通り切る訳で(インド人には)ハサミの方が便利なのかもしれない。

日本はまな板文化があり包丁文化、そして箸文化がある。
日本人の食に対する好奇心や探究心がこれらを育み豊かな食文化を築いてきた。
改めて「料理」の奥深さを痛感し、日本の豊かな食文化を遠くインドの空の下から羨む今日この頃なのである。

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2011年8月18日 (木)

ゴア  

8月13日から15日はインド独立記念を含んだ3連休。
ということでインドでも有名なビーチリゾートであるゴアまでかるーく骨休め・・・のつもりだった。細かい日程などはローカルスタッフに任せ、ワタクシはただ何も考えずに付いて行けばいい、と思っていた。

がしかし、これは大きな間違いであったことが行ってみて気づいた。
話ではクルマで6時間でゴアに着くということだったが、ハイウェーから右折しゴアに向かう道は悪路の連続で、しかも狭い!クルマが一台通れるような幅でスピードが出せない。

早朝の4時にプネを出てゴア着が13時30分。9時間以上の長旅に体中の間接が軋み、腰が痛みだした。
帰ってきてから調べたが、プネからゴアまで約460kmあるという。東京~京都間の距離に匹敵する。
日本人(関西圏内は除く)の感覚ではクルマでは京都には行かない。

「そうだ、京都に行こう!」と思い立ったら、新幹線を使い、車中ビールを飲みつつ、駅弁を食べ、一寝入りし目が覚めたころに京都に着くというのが
実にベターで正しい?京都へのアプローチの仕方である。
がインドには新幹線はナイ。クルマかバスか鉄道か飛行機を使いゴアに入る。バスや鉄道はクルマ以上に時間がかかる。
飛行機は金がかかる、ということでローカルスタッフは気を利かしてクルマを選択したということなのであるが、事前に道路事情を把握していたならば、ワタクシは躊躇なく飛行機を選択していた(であろう)

貴重な休暇の時間を移動時間で消費したくない。そして体に優しく移動したい。多少金がかかっても時間を金で買うのがこの場合正しいセンタクなのである。
時間があればバスで移動するのが逆に正しいセンタクとなる。そして安い。
まぁ、改めて日本の狭さとインドの広さを実感したのだが、全ヨーロッパとほぼ同じ面積のインドを旅するのは忍耐が必要なのである。

で、話はゴアへと進むのだが、このゴアはインドであってインドではない独特の雰囲気が漂っている。
ゴアに近づくと民家の玄関に十字架が飾られたりし、少年たちが遊んでいるスポーツはクリケットではなくサッカーである!
そしていともたやすく酒屋、飲み屋(BAR)を見つけることが出来き、道行く人々の手にはビールが握られているのである!
なんという素晴らしきフリーダム!

それもそのはずで時は1960年代、ヒッピームーブメントの先駆者たちが目指したのがここ聖地ゴアなのである。
ちなみにヒッピー三大聖地と言われているのはゴア、カトマンズ(ネパール) にカーブル(アフガニスタン) である(らしい)

ここゴアは約500年間にわたりポルトガルの植民地であり、インド独立後もポルトガルは居座り続け1961年にインド国民軍が武力侵攻し、
インドにおけるポルトガルの植民地支配は終結したが、その名残は色濃く残っている。
セ・カテドラル教会(Se' Cathedral)、 聖フランシス修道院とその聖堂、ボン・ジェズ教会(Bacilica of Bom Jesus)など
ポルトガル時代のキリスト教建築が「ゴアの聖堂と修道院」としてユネスコ世界遺産に登録されている。
そいて、このボン・ジェズ教会にはあのフランシスコ・ザビエル (1506~1552) の遺体を安置した祭室も設けられている。

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聖フランシス修道院

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フランシスコ・ザビエル (1506~1552) の遺体を安置した祭室とボン・ジェズ教会

