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2013年3月

2013年3月31日 (日)

坂本龍馬はいなかった

Sakamoto

長年のワタクシの疑問に答えてくれた本である。

坂本龍馬(竜馬ではない)を知らない日本人はいないだろう。
幕末に活躍したこの国民的英雄なのだが、知れば知るほど不自然な事や疑問が生まれて来るのである。
詳細は割愛するが、坂本龍馬を有名にしたお方が司馬遼太郎氏で「竜馬がゆく」で竜馬がブレークした。
竜馬とは司馬遼太郎氏が創り上げた人物である。で、龍馬ではなく竜馬なのである。
これはご本人も認めていることである、

そして「竜馬がゆく」の元になっている小説が「汗血千里駒」でこの作者である坂崎紫瀾が実に胡散臭い人物なのである。
まぁ、それはさておき謎の多い坂本龍馬なので後に二重スパイ説やらフリーメーソン説などもささやかられるようになった。

なにはともあれ「坂本龍馬」が存在することにより得をした人物がいたことは想像できる。
幕末から明治維新は謎が多い。そして明治天皇も謎が多い
“何の為の”明治維新だったのか改めて考えさせられる「本」である。

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2013年3月27日 (水)

カルロス・サンタナを想う

Magicwaman_2

遅ればせながらの話なのだが、先日(3月12日)、日本武道館にサンタナのコンサートを
拝聴しに行ってきた。
彼のコンサートはこれが2回目で前回(10年以上前?)のコンサートではお忍びで来日
していたクラプトンがスペシャルゲストとして参加して話題になった。

で、彼の代表曲は「ブラック・マジック・ウーマン」なのだが、この曲はサンタナが1970年に
発表した通算2作目のアルバム「天の守護神」に収められている。
本当は「ブラック・マジック・ウーマン/ジプシー・クイーン」というフリートウッド・マックの
カヴァーとガボール・ザボのカヴァーのメドレーだったのである、という事実を知ったのは
だいぶ後になってからなのである。

この曲は狂気のギタリストといわれたピーター・グリーンの作で嫌でも
「カルトと麻薬の60年代」を想像してしまう曲でもある。
そしてこの「ブラック・マジック・ウーマン」とはフリートウッド・マックの魔性の歌姫と
言われオカルト・マニアだったスティービー・ニックスのことだったらしい、ということを
知ったのは最近のことである。

また「哀愁のヨーロッパ」も彼の代表曲であることに何人も異論は挟まないだろう。
実はこの曲はプロコル・ハルムを聴いていて触発されて作った曲らしい。
(ということはやはり「青い影』だろう)
なんと原題は 「The Mushroom Lady」(マッシュルーム・レディ)だったという。
そういえばポール・マッカートニーの名曲「イエスタディ」も原題は「スクランブル・エッグ」
だった。
まぁ、最初の思いつきは他愛のないものなのだろう。

この「哀愁のヨーロッパ」だが、英題は"Europa"(Earth's Cry Heaven's Smile)で
サブタイトルは(地球の泣き声天国の微笑)ときたもんだ。(マッシュルーム・レディ)から
だいぶ進歩してきている。
しかし、邦題の「哀愁のヨーロッパ」だが当時はこの"哀愁"が付いた曲が多かったなぁ・・
郷ひろみの「よろしく哀愁」に「哀愁のカサブランカ」、そして田原俊彦の「哀愁でいと」など
など・・・
"哀愁"をこよなく愛する日本人の良き時代だったのかもしれない。

サンタナの「哀愁のヨーロッパ」は"泣きのギター"が心に染み入るのだが、実はワタクシ
別バージョンの「哀愁のヨーロッパ」がこよなく好きなのである。
別バージョンとはアルゼンチン生まれのテナー・サックス・プレイヤー、ガトー・バルビエリの
テイクである

テナー・サックスの涙が出るくらい美しくも悲しい響きが心の襞(ひだ)を震わすのである。
イケマセン、タマリマセン、オジサンノココロハタダウチフルエルダケナノデス・・・
という心境に入り込ませてくれるこのテイクは当時流行っていたTVドラマ「マイアミ・バイス」
の中で使われていたモノで当時はマイアミでリアルタイムで観ていたのだが、
サンセットのシーンでこの曲が効果的に使われており心に残っていたのである。

そして、その後ジュピターで私の関わっていた日本食レストラン「NINJA」がオープンしたの
だが、閉店をしらせるBGMにこの曲を使っていた。というくらい想い入れのある
「哀愁のヨーロッパ」なのである。
(日本で閉店BGMといえば「蛍の光」が一般的か)
何はともあれこの曲を聴くとジュピターの夜な夜なの光景が走馬灯の如く脳裏に浮かび
上がるのである。

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2013年3月23日 (土)

ジェノサイド

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ご存知2012年版「この ミステリーがすごい!」の1位の「ジェノサイド」である。
遅ればせながら拝読しましたが、久しぶりにオモシロイと感じた本である。

このジェノサイド(英: genocide)とはギリシャ語の γενοσ(種族・国家・民族)と
ラテン語の接尾辞 -cide(殺)の合成語であり、ユダヤ系ポーランド人の法律家
ラファエル・レムキンにより1944年に造語されたもので、人種や文化の集団に対する組織
的な殺戮を意味している。

ユダヤ系ポーランド人ということでナチス・ドイツのユダヤ人虐殺(ホロコースト)を
念頭に置いている事は容易に想像できる。
また、スターリンの大粛清や、毛沢東の文化大革命、ポルポトのカンボジア虐殺、ルワンダの
フツによるツチ虐殺なども該当する。そして1948年に集団殺戮行為を禁止し、防止し、
処罰するするジェノサイド条約が国際連合で採択される。
その後2006年の「コンゴ民主共和国領における武力行動事件」はジェノサイドと認定さ
れた事例の一つである。

