カメラの記憶

2017年9月22日 (金)

カメラの記憶「マイアミ大学」+補足

困ったときの蔵出し画像ではないが、USBメモリーを整理していたらフト出てきた懐かしの写真である。
今から30数年前、ワタクシはフロリダはマイアミ大学のインテンシブ・イングリッシュ・スクールに1年間語学留学していた時期がある。
そーいえばだいぶ前に「マイアミビーチ」をネタにした蔵出し画像をアップしたが、その続編?である。

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当時住んでいたドーム(学生宿舎)の正面玄関の図 
右に写っているのはトルコ人のオッチャンでテニス仲間だった。名前は・・・忘れた・・・

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ドームからインテンシブ・イングリッシュ・スクールに向かう路-1

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ドームからインテンシブ・イングリッシュ・スクールに向かう路-2

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ドームからインテンシブ・イングリッシュ・スクールに向かう路-3

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ドームからインテンシブ・イングリッシュ・スクールに向かう路-4

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インテンシブ・イングリッシュ・スクールの中庭の図

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カフェテリア前の広場

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カフェテリア前の広場からプール(飛び込み台)を臨む
酔っぱらったワタクシはこの飛込台の最上段から飛び込んだ・・・らしい・・・・

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補足
なんで酔っぱらったのか?
実はこのプールの先にラスケラーというバーがありそこでしこまた飲んでしまったからで
ラスケラーについては「我が音楽の記憶“American Pie"」に詳しく載ってます。

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2015年2月28日 (土)

昔(カメラ)の記憶 マヤ「コパン遺跡」

インドネシアのネタもありそうでなさそうなので・・・
先日の続きということでホンジュラス「コパン遺跡」のネタでいきませう。

ロアタン島旅行始末記?は先日過去の記事を改稿しアップしたのだが、ホンジュラスのもう一つの観光地である
「コパン遺跡」については書こう書こうと思って早15年以上が経過してしまった。
まったくもってタンザニアのイカンガーである・・・・
(しかし、このフレーズも使い古した感があるなぁ・・・)

で、今回は蔵を漁りながら、かつ30年前の記憶を手繰りつつ書き出したのだが・・・
ほう~最近ではコパン・ルイナス市観光課の公式日本語ホームページがあるのか!
まぁ、昔からJICA関係の支援がホンジュラスにはなされてきているので、これも海外青年協力隊の手によるものだろう。
かくゆうワタクシも無償援助プロジェクトでこの地に居たのである。

この「コパン遺跡」だがアクセスが非常に悪い。ホンジュラス在住者でさえ日帰りは無理で近郊のホテルに宿泊する必要がある。
アクセス的には隣国ガテマラのグテマラシティーからバス、あるいは車で入るのがよい。
あとは、マイアミからサンペドロ・スーラ経由で入るのがベターである。

コパン遺跡」は1980年には世界遺産に登録されており、さぞや有名な観光スポットで観光客も多いのだろう、と
想像していたが、我々が訪れた時には観光客は我々だけであった。
以下の写真をご覧になればわかりますが、人(観光客)が一人も映っていません。
実に寂びれた世界遺産である。

で、最近のマヤネタではマヤの暦が2012年までしかないということで「2012年12月に世界が滅びる」という預言?噂?が
全世界を駆け巡り、これを題材にした映画まで製作されていたが、最近では「2015年に人類が滅びる」という噂があるらしい。
まぁ、マヤ文明に関してはまだ解明されていない謎が非常に多く、これもガセネタだと思うのだが実に謎が謎を呼ぶ「マヤ文明」なのである。

以下に当時の写真を記載しますが、説明は省略します。というか覚えていない・・・・?