今はインド連邦直轄地となったゴアなのだが、シーフードがウマイ!そして酒税がナイ!というのが素晴らしい。
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しかし、ビーチはレインシーズンということもあり天候がイマイチ、曇天のビーチサイドは何気に寂しげ。

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ということで悲しきかなワタクシのゴア滞在はスキとヒマがあればシーフードを食べつつ、ビールを飲んでいた次第。

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そしてオフシーズンでありながら、夜のバガビーチ・ストリートは右往左往?の混雑振りであった。

有名なビーチ・リゾートだが、オフシーズンということもあり、歴史を刻んだ鄙びた?雰囲気が哀愁を感じさせるゴアなのである。

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クルマで行って良かったのはデカン高原から一気に流れ落ちる滝を見れたことぐらいか・・・

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2011年8月 7日 (日)

インド・・・病院事情・・・ITセクターの次は医療ツアー

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食べることしか楽しみがないのに急に歯が痛み出した。
で、これではイカン!ということで否応なく歯医者に行くことになった。
インドの歯医者というか病院に対してあまり良いイメージは持っていなかったのだが、私の危惧とは裏腹にインドの医療水準は非常に高いらしい。
そして何よりも治療費が安い!のが魅力ということで、今までは歯の治療ならハンガリー、それ以外ならタイやシンガポールなどに行っていたが、近年では欧米からインドへの歯の治療などの医療ツアーが急増しているという。

また、【1】X線CT(コンピューター断層撮影装置)【2】MRI(磁気共鳴画像診断装置)【3】RI(核医学検査装置)【4】PET(陽電子放射断層撮影装置)といった高額の最先端医療機器や設備が整っており、脳外科や心臓手術などで国際的に高い評価を得ている病院も増えてきているという。

特にニューデリーやマドラスなどインド国内各地でチェーン展開をしている大手私立病院は、心臓のバイパス手術や心臓・肝臓の移植手術などの分野で世界のトップクラスに入る病院で、インド内外から訪れる患者数は年間9万5000人にも及ぶという

物価水準が低いため、これらの病院で手術にかかる費用は欧米の数分の1程度で、具体的に、米国とインドの手術費用を比較すると、骨髄移植の場合、米国が25万ドル程度となるのに対して、インドは6万9000ドルと約4分の1の値段である。また、生体肝移植の場合、米国の30万ドルに対して、インドはわずか6万9000ドル程度ですむ。

医療ツアーの成長余地は大きく、2012年にはその市場規模が1000億ルピー(約23億ドル)に達するとも言われている。インド政府は、将来的に医療ツアーがITセクターと並ぶ成長セクターになるとみており、その新興を図っているという。

で、ここで話をしているのはあくまでも近代的な私立病院のことで公立病院に高度な医療を期待してはいけない。

そしてインドには路上床屋ならぬ路上歯医者さえある(らしい。ワタクシの近辺では目撃されていない)

インドでは正式な訓練を受けず、歯科技士や歯科助手として働きながら治療技術を身に着けた人たちが、路上で歯科治療を行っているという。1日に150ルピー(約300円)ほどの収入があり、約5ルピー(約10円)で歯のクリーニングを施術してもらうことができるらしいが、まぁ、間違ってもここでは治療は受けたくないと思うのだが、カラダをインド仕様に出来るならばこれほどコストパフォーマンスに優れた国はないのかもしれない。

で、ワタクシの歯の治療だが2回ほど通院しただけで完治してしまった。恐るべきインド医療の底力を感じた今日この頃である。

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2011年7月25日 (月)

シタールあれこれ

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インド映画はインドの伝統演劇から昇華されて極上の大衆芸術となっている。
まぁ、、使われている音楽は現代風にアレンジされたダンサンブルな曲がほとんどである。

