時の渚
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ダーウィンの使者〈上〉 (ヴィレッジブックス) (文庫)
グレッグ ベア (著), Greg Bear (原著), 大森 望 (翻訳)
イヤイヤ、難しい本である。
何が難しいって生物学、特に遺伝子関連の学術用語がこれでもか!とページになだれ込んでくる。
もう、オジサン途中からワケワカメ状態・・・
そしてこれら記述してあることはほとんど事実で現在進行形の分子生物学情報が駆使された小説である。
それにしてもレトロウイルスの疫病が人類が持っていた進化へのプロセスと紙一重とは!
新しい疫病は新たな人類の進化への第一歩なのか?
[猿人→原人→旧人→現生人類]というプロセスで「猿人→原人」「原人→旧人」の部分を証明する化石がないという。
進化の過程には未だに未知の部分がある。
生物には、生物学的なマスターコンピュータがあり、有利な突然変異が行なわれるとするならば・・・
急激な世代交代で新人類が生まれる可能性がある?
その“新人類”のその後が気になるエンディングである。
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新世界より 上・下 (単行本)
貴志 祐介 (著)
遠い未来はかくものどかな暮らしをしているのか?
そして、そののどかな暮らしは偽りの共同体なのか?
閉ざされた世界で、閉ざされた過去が次第に明らかになってゆく。
過去の人間達の所業は愚かである。
人間はいくら進化・進歩してもその根源である“業”は変わらないのか?
裏に潜む人間の“業”の深さをヒシヒシと感じる。
それにして圧倒的な作者の創造力には感服する。
奴隷として使役されるバケネズミ。
自爆して敵を倒す風船犬。
自走式図書館のミノシロモドキ。
そして、呪力を暴走させる悪鬼と業魔・・・・。
上下巻合わせて1071ページの大作であるが3日間で一気に読んでしまった。
池上永一の「シャングリ・ラ」も面白かったが引けを取らずにこちらも面白い。
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のぼうの城 (単行本)
和田 竜 (著)
現在、NHKの大河ドラマでは「天地人」が放映されており、先々週は「天下統一」ということで小田原の北条攻めが描かれていたが、この北条攻めに三成の姿は見えない。
この時、三成は忍城を攻めていたのである。しかし、結果として三成はこの忍城はついに落城させることは出来ず、小田原城が先に落城したことによる開城となったのである。
秀吉の小田原征伐で戦いで落とせなかった唯一の城である。
で、このことが忍城側の面目躍如となり、忍の浮き城という別名の由来となった次第。
この戦いでは三成の水攻めが失敗に終わり、その不手際が三成の戦下手、武将失格?を印象づけているのが面白い。
この「のぼうの城」は、のぼう様と呼ばれる城代と敵役の石田三成の戦いを描いたものだが、こののぼう様が実に魅力的である。
こういう“人間”を描いた歴史小説はホント面白いと思う。
現代の指導者も少しは見習って欲しいと切に思う今日この頃である。
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無限連鎖 (文春文庫) (文庫)
楡 周平 (著)
日本の冒険小説もなかなか面白いではないか、と気づかせてくれた一人に楡 周平氏が
いる。
10年ほど前に「Cの福音」で衝撃的デビューをし、“悪の朝倉恭介”を我々の脳裏に刻
みつけシリーズを続々刊行していき、それと平行して“正義の川瀬雅彦”を登場させ、
「朝倉恭介」( Cの福音・完結編)で二人を対決させる。
イヤイヤこの一連のシリーズは面白かった。
で、この「無限連鎖」はあの悪夢の“September 11”(同時多発テロ)から始まる。
そしてこれをきっかけに連鎖的に起きる悪夢のテロ。
無差別な大量殺戮ではなく経済活動を破壊させる。
この未曾有の大規模テロの連鎖はやがて日本にまで及ぶのだが、物語的に次第に尻つぼ
みになってしまいワタクシ的にはチョット残念である。
しかし、物語は結末も近づき、人々の想いが交錯する中で緊迫した出来事が続き、再び
盛り上がる。
そして決断の時が迫ってくる。
このテロを想定外の出来事だと高をくくる事なかれ!
現実に起きる可能性はゼロではない。
平和ボケした日本に活をいれる小説である。
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ロマノフの血脈 上巻 (単行本)
スティーブ・ベリー (著), 富永 和子 (翻訳)
「ファティマ 第三の予言」「テンプル騎士団の遺産」など一連のスティーブ・ベリーの作品を読んできた。
この「ロマノフの血脈 」はこれらの作品よりも前に発表されている。
ロシア革命時にニコライ二世皇帝一家は全員が虐殺された。
その後、共産主義体制はロシアを支配したが、国境を越えた経済の自由化が共産主義体制を事実上崩壊させてしまっている。それが今のロシアの現状であろう。そして不安定な経済状態が続いている。
で、人々は堅固だった帝政復古を望み、その候補者を選定していくのだが・・・
(この小説はフィクションである)
そんなロシアの社会的情勢からこの歴史ミステリーは始まっていき、
そして、祈祷僧ラスプーチンの予言通りに物語は進んでいく。
特に皇女アナスタシア伝説は有名でもある。
このあたりが欧米の人々の興味を引いてやまない理由なのかもしれないし、
ロマンとミステリーに溢れている。
で、今でもイングリッド・バーグマン主演の映画やディズニーのアニメが有名である。
でも我々日本人には帝政ロシアの時代の歴史土壌や認識はまったくない。
だから読んでいても物語にすんなりとは入っていけないもどかしさはあった。
しかし、後半はスリリングなジェットコースター的冒険活劇とあいなり、ページをめくるスピードも早くなり、一気にラストへと突入していく。
そしてロシアには正当な血筋の帝政が復活するのか?
イヤイヤ、オモロイです!
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テンプル騎士団の遺産 (単行本)
スティーブ・ベリー (著), 富永 和子 (翻訳)
“キリスト教”の隠された歴史が面白くなり関係する本をいろいろと読んでおり、先日はスティーブ・ベリーの「ファティマ 第三の予言」を読み、ローマカソリック教会の裏側を垣間見た?のだが、今回、スティーブ・ベリーさんはキリスト教の本質である“キリストの復活”の謎を説いてゆく
そして、この小説は個人的に興味あるキーワードである「テンプル騎士団」が全面的に表に出て、その歴史や信仰心、そして陰謀・権力の回復、欲望などが実になまめかしく描かれている。
なによりも古代には莫大な富を持ち、王や教皇たちに勝る絶対的な権力を有していた「テンプル騎士団の遺産」を捜し求める謎解きも面白いし、その中に隠されていた“キリストの復活”の真実が興味深い。
この小説はフィクションなのだが、意外と“キリスト教の真実”とはラストで描かれているような“出来事”だったのかもしれない。実に説得力がある。
それにしても、スティーブ・ベリーさんの詳細はよくわからない、というよりはそのプロフィールは隠されているようである。
これがイスラム教だったら命を狙われてもおかしくはないからなぁ・・・・
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ファティマ 第三の予言 (単行本)
スティーブ・ベリー (著), 富永和子 (著)
「ダ・ヴィンチ・コード」や「天使と悪魔」などダン・ブラウンの一連の小説や映画の影響で“キリスト教”の隠された歴史が面白くなり関係する本をいろいろと読んでいる。
で、この「ファティマ 第三の予言」も“キリスト教”の隠された歴史がベースになっている。
“ファティマの聖母”あるいは“ 第三の予言”については以前友人(その手のオタク)からその詳細を聞かされてはいたのだが、実際この本(フィクションだが、大筋では事実を記述してある)を読んで、そのあまりにもリアルなディテールの記述に正直驚いた。
この「ファティマ 第三の予言」であるが、実はバチカンによって公開されている。
ただし全てではなく一部がまだ公表されていない。
それは一体どのようなメッセージなのか?
この小説はそれを巡る謎解きゲームでもある。
まぁ、キリスト教は簡単に言ってしまえば“ユダヤ教キリスト派”であり、時の権力を握っていたローマ帝国に都合よく利用されてきたわけで、聖書も彼らの都合により編集されてきた経緯がある。
“何故 司祭は結婚してはいけないのか?”“何故女性の司祭がいないのか?”といった素朴な疑問も中世バチカンの教皇により勝手に作られた化石のような規則によるものであり、本来の教祖である“イエス”の教えとは違うでしょうと誰でも純粋に考えることである。
バチカンの教皇の“教え”が絶対であり、それを継続させていくことが強固なカトリック教会と位置づけているのであろう。
だからバチカンはそれを懸命に死守するのかもしれない。
宗教(信仰)と人間の幸せは両立させることが出来るのか?
実に奥深い「命題」を光と共に現れた“聖母”は我々に問いかけてくる。
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数学的にありえない〈上〉 (単行本)
アダム ファウアー (著), Adam Fawer (原著), 矢口 誠 (翻訳)
「数学的にありえない」という邦題がついており、最初はセンスがないなぁ・・と感じていたが、原題は「improbable」だという。直訳すると「確率的に起こりそうもない」という意味になり、ストーリーの内容からするとこちらの方が正しいのだが、読み手の興味をそそるという観点では「数学的にありえない」というタイトルは面白い。
で、読み始めると確率論から統計論、そしてハイゼンベルク、マクスウェル、シュレディンガー、ラプラスの魔、不確定性原理に量子物理学と続き集合的無意識とくる。
ここまで来るとオジサンにはワケワカメ。でこの集合的無意識で仏教の悟りが解明できるという!?
そんなことは 仏教的にありえない!?
話を戻す。ストーリーはこの集合的無意識を持つ主人公を巡る国際情報ミステリー&アドベンチャー小説なのである。
ナンノコッチャワケワカラン状態であるが、読めば分かる。この本は面白い!!
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テロリストのパラソル (講談社文庫) (文庫)
藤原 伊織 (著)
読み始めてしばらくすると頭の中が“????”という状態になってきた。
どういうことか?
どうやらこの小説を読んだことがあるらしいという“既読感”に満ちてくるのである。
読み進めていくと確かに昔読んだことがあるという確信に変わってっくるのだが、さっぱりストーリーが思い出せない。
思い出せないから読むのを止めれない。しかも面白い。どんどん読み進めてとうとう読み終えてしまった。
ワタクシこういうことがしばしばある。
読んだことがある本を買ってしまったとか借りてしまったとか時々ある。
で、直ぐに思い出せない。読んでいるうちに“既読感”を感じるのである。
まぁ、1週間に1~2冊以上読んでいるので今までに2千冊以上は読んでいる勘定である。
忘れてしまうこともあるかもしれない。
しかし記憶の奥にわずかな“既読感”だけが残っているのである。
毎日摂取する酒が脳細胞を破壊している証拠かもしれない。
話は戻り「テロリストのパラソル」である。
これは日本のハードボイルドを代表する傑作である。
ストーリー展開のテンポの良さ、そして会話の妙、主人公や登場人物の設定など日本の風土?にあったウエットな描写が実にイイ。史上初の乱歩賞&直木賞W受賞作でもある。
思えば藤原 伊織を初めて読んだのが「シリウスの道」でこれも読み応えがある小説である。
その藤原 伊織氏は2年前の2007年5月17日、食道癌のため亡くなられた。
日本でも稀な卓越したストーリーテラーであった藤原 伊織氏の死去は小説界にも大きな痛手でもある。
合掌・・・
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納棺夫日記
青木 新門 (著)
あの映画「おくりびと」の下地となった本である。
“生”があり“死”がある、そしてそこに“光”がある。
うごめく蛆の光、青白く透き通ったトンボの体内の光る卵。
そしてその光景に涙する。
生と死という無限の連鎖の中に“光”を感じる。
そしてその“光”は親鸞の不可思議光へと展開していく。
生への執着がなくなり、同時に死への恐怖もなくなり、
安らかな清らかな気持ちになり、すべてを許す心になり、
あらゆるものへ感謝の気持ちがあふれ出る時にこの光と出合うという。
始めに光ありき・・・これはもう神の領域であり、
我々凡人には到底到達できない心境である。
常に死と向かい合っている者だけにわかる“悟り”なのかもしれない。
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エンプティー・チェア (単行本)
ジェフリー ディーヴァー (著), Jeffery Deaver (原著), 池田 真紀子 (翻訳)
遅ればせながらジェフリー ディーヴァーの「エンプティー・チェア」を読む。
リンカーン・ライムシリーズ 「コフィン・ダンサー」と「石の猿」の間に執筆されている作品である。
読み始めたら、あれよあれよとストーリーは展開していき、物語も中盤で早くも事件解決か?