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コパン王朝古典期の球戯場
ガイドの説明では生贄の首をボール代わりにしてサッカーのような試合を行っていたらしい。
まぁ、記憶が曖昧で定かではない・・・・m(__)m

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マヤネタでは以前に「古代マヤの遺跡」、「インカ・マヤ・アステカ展」や「トゥルム」などを記事として記載してきたが、
大物の「チチェン・イッツァ」も訪れたことがあり、これはまだ記事にしていない。
あと「テオティワカン」(これはアステカ文明)も画像が蔵に眠っている・・・・・これもそのうちアップしませう。

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2015年2月26日 (木)

昔(カメラ)の記憶 『カリブ海 ロアタン島』 Part-2

「カリブ海のぶったまげホテル  その2」

ロアタン島、正確にはロアタン諸島「ISLA DE BAIA ROATAN」なのだが、
我々はその中の一つの島に行く。

実はこのロアタン諸島、映画のロケに使われたことがある。
スティーブ・マックイーンとダステイン・ホフマンが共演した
パピヨン」という映画で、切り立った断崖絶壁の無人島からの脱出ものという設定だったが、
我々の行く島は珊瑚礁のラグーンに囲まれた島である。

ダコタは高度を下げタッチダウンしたが、振動が激しすぎる。
で、よく外をみたら、ナント、滑走路が舗装されていないではないか!
赤っ茶けた地盤が露出しており、ダコタは赤い土ボコリを巻き上げながら滑走している。
(エライところに来てしまった!)
訳がわからない不安が一瞬脳裏をかすめる。

ダコタから降りて周りを見ると屋根をヤシの葉で覆った小屋が一軒
あるだけである。小屋といっても柱が4本とヤシの葉で覆った屋根だけで、
中に小さな机があるだけである。

ここはアメリカからの発着便がある、インターナショナル・エアポートのはずでは?
ということはイミグレはあの小屋でするのか?
そんな事を考えながらホテルの送迎ジープ?にのる。
この送迎ジープには屋根も座席もない。
ホテルの迎えの者は何の躊躇も、いたわりの言葉もなく我々を後部の荷台に乗せた。
(余談ではあるが、私はネパールで送迎牛車なるものにも乗せられたことがある)

送迎ジープは寂びれた町を抜け、山道に入った。どうやらホテルはこの山向こうにあるらしい。
山道は荒れに荒れていた。
雨水が削り取った溝が20センチ以上の段差となって幾つもの筋を作っている。
この上をジープは横滑りしながら走る。

高度の運転テクニックも必要だが、ここでは高度の乗車テクニックも必要だ。
重心を低くし、荷物を確保しながら、ジープの車体動作を予想して、
振り落とされないようにしなければならない。
右手に朽ち果てたディスコの残骸が見えた。(エライところに来てしまった!)
確信に近い不安が脳裏をかすめる。

やがて山道は急な下り坂になった。(ホテルは近い!)と思った瞬間、
ジープはジェット・コースターの如く、滑り落ちていく。
木々の合間に海が見えたかと思うと、ジープは急にカーブを曲がり抜けて行く。
これはまるで「スペース・マウンテン」ではないか!
いくつものスルドイカーブを曲がり抜け、ジープはやっとホテルの前に着いた。

目の前のホテルを見て私はハッキリ確認した。
(エライ所に来てしまった!もう帰ろう!)と・・・・
何と木造平屋建てで、大小2棟の小屋があるだけではないか!
左の小さい小屋は8畳程度、右の大きい方でも20畳程度の小屋である。

オロオロとうろたえている私を尻目にホテルの従業員らしきアンチャンが荷物を
運んでいってしまった。
セニョール○×もスタスタといってしまった。トボトボと後ろを行くワシ。
どうやら小さい小屋が管理棟らしくここでチェックインをする。
(ホテルの名前は忘れてしまった)

アンチャンが「ここがメシを食う所、腹が減ったら来るとヨロシイ」と大きい
小屋を指差して我々に説明するが、、、、。
(オイオイ、じゃ我々はどこに泊まるんだ!)と思って大小の小屋を抜けると、
なんと、目の前には今まで見たこともない光景が広がっていた。

