« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009年2月

2009年2月28日 (土)

無限落語

今日は日本橋は日本橋亭で「無限落語」を楽しむ。

      A__2

円丈のシュールな創作落語を知って約4年、遅咲きの落語ファンなれど機会があれば時間場所問わず行っている。
で、この「無限落語」もその存在は知っていたが、なかなか時間の都合が悪く行く機会がなかったがやっと聴く事ができた。

もともと円丈は渋谷ジャンジャンの「実験落語」、池袋文芸座の「応用落語」、新宿プークの「落語21」そして、「落語ちゃん」と新作の会を立ち上げて来た。そこで06年から円丈ギャグ・アカデミーの協力を得て小ゑんと共にお江戸日本橋亭に「無限落語」を立ち上げた。新作ネタ下しの会なのである。

古典とは違い枠に囚われない「新作落語」の面白さを十分に堪能した。
それにしても円丈師匠の落語始まって以来の黒子を使った落語はその「反則性」が逆に面白い。
DVDにしたら絶対売れる?かもしれない。
この黒子とは歌舞伎と同様に後ろで噺を伝えるのが役割である。
今まではネタを手元で見ながらやっていたが、これでボケ老人になっても落語が出来ると自慢していたが、イヤイヤ堂々とここまでやれ、かつまたミスをアドリブでかわしていく名人芸?が面白い。

久々に涙を流して笑い転げてしまった「無限落語」である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月27日 (金)

富士宮やきそば「きのこや よこちゃん」

安くて、ウマい、ボリュームがあり、そして早い!というのがワタクシの外食時の基準である。
で、これをB級グルメと呼ぶならそれはそれで良しとしましょうか。
そしてトーゼンの如くそのような基準ではワタクシの場合、ラーメンが選択肢の一番に上がり、地元から横浜、そして東京と機会ある毎にラーメンを食してきた。

が、しかし、ご当地B級グルメを決める祭典「B-1グランプリ」があり、過去全3回のうち、静岡県から出場した「富士宮やきそば」が2回グランプリを受賞しているという事実を最近知った。

これは是非食べなければならない、という使命感が湧き上がってくるが、なにせ富士宮は遠い。
で、やきそばだけを食べに富士宮に行くことを躊躇していたが、富士宮やきそば学会が公認した店が東京は西葛西にあるという。

先日の休日に近所まで行く機会があったので、この富士宮やきそば学会が公認した店「きのこや よこちゃん」に立ち寄る。

   A_

ミックスCの大盛り(850円)を所望。
そばが独特、水分が少なくコシがあって、しっかりとした歯ごたえがあり、食感が良い
イワシの削り粉もたっぷりふりかけられ、ソースも薄味で醤油っぽくて、とっても和風な感じのする焼きそばでウマい!ワシワシと食らう。

登山、トレッキングを絡めて富士宮を訪れて是非本場の焼きそばを食べてみたいもんである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月26日 (木)

「OK」の語源

        M141okposters

今も昔も老若男女が日頃からよく使う英語の単語に「OK」がある。
で、その語源などなったく気にしないで使っていてが、ある日フト気になり語源を調べた。
が、しかしその語源がイマイチよくわからない。
      ↓
http://eigo.be/etymology/ok.htm
http://ja.wikipedia.org/wiki/OK_(%E8%A1%A8%E7%8F%BE)

諸説イロイロあり、今ではどれが正論なのかわからないらしい。
まぁ、その中でももっともらしいのが「大統領勘違い説」である。

米国第七代大統領であるアンドリュー・ジャクソンは今の20ドル札にもなっているほどアメリカの発展に貢献しているのだが、英語のスペリングがイマイチだったらしい。

そしてある書類へのサインで“all correct”(全て良し)と書くところを、“oll korrect”と書いてしまった。
このスペルミスをボストンの新聞社が発音の頭文字をとってOKと表記したのが始まりだという。

現在の日本の首相も漢字が読めなくて苦労しており、歴史に残るようなエピソードを作ってもらいたいと密かに思っているのだがそこまでの器量?はないかもしれない。

             Chefsaysokay

そうそう、日本では指で“輪”を作りOKのサインを表すが、これは欧州・中東・ブラジルでは卑猥な意味を表すので注意が必要である。
世界的にはOKを表す仕草では親指を立てるのが無難である。
ボディトークは意外と難しい。

日本の常識は世界の非常識の良い例かもしれない

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月25日 (水)

「わんぱく天国」

        Photo_4

日曜日の午後。国道にバスがとまった。
昭和十×年の四月のおわりごろのことだから、バスといっても小さいものだ。近ごろの大型バスとくらべると、まるで半分ぐらいしかない。その小さいバスの銀色の車体には、赤いすじが一本おびのようにはいっている。これは市営バスではなく、私営バスだ。
「ナイサアシイ。ナイサアシイでございまあす」
女の車掌さんの声は、むかしもいまも、ぜんぜんかわらない。車掌さんは、「なぎさばし」といったのだ。けれども、なれない人には「ナイサアシイ」ときこえる。

