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2009年7月18日 (土)

国立博物館 特別展「伊勢神宮と神々の美術」

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古来、日本の神々は自然の中に宿っていた。
大岩であり、大樹であり、山であった。そして、火、雨、風、雷などといった自然現象の中にも神々しい「何か」が宿っていたと考えられていた。

で、神道が体系作られていく際にこれらは「八百万(やおよろず)の神」と言われるようになった。
この神道が体系作られていく際に明文化されたのが日本書紀であり、古事記である。

まぁ、この日本書紀も古事記も、日本神話の伝承であり、特に高天原から天降った神の子孫が「天皇」である、ということを大義名分化したものでなかろうか?(かなり乱暴な私的定義だが・・・)

そして、日本神話に想いを馳せると「伊勢神宮」と「出雲大社」が思い浮かぶ。
この「伊勢神宮」と「出雲大社」の違いは何ぞや?
この“違い”をハッキリ説明できる日本人も少ないかもしれない。
かくゆうワタクシもこの“違い”を最近知った次第。

日本書紀や古事記によれば、天皇家の粗祖先とされる天照大神を祭ったのが伊勢神宮で、天照大神の子孫に国土を譲った(戦に敗れ国土を取られた)大国主命を祭ったのが、出雲大社ということになる。

この天皇家は、もとは地方の一部族であり、武力により他部族を征服し大和朝廷を建てたという歴史があり、日本書紀や古事記は天皇を神の子孫としてこれを正当化・明文化したものなのである。(かなり乱暴な私的定義です)

明治時代には「伊勢神宮」は天皇家の先祖を祭った神社ということで、国家神道の名の下に全国の神社を系列化に置いていったのである。

で、話はこの「伊勢神宮」の式年遷宮に移る。
伊勢神宮では、飛鳥時代から20年に一度、正殿(しょうでん)をはじめ、御装束(おんしょうぞく)、神宝(しんぽう)を造り替えて、御神体を新しい宮殿に遷す「式年遷宮( しきねん せんぐう)が行なわれる。

何ゆえに20年に一度なのか?まず、第一に社殿の清浄さを保つためである。
そして伊勢神宮の掘立柱建物である建物としての耐用年数によるものであり、他に建築技術の伝承、伝統工芸の伝承などの意味があるとされる。

来る平成25年に第62回の式年遷宮が行わるのを記念して、国立博物館で特別展「伊勢神宮と神々の美術」と銘打って神宝をはじめ、古事記や日本書記などの古文書や、考古遺物、彫刻、工芸品などが展示されている。
これは実にキョーミ深いということで上野は国立博物館まで赴く。

見どころは「伊勢参詣曼陀羅」でこれが色鮮やかで見ていて飽きない。
参詣曼陀羅とは、中世から近世にかけて造られた社寺の縁起や霊験譚を霊場へ参詣する人々の様子とともに描いた絵画。

そして昭和4年に調進された「玉纏御太刀(たままきのおんたち)」はオドロキの名品である。
琥珀、瑪瑙(めのう)、水晶、瑠璃と五色の吹玉(ガラス玉)で装飾され、持ち手には10個の鈴が付けられた飾り太刀で、人間国宝といわれるお方達の手によって造られており、奉納される60柄の太刀の中でも屈指の華麗さだという。
これらの神宝は神様が使っていた畏れ多いものとして、一般庶民の目に触れぬように土の中に埋められていった。
この「掘り出し物?」の神宝も一部展示されたいた。

その後は「本館 日本ギャラリー」や「法隆寺宝物館」などを見て歩く。
日本の歴史や伝統工芸、美に触れた有意義な一日である。

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