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2011年8月

2011年8月18日 (木)

ゴア  

8月13日から15日はインド独立記念を含んだ3連休。
ということでインドでも有名なビーチリゾートであるゴアまでかるーく骨休め・・・のつもりだった。細かい日程などはローカルスタッフに任せ、ワタクシはただ何も考えずに付いて行けばいい、と思っていた。

がしかし、これは大きな間違いであったことが行ってみて気づいた。
話ではクルマで6時間でゴアに着くということだったが、ハイウェーから右折しゴアに向かう道は悪路の連続で、しかも狭い!クルマが一台通れるような幅でスピードが出せない。

早朝の4時にプネを出てゴア着が13時30分。9時間以上の長旅に体中の間接が軋み、腰が痛みだした。
帰ってきてから調べたが、プネからゴアまで約460kmあるという。東京~京都間の距離に匹敵する。
日本人(関西圏内は除く)の感覚ではクルマでは京都には行かない。

「そうだ、京都に行こう!」と思い立ったら、新幹線を使い、車中ビールを飲みつつ、駅弁を食べ、一寝入りし目が覚めたころに京都に着くというのが
実にベターで正しい?京都へのアプローチの仕方である。
がインドには新幹線はナイ。クルマかバスか鉄道か飛行機を使いゴアに入る。バスや鉄道はクルマ以上に時間がかかる。
飛行機は金がかかる、ということでローカルスタッフは気を利かしてクルマを選択したということなのであるが、事前に道路事情を把握していたならば、ワタクシは躊躇なく飛行機を選択していた(であろう)

貴重な休暇の時間を移動時間で消費したくない。そして体に優しく移動したい。多少金がかかっても時間を金で買うのがこの場合正しいセンタクなのである。
時間があればバスで移動するのが逆に正しいセンタクとなる。そして安い。
まぁ、改めて日本の狭さとインドの広さを実感したのだが、全ヨーロッパとほぼ同じ面積のインドを旅するのは忍耐が必要なのである。

で、話はゴアへと進むのだが、このゴアはインドであってインドではない独特の雰囲気が漂っている。
ゴアに近づくと民家の玄関に十字架が飾られたりし、少年たちが遊んでいるスポーツはクリケットではなくサッカーである!
そしていともたやすく酒屋、飲み屋(BAR)を見つけることが出来き、道行く人々の手にはビールが握られているのである!
なんという素晴らしきフリーダム!

それもそのはずで時は1960年代、ヒッピームーブメントの先駆者たちが目指したのがここ聖地ゴアなのである。
ちなみにヒッピー三大聖地と言われているのはゴア、カトマンズ(ネパール) にカーブル(アフガニスタン) である(らしい)

ここゴアは約500年間にわたりポルトガルの植民地であり、インド独立後もポルトガルは居座り続け1961年にインド国民軍が武力侵攻し、
インドにおけるポルトガルの植民地支配は終結したが、その名残は色濃く残っている。
セ・カテドラル教会(Se' Cathedral)、 聖フランシス修道院とその聖堂、ボン・ジェズ教会(Bacilica of Bom Jesus)など
ポルトガル時代のキリスト教建築が「ゴアの聖堂と修道院」としてユネスコ世界遺産に登録されている。
そいて、このボン・ジェズ教会にはあのフランシスコ・ザビエル (1506~1552) の遺体を安置した祭室も設けられている。

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聖フランシス修道院

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フランシスコ・ザビエル (1506~1552) の遺体を安置した祭室とボン・ジェズ教会

今はインド連邦直轄地となったゴアなのだが、シーフードがウマイ!そして酒税がナイ!というのが素晴らしい。
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しかし、ビーチはレインシーズンということもあり天候がイマイチ、曇天のビーチサイドは何気に寂しげ。

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ということで悲しきかなワタクシのゴア滞在はスキとヒマがあればシーフードを食べつつ、ビールを飲んでいた次第。

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そしてオフシーズンでありながら、夜のバガビーチ・ストリートは右往左往?の混雑振りであった。

有名なビーチ・リゾートだが、オフシーズンということもあり、歴史を刻んだ鄙びた?雰囲気が哀愁を感じさせるゴアなのである。

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クルマで行って良かったのはデカン高原から一気に流れ落ちる滝を見れたことぐらいか・・・

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2011年8月10日 (水)

南極料理人

「かもめ食堂」以来「食」をテーマにした映画でワタクシの荒んだ胃腸ではなく心を優しく癒してくれる映画である。

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長期間海外に赴任(滞在)していると食に対する願望が日ごとつのってくる。
要するには「美味しいものを食べたい」という欲求がムクムクと頭を持ち上げてくるのである。

海外でも日本と遜色なく日本食が調達でき、日本食レストランがあるところはそれなりにある。
が、それは大都市周辺のことで地方都市や田舎街では日本食を食べることは出来ない。
仮に日本食を食べる機会があったとしても外国人が作るナンチャッテ日本食であり、毎日食べていると次第に受け付けなくなってくる。
従って、美味しい日本食を食べたいという欲求が当然の如く湧き上がってくるのである。
いや、日本食でなくてもいい、とにかく普通に美味しいものを食べたいのである。

ワタクシの場合、海外で仕事をするということは比較的狭い社会で生活するわけで、
また、食べることしか楽しみがないということなど南極での生活と今のワタクシの生活での共通点がある。