という出だしで始める佐藤さとる著の「わんぱく天国」の舞台は塚山公園、通称「安針塚」である。

   Photo_2

で、この冒頭の汀橋のバス停は今もある。本ではこの国道の向こう側は練兵場だったが、今では高層住宅がそびえたっている。

時代背景は昭和10年代で、作者の佐藤さとるは10歳までこの逸見に住んでいた。
そして、この本には懐かしの「男の子」の遊びが紹介されている。
メンコやベーゴマはワタクシにも懐かしい。
なによりもこの物語は少年たちの夢が大空に飛び出していくのを描いている。
まさに昭和10年代の「鳥人間」物語で、こんな少年時代を過ごせたら幸せだ。
昔の少年たちは野山を駆け巡って遊んでいたのである。
今ではその野山さえなく、子供達は駆け巡るのを忘れゲーム機に没頭している。

ラストは感動的であり、チョット「アメリカングラフティ」を彷彿させる。

それにしても「汀橋」を「ナイサアシイ」とけだるそうにアナウンスする女車掌に昭和ノスタルジーを感じてしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月24日 (火)

エリック・クラプトン「日本武道館公演」

今日はクラプトンのライブを楽しむ。
今回で18回目の来日公演だという。これほど多く来日公演を行っているミュージシャンはいない。
で、ワタクシは5~6回はこの来日公演に行っている。

思えばワタクシがクラプトンの名を知ったのは中学生の時で、また始めてその姿を見たのは高校生の時である。
ナント!NHK教育テレビで「クリーム」の特集があり、クラプトンのギター講座やらジンジャー・ベイカーのドラム講座など当時のNHK教育テレビにしては画期的な内容で放送しており、そのテクニックにたまげたものである。おそらく1971年頃だと思われる。

     461_ocean_boulevard

そして、その3年後の1974年に名盤中の名盤「461 Ocean Boulevard」が世に出る。
その収録曲からシングルカットされた「I Shot the Sheriff」はクラプトンの長いキャリアの中で唯一の全米No.1ソングとなり、レゲエの神様BOB MARLEY & THE WAILERSを世に知らしめし、REGGAEを世界的に認知させた。

また、「Motherless Children」でディアン・オールマン以来忘れ去られていたスライドギターを再認識させ、「Steady Rollin' Man」でデルタブルースを、そしてRobert Johnson(ロバート・ジョンソン)を世に知らしめたこのアルバムの功績は大変大きい。
そして、ワタクシはこのアルバムからクラプトン信者となるワケなのである。

武道館の空間に流れるクラプトンの演奏をじっと聴いていると、ブルースとかロックを超越したクラプトンの音楽の歴史の重みをしみじみと感じるのである。

アンコールはそのロバート・ジョンソンが悪魔に魂を売った「Crossroads」で締めくくった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月23日 (月)

幻影師 アイゼンハイム

        Photo

幻影師 アイゼンハイム
THE ILLUSIONIST

同時期に公開された同じ魔術師を主人公としたハリウッドの大作「プレステージ」の影に隠れてしまい、日本では埋もれてしまった映画。
19世紀末のウィーンの時代色を意識した色彩感覚や雰囲気など透明感があり記憶に残る映像が素晴しい。

トリックが積み重なり映画は作られていく。でも観客はそれに気付かない。
そしてラストになりそのトリックがフラッシュバックされ明かされてゆく。
まさに「イリュージョン」の如く“爽やかな”ラストである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月22日 (日)

田浦梅林まつり

   A__a

   A_

   A__b

昨日は湯河原の梅を愛でたが、地元 田浦の梅を愛でに出かかる。
今日も陽気がよく少し歩いただけで汗ばんでくる。

梅の里」では大勢の人々が梅を愛で、宴を楽しんでいた。
良きかな、日本の春よ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年2月21日 (土)

湯河原 南郷山-幕山トレッキング

各地で「梅だより」が聞かれる今日この頃。
トレッキングと花見、オデン宴会、そして温泉を楽しむというなんとも盛りだくさんの山行を楽しむため湯河原に向かう。

この時期の湯河原は「湯河原 梅の宴」が開催中で大勢の人出で賑わっている。

鍛冶屋までバスで行き、南郷山を経て、幕山を登る
幕山山頂は大勢の登山者で座る場所もないくらいであった。

   A__3

幕山山頂付近より真鶴半島を望む。

   Photo_2

幕山を下りきるとそこは湯河原の梅林。
梅林脇の川原にてオデン宴会でまったりとする。

その後、ゆとろ嵯峨沢の湯でのんびりと温泉に浸かり、ビールを飲みまったりとする。

で、湯河原の駅前の寿司屋でまたまったりとする。
湯河原の梅を愛でて、実に“まったり”とした一日である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月20日 (金)