そしてタイトルの「エンプティー・チェア 」とは一体何?と思いきや、ジェットコースターの如くストーリーは急転直下していく。
些細な?物証でストーリーを組み上げていく手腕はスゴイ!
そして犯罪捜査と心理学の領域に読者を引き込んでいく。
「椅子に座っているのはだれ?」
ちなみにエンプティ・チェアというのは、内的な葛藤などを具体的に表面化させるゲシュタルト・セラピーの代表的な技法である。
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さまよう刃 (単行本)
東野 圭吾 (著)
非常に重く、悲しいテーマを扱っている。だから読み始めてしばらくすると後悔してくる「読まなきゃよかった」と・・・でもページをめくる指は止まらない。やるせなく、いたたまれなく沈む気持ちの中で次第に主人公にシンパティを感じてくるからだ。
そして復讐のために振り上げた拳に握られた“刃 ”はどこに振り下ろせばいいのか?
復讐か?順法か?
法とは一体何ぞや?
立法精神や立法原論に立ち返ってみれば、今ある法律のいくつかにはその成り立ちに多少なりとも疑問があるものもある。
法律が全て正しいとは限らない。でも我々はそれに従わなければならない。
そして、今後始まる裁判員制度の中で「少年法」がどのように扱われるのか?また扱われるべきなのか?
この問いかけに一石を投じる本でもある。
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ビッグブラザーを撃て! (光文社文庫) (文庫)
笹本 稜平 (著)
「天空の回廊」では超人的なクライマーを、そして「太平洋の薔薇」では海の男を描いてきた笹本稜平氏は2001年に「時の渚」でデビューした。
で、この時に「第18回サントリーミステリー大賞」の大賞と読者賞をダブル受賞している。
しかし、その1年前に阿由葉稜(あゆばりょう)というペンネームで「暗号ーBACK・DOOR」という作品を書いていたのである。
そして2003年にこれを文庫化する際に笹本稜平名義で、さらにタイトルも改題されたのが本書である。
さすがに時の流れは早く?この小説が執筆されたのが2000年で現在は2009年、コンピューターの暗号化技術を題材としているのだがコンピューターを取り巻く環境は日進月歩でさすがに題材の古さは否めない。
でも、サブリミナル効果で一般市民を支配するというソフトの一極集中による弊害?は妙に説得力がある。
何はともあれこれからもIT化はさらに進歩していくワケでこれに支配されない配慮が必要であるとあらためて考えさせられた次第。
ちなみに、ビッグブラザーとは、未来の監視社会の恐怖を描いたジョージ・オーウェルの小説『1984』に登場する監視組織(機能)のことである。
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流星の絆 (単行本)
東野 圭吾 (著)
横須賀にある洋食屋からこの物語は始まる。
で、この物語で重要な鍵となるのがこの洋食屋で出していた「ハヤシライス」である。
これが実にコマッタもので、ワタクシはこの本を朝夕の通勤電車の中で読んだのだが、この時間帯は腹が減る時間帯でもある。
普通の「ハヤシライス」ならどうってことはないのだが、この「ハヤシライス」、実にウマそうなのである。
文中の「ハヤシライス」を描写する行間から香ばしい香りが立ち込めてくる(ような気がする)のである。
ストーリーに没頭しようとするがこの「ハヤシライス」を食べたい!という欲求がつのってくる。
架空の店の架空の「ハヤシライス」だから食べれないのはわかってはいるが、まったく
罪な本なのであり、この高ぶった欲求をどうやって解消すればいいのだ、とモンモンとしながら電車に乗っているのである。
で、モンモンとしながらも一気にラストまで読み終えてしまった。
ハヤシライスが無性に食べたくなる小説である。
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ユダの山羊 (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ) (文庫)
ロバート・B. パーカー (著), Robert B. Parker (著), 菊池 光 (翻訳)
良くも悪くも典型的なハードボイルド小説である。
以前、奥田英朗氏はあるエッセイの中で、一時期ハードボイルドにのめり込んでいたが、文中のある一言でイッキに醒めてしまったと書いていた。
その一言とは「さらばだ、○○よ」というもので、この一言でイッキに高度なギャグの世界に飛び込んでしまい、笑いが止まらなかったという。
(ちなみに○○とは女性の名前である。確かスペイン系の名前だと思うが忘れてしまった)
その気持ちワタクシもわかります。
で、この小説の中にも鏡の前でハンフリーボガードのマネをする描写があるが止めてくれ!
思わず笑ってしまった。
何を今さらジローで実に恐縮なのだが、これがハードボイルドなのである。
で、わかっちゃいるけど止めれないカッパエビセン状態なのでもある。
ツーといえばカー、パブロフの犬と呼ばれてもかまわない。
条件反射的にハードボイルドの本を読んでしまう。
やはり・・
「男はタフでなければ生きていけない。やさしくなければ生きていく資格がない」
ものなのか・・・
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「イエスの遺伝子」The Miracle Strain マイクル・コーディ著 内田昌之 訳 徳間書店刊
この小説のストーリーを正しく認識するにはまずキリスト教の持つ宗教観を理解する必要がある。
イエスの奇跡とは一体どのようなことなのか?
聖書に記載されている奇跡といわれている治癒能力は数多くある。
我々日本人にはなかなか理解できないことである。
でもこの小説はこのイエスの奇跡といわれている究極の治癒能力をもった“イエスの遺伝子”の求めて探索するというのがあらすじである。イヤイヤまったく奇想天外なプロットである。
そして、このキリストの血や聖布、聖杯などのシンボルは、キリスト教の伝説や儀式に深く結びつき、何千年と続く宗教秘密結社が暗躍し、また最先端の遺伝子工学とが複雑にからみ合い、見事な冒険ミステリーに仕上がっている。
面白いのだが、なにせ我々の宗教観や倫理観とはかけ離れたところでストーリーが展開していくので、ページをめくるスピードは早いのだが、チョット醒めた視点で読んでしまう。
それにしてもこの小説が日本で発表されたのが1998年、今から10年前であるがDNA研究・DNAビジネスの進展は日々進歩しており、この作品の中で出てくる最新の技術が 既に半ば常識となりつつあるのが凄い。
不老不死の遺伝子はあるのか?信じる者は救われる・・・?
強い信仰心を持った人が読めば夢のような小説なのだろうな・・・
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国籍不明 (上) (単行本)
麻野 涼 (著)
最近、北朝鮮を巡る話題がニュースをにぎわしている。
今日、金賢姫元死刑囚と田口さん家族が韓国で面会した。
また、テポドン発射もニュースになっている。
初めてパスポートを手にした時、このパスポートでは北朝鮮には行けない、とタイプされていた。
朝鮮戦争時、横須賀のドブ板は殺気だって賑わっていた。
東京タワーは朝鮮戦争で廃棄されたアメリカの戦車の鉄を再生して建てられている、ということを最近知った。
「トンマッコルへようこそ」は戦争の愚かさを描いていた。
が、しかし北朝鮮の隠された真実は誰も知らない。
この「国籍不明」は朝鮮戦争を経て現在まで、日本人拉致、麻薬取引、偽ドル・マネーロンダリングなどの今日的事件を絡めてこの小説を作っている。
国家や民族に翻弄され、家族を失っていく。
隠された真実のために多くの人命が失われていく。
どこまでが真実で、どこまでがフィクションなのか読んでいる途中でわからなくなってくるような錯覚になる。
人種や国籍、そして民族などのアイデンティティから本気で逃れたい時には、黒も白も黄色も関係ない褐色の大地“ブラジル”に溶け込めばよい、という文中の一節が印象的である。
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光の山脈 (単行本)
樋口 明雄 (著)
樋口 明雄氏の作品は「狼は瞑らない」以来である。
自ら南アルプスの麓に住み、釣りと野良仕事のかたわら、冒険小説の執筆にいそしんでいる。
だから、山や自然に対する思い入れのある文章は共感できるものがある。
この「光の山脈」も腐敗した産廃行政に焦点を当てつつ、「狩猟」という日本古来の伝統も問題にしている。
産廃による自然破壊はもはや周知の事実でありこの問題は皆さん認識している。
しかし、「狩猟」に対して正しく認識している日本人は何人いることやら・・・
というよりは、狩猟に対してはまったく無知の人がほとんどであろう。
そして、まっとうに「狩猟」を行なっている人も少ないようである。
山には神が宿ると古代から人々は敬ってきた。
我々は自然の中で生かされているということ、そして狩猟を正しく認識することを
この「光の山脈」から教えられた気がする。
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日曜日の午後。国道にバスがとまった。
昭和十×年の四月のおわりごろのことだから、バスといっても小さいものだ。近ごろの大型バスとくらべると、まるで半分ぐらいしかない。その小さいバスの銀色の車体には、赤いすじが一本おびのようにはいっている。これは市営バスではなく、私営バスだ。
「ナイサアシイ。ナイサアシイでございまあす」
女の車掌さんの声は、むかしもいまも、ぜんぜんかわらない。車掌さんは、「なぎさばし」といったのだ。けれども、なれない人には「ナイサアシイ」ときこえる。
という出だしで始める佐藤さとる著の「わんぱく天国」の舞台は塚山公園、通称「安針塚」である。
で、この冒頭の汀橋のバス停は今もある。本ではこの国道の向こう側は練兵場だったが、今では高層住宅がそびえたっている。
時代背景は昭和10年代で、作者の佐藤さとるは10歳までこの逸見に住んでいた。
そして、この本には懐かしの「男の子」の遊びが紹介されている。
メンコやベーゴマはワタクシにも懐かしい。
なによりもこの物語は少年たちの夢が大空に飛び出していくのを描いている。
まさに昭和10年代の「鳥人間」物語で、こんな少年時代を過ごせたら幸せだ。
昔の少年たちは野山を駆け巡って遊んでいたのである。
今ではその野山さえなく、子供達は駆け巡るのを忘れゲーム機に没頭している。
ラストは感動的であり、チョット「アメリカングラフティ」を彷彿させる。
それにしても「汀橋」を「ナイサアシイ」とけだるそうにアナウンスする女車掌に昭和ノスタルジーを感じてしまう。
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ワイルド・ソウル (単行本)
垣根 涼介 (著)
某大臣の辞任劇で右往左往している日本政府だが、官僚も官僚で天下りだ渡りだと世間の注目を集めている。
まぁ、この国のトップの無能さ、無責任さは今に始まったことではない。
1979年、今から30年前ソ連がアフガニスタンに侵攻したが、この時ワタクシの知り合いはソ連の戦車に追われて逃げた。
で、日本大使館に飛び込んで国外に脱出する手立てを求めたが無下に拒否されたという。
大使館員に「協力は出来ない。個人で勝手に逃げるように」と冷たく言われ、金を身体に巻きつけて国境を越えて逃げて来た、
とその友人は飲みながらワタクシに語った。
アメリカはいち早く民間機をチャーターして自国民を救出したのとエライ違いである。
そしてワタクシが生まれ育った昭和30年代にもアマゾンの奥地に日本国民を送り出し棄てていった無能な政策があった。
ワタクシも某国で日本外務省の無能ぶりに呆れたが、この棄民政策には心底怒りを感じる。
この小説によって改めてこの政策の無責任さを認識させられる。
このワイルド・ソウルにはこのアマゾン移民問題が根底にあり、その復讐劇でもある。
非常に重いテーマを主題に描いているが主人公の一人の能天気さが暗くなりがちな雰囲気に変化を与えてくれるのが、
アクセントとなり面白い。
ちなみに、この移民(棄民)政策はドミニカでも問題になった。
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太平洋の薔薇〈上〉 (単行本)
笹本 稜平 (著)
「天空への回廊」ではこれでもかと超怒級の山岳アドベンチャー小説を堪能させてくれた笹本 稜平氏の海洋冒険小説である。
トルコ(オスマン帝国)のアルメニア人虐殺問題が小説の根底にあるがワタクシこの事実は知らなかった。
登場人物も多く、細かいディテール描写に次第にのめり込むが終盤に近づきテロ計画が腰砕け状態。
興味が薄れていってしまう。“恐れべき最終兵器”を使いどのように全世界に対して警告しようとしたのか?
