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2014年5月

2014年5月18日 (日)

ウォーキング?散歩?ジャラン・ジャラン?

Hayama

以前このブログに散歩学のすすめ」なる記事を書いた。
下記のような書き出しで始まる。

ワタクシの趣味は“散歩”である。
思えば若い頃から“散歩”が好きだったかもしれない。
古道歩きから野山を歩く“トレッキング”
北アルプスを散歩する縦走登山、沢を散歩する沢登り、岩壁を散歩するロッククライミング、
海の上を散歩する“セーリング”
海の中を散歩する“スキューバダイビング”
空を散歩する以外は全てやってきた。

とまぁエラそうに講釈しているのだが、ところで“散歩”って何?
何故?ワタクシはこの“散歩”をするのか?好きなのか?
つらつら考えるに、要は刺激による「快感」を欲しているのでは?という結論に辿り着くのである。

日常の生活空間の中で比較的簡単に“非日常”を体感し、
無意識のうちに五感を刺激してくれるこの快感がたまらないのである。
歩いていく、景色が変わる、野に咲く花の香り、川のせせらぎ、木々のざわめき、
刺の痛み、そして足の痛み?、日焼け、汗が目にしみ、口で感じ、、
乾ききった喉を潤す水のうまさ、空腹を感じ、頬張るアンパンの甘さ、
何よりも散歩終了の儀式における焼き鳥の味わいとビールの喉越し!が堪らん!!
突き詰めればサドマゾの極地にまで登りつめたカイカンが堪らない!!
まぁ、これはジョーダンでワタクシはSMのカイカンはわからない。

SMのカイカンはわからないが「脳内快感」は味わいたい。
移り行く景色・風景の中で心を引き付けられる場面がある。
見通せる雄大な景色も良いのだが、何の変哲もない森の中の小路や
小さな丘にココロがときめくことがある。
真っ直ぐな小路にはときめかない。
緩やかに登りながら路が森の中に吸い込まれていく、こうゆう風景にココロがときめく。
傍らに印象的な巨木や美しい花々があればなお良い。
ココロの中で(あの小路の曲がった先には何があるのだろう?どんな風景なのだろうか?)と
淡い期待を抱かせてくれ、歩いて近づくたびにその期待が大きくなりココロが踊る。
(あの丘の向こうには何があるのだろうか?どんな景色がまっているのだろう?)と
ココロを躍らせながら丘を登るのが好きだ。

Kumonodaira_2

何か「期待」を感じさせる風景が好きだ。
そしてその“風景”が脳内を刺激し快感へと変わってゆくのを味わう。
その快感を連続して体感できるのが「散歩」の醍醐味なのだろう、とワタクシは思う。

Okinawa_2

この「期待」を感じさせる風景は野山の中だけのものではない。
都会の風景の中にもあり、ワタクシは街中散歩も好きなのである。
雑踏とした小路にもその予感はあり、入口が分かりにくい飲食店にもその予感はある。
そんな“予感”を感じながら街中を彷徨い歩くのも良い。
疲れたら目ざとい店に入りビールをあおり、小腹を満たす。
そしてまた彷徨い歩くのだ。“予感”を探して・・・

Sinjuku_2

店舗の設計では意図してこの“予感”をデザインすることがある。
入口を小さくしたり、エントランスを長くしたりなどして店への期待度を高める。
で、中に入り期待通りの内装で期待通りの料理が味わえれば・・・その店は流行る。
が、しかし世の中はそうは甘くない。何かが欠ける場合が多い。
飲食店は総合プロディース力が必要なのである。

で、話は戻り「散歩」である。
よく「散歩」は「ウォーキング」と比較されることが多いのだが違いは何なのか?
一般通念上では「ウォーキング」はスポーツの一種と考えられており
「散歩」は間違ってもスポーツのカテゴリーには入らないと一般ピーポーは思っている。
「散歩」は目的もなく彷徨い歩くのが良い。

「ウォーキング」は目的地があり、早く歩く。ただ早いだけではイケナイ。
心肺機能や筋力増強するためにスポーツ的に正しく早く歩かなければイケナイ
ワタクシこの何々しなければイケナイ、というフレーズからなるべく離れて生きていたい、
と切に思っており、出来れば遠くから見守っていたい?のである。
故にスポーツ的なウォーキングは敬遠し、彷徨い歩く「散歩」に慣れ親しんできたのである。
が、しかしである。何故か?ワタクシは遠く離れたインドネシアの地で
「ジャカルタ歩く会」通称JWC(ジャカルタ・ウォーキング・クラブ)
といういかにも権威あるお堅い会の月々の行事にいそいそと参加しているのである。

何でだろう~~何でだろう~~(テツandトモ風に・・・古い?・・・)

まぁ 平たく言えば老若男女が参加しており実にフレンドリーな雰囲気が良いのである。
またこの「歩く会」は彷徨うのでなく、決められたコースを歩く。まぁ、当たり前である。
本来のワタクシのポリシーとはチョット趣きが違うのだが、ジャカルタ郊外の田園風景の中を歩くと、
移り行く景色にココロがときめき、アノ“予感”が“快感”となっていくのである。
棚田の水面に映る陽の光、花々の香り、鳥達の囀り、そして精気があふれる空気の中で呼吸する。
見上げれば手が届きそうな雲がゆっくりと行き、足元の小川がキラキラ光りながら流れてゆく
(ここは桃源郷か・・・)と思わせる風景に幾度となく出会う。
(このままここに住んでしまおうか・・・)そんな思いがふと脳裏をよぎる。

Arukukai2

雲が行き、水が流れる・・そんな実に当たり前な自然の摂理が愛おしくなる。
行雲流水・・・斯くの如き人生が過ごせたら幸せだ。

Jogja_2

そうそう、インドネシア語で「散歩」は「jalan-jalan」という。
「jalan」だけだと「道・路」という意味なのだが、続けて言うと
「散歩する」「ブラブラ出かける」「旅行する」の意味になる。
実に単純明快にして意味深長?、おお素晴らしきかな「インドネシア語」!
「道」から「道」へと彷徨う「ジャラン・ジャラン」。
ワタクシにとって「JWC」は「JJJC」(ジャカルタ・ジャラン・ジャラン・クラブ)
なのではないか?と密かに思っている今日この頃なのである。

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2014年5月11日 (日)

六本木・・人・・人・・人・・・

都会の中の人々・・・

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それぞれの営みがあり、
それぞれの時間が過ぎてゆく・・・

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