「ピラミッド 5000年の嘘」
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東京江戸博物館で「ザ・タワー ~都市と塔のものがたり~」という特別展が行われている。
これは東京スカイツリー完成記念特別展であり、都市とランドマークとしての塔を多角度から紹介していた。
キーワードは「眺める」「見上げる」「登る」「見晴らす」「思い出に残す」で、記憶の片隅にあった「塔」を掘り起している。
面白かったのが江戸にあった富士山を模した人造の山、富士山縦覧場で、高さ18間、約32メートルのハリボテの富士。
そして、パリにあるエッフェル塔の改造案で、エッフェル塔の原型からは想像が出来ないような奇抜な外観は驚きの一言。
実に興味深い特別展であった、
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三笠で「元帥東郷平八郎」特別展が行われているので三笠公園まで出かける。
最近では「坂の上の雲」効果?で三笠も人気のようで地方から観光バスが頻繁に三笠に立ち寄っている。
ワタクシも2組のグループから三笠公園の場所を尋ねられた。
三笠の右舷展示室では「元帥東郷平八郎」特別展が行われており、内容的には特に目新しいものはなかったが、
一つ興味深い展示品があった。
それは後に連合艦隊司令長官となる山本五十六長官の記録である。
先日鑑賞した「聯合艦隊司令長官 山本五十六」の中で団子屋の幼い娘が山本長官の手を見て驚くシーンがあったが、
何故驚いたのか?それは左手の指が2本なかったからである。
これは山本長官の初陣というのが日本海海戦で、この時に負傷し左手2本指を失ってしまったのである。
で、この時の記録が今回の特別展に展示されていた。

説明文は下記の通り
「日本海戦時の海軍大将山本五十六(当時は高野少尉候補生)
この軍艦日進の日本海戦時における被弾図の枠、前部砲塔における負傷者の中の一人である、高野候補生が、
後の元帥海軍大将連合艦隊司令長官山本五十六です。
高野五十六少尉候補生はこの被害で左手の指2本(人差し指と中指)失い、左大腿部にも重傷を負われた。
日露戦争の後、高野五十六は長岡家老の家柄である山本家を相続し、山本五十六と改名した。
なお、一説によると被弾ではなく、「日進」主砲の暴発であったとの説もある。
負傷後、艦内の治療所で指2本を切断する手術を受け、30日に佐世保海軍病院に入院。その後病院船で横須賀に転院して療養し快復している。
しかし、一時は指の傷口が化膿し左腕全体が腫れ上がり、腕を切断するかどうかというところまで悪化していたらしい。
日本海海戦での東郷平八郎と山本五十六の繋がりが垣間見れて実に興味深い特別展であった、
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本日は朝から快晴そして風も強い。
ということは富士山がよく見えるだろう、ということでいそいそとお出かけ。
定番の稲村ヶ崎からの眺望も良いのだが、久しぶりに“天園”から眺めたくなりいざ鎌倉へ!
実は長いインドでの怠慢生活ですっかり運動不足となり膝が弱り階段の上り下りに膝痛が生じていたのでそのリハビリを兼ねての軽いトレッキングでもある。

そして「十王岩」からの眺望
京都も奈良もそして鎌倉も基本的な都市計画は風水の「四神相応」に基づいて計画されている。
つまり北に玄武(山)南に朱雀(湖・海)西に青竜(川)そして東に白虎(道)が配置されていることが理想的な都市計画ということになる。
で、鎌倉の場合は朱雀は相模湾、青竜は滑川・逆川となり、白虎は鎌倉街道から西国に向かう東海道となる。
そして鎌倉北側の山並み、とくにこの「十王岩」が玄武だと考えられている。
ほぼ朱雀大路(若宮大路)の延長線上にあるのがわかる。
天園ハイキングコースから下りて明月院へと向かう。
そして鶴岡八幡宮へ、
鶴岡八幡宮の本宮の左手にある「宇佐神宮遙拝所」
鶴岡八幡宮の祭神の応神天皇は「八幡神」で、仏教保護の神として「八幡大菩薩」という神号が与えられている。
そして全国の神社のおよそ三分の一、実に3万社が八幡神社で、その大元締めが総本社が大分県・宇佐市にある宇佐八幡神宮である。
その全国にある八幡宮の総本宮である宇佐神宮をここからお参りすることができるのある。
そして鶴岡八幡宮では毎年3月18日には宇佐神宮遥拝式が行われている。
最近の鎌倉は世界遺産登録で話題になっているせいか小町通りは大勢の人出で賑わっていた。
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今日は雨である、ということは人出はあまり多くはないだろうと甘い憶測の元に「北京故宮博物院200選」に出かける。
この展覧会にはアノ!至宝とも神品と呼ばれている「清明上河図」が展示されているのである。
これが大人気で初日から3時間待ちとか4時間待ちとか言う空恐ろしい情報が乱れ飛んでいたのである。
この「清明上河図」だが、ホンモノが展示されていたのは、1月24日(火)まででそれ以降は複製品(印刷)が展示されている。
従ってそれほど人出も多くないだろうというこれまた甘い憶測の元で出かけたのだが・・・・・
行列こそなかったが、大混雑しており4時間かけて全展示物をご鑑賞。
で、この「清明上河図」とは
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1445
http://www.muian.com/muian10/10seimeijyoukazu.htm
「中国が世界に誇る至宝、清明上河図ついに国外へ」という謳い文句。中国の歴史上もっとも人々に愛された絵画で、
後世にたくさんの模倣本が描かれており、その原本であり門外不出の名画。