こちらの方に興味がある。
といいつつもラストを感動的に締めくくる手腕はお見事である。
船乗りでなくても涙腺が緩んでしまう。
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「食べるな危険!!」
作者: モーガン・スパーロック, 伊藤 真
出版社/メーカー: 角川書店
ワタクシ、ハンバーガーはキライではない。むしろ好きなほうである。
最近、ファーストフードに関する本を読み、また映画も観た。
ここで言うファーストフードとは某有名ハンバーガーチェーンのことである。
で、本は「食べるな危険!!」(ファーストフードがあなたをスーパーサイズ化する)である。
この本は映画「スーパーサイズミー」の監督が書き下ろしたノンフィクションである。
映画「スーパーサイズミー」は監督自身が3食30日間この某有名ハンバーガーチェーン店で食事をして、その様子と結果を映像で記録したドキュメンタリー作品なのである。
この本は映画に盛り込めなかった話題や最新情報を加味して書き下ろしている。
ファーストフードは身体に悪いということは周知の事実なのだが、それを30日間も食べ続けるという無謀の結果は・・まぁ推して知るべしで、悲惨な結果となった訳なのだが、それにしても本で明らかになっている事実は恐ろしい。
例えば、腐らないフライドポテトとハンバーグ、そして添加物に関する事実などなど・・
この映画「スーパーサイズミー」が全世界で公開された時、各国のテレビ局・ラジオ局がインタビューに来たが、不思議な事に日本のテレビ局・ラジオ局からのインタビューが1本も無かったという。
そういえばこの映画はさほど話題にもならなかったと記憶している。
それにしても「二度と食べたくない訳」と言うある投稿の紹介があるがこれは強烈である。
これを読んだらワタクシも某有名ハンバーガーチェーン店の“臭い”が怖くなってきた。
出来ることなら食べたくないファーストフードである。
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ゴールデンスランバー (ハードカバー)
伊坂 幸太郎 (著)
ロックしてるか?ロックしていないか?
最初、主人公は全然ロックっぽくなかった。が見知らぬうちに巨大な陰謀?に巻き込まれていくうちにロックっぽくなっていく。
ゴールデン・スランバー(Golden Slumbers)は、1969年に発表されたビートルズのアルバム『アビイ・ロード』に収録されたポール・マッカートニー作の曲で、同名の子守唄からインスパイアされて作られた。
で、ビートルズはロックか?と問われると困ってしまうが、「ゴールデン・スランバー」というキーが過去の人との繋がりや、信頼などに導いてくれる、そんなピュアーな生き方?は意外とロックっぽいかもしれない。
時系列がパッチワーク、いやジグソーパズルの如く入り組み、思考が分断され、読むスピードが落ちていく。
ワタクシはとちらかと言うと一気通貫で読めるスピード感がある文体が好みである。
だから始めは戸惑ったが、次第に点と点がいつしか大きな線となり感動的なラストに終息していく手腕は見事である。
それにしても監視社会とそれを利用する巨大な権力はコワイなぁ・・・・
ちなみに、この「ゴールデンスランバ」は2008年の本屋大賞である。
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ダイスをころがせ! (単行本)
真保 裕一 (著)
衆議院では本日(12月24日)午後の本会議で、参院から送付された民主党など野党3党提出の雇用対策関連4法案を、与党の反対多数で否決した。
で、明日(12月25日)で第170回臨時国会が終わるのだが、実質は先週で終了しており、代議士先生方は来るべき解散・総選挙に向けて地元に帰るわけなのだが総選挙は何時行われるのか?
政治に不信感を抱きつつも自分には関係ないと思い込み選挙に行かない人達が多い。
そして投票したいと思う理想的な候補者がいないのも事実である。
じゃ、自分が立候補しましょう。ということで正義と理想に燃えた一人の男が立ち上がる。
そしてこの小説はスタートする訳だが、この立候補した友人に頼み込まれて応援するのがリストラされた主人公である。
何だか今の世相を反映しており実にタイムリーなテーマなのだがこの小説が発表された2002年当時の世相は、鈴木宗男、辻元清美、田中真紀子など、有名政治家の逮捕や辞職が続出し、北朝鮮に拉致された日本人5人が帰国しているという小泉内閣がバリバリ元気な頃である。
世相的には今の方がマッチしていますな。
そして、与えられた参政権(一票)という、「手の中のダイスをころがして」政治を変えるという意識を持たなければイケナイと感じる今日この頃である。
皆さん投票に行きましょう!
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極点飛行 (単行本)
笹本 稜平 (著)
「天空への回廊」では主人公のダイハード的超人ぶりに思わず仰け反りそうになりながらもテンポよく壮大なプロットも手際よくまとめ久々の山岳冒小説を堪能した。
「天空への回廊」の舞台はエベレスト頂上であった。今回は舞台は極点飛行というタイトルだけあり南極である。しかも南極点である。ここも寒い。やはり寒い時期に寒い小説を読むということは皮膚感が共有出来て良い(ワケが分からん・・・)
で、極点飛行というタイトルだが、航空冒険モノではない。どちらかというと南極に眠
るナチス秘蔵の金脈を巡る謎解きである。しかも南米に亡命したナチの残党、マルチン・ボルマンやネオナチ、そしてオデッサなどなどのキーワードに彩られた謎は新たなる謎を呼ぶのである。
それにしてもオデッサなんてフレデリック・フォーサイスの「オデッサ・ファイル」以来である。
何よりも金にとり憑かれた人々、そしてナチスの復興の願う人々など人間の“業”の深さが織り成す人間模様こそがこの小説の姿なのかもしれないし、そしてこの小説の最大の売りはラブストーリーであるということである。
まぁ、やけにドンパチと五月蝿いラブストーリーではあるが、小説はラストが全てである。
このような描き方も嫌いではないが個人的には「天空への回廊」のダイハード的アクションの方が好きだなぁ・・・
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タイトルのプレイ(Prey)は日本語訳では、えじきあるいは犠牲という意味。ここでは「獲物」としている。
まぁ、ストーリーの中の主人公は確かに「獲物」なのだが、その脅威の相手はまさに現代テクノロジーからスピンアウトした悪夢の「捕食者」。
この「捕食者」のほうが内容にふさわしいと思ったが、「捕食者」の英語はプレデター(PREDATOR)で映画「プレデター」とカブってしまうから「獲物」にしたのかな・・・と思いつつも一気に読んでしまった。
この「捕食者」だが人工分散知能を持った一群のナノ粒子である。(何のコッチャよくワカラン・・・)
で、人工分散知能といってもアリや蜂程度の単純なプログラミングを組み込んだもの、だったが驚異的なスピードで進化しつづけてやがて脅威の「捕食者」となるのである。(イマイチ意味不明だな・・・・)
まぁ、ストーリーの性格上最先端のテクノジー用語がこれでもか!と紙面を覆い尽くしているが、それにもまして普通の日常生活の中にノイズの如く入る些細な不安が増幅されていくくだりが読むスピードを早めるのである。
それにしてもテクノロジーの進歩はすごい!この小説のような展開は現状ではありえないが、近い将来はわからない。人類は謙虚に生きなければならない、とあらためて感じたのである。
またこの小説の映画化の企画が進行中である。(映画化が楽しみである)
そして作者のマイケル・クライトン氏は先月(2008年11月4日)がんのためロサンゼルスで死去。66歳であった。
もう彼の新作を読むことが出来ないと思うと悲しい・・・・合掌
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読んでから見るか、見てから読むか。
これは角川が「人間の証明」を映画化した時に流行らしたキャッチコピーである。
で、ワタクシは(原作を)読んでから見る場合が多い。そして期待した分失望感は大きく見なきゃよかった、と思うケースがやはり圧倒的に多い。
ワタクシはこの映画を先に観た。そしてこの映画は非常に印象的で幻想的な映像から発せられるデジャブ的景色が求心力となり次第に映画に引き込まれてしまった。
まぁ、この映画に関しては批判的な意見が多いのだが、原作を読まずに見たワタクシから見ればればその幻想的な描写が魅力的なのである。
そして原作はさらに奥深い描写があるだろうと思い原作を読んだがその通りである。
イヤ~映画の幻想的な映像もいいが、原作の緻密な語りも捨てがたい。
また、映画では美しくも華奢で愛おしい匣(はこ)を連想したが原作では全体的におどろおどろしたイメージで匣が描かれていた。このギャップも面白い。
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冬の訪れを感じるたびに想い出す“句”がある。
― ああ幽冥の霧はれて
潮騒冴ゆる北の海
波路はるかに永劫の
さとしの星にあこがるる
この句に、そして北の海にあこがれてワタクシは冬の北陸に一人旅だった。
25歳の時である。
そして凄まじい吹雪に凍え、波の花に感激し、海の幸を堪能したのである。
この“句”は旧制第四高等学校寮歌の一節で、井上靖の「北の海」で引用されている。
「北の海」は井上靖の「しろばんば」「夏草冬涛」と続く自伝的な3部作の作品であり、
旧制第四高等学校の柔道の練習に誘われ、柔道にあけくれる主人公が生き生きと描かれている。
この3部作はしみじみと純粋な若さの迸りを描いており実に良い。
この句を、そして北の海を想い出すたびに実に清清しい想いがするのである。
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有頂天家族 (単行本)
森見 登美彦 (著)
「牛丼を美味しいと思う純粋な気持ちを失わずにいたい」と思い牛丼を食らう狸。
そして蛙になった狸は“偽電気ブラン”を浴びつつ飲み偽叡山電車に変身し洛中を駆け
抜ける。
荒唐無稽 奇想天外 奇奇怪怪。
京都を舞台にした狸と天狗と人間が入り乱れるスラップスティック冒険活劇。
小気味の良い会話はまるで江戸弁の如き軽妙さ。
京都なのに“江戸”の小粋を行間から漂わせるテンポの良い文体に酔いしれ、
知らずに摩訶不思議な森見ワールドに引き込まれてしまう。
そういえば“偽電気ブラン”ならぬ電気ブランは浅草は神谷バーが本家本元名物の酒。
神谷バー三種の神器とは“電気ブラン”にチェサー代わりの“ビール”そして“煮込”である。
けだるい昼下がりの午後に神谷バーで電気ブランを飲みつつ悠久の時の流れを感じるの
もオツなもんである。
そして目を閉じれば“偽叡山電車”が洛中を駆け抜ける様が色鮮やかに浮かびあがる。
今は秋、秋の夜長に“電気ブラン”や“赤玉ポートワイン”を飲みつつ京都の狸に思い
を馳せページをめくる。
読書という最高のエンターティメントを楽しみませう。
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五つの星が列なる時 (Hayakawa Novels) (単行本)
マイケル・ホワイト (著), 横山 啓明
タイトルからも容易に想像できる惑星直列にまつわるミステリーである。
で、そのミステリーのバックボーンは錬金術ときたもんだ。
そして、あのアイザック・ニュートンがこれらキーワードの闇の部分で活躍する。
“錬金術”と“占星術”がコラボレートして、“ルビー球体”を鍵にして“賢者の石”を得る現代の黒魔術の物語。
ナンノコチャわからん・・・が前半の謎解きはそれなり面白い。
後半は一気に「インディ・ジョーンズ」モードに突入するもヒネリのないラストに期待した分その反動で失望感大なり。
う~ん、ごった煮スープは味のまとめ方が難しい。素材を生かしたアクセントあるスパイスが欲しかったなぁ・・・と食後ならぬ読後の正直な感想である。
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勝つことを期待されそれを重荷に感じた主人公が今度は誰かのために走ることにより自由を感じる。
まぁ、普通ならこのような犠牲(サクリファイス)は理解しがたいものかもしれない。
犠牲になることにより自由を感じるのか?
自分のために走ることが重荷で、誰かのために走ることは重荷ではないとは・・・・
ワシらの常識を超越した精神世界に主人公はいるのか?さもあらん彼は己の勝負の拘りを捨てて自由になったのだろうなぁ・・
などとつらつら考えながら読み進めていくと次第にロードレースの駆引きの妙に引き込まれる。
エースとアシスト、ヒルクライムとスプリント 個人とチーム、能力とタクティクス。
ロードレースであるツール・ド・フランスがオリンピック、サッカーワールドカップに並んで、世界三大スポーツイベントの一つに数えられるのが分かるような気がする。
物語はやがて複雑な伏線で張られたミステリのベールに覆われてゆく。
次第に解き明かされていく真実。
そして犠牲(サクリファイス)の真の意味とは?
読後は自転車に乗り風を感じたくなってしまった。
ピュアなロードレーサー達の魂が詰まった作品である。
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国のない男 (単行本)
カート・ヴォネガット (著), 金原 瑞人 (翻訳)
偉大なる現代の“アメリカの良心”であるカート・ヴォネガットの遺作である。
最近のアメリカの高校生の間ではサリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」よりもカート・ヴォネガットの「スローターハウス5」の方が支持が多いという。
そんなコラムを以前読んで彼の名前は知っていたが作品を読む機会はなかった。
そして、彼が去年の4月に亡くなっていたというのも最近知った。
その彼の遺作である「国のない男 」。160ページにも満たない厚さ2cmの単行本。
普通なら一日で読んでしまうのだが、読み終わるまで1週間かかった。
一字一句心に刻むように読む。
危うい状態である宇宙船「地球号」。それに乗り込んでいる我々の将来は?