「うわぁ、、プールみたい」とセニョール○×が嬉しそうに呟いた。
本当にプールみたいなのだ。いや、プールよりも綺麗である。
色とりどりの珊瑚がキラメく水面に揺れている。
目の覚めるようなブルーの熱帯魚の群れがゆっくり泳いでいる。
我を忘れてボーと見ていると、アンチャンはおもむろにボートに乗り我々にも
乗れという。どうやら50mほど先の小島に行くらしい。

こちら側がパブリックスペースでレストランなどがあり、ボートでコテージのある向島へ渡る。

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こちら側がコテージがある向島(プライベートスペース)である。

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天然の水族館の上をボートはゆっくり進む。
小島の桟橋には鐘が釣り下がっており、「メシを食いにレストランに行く時は
この鐘を鳴らすとヨロシイ。船が迎えに行くから」とアンチャンはぶっきらぼうに言った。
小島には10ほどのコテージが点在していた。

どれもがほどよく離れており、珊瑚礁の上に迫り出して建てられている。
本島のレストランがあるパブリックスペースと小島のコテージがあるプライベート
スペースに完全に分離されているみたいだ。
珊瑚礁の上に建てられたコテージは全て木造である。

驚く事勿れ!トイレの便器も便座も洗面台も全て木で作られている。
窓は木のジャロジー、コテージ入り口のドアノブも木である。
もう木、木、木のオンパレードである。
そしてここには電気・水道もない。当然照明もテレビもない!カラオケもない!
レーザーディスクは何者だ!(いかん、、吉 幾三が入ってしまった!)

明かりはランプ。水は雨水を溜めて使う。
トイレは水洗で浄化槽処理しているみたいだ。
ここにあるのは目の前の綺麗な海だけである。
眠たくなったら寝て、腹が減ったらメシを食い、泳ぎたくなったら目に前の
珊瑚礁の海に飛び込む。

何の義務感もスケジュールも時間さえもない。
太陽が出て沈むという自然の摂理のみが我々の営みの全てということに気づく。
コテージの前のサンデッキに寝そべり、ロンというトウモロコシから作った
酒を飲みながら、沖あいのコバルトブルーの海を眺める。
ゴロゴロとそのまま転がって海に落ちる。と目の前には大小様々な原色の熱帯魚が
珊瑚礁の中で見え隠れして泳いでいる。

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又ここには30フィート以上のクルーザーが数隻あり、ダイビングやトローリングができる。
ダイビングは出来なかったのでトローリングをやった。
シイラに似た50cmぐらいの魚を釣り、刺し身で食いたかったが・・・
醤油がないではないか。ウ~残念、、だがグリルもウマイ!!
(その後、アメリカでダイビングの免許を取り、この様なナチュラルリゾートに
行く時は必ず醤油の小瓶を持参するようになった)

夜は波音のBGMとロンとランプの灯火の中で採れたてのシーフードを食べる。
朝は波音が遠く聞こえ、熱帯特有の小鳥のさえずる中でゆっくり起きる。
ここに3日間いたが私の中ではここが最高の5つ星ホテルである。

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このようなナチュラルリゾートが東南アジアにもあり、いくつか泊まったことが
あるが、最初に体験したこのホテルの印象がキョーレツな分だけ脳裏に
刻み込まれている。しかし、このホテルも先ほどのハリケーンで飛ばされて
しまったのだろうか?是非また行きたいホテルである。
(日本からだと片道2日はかかるだろうな)

このようなナチュラルリゾートでは・・・着いたら時計をはずすこと。
あと気に入りの作家の本と醤油の小瓶をもっていくとよい。

                         THE END

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で、この質素な?リゾートホテルだがネットで調べても情報がまったくない。
ハリケーンで飛ばされてしまったのかもしれない。
それにしてもあの木製の便器や便座、そして洗面台が懐かしい・・・
まぁ、30年以上も前の話なので「ロアタン島」も今ではだいぶ様変わりしてしまったことだろう、
としばし感慨に耽る今日この頃なのである。

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2015年2月25日 (水)