三浦海岸「漁火亭 」

店名 漁火亭 (いさりびてい)
ジャンル 魚介料理・海鮮料理
住所 神奈川県三浦市南下浦町上宮田3348

三浦海岸はマクドナルドの対面にある、普通の定食屋さんである。
この定食屋さん定置網の網本と民宿をやっている。
従って、そのコストパフォマンス度は高い。

   A_

   A__2

ワタクシはポッピーを飲みつつ「刺身盛合わせ」を食べ、「キンメの煮付け定食」を頂き2400円なり。
キンメの煮付けはまことに美味で思い出すだけで脳内の味覚神経が刺激され、お口がキンメを求めてしまう。

2時を過ぎると飲み食いにご近所の方々が集まります。
昼下がりの午後、至福の時がすごせる定食屋さんである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月19日 (木)

アイム・ノット・ゼア

     Photo

アイム・ノット・ゼア     (2007年 / アメリカ ) 
I'M NOT THERE 

ワタクシ、リアルタイムでのボブ・ディランはあまり知らないが彼の影響を受けたミュージシャンは数多く知っている。
特に日本のフォーク黎明期の岡林信康、高石ともや、吉田拓郎らはワタクシの青春の歌でもある。

最初観たときはワケわかめの映画である。(もっとも酔っていたが・・・・)
で、2回目シラフ?でじっくり観てようやく理解できた。登場人物は詩人、無法者(アウトロー)、映画スター、革命家、放浪者、ロックスターと変わるが全てボブ・ディランであり、さまざまな人格を投影し描いおり、まるでパッチワークのような映画である。

当時はメッセージ色が強いというイメージがあるが、自身の関心事は「平凡な家庭を築く」「自分の子供の少年野球と誕生日パーティー」と語っているのが面白い。

特に、フォークの神様と勝手に祭り上げられた後、スタイル変えて新たな挑戦をしているのに、回りに受け入れられない苛立ちと、身勝手なマスコミに追いかけられ物知り顔で批判するのを苦々しく耐えている姿を、ケイト・ブランシェットが見事に演じているが印象である。

先週観た「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」などもそうだが、まさに“旬”の女優である。

「I'M NOT THERE」ボブ・ディランは、そこにはいない。
それぞれの心の中にそれぞれの「ディランがいる」のだろうな、としみじみと感じるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月18日 (水)

ワイルド・ソウル

      Photo

ワイルド・ソウル (単行本)
垣根 涼介 (著)

某大臣の辞任劇で右往左往している日本政府だが、官僚も官僚で天下りだ渡りだと世間の注目を集めている。
まぁ、この国のトップの無能さ、無責任さは今に始まったことではない。

1979年、今から30年前ソ連がアフガニスタンに侵攻したが、この時ワタクシの知り合いはソ連の戦車に追われて逃げた。
で、日本大使館に飛び込んで国外に脱出する手立てを求めたが無下に拒否されたという。
大使館員に「協力は出来ない。個人で勝手に逃げるように」と冷たく言われ、金を身体に巻きつけて国境を越えて逃げて来た、
とその友人は飲みながらワタクシに語った。

アメリカはいち早く民間機をチャーターして自国民を救出したのとエライ違いである。

そしてワタクシが生まれ育った昭和30年代にもアマゾンの奥地に日本国民を送り出し棄てていった無能な政策があった。
ワタクシも某国で日本外務省の無能ぶりに呆れたが、この棄民政策には心底怒りを感じる。
この小説によって改めてこの政策の無責任さを認識させられる。

このワイルド・ソウルにはこのアマゾン移民問題が根底にあり、その復讐劇でもある。
非常に重いテーマを主題に描いているが主人公の一人の能天気さが暗くなりがちな雰囲気に変化を与えてくれるのが、
アクセントとなり面白い。

ちなみに、この移民(棄民)政策はドミニカでも問題になった

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月17日 (火)

麺処 遊

       A_

麺処 遊 (めんどころ ゆう)
住所 東京都台東区根岸1-3-20
営業時間 11:30~売り切れまで
定休日 不定休

散歩の途中で立ち寄ったラーメン屋「麺処 遊」

鶯谷駅の南、寛永寺に渡る陸橋の手前にある。
目立たない店構え。
そしてカウンター5席の小さな店内。

基本は中華そば、そして肉中華そば。
ワタクシは肉中華そばの中盛りを所望。

スープをすすると風味豊かな煮干の香りが口中に広がり、
魚介系の旨味が滲み出てくる。
そして、中太の平打ちストレート麺は固めの茹で加減でまさに“そば”である。

これほどのインパクトのあるラーメンは久々である。
クセになってしまうウマさなのだが、鶯谷は遠い・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月16日 (月)