狂気の沙汰のアメリカを憂い、唯一の救いは音楽だと訴える。
彼の静かな“心の叫び”が次第に隙間から心に入り込み共振しやがて震えだす。
昔は良かった。エイブラハム・リンカーンがいてマーク・トゥエインがいた。
彼らの言葉に耳を傾けるだけで穏やかになれた。
でも古き良きアメリカを懐古するのはやめよう。
実際の危機はすぐ目の前にあるのだから。
アイロニックにこき下ろしても行間からは優しさが漂ってくる。
目の前の危機を“優しさ”というオブラートに包んで我々を諭す。
それしか出来なかった彼のもどかしさ、ジレンマが少しだけ分かったような気がした。
彼の意思を継いで行動するのは我々である。
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ファイアスターター (上)(下) (新潮文庫) (文庫)
スティーヴン・キング (著), 深町 真理子
通勤のお供に読む本を本棚で物色していたら奥の方から埃をかぶり出てきた本。
これは8年程前に古本屋で買い忘れられていた本で、スティーヴン・キングの「ファイアスターター 」で、約20年以上前に出版されている。
そういえばこの「ファイアスターター 」はドリューバリモア主演で映画化(炎の少女チャーリー(1984))された。
ワタクシ、この映画を観た記憶はあるがほとんど覚えていない、という事実からもトンだ失敗作であった。
まぁ、そんな微かな過去の記憶を思い出しつつ読み始める。
イヤ~、映画は失敗作でも原作はやはり面白い。
自分の能力に陶酔してしまう恐ろしさを感じつつもどこかでそれを抑えきれない自分がいる。
そして次第にその“能力”を使わざるを得ない状況に追い込まれていく。
信じる者と信じない者、追う者と追われる者。
己の能力の”恐怖”と“陶酔”の狭間で揺れ動く少女の動揺が行間から滲み出てくる。
いつしか一人になるも自らの運命を切り開くべく新しい道を歩みだす。
これは美しくも悲しい少女の物語である。
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シャングリ・ラ (単行本) 池上永一 (著)
イヤイヤ、久々に読んだこの手の小説はスピード感があり、面白かった。
かつての筒井康隆を彷彿させる「ウルトラ・スラップスティック・近未来SF」である。
地球温暖化が進み、炭素が金融市場の主役を張っているという設定がまずスゴイ!
そして次から次に発生する様々な出来事が、イメージとしてよみ手の想像力を刺激する。
「萌ぇ~系キャラ」が活躍します。
何といても18歳の少女がセーラー服を翻し、鋼鉄をもぶった切るブーメランを駆使し、
市街戦、空中戦を闘う場面がスゴイ!
まったくもってアニメ向きの描写ですな、そして実写では到底無理でしょう。
そして、ブーメランとムチを使いこなすニューハーフのモモコというのもスゴイ!!
また、主要なキャラは絶対死なないのが不思議なのだが、真のテーマが明らかになるラストまで読めばその理由が明確になります。
600ページ2段組みを一気読みさせるスリリングな設定とジェットコースター的なストーリー展開は未体験的好奇心を満足させてくれます。
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“そのときはむしろ、彼女のもってまわった言い方、遅れてごめんねと言えばそれですんなり用件に入ってゆけるところを、まるでシリアスな(でも安っぽくない)ドラマから借用してきたような台詞で始める彼女のやり方が、なんだか懐かしい思いがしたのだ。彼女はあまり変わっていない。結婚してからも、夫にしなれても。”
というように本当にもってまわった言い方の文章が散りばめれた小説である。
そして、性格がシャイなのか、文体にもその兆候が見られる。
ひたすら照れて、はぐらかし、物語の黒子でいようとしているのである。
佐藤正午という作家の小説は始めて読んだが、何だか新鮮なオドロキがあるな。
気だるい昼下がりの午後、さりげなくもってまわった言い方の佐藤正午ワールドに浸って、時の流れを忘れるのもたまにはいいのかもしれない。
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擬態―カムフラージュ (海外SFノヴェルズ) (単行本)
ジョー・ホールドマン (著), 金子 司 (翻訳)
地球外生命体、というよりは異星人といったほうがしっくりする<主人公>が百万年も前から地球を学び、生物をなまび、そして人間を学び、人間として生きていく過程が興味深い。
異星人から見た人間の不可解な思考や行動様式に我々(人間も)も考えさせられる。
そして次第に認知されていく小さな感情。
光輝くラストにはチョット憧れてしまった。
この小説、映画化には向いていないかもしれない。
百万年という時の流れや、思考過程を2時間で表現するのは無理だからである。
技術的には「ターミネーター2」が製作出来たのだから問題はないと思うのが・・・・
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銃とチョコレート
2006 講談社 乙一
子どもから大人まで楽しめる「ミステリーランド」シリーズの一冊。
しかも、「このミステリーがすごい!」2006年度版でも堂々5位にランクイン。
登場人物がみなチョコレートの名前で登場します。
季節柄?バレンタイン・ディに似合う少年・少女向けの小説、と思いきや
大人のミステリーゴコロを十分に満たしてくれる内容です。
ちなみに挿絵はパトレイバー劇場版、「攻殻機動隊」や「イノセンス」で美術や美術監督をした平田秀一で
気合いが入った絵を描いてます。
物語は中盤で一度ひっくり返されます。価値観ががらっと変わてしまう。オイオイ大人の世界のずるさとか汚さとか、何が正義なんだ?という疑問もトーゼン残り、お子様の教育上はいかがなものかと思うのだが
小説とすれば面白い。
そして終盤ではアッという結末が待ってます。
まぁ、、大人がハマるのも無理はない。というか、字体やスタイルはお子様向きではあるがプロットは大人モノのレベルである。
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12番目のカード (単行本)
著 ジェフリー ディーヴァー (著), Jeffery Deaver (原著), 池田 真紀子 (翻訳)
常に安定した“面白さ”が約束されている?ジェフリー ディーヴァーの<リンカーン・ライム>シリーズの最新作である。
物語は大胆かつ巧妙にツイストしており、二転三転していくトリッキーななエンディング。
面白いことは面白いのだが、「コフィン・ダンサー」の鮮やかなエンディングが印象に残り、こちらはちと影が薄くなってしまった。
まぁ、あまり小手先に頼ってしまうよりも力強く直球勝負しても良かったかもしれない。
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ユダの季節(単行本)
佐伯 泰英 (著)
佐伯 泰英氏は時代小説家として有名だが、彼の原点はスペインにある。
1971年より74年までスペインに滞在し、のちにスペインと闘牛を題材にした小説を多く発表しており、スペイン語圏を舞台にした冒険小説や国際謀略小説を中心に良質のミステリー小説を執筆している。
この「ユダの季節」もスペインが舞台である。そして70年代という激動の時代背景が懐かしい。
それにしても佐伯氏の闘牛に関する知識の奥深さには驚かされる。
連合赤軍崩れのテロリスト、熱狂的な右翼、バスク地方のゲリラ、そして謎の秘密結社「オプス・ディ」、生と死の狭間で誇りと名誉のために乱舞する闘牛士たち、その闘牛の迸るような情熱に写真の情熱を重ねた一人の日本人カメラマンが復讐のためにテロリストを追う。
ワタクシは自分でもラテン系気質を持っていると自負している。(小心者だが・・・)
で、こういう本を読む度にスペインに対する想いが更につのるのである。
で、今日の一句
「いつの日か 行ってみたいな スペインよ」おそまつ・・・
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マギの聖骨
ジェームズ・ロリンズ (著), 桑田 健 (翻訳)
ふと手にしたこの本、帯には福井晴敏さんの言葉で、
「『ダヴィンチ・コード』じゃ物足りない!!」というアナタ、こっちはスゴイぞ。
と書かれていた。
ほう、あの福井さんがそこまで絶賛するなら面白かろう、ということで読み始める。
ダヴィンチ・コードは謎解きの面白さがあったが、こちらは聖遺物「マギの聖骨」を巡る超科学的歴史ミステリー&アドベンチャーである。
「マギの聖骨」と云われる東方の三博士の骨は一体何なのか?
そしてワタクシを魅了するテンプル騎士団やらフリーメンソンなどのキーワードも散りばめられている。
何よりも遷移金属、m状態の金、非対称的高スピン状態、超伝導体、マイスナー磁場、NPLスーパーブラックといった最先端科学用語が飛び出してくる。
で、これら最先端科学と聖遺物との関係は何なのか?
世界の七不思議のほとんどすべてに関係したアレクサンダー大王から、現代のバチカンの聖職者まで巻き込んでストーリーは進んで行く。
で、インディー・ジョーンズかナショナル・トレジャーの如き大スペクタル的ラストへとなだれ込んでいく訳なのだが、イヤイヤ派手なシーンが多いのでハリウッドが映画化したら面白そうだ、というよりも映画化したら間違いなくストーリーを端折ってアクションシーンだらけのつまらない映画になってしまうのだろうなぁ・・とも思う今日この頃である。
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死都日本 (単行本)
石黒 耀 (著)
先日読んだ「日本沈没 第二部」は、沈没という異変後の“彷徨える日本人”の姿を描いており、それなりの説得力はあった。
が、しかし、この「死都日本」を読んで度肝を抜かれた。沈没という異変は架空の出来事だが、火山の噴火はいつ起きてもおかしくはなく、本書では霧島山の地下にある加久藤火山が巨大噴火を起こす様子を臨場感あふれる描写で描いている。
火砕流が追いかけてくる!そしてこの火砕流に伴う二次爆発!サージ!灰神楽!そしてラハール(土石流)などがジェットコースターの如く襲い掛かってくる様を疑似体験できる。イヤイヤ地震も怖いが噴火の凄まじさには驚いた。
「日本沈没 第二部」では人類のために、日本人はどんな貢献ができるかと問いかけてきたが、この作品では自然災害後の新たなる国土利用開発を通じて日本再生の道を模索しているところが興味深い。
それにしても世界を混沌に導く「神の手」作戦の奥の手の発想は凄い。
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一瞬の風になれ --イチニツイテ-- ヨウイ--ドン--(単行本)
佐藤 多佳子 (著)
遅ればせながら佐藤 多佳子の「一瞬の風になれ」を読む。
全三部作だが読むのに3ヶ月かかった。
というのも図書館での予約待ちのためである。
「かけっこ」の物語である。
タッタッタッタッと駆け抜けるような小気味の良いテンポで読める。
短く、簡潔に、たたみかけるように叩きつけてくる文体。
目の前にある一本の赤いレーンに吸い込まれていく。
レーンを蹴り、身体を切り裂く風を感じて走る。
あたかも全力で走っているような錯覚に目が眩みそうになる。
レーンの先のゴールが見える。
そして“一瞬の風になる”
「かけっこ」を熱く語る行間からは陸上に対する想い、そして風が感じられる。
読み終えた後、無性に「かけっこ」がしたくなる本である。
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VS (単行本)
ハリー ビンガム (著), Harry Bingham (原著), 山本 光伸 (翻訳)
この本のタイトルである「VS」とは何?
読み終わってようやく気付いた。
巨大製薬会社“vs”小さな同盟の名誉をかけた戦いであるということを・・・
そして、巨大利権が渦巻く製薬業界の裏側を赤裸々に描いており、これが真実なら我々が飲んでいる“薬”とは一体何?直らない薬を飲んでいるのか?という素直な疑問が湧き上がってくる。
製薬会社にとって都合の良い薬とは病気が進行せず(直らず)生涯飲み続けなければならない薬なのである、と著者は我々に警鐘を鳴らしている。
そして、人間の体はいかなるウィルスでも細菌でも、未知の物であってもそれらを全て退治する対処法を持っており、治療とはその免疫機能を補助するだけでよいという。これがこの物語のテーマである「免疫再プログラム法」である。
主人公の一人である女性科学者キャメロンは言う。
「ビタミンEを投与すれば心臓疾患の大半を救うことができる 大量に投与すれば4分の3になる可能性がある」と、そして、現実は高価な心臓病の治療薬が投与され、利幅が薄いビタミン剤は使われないのである。
(ホンマかいな!)と唸ってしまった。
素人には真偽のほどは判らないが、ビタミンEには確かにこのような作用はあるらしい。
ストーリーは不器用なラブストーリーを絡めながら巨大製薬会社との戦いのクライマックスへとなだれ込んでいく・・・・・
幸か不幸か?この小説はさほど知られていない。
“治療”とは“薬”とは何?という疑問があるお方は読んでみると良い。
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日本沈没 第二部 (単行本)
小松 左京 (著), 谷 甲州 (著)
「日本沈没」の第一部が発表されて今年で35年で、当時高校生だったワタクシは夢中になって読んだ記憶がある。
そして2年前の2006年に再映画化に合わせてこの第二部が谷甲州との共著という形で出版された。
この日本沈没 第二部だが、“異変”により日本が沈没した後のシミュレーションをきめ細かく描いている。
“異変”後世界各地で気候変動が発生するのだが、これは日本人が入植し自然破壊した結果なのか?