本国でも7年に一度しか公開されないので中国からもわざわ観に来ている人がいるという。
それにしても改めて淡彩を微妙なタッチで描いている水墨画に驚嘆する。
水墨淡彩の基本は「画の六法」で気韻生動・骨法用筆・応物象形・随類賦彩・経営位置・伝摸移写に分かれる。
その中でも気韻生動が最も重要とされ、気韻とは神韻・神気・生気・荘気などと言い換えられることもあり、
生命の躍動感を表わしている。
他にも書跡、陶磁、漆工、琺瑯、染織などの“一級文物”が数多く展示されており、足の疲れも忘れるほど魅入ったが、
水墨淡彩の神業的技法に驚嘆した今日この頃なのである。
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日本人、特に年配の方は本当にフェルメールが好きなのだなぁ、と今回のフェルメール関係の展覧会に行ってシミジミと感じたのだが、
アノ!“はやぶさ”人気も今だ衰えず、特に年配の方に人気があるなぁ、、ということも本日シミジミと感じたのである。
映画製作会社はどのような映画がヒットするのか?常にそのネタを探している訳で、
今回のこの“はやぶさ”人気にあやかりたいと考えるのは当然の摂理なのである。
で、たまたま3社の企画が通りほぼ同時進行となり公開が続いている。
まず昨年10月に西田敏行、竹内結子主演で「はやぶさ」が公開された。こちらはJAXAの完全協力の下、
そのときの現実の状態をリアルに再現した「完全コピー版」で、今公開されている「はやぶさ 遥かなる帰還」は「プロジェクトX風」、
来月公開予定の「おかえり、はやぶさ」は「ファミリー向け」というように相互補完的な作り分けになっているらしい。
で、「はやぶさ 遥かなる帰還」を観て今回のミッションが何故“奇跡の生還”と呼ばれているのか改めて実感したのである。
特に、はやぶさと通信が途絶えた後1ビット通信を繰り返し行い奇跡的に回復した瞬間と、はやぶさが地球に生還し大気圏で燃え尽きる姿には思わずウルルとくる。
前席のオジサマは嗚咽を漏らして泣いておられました。
これらの“はやぶさ”全作品のDVDが発売されたら見比べて再度カンドー島倉千代子?も悪くはないなぁ・・・・と思った今日この頃である。
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銀座でフェルメールの「re-create」された全作品と「ご対面」」した後はコンサート会場がある渋谷へと移動。
コンサート開演まで時間があり、また渋谷のBUNKAMURAでは「フェルメールからのラブレター展」が催されている。
フェルメールからのラブレター展
http://vermeer-message.com/
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/11_loveletter/index.html
今回のテーマは手紙による「コミュニケーション」
この当時(17世紀)のオランダは植民地制を牽引した大航海時代で、また当時のヨーロッパでも識字率が特に高かった。
従って、手紙がモチーフとした作品が多く描かれた時代でもある。
そして「手紙」に託した心の想い、遠距離通信の手段であった「手紙」、その背景にある人々の想いなどを当時の画家は己の感性で描いている。
特にフェルメールの《手紙を書く女》、《手紙を書く女と召使い》そして《手紙を読む青衣の女》の独自の絵画技法で構成された“感性”に引き込まれる。
この時代では手紙を出して返事を受け取るまで長くて2年かかったという。
手紙に託した想いの重さと時間が比例しているのだなぁ・・・とシミジミと思う。
今の世のコミュニケーション手段は電話とメールとなり、時間が短縮された分だけ「想い」」の重さは減ったのは間違いないなぁ・・・・とこれまたシミジミと思った今日この頃である。
そして、コンサート会場へと夜の渋谷の街に消えてゆくのである。
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ワタクシ、フェルメールが創り出す摩訶不思議な絵画空間に魅了され既に20年以上。
このプログでも下記のような幾つかの記事を書いてきた。
で、フェルメールの作品を一度にまとめて観てみたいと夢のような願望を抱いていたのだが、ナント!それが現実になった。
といってもホンモノではなく「re-create」(リ・クリエイト)されたものだという。
「re-create」とは最新のデジタル画像技術によって、制作当時に描かれたであろう色彩や細部の表現を「再・創造」したもので、
言い方を変えるならば今のホンモノより、当時のホンモノに近いモノが観られるということになる。
これは観なければイケナイ!ということでコンサート当日の日に銀座へと赴く。
この会場ではフラッシュ撮影以外の写真撮影はOKである。
そして「re-create」の作品とはいえフェルメールの作品が一堂に会するするのは圧巻である。
その後コンサートが行われる渋谷へと移動する。
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エリック・クラプトンのコンサートツアーに同行し、オジサンの度肝を抜いた「デレク・トラックス」だが、「テデスキ・トラックス・バンド」として単独初来日するということでいそいそと渋谷まで出かける。
しかし、“若者たち”の傍若無人の感性が爆発?する渋谷はやはり疲れる。
極力目を合わせないように道の隅を歩くのだが、そのド派手な「お姿」にオジサンの既成概念は音をたてて崩れゆく。
で、「テデスキ・トラックス・バンド」である。
やはり生の音は良い。
そして、エフェクターを通さないストレートなギターサウンドがこれほど気持ちが良いものなのか?
