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2009年3月 9日 (月)

「玉縄桜」と「大船観音」

大船は鎌倉市である。
しかし、大船の駅を降りると鎌倉の駅前に醸し出されている“ツン”という空気はなく、実に庶民的な雰囲気に満ちている。

その「大船」だが、ワタクシは良く知らない。
そして、大船フラワーセンターで玉縄桜が咲いているという。

これは見に行かなければナラナイということで「Jazz in 鎌倉」を楽しむ前に大船フラワーセンターに立ち寄る。

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で、これが「玉縄桜」である。
玉縄桜とは約40年ほど前に同園でソメイヨシノの自然交雑実生(みしょう)株から選抜育成したもので、地元の由緒ある地名の「玉縄」を冠して名付けられ、1990年に正式に種苗登録された鎌倉生まれの桜でである。
ソメイヨシノよりも20日ほど早く咲き始め、約1カ月にわたって見ごろが続くのが特徴。

そして大船のランドマークである「大船観音」
その姿は何度も見ているがそばで拝見するのは初めてである。

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大船観音は、昭和4年から建造が始まったが、資金難となり昭和9年に工事は凍結。その後は日中戦争、そして太平洋戦争の開戦と、戦局の悪化により築造は中断。戦後、大東急の五島慶太や議員が中心となって工事が再開。昭和35年に完成した。
戦後は“護国平和願望成就の守り本尊”として奉祀されている。

で、この東急の五島慶太だが、大船では文化住宅地の開発に着手し、私立の名門、清泉女学院、栄光学園などの誘致にも成功した。その一環として、観音様を完成させることは、その事業の一つであったのかもしれない。

それにしても鎌倉・大船などの開発には西武と東急の名前が必ず出てくる。
山を崩して、海を埋め立てるという開発はいまだに行なわれている。
思わず環境破壊の防止を観音様にお願いしてしまった。

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