昔(カメラ)の記憶 『カリブ海 ロアタン島』 Part-1

先日の記事で「ロアタン島」のことに触れたが今回はその続きである。

ダコタを想う part-2 『鷲は舞い降りた』
http://take4-san.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/part-2-fe3b.html

なお、ここに掲載されている旅行記?は15年以上前にあるMLに寄稿したもので、
ほぼ原文のままですが、本名などの固有名詞は伏字で表記しております。

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「カリブ海のぶったまげホテル  その1」

以前、私が住んでいたホンジュラスという国に観光資源はないだろう!
と思っている、アナタ!バカにしてはいけません。あります。

1、コパンのマヤ遺跡 しかし、ここはよほどの考古学バカでないと行かないところ。

2、ロアタン島  ここも、アメリカからのチャーター便のダイビング客しか行かない。

要するに観光資源はあってないようなものということになる。
しかし、せっかく地元に住んでいるのに知らないのではご近所の手前示しが
つかないということで重い腰を上げて、ロアタン島に行くことになった。
(コパン旅行記はまたのちほど)

同行者は「セニョール ○×」、この人はプロジェクトの通訳で、ペルー生まれの日系三世。
趣味は“宗教”と“女”という変わった人である。
彼はペルー時代、吉永 小百合の通訳として1週間行動を共にしたことがあり、
また、日本から来る要人の通訳をペルー政府から頼まれてイヤイヤやっていた人である。
(小百合ちゃんの場合、ニコニコしてやったらしい)

で、飛行機に乗る為、テグシガルパの飛行場に行き私の目に飛び込んできたのは、
ナ、ナント!DC-3ではないか!通称ダコタと呼ばれるこの双発機は第二次世界大戦中、
輸送機として大活躍したヤツだ!
ジャックヒギンズの小説で有名ではないか!
(コイツに乗るのか)と思わず飛行機の前でVサインの記念写真を撮ってしまった。

タラップを上って機内に入って途端、「ウッ、、暑い!」
しょうがない、昔の飛行機だ。空調なんかなくて当たり前だ!と
シートに腰掛た途端、「ウッ、、狭い!!」
しょうがない、輸送機を無理矢理旅客機にしているんだから、と無理矢理自分を納得させる。

見回すと客席は30席程度である。
足に何か当たるなと思って下を見たら、後ろの人の足がシートの下から出ているではないか!
何とか体をシートにくくりつけると、
ステュワーデス(おおっ、、いるではないか!ステュワーデスがしかもキレイだ!)が、
何やら前の方で客に指示をしている。
どうやら客の背格好を見て、「オマエはココ」、「オマエは向こうに行け」と
飛行機が飛行中に傾かないように客の体重配分をしているらしい。
私達のところに来て、左右の客を見比べた。

「あなた達は前のあそこの客とチェンジよ」と言った。
(ムッ!俺達はそんなに太ってはいないぞ!)と思ったが、
変なイザコザを起こして、飛行中に上空から突き落とされたのではかなわない。
素直に従って座席を移動する。

プロペラ機のテイクオフというのはフワッとした感じであるが、何しろやかましい。
耳元で「バババババババババババババババババババババババババババババ」と
自動小銃を100丁まとめて連射されている感じだ。
隣りの「セニョール ○×」の話声が聞こえない。

Douglasdc3_p

機内はものすごい湿度で汗がダラダラでる。申し訳程度に小さな扇風機が4つ廻って
いるが、何の役にもたっていない。
「セニョール ○×」が私の脇をこずいて、前を指差している。
何と、操縦席と客席を仕切るドアが壊れていてバタバタしている、

DC-3の操縦席

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ドアが開いたその瞬間・・・私はとんでもないものを見てしまった。
何と形容したらいいのだろうか!?
見てはいけないものを見てしまった?
我が目を疑う?
あってはならないことを見てしまった?
どれもその時の驚きを表現できない。

なんと・・・ビールを飲みながら運転、じゃない操縦しているのだ!!
「飲酒操縦」・・・新しい日本語だ!
しかし、使う機会はほとんどないだろう。
副操縦士と笑いながらビールを飲んでいる。

しかも、この運チャン、じゃない操縦士は途中給油で降りた、
サンペドロ・スーラのカフェでもビールを飲んでいた。
とんでもないヤツだ!
客のほとんどがこの光景をみているが、別段気にしている様子はない。
いくら、アスタ・マニャーナの御国柄とはいえこれにはぶっ飛んだ!

