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2013年11月

2013年11月24日 (日)

第5回ジョグジャカルタ世界遺産ウォーク-2

24日はイモギリ・ビレッジ周辺と渓谷を巡るコースである。
当初は20kmコースを希望していたのだが、前日の後遺症のため10kmにグレードダウンして大会に臨む。
しかし、いざ大会が始まると筋肉痛も気のせいか消え、20kmも歩けるのでは?というまったく不確実な希望が芽生え始め、
先頭集団が20kmへとスタートすると不覚にもノコノコとその後をついて行ってしまったのである。
まぁ、何とかなるという甘い気持ちでいたのだが結果からすると確かに甘かった。

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しかし、前半10kmのイモギリの村々を巡り歩くコースは良かった。木々が生い茂る村の路地は適度な日陰があり、
折れ曲がる路地は変化があり、なによりも家々の前で待っていてくれる人々の笑顔と声援が励みになった。
「スラマットソレ」「ハロー」互いに挨拶を交わす。そしてハイタッチをしてくる子供達。

2日間の全行程の中でこの10kmが一番記憶に残るコースで、そして参加して本当に良かったと実感する。
何よりもインドネシアの人々の素朴さ純粋さに触れ合うことが出来る。
残念ながら5km、10kmのコース参加者の方々はこれを体感することは出来ない。
是非来年は足腰を鍛えてこのコースを歩くことをお勧めします。

と、いうワタクシですがこの村巡りコースから渓谷沿いの単調なコースに変わったところで次第に気分が折れ始め、
12kmのチェックポイントでワケが分からんことを口走ったのである。
ワシ「このコースは10kmのコースか?」
青年「そうですが残り8kmあります」(20kmと10kmコースは途中で合流するので)
ワシ「ナニ!あと8kmもあるのか?ワタシは10kmのコースのつもりだった」(この嘘つきオヤジ!)
青年「あなたはもう12km歩いています」
ワシ「そうかコースを間違えたのか、では戻るとしよう」(この場でこのようなことを言う自分が信じられない!)
青年「戻れません、では私がバイクでゴールまで送ってあげます」
ワシ「そうか、ではお願いしよう」

というワケで青年の運転するバイクに跨り先行する20kmの参加者を次々に追い抜き最初にゴールに着いてしまったのである。
まぁ、途中のチェックポイントすっぽかしてしまったが、渓谷の景色も楽しめたし個人的には良かったと思っている。
その後ホテルに戻りシャワーを浴びチェックアウトし、休日で学生達でごったがえすボロブドゥール遺跡を見学し夜のフライトで
ジャカルタへと戻る。

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それにして名前も知らない青年よ、送ってくれてありがとう。
来年は20kmを完歩することを約束します。

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2013年11月23日 (土)

第5回ジョグジャカルタ世界遺産ウォーク-1

イヤイヤ更新が滞っており大変申し訳ありません。

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11月23日・24日はジョグジャカルタ・ウォーキング協会が主催する「第5回ジョグジャカルタ世界遺産ウォーク」に
JWC(ジャカルタ・ウォーキング・クラブ)の一員として参加してきた。

23日は早朝のフライトでジャカルタからジョグジャカルタへ飛ぶ。
そしてプランバナン遺跡の農村部を巡り歩く20kmコースに参加。
ちなみにコースは5km、10kmそして20kmの3コースあり体力合わせて参加できる。

本来ならば日頃の運動不足を鑑みて10kmが身の丈にあった選択なのだろうが、4月に行った屋久島縄文杉22km、10時間コース
何の問題もなくクリアした経験上そのプライドが10kmコースを許さず20kmコースを選んでしまった次第。
で、結果から言えば時間内(4時間半)で完歩出来たのだが、翌日のウォークに問題を残すこととなった。
まぁ、それはそれとして初日の20kmウォークだが炎天下の農村部をひたすら歩く単調なコースでしかも風がない。

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暑い!!のである。体質上汗かきオジサンであるので吹き出す汗が止まらない、で、水分をすかさず補給するのでまた吹き出す。
止められない、止まらないのカッパエビセン状態で歩くのである。(ワケわからん説明だ!)
10kmを超えたあたりから足の筋肉が軋み始めた。経験上この痛みは惰性で歩くことができる。
怖いのは熱中症とシャリバテ、そして靴擦れによるマメの発生である。

途中のチェックポイントでは水分の補給とスイカ、マンゴなどが提供されて糖分も補給できる。これは有難かった。
これで熱中症とシャリバテは克服できる。足のマメも靴と靴下を吟味して選定しておいたので問題はなかった。
で、あとはひたすら惰性で歩くことだけである。本格的な山歩きの場合、重い靴とサックの重心を利用して振り子のように歩くことができるのだが、
惰性ウォーキングの場合は筋肉に負担をかけずに一歩一歩足を踏み出すだけなのである。

しかし、たかが20km歩くのがこれほどシンドイとは正直思わなかった。
丹沢の表尾根縦走14.3km、歩行時間7時間の方がまだ楽である。
(このコースを歩ければ日本中の登山コースのほとんどを歩くことが出来ると言われている)
4時間半でゴールした後は昼食を取り、ホテルに帰りシャワーを浴びビールを飲み、軽く睡眠をとりディナーへとなだれ込む。

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2013年11月 3日 (日)

裸足の文化 そしてカキアヤム

一時帰国で日本から戻り早2週間。
インドネシアでは雨季に入り夕方近くにスコールが来る。そんな今日この頃である。
で、今回は裸足の話である。

インドネシアの人々は家の中では裸足で過す。
これは勤務先の事務所でも同じである。
床が石張、プラスチックタイルでもカーペットでも裸足で歩く。
老若男女の区別なく裸足で歩く。
まぁ、中にはサンダルを履く者もいるが90%以上の割合で裸足である。