で、気になるのがインドの伝統音楽である。
ワタクシの極めて個人的で短絡的な発想ではインド伝統音楽=シタールである。

ワタクシがこのシタールという楽器を知ったのはビートルズ(ジョージ・ハリスン)からで、
ジョージさんは映画「ヘルプ!」で劇中の小道具として使用されていたインドの楽器シタールに興味を持ち、1965年の「ラバー・ソウル」収録の「ノルウェーの森」で、ロック・ミュージックに初めてシタールを導入した。
そして翌1966年には、インドのシタール・プレイヤー、ラヴィ・シャンカールと運命的な出会いを果たすのである。

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で、ジョージさんはその後インドの精神世界へと傾倒していくのだが・・・・
解散後初のソロシングルヒットとなったマイスイート・ロードは当時クリシュナに大きく傾倒していた彼の神への信仰心を歌ったものであり、「ハレルヤ」と交互にコーラスで歌われる「ハレ・クリシュナ」とはヒンズー教の最高神の名前である。

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で、ジョージさんにシタールを教えたラヴィ・シャンカールだが、
ワタクシが初めて彼の姿を拝見したのは1972年のバングラデシュ・コンサートでのライブ映像であり、これはロック界初の大規模なチャリティー・コンサートとして有名である。
そして、このコンサートはラヴィ・シャンカールの要請でジョージさんが主催したものである。
このライブ映像でラヴィ・シャンカールを、そしてシタールの形・姿を初めて観たのである。
また、1967年のモンタレー・ポップ・フェスティバルでも、69年のウッドストック・ロック・フェスでも、ラビ・シャンカールが取りをとっている。

このラヴィ・シャンカールさんだが芸能一家で、兄弟に有名なダンサーがおり、(彼も若い頃はダンサーだった)で、甥にあたるアマンダ・シャンカールもミュージシャンである。
そして2002年に個性的なスモーキー・ボイスで鮮烈なデビューをした「ノラ・ジョーンズ」が彼の娘と知った時は驚いた。

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ジャズのスタイルを取りながらもソウル、カントリー、フォーク、ポップスなどを独自のノラ・サウンドで歌い上げる才能にオジサンはカンドー島倉千代子????
そして彼女の音楽にはインド音楽の微塵もない。
そして20年振りに聞いたラヴィ・シャンカールの名。

このミスマッチというかギャップが新鮮だ。そしてワタクシは彼女のファンである。
また2007年にはウォン・カーウァイ監督による初の主演映画『マイ・ブルーベリー・ナイツ』に出演したが演技はイマイチである。
その彼女に妹がいると知ったのは最近のこと。

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名は「アヌーシュカ・シャンカール」で父と同じシタール奏者である。
ノラ・ジョーンズとは異母姉妹の関係で年は3歳差だという。
ここらへんの事情は三角関係でW不倫??というチョット複雑な関係なので割愛しませう。
アヌーシュカ・シャンカールは父親とも共演しているしノラ・ジョーンズとも共演しているという。
そして去年2010年9月にアヌーシュカ・シャンカールさんは映画監督であるジョー・ライト氏とロンドンで極秘挙式を行ったという。

で、話は本題のシタールへと戻るのだが、
もともとは北インド発祥の弦楽器である。
演奏する弦は基本的には7弦でフレット数は20。
この7弦のうち4本はメロディを奏で、3本はリズムを刻む。
で、フレットの下にはは約12-16本の共鳴弦が張られているが文字通りこれらの弦は直接は弾かずに共鳴させるためのものである。
演奏はミズラブという金属製の爪で弦を弾きまたチョーキング奏法により4-5度音を出す。
ボディ(共鳴胴)は通常瓢箪(ヒョウタン)やユウガオの実が使われている。
またネックの上部にも小振りの共鳴器が付く。

プネにはラージャ ディンカル ケルカル博物館がある。
ここには20,000点以上に及ぶ考古学的にも価値の高いコレクションが保管されており、シタールなどのインド楽器も多く展示されていた。

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しかし、色々な形の弦楽器があるものだ。

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ダブルネックのシタールか?