東京下町散歩「上野~浅草編」

先週の土曜日、「妙心寺」展を観た後、上野、谷中、入谷、浅草を散歩。

   A_

下町風俗資料館
東京下町の風俗や歴史、社会状況等の資料を展示する。1階では大正時代の商家や長屋など街並みを実物大で再現。2階は生活関連の用具やおもちゃなどがある。

   A__14

旧因州池田屋敷表門(黒門)からのぞく梅

   A__2

旧東京音楽学校奏楽堂

   A__3

旧吉田屋酒店(台東区立下町風俗資料館付設展示場)

   A_scai_the_bathhouse

SCAI THE BATHHOUSE
谷中霊園と東京芸術大学の間に立地する、現代美術ギャラリー
http://www.scaithebathhouse.com/ja/about/profile/

   A__4

大名時計博物館

   A__5

ある民家の入口

   A__8

入谷鬼子母神
1659年創建の安産と子育ての神。他人の子を奪って食べた夜叉が、お釈迦様の戒めに改心し鬼子母神となった。毎月8日、18日、28日が祈祷日で、7月6日~8日は朝顔市で賑わう。

        A__9

鳳神社
鷲神社は江戸時代には鷲大明神社と呼ばれ、隣の長国寺と神仏混淆で、長国寺の住職が別当を兼ねておりましたが、明治に入り神仏分離され、鷲神社と改称されて、境内地も別々になった。

        A__10

吉原観音
新吉原花園池(弁天池)跡
池は「花園池」「弁天池」の名で呼ばれましたが、大正12年の関東大震災では、多くの人々がこの池に逃れ、490人が溺死したという悲劇が起こった。
弁天祠付近の築山に立つ大きな観音像は、溺死した人々の供養のため大正15年に造立されたものです。
昭和34年吉原電話局(現在の吉原ビル)の建設に伴う埋め立て工事のため、池はわずかにその名残を留めるのみとなりました。(※台東区教育委員会 看板より引用)

   A__11

浅草寺
浅草寺は7世紀推古天皇の時代に創建したという起源をもつ都内最古の寺。
推古天皇36年(628)の早朝、檜前浜成・竹成の兄弟が江戸浦(現在の隅田 川)で投網中に一躰の仏像を感得しました。郷司であった土師中知はこれを拝 し、「聖観世音菩薩」のお像であることを知り、3人で深く帰依したというの が浅草寺の創建である。

   A__12

   
浅草神社
通称 三社様・三社権現
浅草寺の草創に関わった土師真中知(はじのまなかち)、檜前浜成(ひのくまはまなり)・武成(たけなり)を主祭神とし、東照宮(徳川家康)・大国主命を合祀する。

   A__13

スターの広場
浅草公会堂の前にあるスターの広場には、森進一や藤田まことなど、270人以上の有名人の手型が並ぶ。芸能人のほか、作曲家や噺家など顔ぶれは多彩。手形は毎年増えている。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年2月15日 (日)

「第7回三浦海岸桜まつり」

   A__a

   A__b

2002年から町おこしの一環で始めた「桜まつり」も今年で第7回を迎える。
徐々に有名になり、去年は10万人が訪れたという。

   A__c

今日も昨日からのバカ陽気が続き実に暖かく、初夏のような陽気である。
小松ヶ池を廻りゆっくり歩いても1時間弱の毎年恒例の散歩コース。
河津桜、菜の花、そして水仙の花に囲まれてビールを飲む。
空を見上げると雲がゆっくりと流れていく。

のんびり、まったりと春の陽気を感じる。
至福の時である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月14日 (土)

東京国立博物館「妙心寺」展

   A_

ワタクシ、以前より「禅」とは何ぞやという疑問を持っており、折りしも日本最大の禅寺である妙心寺の特別展が国立博物館で開催されており、良い機会なので上野まで出かける。

このイベントは開山無相大師650年遠諱(おんき)記念だという。
無相大師(むそうだいし)とは関山慧玄(かんざんえげん)のことで明治天皇により諡(し)された諡号(しごう)である。
妙心寺は、建武4年(1337年)、花園法皇が自らの離宮を改めて禅寺となし、この関山慧玄(諡号を無相大師)を開山(初代住持)に迎えたことに始まる。
ちなみに遠諱(おんき)とは開山の祖などの遺徳をたたえるため、五十年ごとに行う大法要のこと。

「妙心寺」の歴史や関連する展示物はワタクシの知らなかった「禅寺」を教えてくれる。
展示物では狩野元信の「瀟湘八景図」に興味があったがこれは前期展示のため見れなかった。
ちなみに、金沢八景はこの「瀟湘八景図」から命名されている。
で、この八景から南が「湘南」である、とワタクシは思っている。(あまり関係はないが・・・)