第三国で日本人は経済的に成功し、貧富の差が生まれる。そして暴動が起こり迫害される日本人。
生活基盤を失った日本人が大挙して都市部に流入し、スラムを形成して周辺の治安を悪化させる。
また、入植地を追われた日本人の難民が国境を越えて他の国に逃れ、なかには難民キャンプを根拠地に、反政府運動や無差別テロを展開する。
イヤイヤ凄まじいまでの災難が日本人に降りかかってくるわけで、これはまさしく彷徨えるユダヤ人ならぬ、彷徨える日本人ではないか。
そして日本の未来予測システム、“地球シミュレーター”が地球の結末を導き出した。
その結論とは何か?日本列島の沈没は、単なる前触れにすぎなかったのである。
絶望的な状況の中で中田首相と鳥飼外相は日本人のアイデンティーとは何か?と問う場面があり、この小説の見せ場ならぬ読み場があり、このくだりが非常に興味深い。
中田首相は国土を失っても、その誇りを継承させようとする愛国主義を、鳥飼外相は世界と共存するコスモポリタニズムを主張するのである。
これって坂口安吾の「日本文化私観」に通じる何かを感じるなぁ・・・
坂口安吾は必要なら法隆寺など焼けてしまってもかまわぬ、そこに畑を作り、日本民族として健全な精神を保てればそれでよいではないか、と述べている。国土よりは精神が大事ということでは鳥飼外相の考えに近いのかもしれない。
まぁ、人類のために、日本人はどんな貢献ができるかという問いかけは、今の世界にも重ね合わせることができ、考えるべき問題であると思う今日この頃である。
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邪魔(講談社文庫) (文庫)
奥田 英朗 (著)
ごく普通の幸せがある。人はそれを普通に守ろうとする。
そして、それがチョット過剰になると、邪魔になる存在が現れてくる。
まぁ、人間が生きていくということは大なり小なりどこかに利害関係が生じるものであり、
それが次第に歪んできて、敵対していくということは多分にありうることである。
そこで人間にはありがたいことに「理性」というリミッターが備わっているのだが、
些細な食い違いや思い込みでこのリミッターが外れると人間は簡単に犯罪を犯してしまう、
という非常に精神的に弱い「生き物」なのだなぁ・・・とシミジミと感じる。
で、この小説のモデルになった事件が存在する。それは1998年の「ザイエンス新潟支店毒物混入事件」で、動機もまるっきりこの本と同じであり、作者はこの事件にインスパイアされてこの作品を書いたという。
前作の「最悪」同様にダークな奥田ワールドが展開されるが、この作品以降は「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」や「サウスバウンド」といった軽い奥田ワールドの作品が多い。
ちなみにワタクシは「サウスバウンド」が一番好きである。
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マジック・サークル〈上〉 (単行本)
キャサリン ネヴィル (著), Katherine Neville (原著), 大瀧 啓裕 (翻訳)
表紙の謎めいた絵に心が動かされて読み始めたが、あまりにも謎が謎を呼ぶ伏線の設定にチョットついていけない。
特に主人公のあまりにも込み入った家系図がスンナリと理解できない。まぁ、この複雑さがこの小説の持ち味なのだろうが、新たに明るみに出る家族関係をそのつど図解付きの家系図で説明してもらわないとわからない。
そして、紀元前のソロモン神殿から救世主イエス、ローマ帝国からナチドイツまで引っ張る歴史の謎解きはいささか間延びしてしまって次第に興味を失う。
また翻訳が悪いとは言わないが、この複雑な謎解きに英語特有の言い回しがさらに追い討ちをかけて理解度を鈍らせる。
基本的なプロットは悪くはないのだが、作者のあれもこれもの詰め込みすぎでチョット残念である。
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ラスト ワン マイル (単行本)
楡 周平 (著)
ワタクシの好きな作家に楡 周平氏がいる。
特に「Cの福音」から始まる朝倉恭介シリーズ、そして川瀬雅彦シリーズと交錯しながらも最後に両者が対決する「朝倉恭介」に至る一連の作品群はセットで読めば面白さ倍増である。
そんな楡 周平氏が最近では「再生巨流」などの経済小説を執筆しており、この「ラスト ワン マイル」も同様の経済小説である。
ワタクシ普段の経済活動?に疲れているのでコノ手の経済小説はまず読まない、というよりは読みたくはないのである。
しかし、前著「再生巨流」を読み、ビジネスを創り出すそのセンスの良さに素直に感嘆したのである。
で、この「ラスト ワン マイル」も物流ビジネスの根底を見直し新規プロジェクトを立ち上げるという筋書き。
「再生巨流」にはチョット及ばないが、通勤電車の車中で眠くならず?テンポ良く読める本である。
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わが手に雨を (単行本)
グレッグ ルッカ (著), Greg Rucka (原著), 佐々田 雅子 (翻訳)
原題は "A FISTFUL OF RAIN"である。
だから、わが手に雨を、と訳したのか・・・・
幼い日々の記憶は雨のように瑞々しいものなのか、
でも、本当の記憶はその雨に隠されているのか?
酔いどれ女性ロックギタリストが雨に打たれながら懸命に己の生きる道を探す。
ロックを描写するセンテンスが多いが、ロックの余韻は感じさせない。
幻影と現実が交差し、酒と血の匂いが漂う。
雨に隠れた記憶はアンタッチャブル。
父は娘を想い、娘は父を想う。
そしてやまない雨はない。雨がやみ陽が射した時に真実が表れる。
今までにない感覚のハードボイルド・サスペンス小説である
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陰陽師 生成り姫 (単行本)
夢枕 獏 (著)
引き続き、夢枕獏著による陰陽師・安倍晴明シリーズの中の1冊である。
で、この安倍晴明シリーズは安倍晴明と源博雅のコンビものである。
そして、このお二人の会話が実に清清しくて心地よい。
特に月明かりの下で柱にもたれ、ほろほろと酒を飲む件(くだり)で人の世の真理が問うのだが、この源博雅ならではのピュアな問いかけが儚く切ない。
う~ん・・かつての日本人にはこのように世の無常を感じ取る感性があったのである。
無くしてはいけない日本人にとって大切な心の遺伝子である。
で、この「生成り姫」という題名だが、実に生々し印象を与える。
それもそのはずで、嫉妬に狂う女がその憎さのあまり生きながら般若に変じて祟るのである。
つまり、生成りとは人が鬼に成りきる前の般若の状態を意味する。人であって人でない者。鬼であって鬼でない者のことである。
この般若となる姫が毎夜「丑の刻参り」をするのが貴船神社である。(ここは先日訪れたことがある)
まさに女人の情念はいかに凄まじいかを思い知ることができる。
人の世の儚さと刹那さがしみじみと胸に染み入り、そして情念のおどろおどろしさに人の業の奥深さを思い知る。
平安の雅の風流にいつまでも触れていたいと感じさせてくれる小説である。
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平成講釈 安倍晴明伝 (中公文庫) (文庫)
夢枕 獏 (著)
最近ふとしたきっかけで「陰陽師」に興味が湧き始め関連した書物を読み始めている。
で、これはその中の一冊なのだが、いわゆる講釈調なのでそのテンポの良さに絆されてついついページを捲るスピードが上がるのである。
それもそのはずで作者の夢枕獏氏は以下の講釈本を参考にこれを書いている。
・「安倍晴明」・・・・・・桃川實講演 今村次郎速記 明治33年刊
・講談「安部晴明」・・玉田玉麟講演 山田都一郎速記 大正3年刊
・大江山鬼賊退治「蘆屋道満」・・・玉田玉秀斎講演 山田醉神速記
語り口調が滑らかになりすぎて、多少史実とは異なる展開になるがこれもご愛嬌である。
ナント!安倍晴明の先祖が安倍仲麿というシチュエーションで、遣唐使として唐に渡ったというところから始まるのだが、安倍仲麿を捜索?して唐に渡った吉備真備の活躍が前半の見せ場である。
そして、時は移り、安倍晴明こと幼少の尾花丸と陰陽頭・蘆屋道満との壮大な呪法合戦へとなだれ込むのである。
平成の講釈師・夢枕獏秀斎が滑らかにそしてテンポよく語る安倍晴明伝に身も心も委ねて雅の風流を楽しみませう。
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ラビリンス 下 (単行本)
ケイト・モス (著), 森嶋 マリ (著)
ネオゴシック・ミステリー&ファンタジー&ロマンス小説である。
800年の時空を飛び越えてシンクロする2人の女性の記憶そしてデジャブ。
キリスト教の一派・カタリ派と十字軍の攻防の裏で繰り広げられる聖杯伝説とは?
そして800年後の現代に渦巻く聖杯を巡る陰謀とは?