給油を終えたダコタはカリブ海へと入った。
下を見るとコバルト・ブルーの綺麗な海が広がっている。
前方に雨雲が見えた。(スコールの中に突っ込むな)と思った数分後、
ダコタは突っ込んだ。揺れる、のは我慢しよう。

困ったのは雨漏りすることである。室内パネルの継ぎ目からは漏れるわ、
天井からはポタポタ落ちるわで、飛行機に乗るのに洗面器が必要になるとは
夢にも思っていなかったが、そうこうしているうちにスコールを抜けた。
しばらくすると、眼下に目指すロアタン諸島が見えてきた。

以下 Part-2に続く

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2015年2月24日 (火)

ドブイタ・ノスタルジー

かつては18歳未満立入り禁止区域??だった通称「ドブ板」だが、
今では、ファッショナブルな“通り”に様変わりしてしまい、
オジサンはチョット寂しい・・・・
で、表通りを外れた裏通り歩くわけなのだが所々にまだ昭和の“面影”が残っていたりする。

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このモザイク壁画もその一つであり、あるアパートの1階エントランス部かつ階段室の壁に
施されたモザイクタイルの壁画なのである。
この空間が実にイイ!
昭和ノスタルジーならぬ“ドブイタ・ノスタルジー”を醸し出している。

最近あるテレビドラマを観ていたら主人公の一人がこのエントランスに駆け込むシーンがあった。
どうやらこのアパートにこの主人公が住んでいるという設定らしい。
で、このドラマでは汐入駅界隈やドブ板通り周辺がロケ地として設定されており、
見慣れた光景が多く登場し、しばし記憶がフラシュバックしてしまい、
遠く離れたインドネシアの地で見慣れた光景に遭遇?するとチョットウルルとなってしまう。

それにしてもレアな場所を選んだものである。
「ドブ板」をロケ地に使った作品というと古いところでは「豚と軍艦」があるなぁ・・・・
これぞまさに「The 昭和」的な映画であるのだが、当時の面影は裏通りにさえもはや残っていない・・・・

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ヤンキーボケのお姉さま達と酔っ払いヤンキー達で賑わった通りは今では観光客がそぞろ歩くこ洒落た〝Street”に様変わりしてしまった今日この頃。
オジサンは「ドブイタ・ノスタルジー」を求めて彷徨い歩くのである。

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2015年2月 4日 (水)

カメラの記憶 「ホイアン」

ネタがない困った時は怖いもの知らずの蔵出し頼み!?ということで引っ張り出してきたのはベトナムはホイアンのスナップである。

25年ほど前か・・・所用でベトナムのダナンに3度ほど行ったことがあり、周辺の街にも良く足を延ばした。
その一つに“ホイアン”がある。ダナンの南30キロに位置し、車で40分ほどの距離。

古くから国際貿易港として繁栄してきた街であり、古い町並みは1999年に世界遺産に指定された。
実はこの街、日本人ゆかりの街でもある。
江戸幕府初期、朱印船貿易による貿易が栄え、最盛期で約1,000人の日本人が居住し日本人街を形成していたのである。
しかし、その繁栄は約30年ほどで江戸幕府の鎖国により往来が途絶えた。

で、街中にその日本人街の名残がある。
来遠橋(日本橋) - 中国風の屋根付橋だが、1593年に日本人が建設したと伝えられ、2万ドン札の裏側にも印刷されており、
現代のベトナム語ではChùa Cầu(橋寺)とも呼ばれている。
梁を支える腕木の意匠に日本を感じますなぁ・・・