今、映画「禅ZEN」も丁度公開されているが、これは曹洞宗を開いた道元を描いている。
妙心寺は臨済宗である。
鎌倉にある建長寺、円覚寺も臨済宗でそれぞれ建長寺派、円覚寺派とされている。

展示物の圧巻は狩野山雪「老梅図襖 旧天祥院障壁画」である。
こりゃ~凄い!こういうデフォルメされた一見アブノーマルな「和」の美というのは迫力がある。
繊細かつ大胆な空間構成は観ていて飽きない。
この「老梅図襖」は何故かメトロポリタン美術館蔵なのである。
どうやら幕末の混乱期に妙心寺から流失し、現在はメトロポリタン美術館にあるという。
浮世絵もそうだが貴重な日本芸術が海外に流失していまったという事実はカナシイ。

時間をかけて「妙心寺展」を観て廻ったが、未だにワタクシは「禅」とは何ぞやという疑問が解けていない。
そして、解けないのが「禅」なのかもしれないと妙に納得してしまった今日この頃である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月13日 (金)

太平洋の薔薇

   Photo

太平洋の薔薇〈上〉 (単行本)
笹本 稜平 (著)

天空への回廊」ではこれでもかと超怒級の山岳アドベンチャー小説を堪能させてくれた笹本 稜平氏の海洋冒険小説である。
トルコ(オスマン帝国)のアルメニア人虐殺問題が小説の根底にあるがワタクシこの事実は知らなかった。
登場人物も多く、細かいディテール描写に次第にのめり込むが終盤に近づきテロ計画が腰砕け状態。
興味が薄れていってしまう。“恐れべき最終兵器”を使いどのように全世界に対して警告しようとしたのか?
こちらの方に興味がある。

といいつつもラストを感動的に締めくくる手腕はお見事である。
船乗りでなくても涙腺が緩んでしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月12日 (木)

「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」

昨日の建国記念の日は、朝からシネコンへ行く。
建国記念の日と水曜日のレディースデイが重なり、チケット発券機も大混雑!
「マンマミーア」の初回上映は早くもソールドアウト!

   A_

ワタクシは予定通り「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」をご鑑賞。

しかし、この映画は不思議な映画である。派手な見せ場もアクションもなくただ淡々と時間が流れて行く。
2時間47分という長丁場ながらまったく飽きもなく見入ってしまう。
そしてとても穏やかな気持ちで見ていられるのである。
椅子に深く腰掛けて力を抜いてリラックスしている自分がいる。

ワタクシにとってこんな長時間リラックスして観れた映画はない。
右隣の男性も左隣の女性も嗚咽を漏らしながら観ていた。
どうやらこの映画は観る者の“副交感神経”の状態に左右されるのかもしれない。
だから評価が分かれるのかもしれない。

「人生は自由に選択できる、運命は変えられる」
「人生はどうにもならない出来事の積み重ね」
「永遠なんてない」
当たり前の言葉だが何故か心に響く。

大人のためのたおやかなファンタジー映画である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月11日 (水)

ヨコスカ・ネービー・バーガー

たかがハンバーガー、されどハンバーガーであり、横須賀のあの店その店ハンバーガーを食べた。

で、ヨコスカ・ネービー・バーガーが発売された、ということは知っていたが、最近ファーストフードに関する映画の影響でハンバーガーというよりは“肉”に対するおぞましいイメージが頭にこびり付き、しばらく敬遠していた。
特に映画「ファーストフードネーション」のラストの映像がトラウマとなっていたのである。

そのような頭の中にこびり付いていたおぞましい映像も次第に薄れてきて久々にウマい肉を食べたくなったので噂の「ヨコスカ・ネービー・バーガー」を賞味する。

   A_tunami_a

   A_tunami

今のところ4店舗で販売されており、鉄人28号?で有名な「TSUNAMI/津波」で頂くことにする。
基本的にココはメキシカンフードの店である。

   A_

イヤ~久々に見る1/2lb(ハーフパウンド)のハンバーガーはデカイ!
これはGWというプレーンバーガーにチーズ、ベーコン、エッグのトッピングを追加したスペシャル版で1300円なり。
ちなみにプレーンバーガーは1000円である。
かぶりつくと肉汁がジュワ~と滲み出る。
一心不乱に食べつくしてしまった。

そういえば、某有名ハンバーガーチェーン店が「ニッポンのハンバーガーよ、もう遊びは終わりだ」というキャッチコピーで「クォーターパウンダー」を宣伝しているが、じゃ、今までは遊びだったのか!とツッコミと入れたくなったのはワタクシだけではないだろう。ちなみに本国アメリカではクォーターパウンド(1/4lb(113グラム))のハンバーガーはお子様も食べていた。