チョット前に話題になった「ダ・ヴィンチ・コード」でも聖杯伝説の謎解きを巡るストーリーであった。キリスト教文化圏の国々では根強くこの聖杯に対する想いがあるが、この聖杯はキリスト教教義の一部とされたことは一度もないのである。
やはり「アーサー王の円卓の騎士」などの中世騎士道文学と結びついて広く浸透したと思われる。
そうそう、映画「インディ・ジョーンズ」でも聖杯やアーク「聖櫃」を巡るストーリー展開で、ちなみにアークとはモーセの十戒の書かれた石板を納めた「聖櫃」のことであり、ユダヤの秘宝の一つである。
聖杯を取り巻くキーワードには他には「テンプル騎士団」や「フリーメイソン」などもあり、歴史にまつわるミステリーには興味が尽きないものがある。
で、話は戻り「ラビリンス」なのだが、迷宮という意味ではあるが、この小説のストーリーとは殆ど関係はないのだが、迷宮のような?ストーリー展開がそうなのかと、言いえて妙であるなぁ、と感じた今日この頃である。
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デセプション・ポイント 上 (単行本)
ダン・ブラウン (著), 越前 敏弥 (翻訳)
著者はアノ「ダ・ヴィンチ・コード」のダン・ブラウンである。
ちなみに本書は「天使と悪魔」と「ダ・ヴィンチ・コード」の間に出版されたのだが、
今回は宗教色は一切無く、人類にとっての宇宙最大の謎をテーマにしている。
この触りが実に男のロマン心の琴線に触れるのである。
この宇宙の謎にクワク・ドキドキするのだが、やがて、ポリティカルサスペンスへと変わってゆき、最後は海洋アドベンチャーへとなだれ込む。
実に映画チック?なのである。
まず、読んでいて場面がイメージしやすい。そして、映画で使われるクロス・カッティング、あるいはカット・バックといわれる技法で書かれている。つまり異なる場面のシーンを交互に描くことにより、より臨場感や緊張感などの演出効果を狙っているワケで、アノ「24」で多用されている技法である。
そして何よりも、そのスピード感やアクション性でまさしくハリウッド向きのプロットで、「ダ・ヴィンチ・コード」よりも映画向きであるとワタクシは思う。
イヤ~実に面白い読む映画を体験でき、一気に読み終えてしまった。
で、思いつきの今日の一句「夢に見た 宇宙のロマン 摩訶不思議」・・・オソマツ
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コフィン・ダンサー (単行本)
ジェフリー ディーヴァー (著), Jeffery Deaver (原著),
ボーン・コレクター に続くリンカーン・ライムシリーズ の第二弾である。
その後、エンプティ・チェア、石の猿 、魔術師 などがあるが個人的にはこの「コフィン・ダンサー」が最高に面白い。複雑に構築された伏線に、緻密に検証される証拠のディテール描写、そしてミステリーの王道というべき完璧なラストは本当に見事である。この原作が完璧に映画化されるならば、アノ名作「情婦」に勝るとも劣らない究極のミステリー&サスペンス映画が出来ると思うのだが・・・
まぁ、これほどまでに見事に人を欺けることができるとは、読んでいて快感である。
450ページをあっという間に読破してしまった。
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恐怖の審問 (単行本)
ポール ギャリコ (著), 早野 依子 (翻訳)
ポール ギャリコ氏はあのパニック映画の名作「ポセイドン・アドベンチャー」の原作
者である。ということをこの本の解説で知った。
で、この「恐怖の審問」であるが、プロローグは状況説明やら人物紹介がダラダラと続き、
チョット嫌気がさしてしまう。何しろ名前がフルネームで出てくるので覚えるのに一苦労である。
翻訳モノの欠点かもしれない。
が、しかし、タフガイなヤンキー記者がハンガリーに入国してからは別人の如き巧みな描写で読み手を引きずりこんでいく。人間の自我とはなんと脆いものなのか、自我を破壊され洗脳されていく描写は戦慄さえ覚える。そして、ポセイドン・アドベンチャーでもそうだが、極限での人間の葛藤をほろ苦く描いており彼の根底に流れている人間を見つめる心は同じものなのかもしれない。
そして人間とは何と弱いものであるということを改めて思い知らされるのである、
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石の猿
【文藝春秋】
ジェフリー・ディーヴァー
定価 1,995円(税込)
「石の猿」である。原題は「The Stone Monkey」でこの石の猿は孫悟空のことである。
実に明解で分かりやすい。原作はジェフリー・ディーヴァー で彼の一作目はあの「ボーン・コレクター」である。
映画にもなった。リンカーン・ライム役にはデンゼル・ワシントンを、アメリア・サックス(映画版ではアメリア・ドナヒー)巡査役にはアンジェリーナ・ジョリーを起用し大ヒットした映画である。
で、この石の猿はこのリンカーン・ライムシリーズの第三作目となるのだが、如何せん映画のイメージが強く、脳裏にこびりつき、読んでいてもデンゼル・ワシントンやアンジェリーナ・ジョリーの姿が浮かんでしまう。そしてその彼らが小説の中で勝手に活躍してしまう。こうなると一度作られた固定観念はなかなか破れないものでこれは仕方がないと諦めるしかない。
そして、この小説の中では中国公安局刑事ソニー・リーの存在が大きい。彼の中国的思想や発想でストーリーはより一層深みを増していく。でも、殆んどの中国人は“調和”なんて気にしてないとワタクシは感じるのだが・・・
ほとんどまぐれ当たりの様な推理で物語りは進んでいき、そしてキーワードである「石の猿」によって解決される訳なのだが、そして最後は政治と外交はきな臭いなぁと感じさせてくれる今日この頃である。
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幕末 維新の暗号 (単行本)
加治 将一 (著)
「あやつられた龍馬」や「石の扉」といった一連のフリーメンソンものを書いている加治将一氏の新著である。
フルベッキの写真といわれる幕末に撮られた一枚の群像写真。
その写真が持つ謎解きをしてゆく訳なのだが・・・・
イヤハヤ、フィクションとノン・フィクションの狭間を揺れ動く我々にこうも明確な証拠を突きつけられると否が応でも信じてしまう。(まぁ、ワタクシが歴史オンチなだけであるのだが・・・)
そして、それらの証拠と推理によって謎に包まれていた明治維新の真相が明らかにされる。
ノン・フィクションとして読むか、ミステリーとして読むか?
天皇は元々は北朝の血筋のはずだが、明治天皇は南朝を支持し、南朝の後醍醐天皇などを祀る神社を多く建立した。その真相はいかに?それはこの本に書かれています。
ちなみにワタクシの周りにも関係者とおぼしき方がいるのでワタクシは信じます。
しかし、この話題はネット上でもいろいろと議論されており、興味が尽きない。
まぁ、所詮真相は闇の中に葬られ時間が風化させていくのかもしれない。
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ガダラの豚 (1~3) (集英社文庫) (文庫)
中島 らも (著)
マジックとは?超能力とは?超常現象とは?そして呪いとは?
この魅惑に満ちた不思議キーワードが文脈に満ち溢れている。
そして行き着く先はアフリカで、魑魅魍魎の祈祷師が登場。
その祈祷師は摩訶不思議な能力を放ちつつ、闇の政治力を持ち日本に上陸する。
そして怒涛の第三部になだれ込みスラップスティック・アクションへと展開する。
人知を超えた超現象に感覚は麻痺し、軽い眩暈を覚える。
これは幻覚なのか?それとも現実なのか?
たたみ掛けてくる“らも”ワールドが常識を打ち崩す。
鬼才「中島らも」の眩暈がする超弩級幻想冒険小説である。
ちなみに「ガダラの豚」とはマタイ伝に出てくる地名である。
復活したキリストが、悪霊に取り憑かれた乱暴者を豚に変えて、崖から落ちるよう仕向けた。
故に「悪霊に取り付かれた者」を指す慣用句にもなっている。
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八日目の蝉 (単行本) 角田 光代 (著)
いつもなら三日もあれば文庫本1冊は読んでしまうのだが、この本は1週間以上かかった。
何故?あまりにも切なすぎるのである。逃亡する女性の心理が分かるようで分からない。しかし、いつの間にか感情移入してしまう。スリリングな文体が読み手をここまで引きずり込んでしまう。
逃げて、逃げて、逃げのびたら、私はあなたの母になれるだろうか・・・・
理性さえもをゆるがす愛があり、罪にもそそぐ光があったのか・・・・・
家族って何?人との繋がりって何?という命題が重く圧し掛かってくる。
それがあまりにも切なくて自分自身の中で心の整理をしないと先に読み進めないのである。
だから一日で十数ページしか読むことができなかった。
蝉は七年間土の中にいて、地上に出て七日目で死を迎える。
しかし、七日目に死を迎えるはずの蝉が八日目も生きていたら・・・
あるべき人生から、大きく逸脱した世界を生きることになったら・・・
そこにあるのは孤独や寂しさ?それともささやかな夢や希望があるのか?
ひたすら一生懸命に生きてきて、その人にしか見れない世界を見るのだろうか?
タイトルの持つ重さを感じた久々の一冊である。
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「名もなき毒」
宮部みゆき 2007-098
我々の日常生活ではリアルな「毒」を体験することはまずないだろう。
(ここでいうリアルな「毒」とは青酸カリのこと)
そして、土壌汚染という「毒」もニュースなどでよく聞くがワタクシの周辺では話題に
なったことはない。
でも、人間の「毒」は心当たりがある。
普通に生きてきた普通の人間の言葉や振る舞いが、ある人間にはそれそのものが
「毒」として映ることがあるかもしないし、まさに「毒」になることがある。
そして、それが違う形の「毒」として自分に降りかかってくる。
これが怖い。
まさしく「名もなき毒」である。
日常に潜む「名もなき毒」は常に我々の身に周りにあるのかもしれない。
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海の底
著者/ 有川浩
わが地元である横須賀を舞台にしたSF&エンターテイメント小説である。
ベース(米軍基地)で開催されている桜祭りの真っ最中に巨大甲殻類が襲ってくるという、
度肝を抜かれる凄いシチュエーションからお話しは始まる。
そして、舞台になるのはご近所である。
ベース、ショッパーズプラザ、横須賀中央界隈、そして対策本部が置かれるのが不入斗にある
横須賀アリーナである。中央公園も出てくる。まさしくご近所!全て徒歩圏内である。
ご近所のならではの親近感で読むほどに光景が目に浮かぶ。
物語は2つのパートで進行する。
警察機動隊と自衛隊による駆逐作戦、そして潜水艦「きりしお」に閉じ込められた自衛官と子供達の葛藤である。
ご近所のよしみもあり一気に完読。それにしても日本の官僚機構の融通のなさを比喩しており、有事の際にはやはり問題になるかもしれない。
作者の有川 浩は高知出身で、高知県人の特有?であるハッタリ精神で面白オカシク物語を脚色しているのが読んでいて心地よい。そしてなんだかんだとドタバタ展開なのだが最後はしっかりとラブロマンスで締めくくりメデタシ、メデタシ。
横須賀市民でSF&エンターテイメント小説がお好きな方は読むべし!
余談:この巨大甲殻類はエビだが食べても美味しくはないらしい。
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黄色い目の魚
佐藤 多佳子 (著)
佐藤 多佳子とは、2007年本屋大賞受賞作、そして第28回吉川英治文学新人賞受賞作である「一瞬の風になれ」の著者でもある。
実はワタクシこの本はまだ読んでいない。
「黄色い目の魚」も鎌倉や葉山が舞台であるということで読み始めた次第。
で、読み始めた瞬間、オジサンが読んでもいいのだろうか?という疑問が湧いたが、読み始めたら最後までピュアな迫力に押され最後まで一気読み。
何と言うか多感な思春期のカンジョーが瑞々しい。
行間から彼らの熱い鼓動、吐息が耳元で感じられる。
大人になるということはこの瑞々しいカンジョーを捨てることなのか、と感じた今日この頃である。
ちなみに「夜のピクニック」もオススメである。
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地球温暖化問題に波紋を投じる問題の書である。
現在、地球が温暖化されているということは広く一般的に知られている。
そしてこれは良識なオトナなら誰でも常識として持っており、最近の異常気象はこの地球温暖化が原因である、と認識しているはずである。
まぁ、これは、科学者の論文なりシミュレーションしたデータを新聞や雑誌が取り上げてそれが認知されているだけで、我々個人個人ではこれを立証できない。
じゃ、地球が温暖化されているというこの科学者達の言い分は本当に正しいのか?
地球が温暖化されているということは地球上どこでも均一に温度が上がっているということであるが、ある地点では逆に温度が下がっている場所もある。この書の各章の末尾にこのような具体的なデータを記載しており、地球が温暖化されているという科学的な根拠はナイ!と言い切っている。
このご時勢に真っ向から反対姿勢を示すマイケル・クライトンの信念には恐れ入りやの鬼子母神!