今のプネではシタールを使った伝統音楽を拝聴する機会がほとんどない。
まぁ、日本でも三味線を聴く機会というのは「上妻宏光」や「吉田兄弟」のコンサートぐらいではなかろうか?
そういえば1月に沖縄に行った際に那覇にある「ネーネーズ」のライブハウスで三線を聞いたなぁ・・・
プネに民謡酒場??はないだろうな・・・・・
で、調べたら「チャンドラカント・サラデシュムク」という世界的に有名なシタール奏者のお方が
東京やプネを活動拠点にシタールを使ったミュージック・セラピーを行っているという。
で、このチャンドラカントさんだが、ナント!8歳の時にラヴィ・シャンカールに見込まれ弟子入りしているという。

今度シタールを使ったミュージック・セラピーでも受けてインドの精神哲学?の奥深さでも堪能しようかと思案している今日この頃なのである。

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2011年7月17日 (日)

インド個人的酒事情

インドでは酒を飲むという習慣は一般的ではない。
これは宗教的な要因が強く、飲酒に関してはかなり保守的である。
インドの人口のうち原則禁酒のヒンドゥ教徒が81%、飲酒禁止のイスラム教徒が14%を占めている。

そして、グジャラート州はジャイナ教の影響で常時全面禁酒である、
また、インド独立の父として知られるガンディーが禁酒運動を進めた影響もあり、飲酒=罪悪といいイメージが根強くあるようである。

しかし、古代よりインドにあったバラモン教は飲酒を禁じているわけではなく、またヒンドゥー教も数え切れないほどの神が存在し土着神と融合していく過程で酒好きな神もおり古代インドでは飲酒は盛んだったようである。

以前では酒は裕福層が高級ホテルで嗜む程度だったが、最近では経済の発達と共に飲酒する人達が多くなってきている。
週末ともなれば街中にある酒屋(どこも小さい)の店頭に酒を求める人だかりができる。
彼らが買い求めるのはウイスキーの小瓶とつまみのスナック菓子である。

また、街中にあるローカルの「レストラン」では酒は提供していない。
酒が飲めるのは「レストラン & バー」である。
そして酒が飲める店では「ベジタリアン料理に加えて肉料理・魚料理も食べられる場合が多い。

まぁ、イスラム諸国に比べれば飲酒に関する規則はそんなに厳しくはない、
しかし、ドライディーなる禁酒日がある。
イスラム圏では重要な宗教的祝日の前夜からホテル・レストランでも酒の提供が禁止されるのだが、
インドでも独立記念日やガンジー誕生日、そして宗教的祝日に加えて選挙日も禁酒日(ドライディー)となり、
ホテル・レストランでの酒の提供が禁止される。
こういう日はおとなしく部屋に篭って酒を飲むしかない。

で、インドでビールといえば「キングフィッシャー」である。
インド最大手のビール会社でインドで最も売れているビール。トレードマークはカワセミ。
これはこれでウマイ!

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しかし、最近ではインドワインが美味しいのである。で、週末はワインを飲みつつワインのつまみを作りながらまったりと過ごしているのである。
インドのワインは不味いという先入観から遠慮していたのだが、ある日口にしたインドワインの美味しさに思わず驚愕し、
それ以来インドワインに填まっているのである。

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で、最近よく飲むのがこの「スラ・ヴィンヤーズ」である。
このワインは、インド西部の都市ムンバイから180キロ北東に離れた海抜610メートルの高地にあるナシクの町で作られている。
ここはスペインやカリフォルニアに似た気候で、ブドウ栽培にうってつけの土壌が広がっているという。

ワタクシ個人的には赤・白・ロゼ共とても飲みやいワインであり(要するに口に合うワインということ)、酒屋でコイツを見つけるとまとめ買いをしてしまう。
しかし、同類がいるもので、行きつけの酒屋で一人の欧米人が店頭にあったSULAの赤を全て買い占めていた。
(小さな酒屋なので10本程度だが)

という訳で週末はこのワインを求めてプネの街を彷徨っているのである。

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