そうそう、以前アメリカにあるファドラッカーズというハンバーガー店(これも一応ハンバーガーチェーン店)に触れたが、この店に入るとガラス張りの向こうに牛が天井から何頭もぶら下がっており、精肉加工の状態から調理の状況までが見渡せる。まさに“ガラス張り”のハンバーガー店であった。ここでは肉の種類、量、焼き方など細かくオーダーできる。
大人が満足できる量と質を提供してくれた。
セット価格は当時でもハーフパウンドで10ドル以上だっと記憶している。

やはり、ワタクシは某有名ハンバーガーチェーンのハンバーガーは食べれない、いや食べたくない。
多少高くても専門店で肉汁が滴り落ちる新鮮なハンバーガーが食べたいと思うのである。

それにしても本日のカロリー摂取量はオジサンにはやはり多すぎるよなぁ・・・・

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年2月10日 (火)

アニー・リーボヴィッツ「レンズの向こうの人生」

       Photo_2

アニー・リーボヴィッツ「レンズの向こうの人生
彼女の前で“素”を曝け出した有名人は多い。

「レンズの向こうの人生」ではなくレンズを通して被写体とバイブレーションしている。
そしてそのレンズには彼女の生き様を写している。

凡人には理解出来ない毒気にも似た特異な才能。
  
感性というエッジライン上で“アート”と対峙している彼女の生き様は凄まじい。
ワタクシはけっして彼女の様には生きれないし生きようとも思わない。
ただただその才能の前にひれ伏すばかりである。

でも彼女は彼女でワタクシはワタクシ・・・
感性を追い求める生き様はワシら凡人には命を削る行為に等しいのかもしれない
つくづく凡人が凡人として生きるという平凡さが良いなぁ・・と思うのである。
凡人でヨカッタ・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 9日 (月)

NTT横須賀研究開発センター(旧日本電信電話公社 横須賀第2電気通信研究所)

    A_

    A__b

野比、長沢の里山を散策した後は遠くに見える「NTT横須賀研究開発センター」まで足を伸ばす。
実はワタクシこの建物の建設に携わっており、他に地元三浦半島には防衛大学校宿舎油壺の東京大学地震研究所などの施設を作った。

で、この「NTT横須賀研究開発センター」は当時は日本電信電話公社(電電公社)の横須賀第2電気通信研究所で通称「第2通研」と呼ばれていた。
何故ここに通信研究所が出来たかというと電波障害が少ないからという理由で、第1電気通信研究所が武蔵野だったと記憶している。

    A__a

今では「通研通り」という道路にその名残がある。
この道も当時は舗装されていない農道の砂利道だった。

この建物は1期と2期に分けて施工され、ワタクシは2期工事に従事していた。
そして、この時に携帯電話のプロトタイプという模型を見せてもらったことがあるが、「コンバット」(古い話だな・・・)に出てくるような無線機のような形をしていたのである。
研究員の方に「これが将来の電話です」と説明されたが当時のワタクシはイマイチ理解できていなかったと思う。

その8年後、香港に赴任した時に、ビジネスマン達が手にモトローラ社製のデカイ携帯を持ったおり、このプロトタイプの模型によく似ていたのを思い出す。
YRPが携帯電話発祥の地といわれているが、それはここ第2通信研究所(当時)で生まれた、とワタクシは思っている。

それにしてオジサンは今の携帯電話の進化についていけないなのである。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年2月 8日 (日)

野比~長沢里山散策

京急のYRP野比からYRPに続く里山道を歩き光の丘水辺公園を経て長沢まで歩く。

   A_

かろうと山古墳
7世紀前半頃に作られた古墳で豊かな副葬品などから三浦半島の古墳時代の支配者の墓であると考えられている。

   A_yrp

YRPセンター
横須賀・リサーチ・パークの頭文字を取ったもので、東京湾を望む丘陵地に電波情報通信技術に特化した研究開発機関が基礎から最先端技術まで幅広い分野での研究開発活動を行なっている。

   A__2

光の丘水辺公園

   A__3

里山の畑

   A__4

天照大神社
今から360年前の創建だと推測されており祭神は大日要貴命(おおひるめのむちのみこと)
大日要貴命は天照大御神の別名である。
明治41年神社併合令により、浅間神社・若宮神社、長沢浜の熊野神社、春日神社がここに合祀されている。

   A__5

横須賀警察犬訓練所
JKC(Japan KennelClub)公認の警察犬、災害救助犬訓練所として幅広い活動を行っている。

   A__6

   A__a

道沿いの梅も3分咲きで早春の気配を感じた今日この頃である。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年2月 7日 (土)