で、この書のチョット的外れ的タイトル「恐怖の存在」なのだが、読めば納得する。
この書では説く、現代社会では“恐怖”が存在することが必要なのだと。
都合よく意図的に作り出された“恐怖”はある支配的な複合体にとって国民(大衆)を操作するための道具(情報)なのである。
この支配的な複合体とは政治・法曹・メディアのことである。
政府は“恐怖”を操作することにより国民も操作することが出来るし(最近では消費税のアップなどがあるなぁ・・)
メディア(新聞・雑誌)に至っては記事のほとんどが“恐怖”を煽るものであることは誰でも気づいているはずである。
そして巨大化しすぎたある環境保護団体にも“恐怖”が必要になる、これがこの小説の骨子である。
環境保護団体(=環境テロリスト)がミサイルを利用して嵐を起こして、爆薬で津波を発生させ、“恐怖”を作り出す。
そしてそれを阻止するグループとの疾風怒濤の冒険活劇である。(小説とすればオモシロイ)
で、ワタクシ的には地球温暖化は進んでいると思い、努力しなければイケナイと感じる今日この頃である。
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天空への回廊
笹本稜平
光文社文庫
この小説も過去に読んでいる。という薄っすらとした記憶がある。
何故、覚えているかというと、同時期に読んだ「ミッドナイト・イーグル」のプロットと同じだからである。
(尚、ミッドナイト・イーグルの映画は最近鑑賞済みである)
どちらも山中の奥深くに墜落した謎の飛行物体を巡っるミステリー&アドベンチャーなのだが、「ミッドナイト・イーグル」は日本人の感性に訴えるウルルもののラストであり、この「天空への回廊」のラストは皆が期待する結末でいかにもハリウッド好みのストーリー展開でハリウッドで映画化されたら面白そう、似たようなこの2つの物語はそのラストの結末がまったく異なるものでそれが逆に印象に残っている。
まぁ、しかし、この主人公も岸壁から落ちるは、雪崩に巻き込まれるは、銃で狙撃されるは、ホワイトアウトに巻き込まれ、足を骨折し、凍傷になり、食料はつき、そして傷つきながらも8000mの雪稜を這いずり回って己に定められた試練に立ち向かうその超人的姿はまるでヒマラヤ版ダイハードであり、この怒涛のような災難の連続もいかにもハリウッド好みの演出だと思う。
山好きには夢枕獏の「神々の山嶺」、そして谷甲州の「遠き雪嶺」とともにお勧めできるミステリー&アドベンチャーである。
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ナイチンゲールの沈黙 (単行本)
海堂 尊 (著)
前作「チーム・バチスタの栄光」の続編であるが、前回のようなドタバタ的スラップスティックな面白さも医療ミステリーの奥深さもない。この物語の骨格をなすのは“音楽”である。
だから、読み始めた時、頭の中で認識している本のタイトルは「ナイチンゲールの沈黙」なのだが、読み進むうちに「ナイチンゲール・ラプソディー」に次第に洗脳されているのに気付き、読み終えた時にこの本のタイトルは「ナイチンゲール・ラプソディー」でなければならない、と確信してしまう。(まぁ、2部の表題がナイチンゲール・ラプソディーなのだが・・・)
それほどまでにこの小説の行間からはこの“ラプソディ”が聞こえてくるような錯覚に陥るし、その対極にあるもうひとつの歌“アベ・マリア”も脳内?に染み入るように感じてくる。
音楽が持つ不思議な“気”あるいは“パワー”が言語を超越して脳内にメッセージを送ることが出来るとするならば・・・ある時は人々は恐怖に慄き、またある時には幸せに満ちた気分になれる。音楽が本来持っている不思議なパワーは知っている人なら共感できよう。
このおハナシはそんな音楽に憑かれた人々がキーパーソンとなって病院という素敵なワンダーランドで繰り広げられるファンタジー&ミステリーである。
音楽って魔法なのかな?そしてこんなに面白い人々がいる病院は本当にワンダーランド!こんな病院ならしばらく入院していても楽しそうであるなぁ・・とフト思った今日この頃である。
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ベルリン飛行指令 (新潮文庫) (文庫)
佐々木 譲 (著)
遅ればせながら佐々木 譲の「ベルリン飛行指令」を読む。
この本の初版は1993年であり、当時より題名だけはずーと記憶の片隅にあった。
で、読後の感想は一言!もっと早く読んでいれば良かった!である。
古き良き時代の孤高の飛行機乗り、という設定で、文体も潔くその人物像を描いていおり、否が応でも男のロマンちゅうものをくすぐるワケで、この作品における佐々木 譲はまさに日本のジャック・ヒギンズと呼んでもおかしくない。
とにかくページをめくる己の手がまどろっこしい。早く、早く次のページに行きたいという想いがはやる。が、その反面いつまでもそのページに留まっていたいと言うアンビバァレントなウレシイ悲鳴をあげながら読む快感はそうざらにはない。
思えば、こんな気持ちになったのは日本の冒険小説では景山 民夫著の「虎口からの脱出」以来かもしれない。この「虎口からの脱出」は余り話題にはなってはいないがワタクシは日本冒険小説の金字塔だと思っているワケでこれに並ぶ面白さである。
そして、これはフィクションなのか、ノンフィクションなのか読者を惑わすディテールも巧みで読んでいても楽しい。
秋の夜長にバーボンを傾けながら男のロマンに没頭するのも悪くはないなぁ、と感じた今日この頃である。
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失われた町 (単行本)
三崎 亜記 (著)
何の予備知識もなく読み始めたのだが、次第に頭の中が混乱してくる。
プロローグがエピローグなのである。
で、時系列がブンガク的に戻りつつ、この壮大な物語の全貌の謎を紐解いていく。
内容的にはSFなのだが、手法が妙にブンガク的で、非常に危ういバランスで構築されているカンジである。
“意識”、あるいは”明確な意図”を持った「町」が30年に一度、一つの町の住民を跡形もなく「消滅」させる。消滅させるのはいいが、その件がブンガク的でSF的な具体的な理由付けが施されていない。10代の頃から小松左京やら筒井康隆などSF小説に慣れしたしんだ己の感性がこの手法に違和感を抱くのである。
まぁ、ブンガク的に未熟なワタクシの不徳の致すところからもしれないが、漠然とフラストレーションだけが溜まっていく。そしてエピローグがプロローグとなり、壮大な物語は線香花火の如く終末を迎えるわけで、これはこれで生と死の儚さを意味を示唆しているのだろう。だがしかし、心に中ではもっと明確な結末を期待していたワタクシはものの見事に肩透かしをくらった訳で、割り切れない蟠りだけが残ってチョット残念である。
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我が地元、横須賀を舞台にしたハードボイルドの中篇2編が収められている。
昭和61年に六版発行とあるだけあって今は亡き?ガントリークレーンも登場し、古き良きドブイタが舞台である。まぁ、今だから古き良きドブイタなんて表現が平気でできるが。ワタクシが幼少の時のドブイタは怖かったという印象しかない。特にベトナム戦争の頃は荒れていて、怖くて子供は近づけなかった。
で、昭和60年代というと少しは落ち着いてきた頃であり、トリオ・ザ・パンチの内藤陳の「おら、ハードボイルドだど!」などのギャグは流行った頃でもある。
ハードボイルドと言えばレイモンド・チャンドラーである。矢作 俊彦氏は彼を手本としてハードボイルド小説を書きたかったのだろう。
でも、ハードボイルド小説特有のウィットに富んだ描写が時には仇になることがある。
例えば「時は10月、ジャマイカのパンフレット写真みたいに晴れ渡った少し寒すぎるくらいの水曜日」という件はテンポよく読めるが、「金庫から飛び出してきた新品の札束みたいな笑顔だった」とくるととたんにガクッとくる。テンポが殺がれるのである。心の中で思わず反復してしまい、新品の札束みたいな笑顔とはどんな笑顔なのか?と考えてしまう。まぁ、これはワタクシのハードボイルド小説を受け入れる器が小さいのが原因かもしれないが・・・
ハードボイルドのエッセンスを詰め込みすぎた感じで、ストーリが分かりにくく、展開が急すぎる。
センスが良いだけに残念である。
そして、横須賀、というか横浜のリンゴォ・キッドはあまりにも善人すぎたのかもしれない。
ちなみに「リンゴォ・キッド」とは名作「駅馬車」の主人公のことであり、通称“ビリー・ザ・キッド”と呼ばれた西部開拓時代のガンマン(無法者)である。
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よろずや平四郎活人剣〈上〉 〈下〉(文春文庫) (文庫)
藤沢 周平
もう10年以上前に池波正太郎の「剣客商売」の面白さに目覚め時代劇のドツボにハマってしまった。
それ以降、池波正太郎、司馬遼太郎、藤沢周平などの時代劇作家の本を時あるたびに読んできた。
で、最近読んだのがこの小説である。
池波正太郎、司馬遼太郎、藤沢周平諸氏ともそれぞれの作風があってそれを味わうのも時代小説の醍醐味なのかもしれない。
池波正太郎氏の小説からは男の美学というか、ダンディズムが行間からプンプンと漂ってくる。まぁ、池波氏は「男の作法」という本を出すほど男の生き方に拘りを持っていたお方であり、己の信じる男の美学をそこはかとなく散りばめた結果なのだろう、とワタクシは思う。
そして対照的なのがこの藤沢 周平氏である。藤沢氏の小説の大きな特徴は庶民の視点から観た庶民の生活を描いているということである。例えば、池波氏の小説の主人公は絶対に鼻毛は抜かない。しかし、藤沢氏の小説の主人公は武士であろうと庶民の視点から見ればただの人であり、鼻毛を抜くのは当たり前で、これがスンナリと浮け入れられる描写が心憎いほど自然なのである。
だからこのまったり感がとても心地よいのである。普通の人が普通の生活と営み、そしてごくごく普通の事件に巻き込まれる。そして主人公の平四郎が、鼻毛を抜きながら?事件を解決していくくだりは藤沢流の手馴れた技で見事である。まったりと肩の力を抜いて、この藤沢ワールドをゆるりと堪能しませう。
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竜馬がゆく
司馬 遼太郎 (著)
何も言うことはない。(良識ある大人の)日本人なら誰でも知っているあまりにも有名な小説である。そしてこの小説によって国民的英雄としてイメージされる竜馬(龍馬)像が作られたといってもよい。事実、司馬 遼太郎がこの小説を発表するまでは忘れられていた存在なのである。
いや、一度だけ死後、その存在がクローズアップされたことがある。日本海海戦の直前に、龍馬が2晩も皇后の夢枕に立ち、「日本海軍は絶対勝てます」と語ったという話で、これが全国紙に掲載され、坂本龍馬の評判が全国に広まる事となった。そして勝海舟が言った「薩長連合、大政奉還、あれはみんな龍馬ひとりでやったことさ」も坂本龍馬を世に知らしめた有名な言葉である。
かくゆうワタクシも「竜馬がゆく」を20代の時に読んだ。そしてたいそう感動した記憶があり、坂本龍馬無くして明治維新は成し得なかっただろう、と深く思ったもんである。
しかし、最近になってこの竜馬(龍馬)像について沸々と疑問が湧き出てきた。テレビ番組やいくつかの本で坂本龍馬の実体について証拠を揃えて論じているからである。
で、気になって2週間前からこの「竜馬がゆく」を読み返した次第。
やはり、面白いストーリで一気に読んでしまった。そして感じたことはこれはフィクションなんだということである。
司馬遼太郎氏も竜馬という文字を使ったのは、歴史上の人物、龍馬ではなく自分の作り上げた青年の理想像として書きたかったのであえて字を変えて「竜馬」像を作りたかったと言っている。
司馬遼太郎氏の理想としての幕末の志士が思う存分活躍するわけだから面白いのは当たり前である。
坂本龍馬の実体についは諸説あり、歴史家からも「竜馬がゆく」で描かれている竜馬は実際の龍馬とかけ離れているのではないかという指摘は多い。
フィクションでも構わない。面白いものは面白い。
まぁ、ここは一つ大人の器量の大きさで「竜馬がゆく」を楽しもうではないか。
そうそう、坂本竜馬は横須賀とも多少は関係があります。
横須賀と坂本竜馬
http://take4-san.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_fa1e.html
http://take4-san.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_40fb.html
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灰色の北壁 (単行本)
真保 裕一 (著)
真保 裕一の「山」をテーマとした3編を収録した中篇山岳小説である。
中篇ならではのヒネリを効かしたミステリー仕立ての展開は小気味良い。
何よりも山に取り付かれた「山屋」の心情をよく理解しており、一人の人間としての「山屋」の心の襞(ひだ)にある想いを描いている。
読むにつれて、次第に主人公である「山屋」の想いに自分の心がシンクロしてしまう。
実はワタクシも若き頃、とある山岳団体に所属しており、春夏秋冬問わず、谷川岳、南アルプスや北アルプスに入り浸った時期があり、登場する「山屋」の心境にはある程度は分かる、がそこまでの「山屋」でもなかったし、卓越したアルピニストでもなかった。
山をやっていた関係で山岳モノの本は多数読み、特に新田次郎の作品は全て読んだ。
山を登るというひどく単純な行為が、時には生死を賭けた挑戦となり、そして物語となる。
想像を絶した大自然の中では人間は小さなものであり、その大自然の中でもがき苦しむのは当たり前である。だからドラマがあり感動があるのか。
そんな問い掛けを超越するほどストーリーは粛々と進んでいく。
なんだかこの潔さがこの小説の骨頂なのだろうと、読み終わってから気付いた。
やはり、この小説は山を登り切った者でしか分かり合えない何かがあるのかもしれない。
しかし、登山の経験者のない人には山の持つ奥深さが読み取れるのではないだろうか。
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「夜のピクニック」恩田 陸 (著)
これは紛れも無く「青春小説」なのだろう。そして、この青春小説というシロモノを堂々と読むことに対してオジサンはチョット恥ずかしいものがある。
だって、アナタ!青春ですよ!あの揺れ動く淡い想いとか何とかを人生の酸いも甘いも悟ったオジサンが読んでも面白くもなかろう。まぁ、本当は素直に読みたいという気持ちを認めて読めばいいのだが、何故か何を今さらジロー的白けきった醒めた理性が邪魔をしているから恥ずかしいのかもしれない。
で、改まって「青春小説」って何と問われてもワタクシにはよく分からない、取り合えず若者達の友情や恋、そしてそれらを取り巻く環境などを淡いタッチの文体で書いた小説とでもしておこう。
この「夜のピクニック」は始めは読む気はなかったのだが「サウスバウンド」を読んでから気が変わって読んだ次第。つまり本屋大賞の奥深さを知ってからである。「サウスバウンド」は2006年本屋大賞の2位で。「夜のピクニック」は2005年本屋大賞の1位である。ちなみに2004年本屋大賞(第一回)の1位は「博士の愛した数式」である。これも良い小説だ。
この小説は全編を通してサラリとした描写が印象的である。
とにかくサラサラで、ジメジメもドキドキもドタバタもなくひたすら全校生徒が24時間かけて80キロを歩く高校の伝統行事「歩行祭」での出来事をサラリとした描写で描いている。
主人公たちの会話の中に「青春の揺らぎ」とか「煌(きら)めき」、そして「若さの影」とか「引き算の優しさ」なんて言葉が出てくる。
まぁ、今時のコーコーセイがこんな言葉を使うなんてオドロキだが、サラサラの文体が嫌味なくこれらを消化しまっている。
そして、ラストに向かって、アメリカからのおまじないが、今までの蟠りを嘘のように解かしていくくだりもサラサラしている。
読後のサラサラ感も心地よい。
そうか!「青春小説」とはサラサラということか!ということを感じた今日この頃である。
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ロマンス&ゴッシク・ホラーです。そして2巻で約1000ページの大作です。
師、弟子、そしてその子と三世代にわたり時空を超越した“竜の暗号を辿る旅”、「歴史ミステリー・グランドツアー小説」でもあるのです。
特にトルコから冷戦時のハンガリーやルーマニアの情景描写が見事。
そして、中世ヨーロッパは面白いと再認識する。
“竜の暗号を辿る旅”の辿りつく先はワラキア公ヴラド3世、またの名はドラキュラ。
そして、そのドラキュラの台詞
「人間の本性は悪だと、この上ない悪だと、歴史は説いている。善は完全なものにはなり得ないが、悪はなり得る。」意味深である。
つまり、歴史というものが、人間の本性は悪であると証明している、ということを言っているが、実は人間の本性である悪こそが、歴史というものに本質を与えるのではないか?
