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2009年1月

2009年1月31日 (土)

ご近所探索「柏木田点景」

ご近所のお年寄り(かなり高齢)の方の中にはいまだにうらが道を「本道」、米が浜を「観念寺」、富士見町を「しんばか」と言う人がいるが、不入斗橋付近にあった「柏木田」を口にする人はいない。

「触れられたくない過去」であり「触れてはならぬ過去」なのかもしれない。

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明治時代、富国強兵の名の下に横須賀は近代軍港として位置付けられ、その軍港と共に発展してきたのが「遊郭」である。
この遊郭は最初大滝町にあったが、明治21年の12月、大勝利山近くの豊川稲荷付近から出火し延焼により遊郭は炎上した。
その後、遊郭は柏木田に移転し軍人や横須賀製鉄所の技師などの客で賑わったという。しかし、関東大震災で倒壊した建物が多く、遊廓としてはその頃から次第に衰退し、新開地の安浦そして田浦の皆ヶ作に移っていくのである。

そしてここ「柏木田」は山口 瞳の私小説「血族」の舞台でもある。
ちなみに山口瞳の母親方の菩提寺とワタクシの母親方の菩提寺は佐野にある妙栄寺である。

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柏木田という地名は町内会で残っており、隣には「穴守稲荷」がある。
これもここに遊郭があった証拠でもある。
羽田の穴守稲荷が有名である。
東京国際空港内の開墾地であった鈴木新田の堤防上の一祠に風浪の害をなくすために稲荷大神を祀ったのが始まりで、やがて、堤の「穴を守る」という連想から、女性のシンボルにも転化され、「女性の病気」を守るという解釈がなされたため、婦人病に悩む者や花柳界、遊郭の関係者にもてはやされるようになっていったのである。
そんな当時の信仰心からここに「穴守稲荷」が建てられたのだろう。

そして病気になってしまった女郎達は地下牢で放置されていたようで、富士見町の丘の上に密かに埋葬されたのである。
確かに「触れられたくない過去」なのかもしれない。

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2009年1月30日 (金)

「スラバヤ」のチキンスープライス

最近、横須賀にも「スラバヤ」というインドネシア料理 の店がオープンした。
シンガポールにいた時にはインドネシア料理をよく食べていた・・と思う。
で、今までに気にしてなかったが、マレーシア料理とインドネシア料理、そしてシンガポール料理はどこが違うのか?
明確にこの違いがワタクシにはわからない。
シンガポールにいた時のランチはご近所のホッカーセンターでホッケンミン、ラクサ、バクテー、チキンライス、ナシゴレンにミーゴレンを食べていた。
そして、これらのメニューはマレーシアでもインドネシアでも食べることが出来る。
まぁ、固く考えずにマレーシアンが作ればマレーシア料理、インドネシアンが作ればインドネシア料理、そしてシンガポーリアンが作ればシンガポール料理なのでは・・と思うようにしている。

強いて言えばスパイスを微妙に組み合わせてうまくアレンジしているのがインドネシア料理かもしれない。

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これが「スラバヤ」横須賀店の「オススメメニュー」であるインドネシアン チキンスープライスである。
インドネシア語でいう「ソトアヤム」やね。ジャワコーヒー付で980円なり。
ホッカーセンターのコストパフォーマンスの良さとは比べることが出来ないが、スパイスが効いたチキンスープはウマい。

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ジャワコーヒーはコーヒー豆を超微粉に粉砕し、お湯を加えてかき混ぜ、粉が沈殿するのを待ち、その上澄みを飲む。
そういえば「最高の人生の見つけ方」で主人公が幻のインドネシアコーヒーである「コピ・ルアク」を飲んでいるがワタクシは未だに飲んだことがない。
いつかは飲んでみたい「コピ・ルアク」である。

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2009年1月29日 (木)

しゃべれども しゃべれども

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しゃべれども しゃべれども 

ワタクシここ数年落語にハマリ横浜は「にぎわい座」に通いつめている。
今月も新春特選演芸会を楽しんできた。

まぁ、圓丈のシュールな新作落語に目覚めてしまった?ワケなのだが、古典も面白いと思う。
この映画で使われている「まんじゅうこわい」や「火焔太鼓」も演じる落語家の個性が出て面白い。

で、この映画の主人公だが、一生懸命に落語を“しゃべれども しゃべれども”想いは伝わらない。
つまり、客にウケナイ。
一生懸命やればやるほど、頑張れば頑張るほどウケナイ。
そんな彼の周りにこれまたしゃべりに、生き方に不器用な人間達が集まってきた。

でも頑張らないで、肩の力をフッと抜いてしゃべる。
周りの空気に同化するように想いを伝えようとする。
そうするとしゃべらなくても想いが伝わるかもしれない。

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都電やほおずき市、時間がゆっくり流れる下町で不器用な人間達が人への想いを伝えようとしている。
頑張らないこと・・・普通に・・・自然体で・・・生きよう。
ささやかな人生の応援歌のような映画である。

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2009年1月28日 (水)

ゴールデンスランバー

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ゴールデンスランバー (ハードカバー)
伊坂 幸太郎 (著)

ロックしてるか?ロックしていないか?
最初、主人公は全然ロックっぽくなかった。が見知らぬうちに巨大な陰謀?に巻き込まれていくうちにロックっぽくなっていく。

ゴールデン・スランバー(Golden Slumbers)は、1969年に発表されたビートルズのアルバム『アビイ・ロード』に収録されたポール・マッカートニー作の曲で、同名の子守唄からインスパイアされて作られた。
で、ビートルズはロックか?と問われると困ってしまうが、「ゴールデン・スランバー」というキーが過去の人との繋がりや、信頼などに導いてくれる、そんなピュアーな生き方?は意外とロックっぽいかもしれない。

時系列がパッチワーク、いやジグソーパズルの如く入り組み、思考が分断され、読むスピードが落ちていく。
ワタクシはとちらかと言うと一気通貫で読めるスピード感がある文体が好みである。
だから始めは戸惑ったが、次第に点と点がいつしか大きな線となり感動的なラストに終息していく手腕は見事である。

それにしても監視社会とそれを利用する巨大な権力はコワイなぁ・・・・
ちなみに、この「ゴールデンスランバ」は2008年の本屋大賞である。

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2009年1月27日 (火)

GANESH(ガネーシュ)のミールス

無性に「ミールス」が食べたくなる時がある。
そんな時には東京まで出かけ食べていた。

で、去年のことである。
dancyu 2008年7月号のカレー特集に能見台のGANESH(ガネーシュ)が掲載されており、
ここでミールスが食べられるという。
ミールスとは何か?

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これがミールスである。
カレーではありません。
南インド地方でよく食べられており、「サンバル」という豆や野菜を使ったカレーや「ラッサム」という酸っぱいスープを中心に、ナンではなく「ライス」で頂く定食でなのである。
本場ではバナナの葉っぱの上にこれらを盛りつけ頂きます。もちろん右手で食べます。
ガーリックチャツネなど適度に混ぜて自分好みの味に仕上げて食べることができます。

これが実にウマい!
スパイスが絡み合いが脳髄を突き上げるように刺激してくる。
気分次第で味を変えてスパイスの芳香を楽しむ。
横浜は金沢区で本格的な「ミールス」が味わえるということは実にヨロコバシイことである。

『インド料理レストラン GANESH(横浜市)』
所在地:横浜市金沢区能見台通8-5
電話:045-306-7796
営業時間:11:30~14:30 / 17:00~21:00
定休日:水曜日(祝祭日は営業)

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2009年1月26日 (月)

「散歩学」のすすめ

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「散歩学」のすすめ (中公新書ラクレ) (新書)
古川 愛哲 (著)

ワタクシの趣味は“散歩”である。
思えば若い頃から“散歩”が好きだったかもしれない。
古道歩きから野山を歩く“トレッキング”
北アルプスを散歩する縦走登山、沢を散歩する沢登り、岸壁を散歩するロッククライミング、
海の上を散歩する“セーリング”
海の中を散歩する“スキューバダイビング”
空を散歩する以外は全てやってきた。

で、この“散歩”なのだが実にお手軽に知性と感性を磨いてくれるのである。
そのコツはこの本に紹介されている。

フィールドワークという研究手段があるが、地質、鉱物、生物、植物、歴史、民族、音楽などなどフィールドワークで研究されている学問は多い。
で、このフィールドワークだが、“散歩”の延長線上に位置しているのかもしれない。

この「散歩学」のすすめの中で面白い“散歩学”の記述があった。
それは洗濯物のレイアウトから夫婦関係を研究するという立派な学問があるというのである。
これはフランスの社会学者が研究しているらしいが、プラバシーの侵害がチョット心配だなぁ・・・

また、著者は“散歩”はノン・アルコールでコーヒーを楽しんでいるが、ワタクシは“散歩”の途中で居酒屋や立飲屋に乱入し、人間交流関係の勉強もしているのである。

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2009年1月25日 (日)

シーサイドライン~京急「能見台」散策

ワタクシの趣味は“散歩”“ウォーキング”そして野山を散策する“トレッキング”である。
で、本日は「海の公園」でのフリーマーケットから長浜の「野口英世記念公園」を経て能見台まで歩く。
まぁ、これは“散歩”&“ウォーキング”である。

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「海の公園」でのフリーマーケットは大勢の人出で賑わっていた。
ここでアウトドア専門の出店があり小物を購入する。

しばらく歩いて「幸浦駅」から能見台に向かう。

その途中に「長浜野口英世記念公園」がある。

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この長浜は埋立てする前の明治時代まで今の「長浜野口英世記念公園」近くまでが海でここに横浜海港検疫所があった。
「長浜野口英世記念公園」には旧細菌検査室が保存されている。

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明治32年5月、当時22歳の野口英世は、横浜海港検疫所に約5カ月勤務し、同年6月横浜港に入港した「亜米利加丸」の船倉で苦しんでいた中国人の船員からペスト菌を検出し、野口の名を有名にした。それはこの「細菌検査室」での出来事である。
で、このペスト菌の発見から予てから熱望していた渡米のチャンスをつかみ、世界的細菌学者への道を歩み始めたのである。

そしてこの「長浜野口英世記念公園」の前にアノ!高校野球で有名な横浜高校の野球専用グランドがある。
で、隣にはバードウォッチングができる長浜公園もある。
京急を横切りしばらく歩くと能見堂緑地から市民の森を経て鎌倉は天園までのハイキングコースもある。

歴史と自然を感じさせてくれる散策が楽しめる「能見台」近辺である。

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2009年1月24日 (土)

伊予ヶ岳~富山

水仙などを愛でながらのんびり、まったりと「富山」に登ろうと東京湾フェリーで金谷に渡る。
そして浜金谷から岩井駅に下り立ったら巡回バス「トミー」が駅前で待っていた。
本来ならここから歩いて「富山」へ登る予定だったが、このトミーで伊予ヶ岳の登山口である平群天神社まで行き、伊予ヶ岳~富山を登る計画に急遽予定変更する。

「富山」はトミサンと読み、「南総里見八犬伝」の舞台になった山で、陽だまりハイクなどでよく取り上げられている山である。で、伊予ヶ岳は先日、保田の水仙ロードを歩いた時に遠くに見え、その独特な山景に心引かれていた次第で千葉県の山では唯一「岳」がつく山であり、安房の妙義山と呼ばれている。

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      保田の水仙ロードから臨む伊予ヶ岳

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伊予ヶ岳の頂上まではゆっくり登っても1時間弱だが、頂上付近でロープ・クサリ場がある。

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   伊予ヶ岳から臨む富山

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   富山に向かう登山道から見た伊予ヶ岳

伊予ヶ岳から富山への道はのどかな里山風景が続く。

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   水仙と富山

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   富山の頂上に着く頃には曇ってしまい三浦半島は霞んで見える。

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富山を下山すると伏姫と八房が住んでいたとされる「伏姫籠窟」という洞穴が、山の西面の林道沿いにある。
だがこの伏姫籠穴はいつ、だれの手により、掘られたものなのか? それは今なお、謎のままである。

そしてのんびり、まったりとフェリーで帰る

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2009年1月23日 (金)

ハニービー (HONEY BEE)

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YOKOSUKAのベース入口正面にある典型的なアメリカンダイナーの店である。

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チリドックにタコス、そしてハンバーガーがボリュームがあってウマイ!
久々のクアーズにフライドポテト、そしてハンバーガーを所望する。
大らかなアメリカンなテイストをビールのほろ酔いの中で味わう。

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アメリカンな雰囲気に浸りたいときにはここのカウンターに座りロックを聴きながら
アメリカンビールを飲みつつ、ブラザーとジョークを飛ばしあうのもいいかもしれない。

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2009年1月22日 (木)

横須賀バーガー

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以前よりウワサ?の「横須賀バーガー」を先日食した。
場所はステーショングリルである。

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確かにこのバーガーはウマイと思う。
だが、ボリュームが如何せん普通のハンバーガーと同じである。
オジサンといえどもこの量ではちと少ないと感じる。

でも肉のウマさをしみじみと味わいたい時はこれを食べませう。

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2009年1月21日 (水)

サンシャイン2057

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抑揚を抑えた演出と映像の美しさ、不思議と心に響くサントラなどチョット「2001年宇宙の旅」を連想させてしまう。
まぁ、とはいえそれなりにツッコミどころがあるが、何よりもキャプテン役カネダを演じた真田広之の流暢な英語に恐れ入り矢の鬼子母神。

太陽の光は地球上のあらゆる生命の源であり、その光が強烈なほどその反面闇の中で人間は死を恐れるのか?
闇の中での一筋の光は“希望”である。

不思議な世界観を持った映画で、朝方に観たがその浮揚感が何とも言えず朝焼けとマッチしていた。
そしてしみじみと“太陽”のありがたみを感じたのである。

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2009年1月20日 (火)

すぐわかる日本の神社」と神話の祭礼

先月のある日自宅に小包が届いた。
開けてみると1冊の本が入っていた。

で、思い出した。この本は写真を掲載する謝礼として送られてきたということを・・
その本とは、
「すぐわかる日本の神社」
『古事記』『日本書紀』で読み解く (単行本)
という日本の神話と神社の結びつきや成り立ちを丁寧に解説してくれている。

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掲載されたワタクシの写真とはどんなものなのか?
横須賀で神話と結びつく神社とは?

それは走水神社の祭礼の写真で、神社の起源である日本武尊(ヤマトタケル)と弟橘媛(オトタチバナヒメ)の伝説を神輿を担ぎながら表現している。
この祭りは約300年ほど前から行っているとも言われる伝統行事である。

この祭礼は実に楽しい!
横須賀の皆さん、是非一度見てください。

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2009年1月19日 (月)

小バース?

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先月あるメーカーの展示会に行きアノ!ランディ・バースと2ショットで記念写真を撮った。
このメーカーとはユニットバスメーカーで「バースのバス」というキャッチフレーズで、
ランディ・バースをイメージキャラクターとして起用しているのである。

この写真を見た同僚が「小バースだ!」と言ってから最近のワタクシのあだ名は「小バース」と相成った次第。
ランディ・バースの小型版ということだが・・・・ビミョーだなぁ・・・

で、このバース様ですが「史上最強の助っ人」と評され、特に熱狂的な阪神ファンからは「神様・仏様・バース様」と呼ばれ、その存在は神格化されていた、ということはワタクシでも知っている。
では今は何をしているのか?
ナント!2004年からオクラホマ州議会の上院議員(民主党)なのである。
地元のオクラホマでは障害者へのボランティア団体や警察、消防関係者などから支持され、政治家としての手腕が高く評価されて、国政への参加を期待する声も高まっているという。

おりしも国政では同じ民主党のオバマ氏が黒人初の大統領となった。
悩める大国アメリカを正しい道に戻して欲しい。
ワタクシはランディ・バース上院議員とバラク・オバマ大統領に期待を寄せています。

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2009年1月18日 (日)

ミリタリーSHOP FUJI

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米軍の放出品の店でワタクシが若い頃はTシャツやフィールドジャケットなどをここで入手したことがある。
で、最近ではこの「FUJI」はミリメシで有名である。

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ミリメシとは、軍隊のレーション(野戦携帯食)を紹介するムックから生れた言葉で、レーションのようにすぐ食べられる食事のことであり、メーカーがレーションをまねて作ったカレーや牛丼などの商品でこれが静かなブームとなっているらしい。

これならレトルトと変わりはないのだが、発熱セットが入っており、火も水も不要なのである。
便利なのだが値段が1食分が約1000円と少々高い。
これなら水とヒートクッキングセットを使い安いレトルト食材の方が良い気がするが・・・・

で、若い頃のワシら山屋のレーション(行動食)はかりんとうが常識だった。
ちなみに本格的な縦走登山では朝晩は食事を作るが、昼は行動食で済ますことが多い。
代表的な行動食は、チョコレート、アメ、クッキー、ビスケット、せんべい、ようかん、甘納豆、チーズ、ドライフルーツなどがある。

オジサンは過酷で厳しい登山は避けて宴会登山が好きなのである。

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2009年1月17日 (土)

大山詣

今年の登り始めは丹沢の大山。
前は紅葉の時期に来た。

今日もケーブルカーはパスして「女坂」から登る。
大山阿夫利神社下社では大きな茅(ち)の輪は置かれていた。これは茅(ち)の輪をくぐり、心身を清めるというもの。

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大山は古来、雨降山とも呼ばれ、雨乞い、稲作の神として崇められてきた。それを象徴するのが頂上にある雨降木と呼ばれているこの御神木である。

今日は晴れているが遠方が霞んで眺望はイマイチ良くない。
頂上はポカポカ陽気で、鴨鍋うどんと焼酎の水割りでホンワカ良い気分。

帰りはヤビツ峠経由蓑毛まで歩き、
心地よい疲労感に包まれて帰路につく。

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2009年1月16日 (金)

甘久

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歩いて数分のところにあるご近所の定食屋。
食べ物が無い時、食事を作る気力が無い時などは普段着で来れる我が家の居間の延長線上にあるような定食屋で昔から通ってきた店、
以前はこの対面にあった。夏はカキ氷をよく食べた記憶がある。

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これはラーメン、ギョーザ、小ライスのセットもの

近所のオジサマはチュウーハイで盛り上がっていた。
ご近所にこのような店があると実にウレシイのである。

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2009年1月15日 (木)

靖国 YASUKUNI

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この映画にはにはワタクシの知らない日本がある。

明治維新以後富国強兵の名のもとに散っていった英霊たちが祀られている「靖国神社」
その御神体は靖国刀という日本刀なのか?
昭和8年から敗戦までの12年間、 靖国神社の境内において8100振りの日本刀が作られてたという。

監督の李纓(リー・イン)はイデオロギーに左右されることなく客観的に靖国神社を描いている、ように一見は見えるが、
刀匠から小泉総理の参拝について問われると沈黙してしまう。

そして8月15日に参拝する様々な人々の姿を淡々と描写している。

公開時にはいろいろと問題になり記憶に新しい映画である。
大らかな神仏習合だった江戸時代から、国家神道へ急激に傾倒していった日本、そしてある意味その「象徴」であった靖国神社。
この映画は改めてその存在を我々に問いかけてくる。

この映画にはワタクシ(我々)の知らない日本があった。
日本人なら一度は観ておくべき映画だと思う。

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2009年1月14日 (水)

「横須賀ストーリー」Part2

「急な坂道 駆けのぼったら 今も海が見えるでしょうか」

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で、この「横須賀ストーリー」の中に
「急な坂道 駆けのぼったら 今も海が見えるでしょうかここは横須賀」
という歌詞があるが、この坂はどこなのか?

「横須賀ストーリー」は1976年6月にリリースされた。
当時からどこの坂か?議論されたが、作詞の阿木燿子は横須賀生まれではない。
まず両親が横須賀に引越ししてきた。
そして、その後に横須賀に来たことは推測される。

で、ワタクシの個人的観点から推測するならば・・・
この坂は御明山=中央図書館に登る坂ではないか?と思っている。

まず、「今も海が見えるでしょうか」と疑問を投げかけている。
ということは今では海が見えないかもしれないということを示唆している。
横須賀は埋立て等の開発が盛んなので、高層ビルが建設されて
今では海が見えなくなってしまう、ということは十分にありうる。

この条件に当てはまるのがご近所ではこの坂なのである。
20年以上前ではこの坂から海が見えていた。
今では高層マンションが建設され海が見えない。

横須賀には海が見える坂が多くあるが、「見えるでしょうか?」と
その時点で疑問を投げかけている坂は多くない。
ということで個人的にこの坂だとワタクシは思っているのである。

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2009年1月13日 (火)

長距離通勤者の孤独「横須賀ストーリー」Part1

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先月(12月)の末ぐらいから京急の横須賀中央駅で駅メロが流れている。
で、このメロディは山口百恵の「横須賀ストーリー」なのだが、上りと下りホームでは
違うのである。

上りホームでは例の「これっきり これっきり もうこれっきり ですか ~♪」に対して
下りホームでは「街の灯りが映し出す あなたの中の見知らぬ人~♪」のメロディな
のである。
どうも始発・終着駅を除いて上り・下りでメロディを変えているらしい。
聴覚的に上り・下りが判断出来なければならない。
まぁ、これは考えてみれば当たり前の話である。

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2009年1月12日 (月)

「成人の日」の走水からの眺め

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今日は朝から曇がち。
昼前から日が射してきたのでウォーキングに出かける。

場所は馬掘海岸から防衛大学を一周するコース。
で、途中の走水の御馴染みの場所から富士山を臨むが今日はやはり曇っていて残念ながら見えない。

約2時間強のウォーキングで程よく汗をかき、軽い疲労が心地よい。

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また、今日は成人の日ということで振袖姿が目だった。
横須賀の新成人は4,809人だという。
20年前の横須賀ではしょうぶ園がオープンし、灯明台が復元された。

そしてワタクシは仕事で香港に旅立ったのである。
月日の流れは早いなぁ・・・・

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2009年1月11日 (日)

鋸南町の「水仙ロード」

三浦半島で「水仙ロード」といえば野比の海岸通りや城ヶ島が有名である、
で、この時期は京急の車内でも「水仙ロード」のポスターをよく目にする。
ところは南房総は鋸南町の「水仙ロード」である。

南房総は久里浜から東京湾フェリーで40分で、この企画は東京湾フェリーや鋸南町観光協会などが主催しているらしい。
このポスターのことがずーっと潜在意識の中にあったらしく、今日目覚めたら実に良い天気でもあり、鋸南町の「水仙ロード」に行こう!と急に思い立つ。

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 久里浜の浜では左義長、通称「どんど焼き」が準備されていた。

9時35分の久里浜発のフェリーで金谷まで行く。
金谷からは臨時バスが保田神社まで運行している。
この保田がある鋸南町は越前、淡路と並ぶ、日本三大水仙の里の一つに数えられ、栽培面積の広さで知られているという。

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ワタクシ初めてこの「水仙ロード」を歩いたが確かに圧倒的な量の水仙の群生がのどかな里山の風景の中で浮かび上がっている。
今日の鋸南町はポカポカ陽気で歩いていると汗ばんでくる。
時期的には少し早いかもしれないが、水仙の他に菜の花や早咲きの梅、そして河津桜?までもが咲いていた。

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                     梅

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                   菜の花

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                   河津桜?

南房総で一足早い春の訪れを感じた今日この頃である。

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2009年1月10日 (土)

「はま蔵」の地魚丼

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横須賀市の広報が作成した「よこすか再発見の旅part-2 秋冬こだわりの味と横須賀人情」というビデオを観ていたら急に地魚を食べたくなり、魚市場直結食堂である「はま蔵」に急ぐ。

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で、地魚丼を所望してワシワシと食らう。
ウマシ!

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「よこすか再発見の旅」

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ワタクシの家から歩いて5分のところに横須賀市図書館がある。
天気の悪い雨の日などは、雑誌やマンガを読んだり、写真集を観たり、
うたた寝?をして1日中過ごすことが多い。
まぁ、離れ的書斎として実に重宝しているわけで、
今日はリサイクル本の放出?ということで開館時間と同時に入館し、
ロバート・ラドラムなどの小説をゲットする。

ついでに2階にある「視聴覚ライブラリー」でDVDを物色していたら、横須賀市広報が作成したビデオがあったということを思い出して聞いてみたら結構の本数のビデオを持ってきてくれた。

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で、本日は、
「よこすか再発見の旅part-1 歴史と現代がクロスした街」
「よこすか再発見の旅part-2 秋冬こだわりの味と横須賀人情」
「浦賀 1ある浦賀奉行所与力の生誕、2黒船が来た!浦賀の10日間、3干鰯問屋物語、4浦賀アートギャラリー」
の3本を借り出す。

この中でよこすか海軍カレーのレシピを公開したり、横須賀名物として「さんが焼き」を紹介していた。
「さんが焼き」はなめろうを大葉で挟んで焼いたものでもともとは南房総の郷土料理だったという。
イヤ~、これは知らなかったなぁ・・・

また、浦賀の文化は九十九里や紀州や下田、そして江戸の文化が融合して出来たものだと改めて実感する。
知られざる「よこすか」を教えてくれるビデオの存在は実にありがたい。

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2009年1月 9日 (金)

年末年始に食べたラーメンその他

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新宿はくじら軒の塩ラーメン

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田浦は船食のミックス丼セット
そば&天丼ウマシ!

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横浜はみそ源の味噌ラーメン

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横浜は一風堂ポルタ店の赤丸重ね味
毎度お馴染み・・・

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桜木町は一蘭のラーメン
ラーメン道を追求した一杯?

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鎌倉は海鳴の和風絡めそば
文字通り絡めて頂きます。

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2009年1月 8日 (木)

ご近所探索「安浦」

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山口瞳の「血族」では母親方の生家は遊郭であったが、ワタクシの母親方の祖母は戦前まで安浦でカフェを営んでいたという。
これはワタクシの母親が2歳頃の記憶なので詳細が不明なのだが、大きな玉突き台があったというから健全?なカフェだと想像出来る。
場所は早川質店の裏手だというから写真の通りらしい。

で、当時2歳だったワタクシの母親は店から飛び出して車に轢かれた。幸い車輪の間の車体の下に潜り込んでかすり傷程度で済んだのだが、この轢いたクルマというのが当時の横須賀市長の車で示談金をかなり頂いたという。
事故のあった日は大通りで工事があり、市長の車は抜け道としてこの裏道を通ったらしい。

記録を調べてみると当時の市長は10代目の高橋節雄氏であった。
ちなみに13代市長は小泉元総理の祖父で小泉又次郎氏である。

その後、祖母達は今の住所(中里)に引越し海軍相手の下宿屋を始め、戦後も昭和40年頃まで自衛隊相手の下宿を営んでいたのである。

つくづく基地の街ならではの歴史があるなぁ・・・と感じた今日この頃である。

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2009年1月 7日 (水)

初詣

今年の正月の3が日は今までになく初詣にいそしんだ。

まずは地元の中里神社。

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そして諏訪神社。

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鎌倉は鶴岡八幡宮。

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荏柄天神社。

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鎌倉宮。

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横浜は伊勢山皇大神宮に

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成田山別院。

ワタクシの初詣は神社が多いが寺に参拝しても良い。
まぁ、これは神仏習合という大らかな日本の考え方からきているのである。

日本は無宗教の国だというがこれはとんでもない間違いである。
日本は八百万(やおよろず)の神の国であり、
天照大神=大日如来と考えていた非常に柔軟性に溢れた宗教観を持った国民なのである。

良きかな日本の正月なり。

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2009年1月 6日 (火)

血族

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菊池寛賞を受賞した山口瞳作の「血族」は1979年に出版された。
ワタクシは出版後直ぐに読んだ記憶がある。
今から29年前か・・・・
内容も忘れかけていて再読する。

これは山口瞳氏の“私小説”で母親方の隠された血筋を探る物語であり、
「柏木田の女」この言葉にグサッとくる。
柏木田とは横須賀にあった遊郭街で、母親方の生家はこの柏木田にあった藤松楼である

山口瞳が調べた当時でも“柏木田”を知る人は少なかった。
今では“忘れられた過去”の事で、“触れてはならぬ過去”なのかもしれない。

そしてワタクシの知らない横須賀でもある。
ちなみに山口瞳の母親方の菩提寺と我家の菩提寺は同じで「妙栄寺」である。

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2009年1月 5日 (月)

年末年始に観た映画

昨年末から正月休みに観た映画は
劇場版が「ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト」と「地球が静止する日
DVDでは「つぐない」「ブラックサイト」「NEXT」「奇跡のシンフォニー」「イースタン・プロミス」「ラスベガスをぶっつぶせ」の計6本である。

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「つぐない」安っぽい歌謡曲みたいなタイトルだが内容は重い。“罪悪感と不安”が美しい音楽の旋律の中で強烈に描かれている。

「ブラックサイト」WEBサイトに浮かび上がる“罪悪感と好奇心”、ダイアン・レインの迫力ある演技だけが印象に残る。

「NEXT」たった「2分先」の未来が見えるという主人公が世界が救う映画。ツッコミどころ満載でこれはこれで楽しい。

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「奇跡のシンフォニー」まさしく奇跡に近い偶然の出来事が導き出していくストーリー展開で、これもツッコミどころ満載だが、主人公が弾くギターのタッピングは凄い!これを観る、聴くだけでもこの映画を観る価値がある。ちなみにこのギターの演奏をしている人は、カーキ・キング Kaki Kings という、24歳の女性である。

「イースタン・プロミス」ロンドンに暗躍するロシアン・マフィアを描いた犯罪バイオレンス。緊張感のある映像が印象的である。

「ラスベガスをぶっつぶせ」ギャンブルはほどほどにしましょう・・・・

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2009年1月 4日 (日)

手斧始式

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今日は鎌倉は鶴岡八幡宮で「手斧始式」(ちょうなはじめしき)という神事が執り行われた。

元々は源頼朝が現在の地に八幡宮を建てた時に、造営事始の名の下に手斧始めの神事を行なったのが始まりで、今では八幡宮で行なう年中の営繕の行事始めであるとともに鎌倉全市の工事始めとして、毎年1月4日鎌倉在住の建築業者によって挙行されている。

古来より大工道具の三種の神器とされてきた差し金(サシガネ)あるいは曲尺、手斧・釿(チョウナ)、墨壷(スミツボ)を主役に鋸、槍かんな、などの道具を使い古式ゆかしい大工職人の仕事を再現している。

これらの道具の中で手斧・釿と槍かんなは今では使われることはほとんどないだろう。
宮大工の仕事で使うことはあっても今では電動工具が主役である。

で、この手斧・釿は主に柱や梁など用材の荒削道具として使われてきたのだが、大工道具の生きた化石ともいわれ、古墳時代の鉄製の出土物にも見られる道具なのである。西暦紀元頃の登呂の遺跡の木製遺物にも釿で加工したような痕が残っているという。

何はともあれ古式ゆかしい儀式を見て、悠久の時を超え古代の造営に思いを馳せた今日この頃である。

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2009年1月 3日 (土)

新春特選演芸会

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今日も横浜に行く。
場所は野毛にある「にぎわい座」。

今日は「新春特選演芸会」の午後の部に三遊亭圓丈がトリで出るからである。

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古典から新作、そして漫才、
紙切り、どどいつなどなど、日本の“粋”を楽しんだ。
イヤ~、日本人に生まれて本当に良かった、と感じた今日この頃である。

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2009年1月 2日 (金)

白洲次郎と白洲正子展

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横浜に所用で行った際に「そごう美術館」で本日から催されている「白洲次郎と白洲正子展」に立ち寄る。

白洲次郎氏は戦後、吉田茂の右腕として対米交渉に従事し、特に憲法制定に深く関与する等戦後日本の立て直しにおいて大きな役割を果たした人である。

彼の言葉で有名なものがある。
プリンシプルさえ持てば人生に迷うことはない
ここで言う“プリンシプル”とは譲ることのできない自分自身の哲学、ポリシーのことである。

まぁ、言われてみれば当たり前だと思うのだが、これが難しい。

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「今は命を大切にすることより、酒でも遊びでも恋愛でもよい、命がけで何かを実行してみることだ。
その時はじめて命の尊さと、この世のはかなさを実感するだろう」
これは白洲夫人である白洲正子氏の言葉である。

真っ直ぐに生きる、ということを実践した二人の姿が垣間見れる展示展である。
GHQが作成した日本国憲法の草案(英文)や白洲次郎氏が訳した日本語の草案などが興味深い。

そして一番最後に有名な遺言が展示されていた。
「葬式無用 戒名不用」

日本で最初でそして最後の“ダンディズム”を感じさせる白洲次郎氏である。
白洲次郎氏が生きていたら、今の麻生総理をどう言うのだろうか?
興味があるなぁ・・・

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2009年1月 1日 (木)

2009 初日の出

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カウントダウンの興奮も冷めやらぬ中、十数年ぶりに初日の出を拝みに行く。
本来なら大楠山か武山に登るのが筋なのだろうがアクセスが悪いので近場の「中央公園」に行く。
ここはご近所の方々の“初日の出”のスポットである。
今日も大勢の方々が集まって初日の出を待っていた。

残念ながらここから臨む“初日の出”は房総半島から上がるのではなく、防衛大学がある小原台越しである。
が、しかし天候にも恵まれ大変“ご利益”がありそうな初日の出を拝んだ元旦の朝である。

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