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2010年7月 2日 (金)

PK考

ワールドカップにおけるPKでは数々のドラマを生んできた。

特に1994年のアメリカワールドカップ大会での決勝は史上初のPKによる決着となった。
その記憶が思い浮かぶ。

イタリアvsブラジル

イタリアは1人目のバレージが失敗。ブラジルがリードを保ったまま、最終キッカーで
あるロベルト・バッジオの蹴ったボールはゴールポストの上を飛んでいった。
そしてイタリアは優勝を逃した。

この時のバッジオの言葉・・・
「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」
そして
「PKを決めても誰も覚えていないが、外したら誰もが忘れない」
は今でもPK戦を見るたびに思い出す。

         Baggio02

そしてバッジオだけではない。ワールドカップではジーコも外し、プラティニも、
ストイコビッチも、そしてマラドーナでさえPKを外している。

ストイコビッチは1990年イタリアでのワールドカップ大会の準々決勝の
対アルゼンチン戦でのPK戦で外している。
この時の監督は元日本代表監督のオシムさんでユーゴスラビアを指揮していた。
当時のユーゴスラビアは祖国崩壊の一歩手前だった。

選手達は民族代表としての責務が大きく圧し掛かっていた。
PK戦が決まった時、2人の選手を除いて皆スパイクを脱いでいた。
そして選手達は監督に言った。
「監督、どうか、自分に蹴らせないで欲しい。」

誰が蹴って誰が外したか、それが争いの原因とされるが嫌だったのだ。

オシムは言う。
「お前らとにかく誰かが蹴らないと負けるぞ」
そして5人を決定するとプレーを見ずベンチからロッカールームへと消えた。
「あんなものはクジ引きみたいなもの。私は自分の仕事をすべてやり終えた」
PK戦を制したアルゼンチンはこの大会準優勝する。

駒野はオシム監督の時代からPKを外したことがなかった。
今回はPKという勝負では負けたが、サッカーでは負けていなかった。
そしてこれからもPKを名乗りを上げて蹴りに行くという。

また、バッジオの言葉が蘇る。
「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」

オシムさんはPK戦廃止論者である。
ワタクシもPK戦廃止論者である。
そして、勝負はサッカーで決着をつけてもらいたいと願う今日この頃なのである。

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