ギターの旋律がフレットを滑り息づく、そのうねるようなサウンドにスーザンのボーカルが気持ちよく乗ってくる。
ツインドラムのドラミングにベースのフレーズが絡むコンビネーションが心地よい。
まさに“気持良い”グッド・バイブレーションで身体の鼓動が躍る。
音楽の“楽しさ”を体感した今宵のライブである。
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朝から映画のハシゴ。
「ALWAYS 三丁目の夕日'64」
カンドーやや薄し。
「聯合艦隊司令長官 山本五十六」
かなり史実に忠実に作られており、共感が持てる。
その後、ショッパーズセンタープラザステージで行われた「バンディーズ」のステージを見る。
「バンディーズ」とはキャンディーズトリビュートユニットで、久々にキャンディーズを聞いた。
それにしても私の人生でこれほど大量の紙テープを見たのは今日が初めてである。
ちなみにキャンディーズのさよなら公演で投げられた紙テープは11トントラック250台分にもなったという。
そして正しい「テープの投げ方」とは?これも初めて知ったなぁ・・・・・
その後上大岡に移動し、「鈴木英人展」を観る。
わたせせいぞうや永井博のイラストとともに1980年代を象徴するイラストレーターとして一世を風靡したが、
今でもEIJINワールドは健在である。
そしてヨドバシカメラで所望の物品を物色。
改めて日本の品数の多さにカンドーする。
締めは旧友とライブハウスで一献。
泡盛と沖縄料理で今宵も酔いの彼方に消えてゆく・・・・・
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明日は立春ということは今日は節分、季節の分かれ目である。
なのに何故にこう寒いのか?週末は少しはこの寒さが緩むらしいがまた寒さがぶり返すという。
所用で外出した街では皆さんは完全防寒仕様の服装で防備。
半袖で過ごしていたインドから帰国した身にこの寒さは堪える。
ご近所の諏訪神社では「節分」の豆撒きを行っていた。
正しくは「節分追儺の儀」というのだろうか。
元来、追儺(ついな)とは、大晦日(12月30日 (旧暦))の宮中の年中行事であり、平安時代の初期頃から行われている鬼払いの儀式で、
「鬼やらい」「なやらい」「鬼走り」「厄払い」「厄おとし」「厄神送り」等と俗に称せられ、
疫病などをもたらす悪い鬼を駆逐する行事なのである。
つまり厄払いの儀式であり、旧暦では元旦と節分の日が近いため、もともと大晦日の習俗であった「追儺(ついな)」という鬼払いの儀式もこの節分に取り入れたらしい。
で、何故豆を撒くのか?これは陰陽五行の法則によるらしい。
五行とは、自然の道理を木、火、土、金、水の五元素の事と表しており、この「金」というのが、
硬いとか、厄病という意味があり、これが鬼の象徴となる。
で、鬼が金棒を持っているのもこの「金」のことであり、この「金」の作用をなくすのが、五行でいう「火」に当たる。
そして大豆というのは、とても硬いという事で「金」ということになる。
つまり、鬼ということで、これを火で煎る(火が金を溶かすという火剋金の作用)と同時に、
これを人間が食べることにより、鬼を退治することになるのである。
それにしても日本は寒い! 寒いが身が引きしまる心地よさ?がある。
妄想の日々から目覚めるには良い刺激なのかもしれない。
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