そのコンゴが舞台の一つになっている小説である。そして日本も舞台になっている。
で、アメリカの特殊部隊がコンゴで集団殺戮を計画するにあたり基になったのが
「ハイズマン・レポート」であるが、このレポート、じつは高野和明氏の創作に
よるものなのである。
この「ハイズマン・レポート」は人類の絶滅要因を研究・提言しているものなのだが、
その中に新人類の旧人類(我々人間・・)にたいする脅威があり、これがこのストーリーの
重要なキーワードの一つになっている。
そして日本を舞台にした展開のキーワードが「肺胞上皮細胞硬化症」という不治の病な
のだがこれも高野和明氏の創作なのである。実在する不治の病について、“治療法が見
つかった”と書くことに、倫理的なためらいを覚えたのだという。そりゃそうだ。
で、これらの虚構のリアリティが実在の世界の中でこれでもか!とたたみかけてくる様は
実に迫力がある。

あと、人間(男女)の距離感を
「つかず離れずのファンデルワールス力」
「お互い大きな組織の一員で身動き取れない金属結合」
「目指すは共有結合」
などとのたまう理系男子学生同士の会話もオモシロイ。

多少他民族に傾いた描写がなきにしもあらずチョット違和感も覚えるがそれを差し引い
ても読まずに死ねるか!の1冊である。
まぁ、人間というのは実に愚かな生き物なのだと改めで感じた今日この頃なのである。

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2013年3月20日 (水)

拝啓  ロバート・キャパ様

拝啓  ロバート・キャパ様

先日貴方様の写真展を横浜市美術館で拝見しました。
そして知りました。「ロバート・キャパ」とは架空の報道写真家だったということを・・

後に「ロバート・キャパ」として有名になるアンドレ・フリードマンさんと恋人だった
ドイツ人女性ゲルダ・タローさんのお二人が無名時代に創り出された架空の報道写真家
であったという事実に私は驚きを隠しきれませんでした。
恋人だったゲルダ・タローも女優グレタ・ガルボと日本の芸術家岡本太郎の名前から作
ったペンネームであることも後で知りました。

そして、貴方様を一躍時の人にした有名な「崩れ落ちる兵士」に隠された真実とは?
同時期に放映されたNHKスペシャル「沢木耕太郎推理ドキュメント運命の一枚」で検証
された事実は衝撃的な内容でした。

20130213capa

有名になってしまった1枚の写真と「ロバート・キャパ」という名前が一人歩きを始め
た時から隠された真実という重い十字架を貴方は背負い戦場から戦場へと駆け巡り、写
真を撮り続けたのでしょうか?

真実はどうでもいいです。
ベトナムで地雷を踏んだ時、貴方は本当の「ロバート・キャパ」になったのだと私は信
じています。

安らかにお眠りください。

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2013年3月16日 (土)

ひねもすのたり そして「70's VIBRATION」

It’s been a long time!
イヤイヤ 実に一年ぶりのご無沙汰となるわけですが、
サボっていたわけではなく、体調不良で休んでいた次第。
その体調も良くなりブログ再開と相成りました。
イヤ~メデタイ、メデタイ!

3月になり、梅も彼岸桜も咲き始め、ひねもすのたり のたりかな、と思いきや
中国からは黄砂やらPM2.5やらが飛んできて世の中大騒ぎでひねもすのたりとしていら
れない今日この頃。

※「ひねもす」は、漢字では「終日」と書き、「朝から晩まで、一日中、終日(しゅうじつ)」
という意味で「のたり」は、「ゆったり、ゆっくりと動く」様子を表す擬態語なのである。
「ひねもすのたり」は、「一日中、のどかにゆったりと動いている」さまを表している

まぁ、ここは個人的に? ひねもすのたりしようとご近所の横須賀市美術館を訪れる。
じつはここで「木のイス展」が催されており、その美しいフォルムを愛でようという
趣向だったが、「70's VIBRATION」というじつにポップなワタクシ好みの企画展の初日でもあった。

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67年のザ・フォーク・クルセダーズから79年のYMOまで、当時の音楽の潮流を写真、映像、
雑誌、ファッションなど様々な視点で再発見する企画展なのである。

この企画展がじつにヨイ!当時の記憶が走馬灯のごとく蘇ってくる。
思えば70年代は10代のワタクシにとって激動の時代であった。

1969年に東大安田講堂事件があり、アポロ11号が月面着陸した。
1970年にはビートルズが解散し、大阪万博があり、三島 由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地
で割腹自殺した。

「サイモン&ガーファンクル」と「イージー・ライダー」は鮮烈に記憶に残っている。
ミニスカートにTシャツとジーパンスタイルがファッションとして定着した。
ワタクシは漫画を描き、ギターを弾き、アメリカンニューシネマを観てベルボトムのジーンズ
を穿いていた。

1972年には沖縄返還があり、浅間山荘事件が起こった。
そして1975年に長かったベトナム戦争が終結したのである。
実に激動の時代ではないか、そして音楽が一番輝いていた時期でもある。
歌謡曲にフォークソング、そして洋楽などあらゆるジャンルの音楽が生活の中に満ち溢れ
ていたのである。家庭のテレビからも、商店街からも、ラジオの深夜放送からも、
FM放送からもいつも音楽が流れていた。

その音楽たちが記憶の断片から当時の記憶を蘇えさせてくれる。
そしてそんな空間にいるとじつに心地よく「ひねもすのたり」できるのである。
70年代の音楽とバイブレーションして「ひねもすのたり」するのも良いものである。

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