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2011年12月

2011年12月30日 (金)

千歳飴、クリスマスケーキ、そしてバレンタインのチョコレート

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個人的には何のイベントもなく、あっさりとクリスマスを通りすごしたインドの今日この頃。
明後日は正月である。

ヒンズー教徒にはクリスマスは関係ないと思い込んでいたが、街中にはチラホラとサンタの帽子をかぶった若いカップルを見かけた。
まぁ、宗教の垣根を越えた世界的な大イベントなのだろう。
ちなみにインドではクリスマスは休日でもあるが、今年は生憎の日曜日。
残念ながらインドには振替休日なる国民の味方になるような法律はない。

欧米人が多く集まるようなホテルではそれなりのイベントがあった(らしい)。
で、大型ショッピングモールではクリスマスモードのイルミネーションが飾られインド人達の購買意欲を煽り立てる。
元々が祭り好きなインド人達。クリスマスのイケイケモードに便乗しそれなりにクリスマスを楽しむ。

祭り好きといえば我々日本人も祭り好きである。
何故日本人が祭り好きなのか?
古来より日本は農耕民族によって構成されていた村社会で、個よりは集団(村社会)による生活基盤によって営われてきた。
しかし、狭い社会での集団生活は、人間関係の軋轢などで次第に鬱憤が溜まっていく。
溜まりっぱなしでは精神衛生上よろしくない。
で、これを定期的に”ガス抜き”する必要があった。これが「祭り」であったとワタクシは推測する。

我々日本人はこれを「ハレ」と「ケ」によって明確に区別してきた。
ハレ(晴れ)は儀礼や祭、年中行事などの「非日常」、ケ(褻)はふだんの生活である「日常」を表している。
ちなみに「ハレとケ」とは、柳田國男によって提唱された日本人の伝統的な世界観のひとつである。

この「ハレ」の時に我々日本人は日常を(我を)忘れて飲み食い踊るのである。
で、この時には 「無礼講」という形で村社会の秩序からの逸脱を許されるのである。
実に大らかな精神ではないか。

また、村社会での掟や秩序を破った者に対して課される制裁に「村八分」(共同絶交)がある。
しかし「八分」なのである。「二分」は残っている。
この二分とは葬式の世話と火事の消火活動である。
どちらも放置すると他の人間に迷惑のかかる可能性があるので致し方なく残しているとは思うのだが・・・
集団社会から完全に絶縁するのではなく、人としての最低限の「御付合い」を残している。
まぁ、これも実に大らかな精神ではないか。

この”大らかな精神”で我々日本人は祭り(イベント)に色々なモノを受け入れてきたのかもしれない。
その一つが「クリスマスのケーキ」である。
世界の国々でクリスマスにケーキを食べる国は日本だけである。
で、このこの「クリスマスのケーキ」だが、ある製菓会社の卓越した経営(宣伝)戦略によって作られたシロモノだとワタクシは推測している。
ちなみに七五三の千歳飴、そしてバレンタインのチョコレートもこの製菓会社によって始められたものではないか?
これはこの製菓会社の歴史を見れば一目瞭然だ。

1952年(昭和27年) クリスマスセール開始。
1953年(昭和28年) 千歳飴発売
1956年(昭和31年) バレンタインセール開始
そして1968年(昭和43年)にはホワイトデーセールも始めている。

この製菓会社とはF○J○Y○である。

この製菓会社の思惑はものの見事に当たり、今では大きな社会現象にまでなっている。
”大らかな精神”でこれらを受け入れてきた日本国人だがうっすらと踊らされていると気付いていたのかもしれない。
踊らされる阿呆と踊らされない阿呆、同じ阿呆なら踊らされなきゃソン、ソンてなノリで楽しけりゃイイジャン!美味しけりゃイイジャン!
という”大らかな精神”で受け入れているのだろう。

この”大らかな精神”で多種多様なモノを受け入れてきた、そして融合させてきている。
日本人はこのように異なるモノ(文化)を受け入れて独自の新しいものを作り出すことが得意である。
そもそも、日本文化そのものがさまざまな文化の混ざり合った混成文化なのである。
とどのつまり、文化融合は日本人のとても得意とするところなのであり、イベント(文化)と商品(産業)を結びつけたこの製菓会社の宣伝戦略は実に見事である。
今や「クリスマスケーキ」は日本の文化なのである!

