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2012年2月19日 (日)

「元帥東郷平八郎」特別展

Togo

三笠で「元帥東郷平八郎」特別展が行われているので三笠公園まで出かける。

最近では「坂の上の雲」効果?で三笠も人気のようで地方から観光バスが頻繁に三笠に立ち寄っている。
ワタクシも2組のグループから三笠公園の場所を尋ねられた。

Mikasa

三笠の右舷展示室では「元帥東郷平八郎」特別展が行われており、内容的には特に目新しいものはなかったが、
一つ興味深い展示品があった。
それは後に連合艦隊司令長官となる山本五十六長官の記録である。

先日鑑賞した「聯合艦隊司令長官 山本五十六」の中で団子屋の幼い娘が山本長官の手を見て驚くシーンがあったが、
何故驚いたのか?それは左手の指が2本なかったからである。
これは山本長官の初陣というのが日本海海戦で、この時に負傷し左手2本指を失ってしまったのである。
で、この時の記録が今回の特別展に展示されていた。

Mikasa_a

説明文は下記の通り
「日本海戦時の海軍大将山本五十六(当時は高野少尉候補生)
この軍艦日進の日本海戦時における被弾図の枠、前部砲塔における負傷者の中の一人である、高野候補生が、
後の元帥海軍大将連合艦隊司令長官山本五十六です。
高野五十六少尉候補生はこの被害で左手の指2本(人差し指と中指)失い、左大腿部にも重傷を負われた。
日露戦争の後、高野五十六は長岡家老の家柄である山本家を相続し、山本五十六と改名した。

なお、一説によると被弾ではなく、「日進」主砲の暴発であったとの説もある。
負傷後、艦内の治療所で指2本を切断する手術を受け、30日に佐世保海軍病院に入院。その後病院船で横須賀に転院して療養し快復している。
しかし、一時は指の傷口が化膿し左腕全体が腫れ上がり、腕を切断するかどうかというところまで悪化していたらしい。

日本海海戦での東郷平八郎と山本五十六の繋がりが垣間見れて実に興味深い特別展であった、

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