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2009年2月 9日 (月)

NTT横須賀研究開発センター(旧日本電信電話公社 横須賀第2電気通信研究所)

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野比、長沢の里山を散策した後は遠くに見える「NTT横須賀研究開発センター」まで足を伸ばす。
実はワタクシこの建物の建設に携わっており、他に地元三浦半島には防衛大学校宿舎油壺の東京大学地震研究所などの施設を作った。

で、この「NTT横須賀研究開発センター」は当時は日本電信電話公社(電電公社)の横須賀第2電気通信研究所で通称「第2通研」と呼ばれていた。
何故ここに通信研究所が出来たかというと電波障害が少ないからという理由で、第1電気通信研究所が武蔵野だったと記憶している。

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今では「通研通り」という道路にその名残がある。
この道も当時は舗装されていない農道の砂利道だった。

この建物は1期と2期に分けて施工され、ワタクシは2期工事に従事していた。
そして、この時に携帯電話のプロトタイプという模型を見せてもらったことがあるが、「コンバット」(古い話だな・・・)に出てくるような無線機のような形をしていたのである。
研究員の方に「これが将来の電話です」と説明されたが当時のワタクシはイマイチ理解できていなかったと思う。

その8年後、香港に赴任した時に、ビジネスマン達が手にモトローラ社製のデカイ携帯を持ったおり、このプロトタイプの模型によく似ていたのを思い出す。
YRPが携帯電話発祥の地といわれているが、それはここ第2通信研究所(当時)で生まれた、とワタクシは思っている。

それにしてオジサンは今の携帯電話の進化についていけないなのである。

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コメント

横須賀通研の方がYRPより古く、携帯の研究も元々こちらでやっていました。さらに言うと、海上にブイを浮かべて無線中継する技術を研究していたが、光ファイバーが登場して断念、携帯やコンピュータの研究にシフトしたそうです。

投稿: ankoku503 | 2009年10月19日 (月) 20時43分

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