今の日本を再生、活性化するキーワードはこのような「文化(産業)融合」なのではないだろうか?
そして、これを促進させ、”大らかな精神”で新しい「文化(産業)」を創生していくことが今の日本に必要なことなのかもしれない・・・・
とつらつらと思う今日この頃なのである。

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2011年12月18日 (日)

インド・クリケット私観

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インドのエンターテイメントは映画(ボリウッド)、そしてクリケットである(らしい)。
しかし、ワタクシこのクリケットなるスポーツがイマイチ理解できない、というよりは面白さがワカラナイ。
インドに来て、おぼろげにルールは分かってきた。二人一組、交互に3本の棒に球が当たらないようにバットで弾き飛ばす。
ちなみに3本の棒はスタンプでこの上に2つのベイルを乗せる。3柱門と記される場合もある。
そしてアウトも何となく?分かってきた。が、しかし、面白くないのである。
複雑なルールが理由なのかというとそうでもない。

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何というか闘争心を煽り立てるナニかがないのである。
発祥の地 イングランドでは紳士のスポーツとされており、白いポロシャツとスラックスを身にまとい、Vネックのセーターかベストをシャツの上に着ることもある。そのまま街中でも歩け、実にスタイリッシュである。サッカーのユニホームでは恥ずかしくて歩けません!
で、小市民感覚で申すならば、試合中汚れたらイヤだなぁと思ってしまうことである。同じイギリス発祥のスポーツでサッカーがあるがこれは格闘技である。競りながらユニホームを引っ張り、スライディングして相手を倒す。試合後は泥だらけ、ワタクシ的にはこれぞ「ザ・スポーツ!」である。

クリケットの試合は優雅に流れていく。テストマッチといわれる国対抗試合では、4~5日を費やして試合を行うという。最近では時間短縮ということで約 2 時間半で終わる8人制クリケット、約 50 分で終わる6人制クリケットなども出てきたという。
しかし、元来ゆっくりした時間を楽しむというスポーツなので荒々しい闘争心を期待するのが無理なのかもしれない。

今年のクリケットのワールドカップはインドが優勝したが、事実上の優勝戦であるパキスタン戦では宿敵パキスタンに勝ち多くのインド国民が狂喜乱舞した。互いの仮想敵国同士である因縁の対決。インドでは多くの企業がこの日は臨時休業した。仕事どころではないのである。
ローカルスタッフ曰く、「サッカーの日韓戦のようなもの」というが日本と韓国は仮想敵国同士ではなく、歴史的怨念?が韓国プレーヤーの血を滾らせるからで必然的に肉弾戦となりやすい。インドvsパキスタンとはチト事情が違う。
パキスタンがインドに負けた時、パキスタンの多くの家では、テレビが破壊されたと報道された。
インドvsパキスタン戦という闘争心溢れる試合はクリケット・ファンを堪能させたことだろう。(とワタクシは推測する)

で、翻ってクリケット発祥の地とされるイングランドはこのワールドカップで一度も優勝していない。
闘争心が欠如しているからか?と単純なワタクシは思ってしまう。

前回07年のワールドカップまでオーストラリアが3連覇した。この時インドでは、自殺者やショックによる心臓発作で亡くなる人が多数であったとロイターが報道した。

サッカーの日韓戦ではTVが壊され、自殺者やショックによる心臓発作で亡くなる人はいないだろう。
恐るべしクリケットパワーであるのだが、クリケットを楽しむというDNAが欠如?しているせいかワタクシはそのパワーを体感出来ていない。
クリケットは100カ国以上の国で行われ、競技人口はサッカーに次ぐ世界第2位ともいわれるが、これはインド人の多くが競技できるだろうという推定に基づくため、正確な競技人口は不明である。