今の世界がまさにそうであるように、、。
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ワタクシの朝の通勤列車内で憩いの一時はレイディオを拝聴することである。
聞くのはニッポン放送の「朝はニッポン一番ノリ」である。
で、以前、ヘンな社則やら校則を特集したことがあった。
面白かったのは、「ヘンな校則」という特集で某農業高校の
「トラクター、牛、馬等に乗って通学してはいけない」である。
ナンだが牧歌的で憎めない校則であった。
そしてこれらの特集を聞いていた出版社と意気投合して出来たのがこれである。
最近では各メディアで大反響!らしい。
「へんなほうりつ」
のり・たまみ 著 ニッポン放送 版
イヤ~、帯のコピーから仰け反ります。
「スタイルが悪い女性はビキニを着てはならない」
これはイタリアのリゾート地・リビエラ海岸に実際にある条例。
これに反発した女性たちが、「ビキニがだめならトップレスで!」とデモをしたり、
ゲイの人たちが「ビキニでパレードしたり、大騒動だったそうだ。
他にもこんなへんな法律がある。
「幼いウサギは一羽だけ飼ってはならない」 ・・・スイス動物保護例
「雪合戦は違法とする」 ・・・アメリカ・コロラド州
「殺人や強盗を犯す際に防弾チョッキを着てはならない」・・・アメリカ・ニュージャージー州
「狭い家を建てた者は税金50万円を払うこと」 ・・・豊島区
「400平米以上の一軒屋しか建ててはならない」・・・芦屋市
「航空機でニワトリを追跡してはならない」・・・アメリカ・テネシー州
ホント、それにしてもスゴイですね。まったくワケワカメである。
何故?そーなったかは本を読んでください。
その中で一番摩訶不思議だったのはこれ!
「5歳以上の女性の水着は、乳首の上半分は見えてもよいが、下半分は見えてはならない。」
これはアメリカ:デラウェア州の条例なのだが、まったくワケがわからない、
が、オジサンゴコロの好奇心を妙にくすぐる“ほうりつ”である。
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あいも変わらず、平和ボケして弛んだ身体の日本人に強烈なボディブローを打ち浴びせる福井晴敏の新作です。
お得意のキーワード、「少年・少女」「北朝鮮」「テロリスト」「自衛隊」「DAIS」「公安警察」そして「国防とは?」で埋め尽くされたストーリー展開。
ご存知、「川の深さは」 → 「Twelve Y.O 」→ 「亡国のイージス」と続く「ダイス三部作」の続編です。
右翼とか左翼とか、タカ派とかハト派とかそんな“古い言葉”では今の日本は割り切れない時代になっている、、。もっと日本を再生させる為の“新しい言葉”が必要なのだと、、、。
そして、その新たなる認識と導き出す言葉“ローズダスト”は臨海副都心と共に昇天する。
下巻の大半を占める 絶対映画化は絶対に無理だと言われているたたみかける圧倒的な戦闘シーンはその爆風が感じられるほどリアルです。圧巻です。
でも、、もし、、技術的に映画化がクリアになればスーパー弩級日本版ダイハードの誕生?かな、、。
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サウスバウンド映画化!
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-25501-storytopic-6.html
最近こんなオモロイ小説はないなぁ、思っていたら、ナント!映画化されるとな!
森田芳光監督で10月公開だとかで沖縄ロケがスタートしたというニュースが
先週アナウンスされた。
アカハチの子孫で伝説の活動家上原一郎に豊川悦司(45)、妻を天海祐希(39)が演じる。
こりゃ~面白そうだ。
小説では「ナンセンス!!」、「年金払わない」「国民やめた」とほえまくっていたが、
劇中でも同様にほえているらしい。
そして元闘争のマドンナに天海祐希ですか、キャラ的には二人ともはまり役だと思う。
10月は「サウスバウンド」で11月が「続・三丁目の夕日」の公開とは、
今年の秋は邦画が楽しみである。
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いや~、この本オモロイです!
こんなに痛快無比で愉快爽快な小説は川上健一の
「跳べ!ジョー、BBの魂が見ているぞ!」以来である。
全編を通じて大人の身勝手さで翻弄される小学生12年生?が
実にイキイキと描写されている。
その大人とはアカハチの子孫でアナーキストの父親と元御茶ノ水の
ジャンヌ・ダルクと呼ばれた母親である。
で、、何故小学生12年生なのか?本当は6年生なのだが、
妙に大人じみた言動と行動がこの小説の行間に隠れている作者の
想いと読者の期待というツボにものの見事にハマっていて、
まさに小学校12年生なのである。
そしてそれがフツーに自然なのが実に心憎いのである。
東京での日常と非日常、そして沖縄での風と光、そして影、
そしてプリミティブな想いと愛、そして自然と破壊が織り成す
壮大なロマンを染み入るように堪能できる。
読書というのは一級のエンターティンメントであると、
こういう本に出会えるとつくづく思うのである。
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サウスバウンド
奥田英朗
いや~、この本オモロイです!
こんなに痛快無比で愉快爽快な小説は川上健一の
「跳べ!ジョー、BBの魂が見ているぞ!」以来である。
全編を通じて大人の身勝手さで翻弄される小学生12年生?が
実にイキイキと描写されている。
その大人とはアカハチの子孫でアナーキストの父親と元御茶ノ水の
ジャンヌ・ダルクと呼ばれた母親である。
で、、何故小学生12年生なのか?本当は6年生なのだが、
妙に大人じみた言動と行動がこの小説の行間に隠れている作者の
想いと読者の期待というツボにものの見事にハマっていて、
まさに小学校12年生なのである。
そしてそれがフツーに自然なのが実に心憎いのである。
東京での日常と非日常、そして沖縄での風と光、そして影、
そしてプリミティブな想いと愛、そして自然と破壊が織り成す
壮大なロマンを染み入るように堪能できる。
読書というのは一級のエンターティンメントであると、
こういう本に出会えるとつくづく思うのである。
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銃・病原菌・鉄
ジャレド・ダイアモンド
先日、ナショナル。ジオグラフィックから特別版のDVDが送られてきた。
「銃・病原菌・鉄」のダイジェストDVDである。
表紙にはこんなコピーが、
なぜ、世界は、これほどまでに不平等なのでしょうか?
持つものと、持たざるもの。
支配するものと、支配されるもの。
一体、何が、それを決めたのか。
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/shop/dvd/gunsgermssteel.shtml
米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授、ジャレド・ダイアモンドが
1997年に発表された『銃・病原菌・鉄』の映像化。
原作は、1998年度ピュリツァー賞(一般ノンフィクション部門)を受賞している。
こりゃ~面白そうだ。早速申し込みましょうかね。
いや、その前にまずは原作を読みましょう。
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デッドライン (単行本)
建倉 圭介 (著)
メイド・イン・ジャパンで久々に面白いと感じた冒険小説である。
何だか昔読んだ景山民夫の「虎口からの脱出」を彷彿させる。
悪魔の兵器“原子爆弾”の誕生から原爆投下、
日本の降伏という歴史に翻弄される男と女の物語でもある。
また、物語の根底に流れるのは日本民族としての純粋なアイディンティテーと
迫害されるインディアンやイヌイット、アイヌといったマイノリティの静かな戦いであろう。
そして、男と女の努力も空しく広島と長崎に原爆は投下された。
ところで話はチョット変わるが京都も原爆の投下の候補地であった
ということを知っている日本人は少ないだろうなぁ、
戦争中、京都が爆撃を受けなかったのは、アメリカが京都の
文化財を守るために空襲しなかったからだ、と信じている人が多い、
しかし、これはまったくの誤解で京都が残ったのは
原爆の目標として温存された結果だったのである。
原爆目標選定委員会によって、京都が最も理想的な投下目標とされた理由
①百万の人口を持つ大都市。
②戦時下で罹災工業がこの都市に流れ込んできており、軍事目標を持つ。
③市街地の広さが東西2・5マイル、南北4マイルあり、人口密集地が広い。
④日本人にとって宗教的意義を持った重要都市であり、
この破壊が日本人に最大の心理的ショックを与えることができ、
その抗戦意欲を挫折させるのに役立つ。
⑤三方を山に囲まれた盆地であり、爆風が最大の効果を発揮しうる地形を持っている。
⑥知識人が多く、原爆のなんたるかを認識した彼らが政府に早期降伏を働きかける期待が持てる。
⑦まだ爆撃による被害をこうむっていない。
これが現実である。
また、米軍が日本の文化財を調査したのは事実である。これは保護を目的にしたのではなく、
戦後、日本の賠償保障額を算出するの必要だったからである。
幸いにも米陸軍長官ヘンリー・スチムソンが戦後日本の国民感情を
考慮して京都投下案に強硬に反対した。
「日本の古都はなぜ空襲を免れたか」を読めばその真相にビックリする。
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20代前半の時にレイモンド・チャンドラーの小説を読んだ。
バーボンとタバコは男の勲章だと信じていた時代。
そして、男の美学を学んだ時代でもあった。
『長いお別れ』(The Long Goodbye)は
1953年に発表されたレイモンド・チャンドラーの小説である。
主人公はチャンドラーの創作した著名な探偵、フィリップ・マーロウである。
英国のカクテル、ギムレットを世界的に有名にしたハードボイルドの傑作。
男の友情、女の哀愁、非情な人生、そして酒。
数々の名セリフをのこしたあまりにも有名な作品である。
To say Good bye is to die a little.
(さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ)
I suppose it's a bit too early for a gimlet.
(ギムレットには早過ぎる)
テリー・レノックスとマーロウがバーでギムレットを
飲むシーンはただ心が咽び泣いてしまう。
もう何も言うことはない。ハードボイルド小説の金字塔である。
そしてチャンドラー最後の作品『プレイバック』から
If I wasn't hard, I wouldn't be alive.
If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.
(タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない)
これも知らない人はいないぐらい有名な台詞。
フィリップス・マーローを超える年代になってしまった今でも
色褪せない男の美学に改めて心服している
今日この頃のオジサンである。
それにしても、エリオット・グールド演じるフィリップ・マーロウは、
松田優作がTVで好演した探偵物語の工藤俊作によく似ている、
と感じたのはワシだけであろうか・・・・。
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この本は面白いのだろうか?などという疑問など微塵も無く、
そしてアノ真保裕一が駄作など書くわけがない、
という強い信念の元に読み始めたのだが、、イヤイヤ、ガックシである。
こうも見事に期待を裏切られると逆にサバサバしたりする。
徹底した取材に裏打ちされた緻密なストーリー展開がウリで読者はそれに酔い、
読書後の高揚感が楽しみで彼の本を読むのである。
今回も「吸血鬼伝説」やら「アニマルセラピー」やら
「ボルネオの首狩族」やら「二つの異様な殺人」というキーワードで
散りばめれたストーリーなのである。
これは彼の技量をもってすればトーゼン面白いはず、、
なのに見事に面白くない。
始まりは航空機の墜落、(ウァーこれは面白そうだ)、、、
しかし、その後は謎が謎を呼ばない肩透かしのようなストーリー展開のお話である。
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