25年以上前の写真なので今の街並みと微妙に違うかもしれない・・・・

ホイアン観光ガイド↓
http://www.hoian.kankoguide.info/

そうそう、最近のニュースでホイアン市が「一番気に入る観光地に選ばれる」と報道されております。

来遠橋

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2015年1月15日 (木)

カメラの記憶 ドバイ 「ステンド・グラス」」  色彩乱舞シリーズ-4

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居住していたアパートのご近所に奇妙な外観の複合施設がある。
その名もワフィーモール&ザ・ピラミッド(Wafi Mall & The Pyramids)。

確かここはある王族のお方が所有しており、そのお方の趣味趣向がエジプト好み?だったので、
ここのモールのデザインコンセプトは「The エジプト」ということで統一されたらしいのである。

モールのファサードなどはあのアブシンベル神殿などを意識してデザインされており、
隣接するホテルのデザインも「The エジプト」で、ホテルやモール屋根部は遠くから見てもわかる「ピラミッド」である。

ここのモールだがいつ行っても閑散としており、あまり繁盛しているとは思えない。
まぁ、王族のお方が「道楽」でやっている?のでこちとらが気にすることはないのだが・・・・・・

で、今回は色彩乱舞シリーズということでモール屋根(天井部)のステンド・グラスの画像集である。

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Bbb

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Eee

Fff

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Hhh

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Jjj

夜明けのワフィーモール&ザ・ピラミッドの外観・遠景の図

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2015年1月13日 (火)

カメラの記憶 ドバイ 「光る床 無限変化?」  色彩乱舞シリーズ-3

怖いも知らず?の“蔵出し画像集”の再開だす・・・・

これは以前にもチョット記事にしたことがあるご存じドバイ・モールの「光る床」である。

無限に変化しているように見えるのだが、いくつかのパターンを組み合わせてコンピュータで制御しているようである。
床の表面というか発光面は恐らく「強化ガラス」で、内部に組み込まれた光源は超高輝度LED(発光ダイオード)だと推測され、
小規模のモノは日本にもあるのだが、これほど無駄に?金をかけた大規模な「光モノ」はそうそうお目にかかれない。

というわけで今回はこの光る床の無限変化?の画像集である。

Aaa

Bbb

Ccc

Ddd

Eee

Ggg

Hhh

Iii

Jjj

Kkk

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2015年1月10日 (土)

カメラの記憶 ドバイ 「色彩乱舞動物素像」  色彩乱舞シリーズ-2

ドバイの街を歩いていると所々でカラフルな動物の像によく出会う。

基本は馬が多いのだがたまにラクダにも出会える・・・
ラクダが主役だろう!と思うのだが馬もそれなりに多い。
やはり「ドバイワールドカップ」を印象付けたい当局?の思惑なのだろうか?

まぁ、それはさておき、今回はそんな動物像のスナップ集である。

で、余談なのだが、日中気温が40度を超える日がざらにあるドバイでの街歩きは命がけ!?である。
従って、こまめな水分補給は大事である。
故に、ワタクシは常にワタクシにとっての聖水?である“麦泡酒”を探し求めるのだが・・・
残念ながらイスラム圏であるドバイでは容易に手に入らない・・・・・・
そして、ワタクシはさらにホテルを探し求めて彷徨うのである。

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2015年1月 9日 (金)

カメラの記憶 ドバイ 「街角コレクション?」 色彩乱舞シリーズ-1

新年早々、お目汚し?致しましたので、ここは一つ色彩が乱舞?するネタで“口直し”しませう。
ネタ元は恒例?怖いも知らずの“蔵出し画像”からである。

まぁ、「砂漠」のイメージが強い中東ではやはり“原色”がよく合う。
くすんだ色はボヤケて砂漠にマッチしない。
そんなドバイには“原色”が溢れているのである。

というワケで、色彩乱舞シリーズと称するドバイ画像集をスタートしませう。

今回は街角から拾い集めたスナップ集である。

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Dsc_0342

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追伸:ワタクシ個人的には四季の移ろいの侘び・寂びを感じられる日本の和色が好みであるのだが・・・・

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