東京下町散歩

今日は日本橋での所用を済ませた後、東京の下町である深川近辺を散策する。
清澄白河からスタート。

この近辺は松尾芭蕉ゆかりの地である。
松尾芭蕉は延宝8年(1680)から元禄7年(1694)51歳で没するまで深川芭蕉庵に住み旅に出ていたのである。
従って芭蕉の痕跡がいくつか残っている。

   A_

芭蕉稲荷神社
深川芭蕉庵跡に建てられている。

   A__2

芭蕉記念館

         A__4

隅田川のほとりの「分館史跡展望庭園」には芭蕉翁の像が建てられている。

   A__5

採茶庵跡

   A__6

清澄寮
同潤会のアパートが次々と壊されて新しい建物に変わっていっているが、この「清澄寮」はまだまだ現役である。

   A__7

深川江戸資料館
地下1階、地上2階の吹き抜けの中に、江戸天保時代(明治まで僅か20年)の(1842年)の江戸深川佐賀町下之橋の橋際一体を再現している。

   A__8

ここで行なわれていた「手ぬぐいでごあいさつ」という特別展示。

   A__9

旧東京市営店舗向住宅
関東大震災の復興事業として建てられた、清澄庭園との間に連なっている長屋形式の集合住宅。

   A__10

清澄庭園
江戸の豪商・紀伊國屋文左衛門の屋敷跡と伝えられており、その後、岩崎弥太郎が三菱社員の慰安や貴賓を招待する場所として庭園造成を計画したのが始まり、1924年(大正13年)に東京市に庭園の東半分を公園用地として寄贈、東京都が整備して清澄庭園として開園させた。

   A__11

深川不動堂

   A__12

富岡八幡宮

深川江戸資料館の受付のお姉さまが話していましたが、どんどん古い建物が壊されており、ここ5年間で清澄白河近辺は大きく変わってしまったという。
「清澄寮」は永久保存してもらいたい、と切に感じた今日この頃である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 6日 (金)

宮代商店(ミヤダイ)のコロッケ

   _a

鎌倉散策の際によく立ち寄るのが長谷にあるコロッケで有名な「ミヤダイ」である。
斜向いのコンビニでビールなんぞを調達して、ビールを飲みつつ出来立てのコロッケやらメンチカツを頂く、というのが何だか“まったり”として良い。

   Photo

で、これがミヤダイ名物である「コロッケ三兄弟」170円なり。
サツマイモの甘いコロッケ、肉クリームコロッケ、ビーフポテトの三種類が味わえる。

  _  

でもプレーンコロッケやカレーコロッケ、メンチカツなどもウマい。
他にも各種コロッケあり。

春夏秋冬を問わずフラリと立ち寄れる“休憩所”である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 5日 (木)

ファーストフード・ネイション

            Photo

で、ファーストフードに関する映画はこれ「ファーストフード・ネイション」である。
この映画はエリック・シュローサーのベストセラーになったノンフィクション「ファストフードが世界を食いつくす」を映画化したものである。

そしてキャッチコピーは「世の中には、知らないほうが幸せなことがたくさんあるんだよ」
これもアメリカの某有名ハンバーガーチェーン(ファーストフード業界)の隠れた内幕を描いている。

で、この映画を観て感じたことは“肉もどき”“フライドポテトもどき”という似て非なるものはある程度ガマンできるが、作り手のモラルまではマニュアル化、管理は出来ないということである。

ラストの映像は結構ショッキングだったなぁ・・・
この映画を観ても某有名ハンバーガーチェーンのハンガーバーを食べれる人は何人いるのだろうか?

PS:今日のニュースで某有名ハンバーガーチェーンは低価格メニューが好調で最終利益が58・5%増の123億円と過去最高だったという。皆さん結構食べているのね・・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 4日 (水)

「食べるな危険!!」

      _a_2

「食べるな危険!!」
作者: モーガン・スパーロック, 伊藤 真
出版社/メーカー: 角川書店

ワタクシ、ハンバーガーはキライではない。むしろ好きなほうである。

最近、ファーストフードに関する本を読み、また映画も観た。
ここで言うファーストフードとは某有名ハンバーガーチェーンのことである。

で、本は「食べるな危険!!」(ファーストフードがあなたをスーパーサイズ化する)である。
この本は映画「スーパーサイズミー」の監督が書き下ろしたノンフィクションである。
映画「スーパーサイズミー」は監督自身が3食30日間この某有名ハンバーガーチェーン店で食事をして、その様子と結果を映像で記録したドキュメンタリー作品なのである。

この本は映画に盛り込めなかった話題や最新情報を加味して書き下ろしている。

ファーストフードは身体に悪いということは周知の事実なのだが、それを30日間も食べ続けるという無謀の結果は・・まぁ推して知るべしで、悲惨な結果となった訳なのだが、それにしても本で明らかになっている事実は恐ろしい。
例えば、腐らないフライドポテトとハンバーグ、そして添加物に関する事実などなど・・

