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2010年6月27日 (日)

オランダvs日本

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ワールドカップの熱戦の真っ最中である。

ワタクシ、40年以上のキャリヤを誇るサッカーファンである。
そしてワールドカップに関しては36年来のオランダ・サッカーフリークでもある。
日本代表を応援はしていたが、1970年代、当時の日本サッカーの実力ではワールドカップは夢のまた夢・・・
横浜の三ツ沢競技場で行われた日本リーグ・ヤンマー三菱戦の試合の観客数が400名とかいった時代である。
サッカーの人気は低迷していた。
そして月日は流れ、ドーハの悲劇、野人岡野のシュート、フランス大会、日韓大会、ドイツ大会と日本代表の記憶の連鎖が始まる。
この間も日本代表を応援しつつもオランダ代表を応援していたのである。

思えば1974年の第10回FIFAワールドカップ西ドイツ大会は今でも夢のような出来事だった。
そしてこの大会でサッカーの常識が覆させられる革命がおきたのである。
オランダのトータル・フットボールである。(ローティーション・サッカーともいわれた)
まぁ、これはあまりにも斬新・革新的なため適切な語彙が思いつかずサッカー記者達が作った造語だと思うのだが・・
そしてこのトータル・フットボールの中心がヨハン・クライフである。

   Photo
彼を中心に流動的にポジションをチェンジしつつ、前線から強烈なプレッシングをかけ(時には3人でボールを奪いにいく)、
そしてボールを奪い、サイド攻撃からゴールを奪う。
分業制だったサッカーのポジションの概念が覆させられたのである。
全員守備・全員攻撃、ポジション・チェンジ、ゾーンプレス、オフサイド・トラップ・・・
現代サッカーでは常識となったこれら戦術は全てこのオランダが原点である。

一次リーグを圧倒的な強さで突破したオランダは、二次リーグでもアルゼンチンを4-0、ブラジルを2-0で撃破、特にブラジルの息の根を止めたクライフの2点目のジャンピング・ボレーは歴代の名ゴールとして余りにも有名である。
このジャンピング・ボレーとフライニング・ダッチマン(空飛ぶオランダ人)も固有名詞として完全に定着してしまった。

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しかし、決勝戦でオランダと対決した西ドイツはこの完全無敵のトータル・フットボールを封じ込めてしまったのである。
話は簡単で、スッポン・マークで知られたフォクツにクライフを完全にマークさせたのである。
このマークは徹底しており、クライフがピッチの外に出てスパイクのヒモを直している時も片時も離れずマークしていたくらいで、これはあまりにもやりすぎではないか?とサッカー雑誌に批判の投書があったが、サッカーを捨てて?勝負にこだわった地元西ドイツの苦肉の策なのである。
そしてオランダは1-2と破れ準優勝、1978年のアルゼンチン大会もアルゼンチンに破れ準優勝。
この2度の準優勝がオランダのワールドカップでの最高成績である。

その後のワールドカップではあまりいいところがなく、今回のオランダチームに十分に期待しているのである。
で、そのオランダ代表と日本代表が今回のワールドカップの大舞台で試合をするという!!
これはオランダサッカーの洗礼を受けたワシらの世代にとっては実に感慨深いものがある次第。

まぁ、結果は0-1の惨敗だったが、収穫はあったのでは?
その結果がデンマーク戦での3-1というスコアに表れている気がする。

そして日本代表は決勝トーナメントでパラグアイと対決する。
パラグアイといえば最も有名なのがホセ・ルイス・チラベルト(GK)でしょう。
今はいないか・・・
で、日本代表には是非この試合に勝って出来れば決勝でもう一度オランダと対決してほしい!

1970年代当時は日本がワールドカップに出るのがワタクシの夢だったが、
今は決勝でオランダと対決するのがワタクシの夢である。

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