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カキアヤムな足

外出する時にはサンダルを履く。
靴は履かない。靴を履く多くはオフィス街で働くサラリーマン・ウーマンや
制服で勤務する職業の人達である。
その人達も事務所では裸足の者も少なくなく、靴下も脱いでしまう。

さぞかし気持ちが良いことだろうとワタシも思う。
出来ればワタシも裸足で過ごしたいと思うのだが出来ない。
恥ずかしさもあるのだが、ガラス片や画鋲などを踏んでしまうことを
無意識で恐れているのかもしれない。

しかし、裸足で生活し外出もするようになると
一カ月程度で画鋲などを踏んでも気が付かないくらい足の皮が厚くなるという。
現在の日本でも裸足生活を実践している人達がいる。
裸足で電車にも、新幹線にも乗り、ホテルでも断られたことがないらしい。
飛行機にも問題なく乗れ、ディズニーランドも咎められずに入園出来たという

まぁ、ドレスコードが決められている格調高いレストランではさすがに入店は無理だろうが、
一般の飲食店には咎められずに入店は出来る。
学校の校則には変なものが多いが裸足で通学してはいけないという校則はないらしい。
まぁ、学校によっては裸足教育を推奨しているところもあり、皆さん元気よく裸足で校庭を走っている。
昭和30年代の鹿児島小、中学校では通学は裸足が多かったという。
これが社則となると客商売の手前さすがに裸足で通勤は一般通念上ありえないだろう。
また、女子社員の素足禁止、ストッキング着用の義務化というのも多い。

そういえば昔いたマイアミ大学では気候が温暖ということもあり裸足で歩いている女性を多く見かけた。
校内という気安さもあるのだろう、ドミトリーの廊下やキャンパスの通路を裸足で歩いていた。
また、郊外でも徒歩圏内の買い物なども裸足で歩いていた。
これらは全て女性である。男性で裸足で歩いている輩は見かけたことがない。

ところ変わってオーストラリアではスーツを着たサラリーマンも裸足で歩いているらしい。
こうなると裸足大国である。これも気候が温暖だからであり、雪国ではさすがに無理だろうと思っていたが、
強者になると裸足で雪の中を歩くことができるらしい。これはスゴイ!!

で、裸足素人のワタクシが思うに裸足だと困るなぁというシチュエーションはトレイである。
裸足で公園や飲食店のトイレは入りにくい、というよりは入りたくない。
一般的な衛生観念上そう思い込んでいるだけかもしれないが、
裸足マニアの方々は全然気にならないという、こうなると足の皮の厚さとツラの皮の厚さが
同調?しているのではというワケが分からない論理が脳裏をかすめるのだが・・・
まぁ、これはさておき・・・・・話はインドネシアの裸足である。

家の中や事務所の中では裸足の人が多いのだが、これはやはり気候が温暖で裸足でも
過ごしやすいということと、イスラム教の場合一日5回のお祈りの時、モスクは入る際足を洗う儀式があり、
これも裸足の方が都合がよい理由なのかもしれない。
中東のドバイでも足元はサンダルでも高級レストランに入れたのもこのような理由なのかもしれない。

インドネシアでもサンダルは人気で靴コーナーの大半をサンダル売り場で占めている。
が、一般的にはゴムサンダル、通称ビーチサンダルの方が一般的である。
サンダルはよそ行き用で、普段は皆さんゴムサンダルが多い。

でこのゴムサンダル、通称ビーチサンダルなのだが、最初の開発には日本人が関わっている。
1952年(昭和27年)にアメリカ人のレイ・パスティンと内外ゴムの技術者生田庄太郎によって開発されている。
意外と歴史は浅いのだが、サファー御用達人気から今や世界的に普及している。
日本では葉山の「げんべい」が有名やね。

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で、話はインドネシアの裸足である。
ジャカルタから一歩郊外に出れば裸足の農夫が炎天下の舗装道路を歩いていたりする。
普通に歩いているので熱くはないのだろう。
真夏の砂浜を裸足で歩けないワタクシは軟弱者ということになる。

インドネシアの地方のホテルに行くとホテルの従業員は裸足のところが多い。
また、パーティなどのボーイも裸足で、この場合裸足は客人への敬意の表われとなる。
そしてさらに僻地の山奥に行くと裸足で野山を歩き回る人達もいる。
で、これらの人達の足の指は共通しており開いている。
この開いている状態が鶏の足に似ていることからこのような足をカキアヤム(kaki ayam=鶏の足)という。
まぁ、健康な足の証拠なのであろう。
そしてこの開いている足の指で器用にモノを掴めるという。

本物のカキアヤムだが、中華料理の食材でもある。
特に飲茶の 「鼓汁鳳爪」や「辣汁蒸鳳爪」が定番で有名。
ちなみにワタクシは嫌いではないのだが食べにくさから積極的には食さない。

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そうそう、2020年のオリンピックに東京が決まった。
1964年(昭和39年)の時はワタクシは小学生で、マラソンはエチオピアのアベベが優勝した。
この記憶が鮮明なのだが、何故鮮明なのか?彼は裸足で走ったのである。
街中育ちのワタクシにはこの裸足で走るということがそうとうショッキングだったのかもしれない。
そして現在は裸足マラソンが密かなブームらしい。

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裸足シューズ??

で、疑問が湧いてきたのである。
カキアヤムでマラソンは早く走れるのか?・・・と思案にくれる今日この頃なのである。

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