そして食べるという実にシンプルな行為の中に人生の奥深さや喜怒哀楽があったりするわけで、
それは誕生日の特別な料理であったり、正月などの行事を祝う料理であったり、家庭の「おふくろの味」であったり、
思い出の店の味であったり、恋人の作った美味しい(不味い)料理であったり、食べ物の好き嫌いであったり、
行きつけの店の定食であったり、日本で普通に食べれるのに海外では食べれないものであったり、
そして「一杯のかけ蕎麦」であったりするのである。

この映画を観ているとそれらの想いがジワジワと心の襞に染み込んでくるのである。
映画では調理したり、食べるシーンが淡々と描写されているのだが、  
食べるということの奥にはそれぞれの想い入れとこだわりがあるのかもしれない。

で、ラーメンなのである。
ワタクシ、ラーメンにはことの他フカーイ想い入れがある。

「僕の体はね、ラーメンで出来ているんだよ」
この劇中のセリフにワタクシ、全面的に共感してしまうのである。
そしてラーメンが食べれない自分の環境にオーバーラップさせて何とかして食べようともがくのである。

もがいた末に発見?したのが「スパゲティー」と「ベーキング・パウダー」で、
スパゲティーをベーキング・パウダーを入れた湯で茹でるとナント!中華麺にヘンシーンするのである。
まぁ、ナンチャッテ中華麺ではあるが風味はかなり近い。
このベーキング・パウダーのネタは映画でも使われていた。

ベーキング・パウダーがなければ「重曹」でもよい。
中華麺ならではのコシや風味を出すには「かん水」が必要なわけで、かん水の主成分は炭酸ナトリウムであり、重曹は炭酸水素ナトリウム。
そして ベーキングパウダーの成分は重曹+助剤(複数の酸性剤)+分散剤である。
要するに小麦粉に炭酸ナトリウムを加えればアノ黄色い中華麺となる。
この「スパゲティー」と「ベーキング・パウダー」でラーメンを作るというトリビア?は海外在留のラーメン通の間ではもはや常識となっている。

問題はスープである。
味噌などの調味料が揃っていればかなり本格的な「味噌ラーメン」はできる。
しかし、何もない場合はどうするか?

現地で入手できる調味料で作るしかない。
例えば、鶏や野菜のスープストック(ブイヨン)、ニンニク、ショウガ、ネギ、醤油、中華系調味料(ウェーバーやXO醤など)、ごま油、昆布茶、塩、
などを適当に調合してスープを作るのだが割合はその時の気分次第ということになる。

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これはドバイにいた時に作ったスパゲティーを使ったラーメンである。
まぁ、、塩ラーメン風でそれなりにウマかった。

長期間閉鎖的な社会で生活するにはいかに「食」を楽しむかが重要なポイントになるわけで、
休日は「食」を楽しむために右往左往、悪戦苦闘、粉骨砕身しているワタクシなのである。

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2011年8月 7日 (日)

インド・・・病院事情・・・ITセクターの次は医療ツアー

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食べることしか楽しみがないのに急に歯が痛み出した。
で、これではイカン!ということで否応なく歯医者に行くことになった。
インドの歯医者というか病院に対してあまり良いイメージは持っていなかったのだが、私の危惧とは裏腹にインドの医療水準は非常に高いらしい。
そして何よりも治療費が安い!のが魅力ということで、今までは歯の治療ならハンガリー、それ以外ならタイやシンガポールなどに行っていたが、近年では欧米からインドへの歯の治療などの医療ツアーが急増しているという。

また、【1】X線CT(コンピューター断層撮影装置)【2】MRI(磁気共鳴画像診断装置)【3】RI(核医学検査装置)【4】PET(陽電子放射断層撮影装置)といった高額の最先端医療機器や設備が整っており、脳外科や心臓手術などで国際的に高い評価を得ている病院も増えてきているという。

特にニューデリーやマドラスなどインド国内各地でチェーン展開をしている大手私立病院は、心臓のバイパス手術や心臓・肝臓の移植手術などの分野で世界のトップクラスに入る病院で、インド内外から訪れる患者数は年間9万5000人にも及ぶという

物価水準が低いため、これらの病院で手術にかかる費用は欧米の数分の1程度で、具体的に、米国とインドの手術費用を比較すると、骨髄移植の場合、米国が25万ドル程度となるのに対して、インドは6万9000ドルと約4分の1の値段である。また、生体肝移植の場合、米国の30万ドルに対して、インドはわずか6万9000ドル程度ですむ。

医療ツアーの成長余地は大きく、2012年にはその市場規模が1000億ルピー(約23億ドル)に達するとも言われている。インド政府は、将来的に医療ツアーがITセクターと並ぶ成長セクターになるとみており、その新興を図っているという。

で、ここで話をしているのはあくまでも近代的な私立病院のことで公立病院に高度な医療を期待してはいけない。

そしてインドには路上床屋ならぬ路上歯医者さえある(らしい。ワタクシの近辺では目撃されていない)

インドでは正式な訓練を受けず、歯科技士や歯科助手として働きながら治療技術を身に着けた人たちが、路上で歯科治療を行っているという。1日に150ルピー(約300円)ほどの収入があり、約5ルピー(約10円)で歯のクリーニングを施術してもらうことができるらしいが、まぁ、間違ってもここでは治療は受けたくないと思うのだが、カラダをインド仕様に出来るならばこれほどコストパフォーマンスに優れた国はないのかもしれない。

で、ワタクシの歯の治療だが2回ほど通院しただけで完治してしまった。恐るべきインド医療の底力を感じた今日この頃である。

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