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2014年12月11日 (木)

カメラの記憶「武相荘(ぶあいそう)」

ワタクシ、予てより白洲次郎そして白洲正子両名の考え方や生き方に共感をもっており、
白洲次郎と白洲正子展」を拝見し、さらにその想いを強くし、旧白洲邸 通称「武相荘」を
訪れてみたいと常々想っていたのだが、数年前やっとその想いを叶えることが出来た。

以下はその時のスナップである。

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オイリーボーイ」はこのクルマから始まった・・・
中学生時代に愛用していたアメリカ車・ペイジのグレンブルックの同型車である。

Dsc_0952

Dsc_0954

安倍首相は以前から「戦後レジュームからの脱却」を目指して奮闘しているのだが、
白洲次郎氏はそれが如何に困難なことなのか当時から分かっていたのではないのだろうか?
そして、常世より今の日本をどう思って観ているのだろうか?
きっと歯痒い思いで観ていることだろう・・・と思う今日この頃なのである。

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で、ここからは後日談・・・・

白洲次郎氏だが彼に関する一次資料は、ほとんど現存しておらず、実像としての白洲次郎氏は謎が多い人物のようである。

まぁ、詳しくはこちら↓

白洲次郎とは何者だったのか
http://blog.livedoor.jp/k_guncontrol/archives/cat_10021005.html

歴史の真実とは何か?そして隠された真実とは?ということをつらつら考えるに、
勝者のためのの歴史であり、権力者に都合の良い歴史に意図的に改ざんされているのだろうなぁ・・・
と思う今日この頃なのである。

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