この映画「スーパーサイズミー」が全世界で公開された時、各国のテレビ局・ラジオ局がインタビューに来たが、不思議な事に日本のテレビ局・ラジオ局からのインタビューが1本も無かったという。
そういえばこの映画はさほど話題にもならなかったと記憶している。

それにしても「二度と食べたくない訳」と言うある投稿の紹介があるがこれは強烈である。
これを読んだらワタクシも某有名ハンバーガーチェーン店の“臭い”が怖くなってきた。

出来ることなら食べたくないファーストフードである。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年2月 3日 (火)

ジェイク・シマブクロの「MILLION MILES AWAY」

              Million_miles_away

新星堂でバーゲン品(一枚1000円)のもう一枚の音楽DVDはこれジェイク・シマブクロの「MILLION MILES AWAY

ギターという楽器の可能性を広げたのが押尾コータローなら、ウクレレの可能性を広げたのがジェイク・シマブクロ。
別名“ハワイのジミヘン!”と謳われる早弾きウクレレリスト!(ホンマかいな・・・)

「ウクレレという楽器の持つ即興性はもとよりクラシックやジャズ、ロック、ブルーズ、ファンク等ありとあらゆるジャンルの音楽を見事なまでのテクニックとフィーリングで網羅し、綿々と続いてきたハワイアン・ミュージック・シーンに多大な影響を与えた」(ジェイク・シマブクロHPより)

たかがウクレレ、されどウクレレ、ウクレレの知名度を上げた業績は大きい?
まぁ、ギターとは違う音色の“軽さ”が程よく感じられ、歌うように弾く。
その気持ち良いトリップ感が良い。
確かに"ハワイの風と光”に合う音楽かもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 2日 (月)

押尾コータローの「ドラマティック・ライヴ」

      _a

年末に新星堂でバーゲン品として一枚1000円の音楽DVDを二枚買ったが、一枚はこれ、押尾コータローの「ドラマティック・ライヴ~DARAMATIC TOUR 2003~」である。

思えば、ウィンダム・ヒルよりマイケル・ヘッジスがデビューしたのが1981年。
スタンリー・ジョーダンの「マジック・タッチ」が1985年。
ギターは“爪弾く”という概念はこの頃から変わっていったのかもしれない。

ギターは叩いて(タップして)音を出す。
ギターという楽器の可能性を広め、ソロ・ギターという概念を日本に確立した立役者。
そして実に“ポップ”である。
このDVDではアノ「昴」をギターを弾きながら朗々と歌い上げていた。

ギターは“小さなオーケストラ”とある大作曲家は言ったが、20年前、神宮外苑のライブで初めてラリー・コリエルの「ボレロ」を聴いた時にこの言葉の意味が分かった。

押尾コータローはこの“小さなオーケストラ”を携えて今日も“ポップ”なコータロー・ワールドを奏でているのである。

PS:そうそう、映画「奇跡のシンフォニー」の中でも主人公が物凄いタッピング演奏をしております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 1日 (日)

六国見山・大仏葛原岡ハイキングコース

昨日は雨のち曇りであまり良い天気ではなかった。
が、しかし、本日は朝から快晴、風がチョット強い。
ということは風で雲が飛ばされて景色が良く富士山が見えるのでは、という単純な図式が頭に浮かびまずは家を出る。

で、何処で富士山を眺めるか?と思案をしながら歩いていたら「六国見山」が思い浮かんだ。
六国見山は北鎌倉の北側に位置し、伊豆、相模、武蔵、安房、上総、下総の六つの国が見えるということで「六国見山」と命名された。そしてここからは富士山も良く眺められるということを思い出した。

この「六国見山」ハイキングコースはまだ歩いたことがない。
そして大仏・葛原岡ハイキングコースも途中までしか歩いたことがない。
では、六国見山から源氏山へと続く大仏・葛原岡ハイキングコースも一緒に歩きましょう、ということで北鎌倉を目指す。

北鎌倉から住宅地を徘徊し登山口まで迷走する。

   A__2

六国見山から富士山を臨む。

       A__3

そしてこれら歩く長谷方面の山並み。

   A__a

木々の隙間からランドマークタワーが見える。

明月院へ下り北鎌倉を経て大仏・葛原岡ハイキングコースへ入る。

   A__4

逆光に輝く葉山

       A__6

陽だまりのハイキングコースは気持ちはいい。

   A__7

約2時間半で大仏のある長谷の高徳院にたどり着く。

 A__8 A__a_2

途中、早咲きの梅が早春の訪れを告げていた。

金沢文庫から六国峠・天園ハイキングコースから北鎌倉を経て、葛原岡ハイキングコースに入り大仏の
ある長谷まで歩くロングトレイルもいいかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »