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2008年11月22日 (土)

日米親善ベース歴史ツアー、そして「ジョージ・ワシントン」

日米親善ベース歴史ツアー
このツアーは人気が高く応募してもなかなか当選しない。
ウワサでは8~10倍の当選確率だという。
ワタクシも4回目のチャレンジでやっと当選した次第。

まぁ、何も今さらベースの中を歩いても目新しいことはないかもしれないが、
一度キチンとした説明を受けてみたかったのである。

また、参加者の殆んどが市外や県外から来ていた。

   A_1

通常の一般開放では見れない1号ドライドック
慶応3年(1867)3月着工、明治4年1月に竣工
設計はフランソワ・レオンス・ヴェルニー
昭和11年(1936)に船の大型化に伴い拡張された。

   A_2

これが2号ドライドック
明治17年7月に竣工

   A_4

そして3号ドライドックは艦船修理中のため撮影は禁止
4号ドライドックは海水が満ちていた。
同行したツアーガイドによるとこれは大変珍しいという。

   A_

で、合同演習から昨日帰還した「ジョージ・ワシントン」
接岸している12号バースは「ジョージ・ワシントン」の母港化に伴い2年かけて水深を13mから15mに浚渫作業を行なった。

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そして「サスケハナ・ドライブ」なる道がベースにはある。
ペリー来航時の旗艦が「サスケハナ」であり、第一次、第二次世界大戦時にも同名の艦が就役している。
海軍ならではの道路命名である。

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そして昭和10年代の皇后、皇太后、そして満州国皇帝であった愛新覚羅 溥儀の行啓記念碑などがひっそりと点在している。
これらを保存してくれたアメリカの大らかさは立派である。
戦時中にペリー上陸記念碑を倒して道路用の砕石にしようとした日本とはエライ違うし、ベース内にある建物も明治時代のものから大正時代のものを米軍が大事に使っている。

親子2代に亘りアメリカに縁があるワタクシにとってベースはある意味でココロの故郷でもあり、その大らかさがごく自然に感じられるのである。

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