因みに人気のあるスポーツランキングでもクリケットは2位である。

      1位:サッカー
      2位:クリケット
      3位:バスケットボール
      4位:テニス
      5位:モータースポーツ
      6位:競馬
      7位:野球
      8位:陸上
      9位:ゴルフ
      10位:ボクシング

まぁ、インド成人男性のほとんどがクリケットのファンでプレーヤーである、いっても過言ではないだろう。
で、インドの国技はクリケットと思いきや、クリケットの他にカバディやフィールドホッケーも国技らしい。
らしいというのも正式に法律で制定されていないのでインドに馴染みのあるスポーツとでも言ったところか・・・
しかし、カバディやフィールドホッケーもワタクシは見たことがない!
特にインドが発祥の地とされるカバディはまったくと言っていいほどその存在が聞こえてこない。
このカバディはインド版鬼ごっこで競技中に攻撃者は「カバディ、カバディ、カバディ……」と連呼し続けなければならない、という見ていても闘争心が沸かないスポーツというか民族芸能のような競技なのである。

元来インド人は争いを好まない民族で個人個人は非常にメンタルが弱い。
ヒンズー教の神々や その教えが日々の生活の中に浸透しているのでそれもそのはずである。
しかし、集団となり、「群れ」ると気が大きくなるのか争いごとが多くなる。
集団同士の争いは多い。これは民族間の違い、宗教の違いによって引き起こされる。
そんな微妙なインドの内情の中でいかにインドを一つにまとまるか?
愛国心を植えつけていくのか?
クリケットしかないでしょう!
クリケットという一つのスポーツの下でそれぞれがベクトルを同じくして相手を倒す。
ワタクシは愛国心や求心力はクリケットによって培われているように思えてならない。

で、今日の一句
「クリケット インドをまとめる  求心力」   おそまつ・・・

なお、これらの戯言はワタクシの思い込みと妄想であります。あしからず・・・・・・・

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2011年12月17日 (土)

カメラの記憶 「湘南荒海落日」

ゴアから帰ってきてから潮の香りを嗅いでいない。
夕日の海が見てみたい。
ということで稲村ガ崎から望んだ江ノ島方面の「荒海落日」の図である。

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湘南と接頭しているが厳密にはここは「湘南」ではない
しかし、個人的にはここ(稲村ガ崎)からの眺望が一番湘南らしいと感じる。

しかし、こんな荒波でもサーファーがいるとはオドロキである。

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2011年12月11日 (日)

カメラの記憶  ドバイ  光と影

更新が滞っております。
まぁ、インドネタはあることはあるのだが諸事情により滞っている次第。
最近では月一更新の月刊状態・・・・タンザニアのイカンガーである.
日刊とまではいかなくてもせめて週刊にはしたい。
で、ネタが完全に揃うまでは蔵出し?で時間稼ぎ?しませう。

去年までいたドバイ。

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これらは歴史的建築物が保存されているバスタキヤ地区
人影が少なく、照りつける太陽の日差しが肌を焼く。
しかし、日陰に入ると風が心地よく感じる。

路地から路地へと歩く。
切なくなるほど時間がゆっくりと流れる。
影の中では時間がゆっくりと流れるのか?
つかの間過去にタイムスリップしたかのような錯覚。
そして、再び光の中に足を踏み入れると現在に引き戻されてしまう。

実に不思議な空間である。

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宿舎のプール
一度も泳がなかった。

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フェスティバル・シティよりブルジュ・ハリファを望む。

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ワフィ・モールの中庭

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オールド・スークからクリークを望む

ドバイは場所により光の陰影がまったく違うと感じる
不思議な場所である。

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