酉の市-妙見大菩薩と熊手を想う
鷲に乗った妙見菩薩
昨日からの続き
大鷲神社で熊手?鷲と熊はどう関係するのか?
酉の市は明治時代までは大らかな庶民の祭りだったと想像できる。
しかし、明治政府の神仏分離令により神社と寺を無理やり分離してしまった。
(明治時代までは神仏習合といい、仏と神を折衷して、一つの信仰体系としていたのである)
これにより今までに我々の祖先が育ててきた大らかな神話的思考が壊されて、今までの行なってきた祭りが意味不明なものになってしまったのである。
で、浅草の鷲大明神社は「鷲宮(わしのみや)」、長国寺は「酉の寺」とも呼ばれていたが、神仏分離令により、長国寺と鷲神社とに分離されてしまったのである。
それまでの浅草の鷲大明神は妙見大菩薩(みょうけんだいぼさつ。)とも呼ばれて、鷲に乗った妙見菩薩の姿として描かれ、長国寺境内の番神堂(鷲大明神社)に安置された。
で、剣をかざして鷲に乗った「鷲妙見大菩薩」の頭には七つの星が表れている。
これは妙見大菩薩=北斗七星に囲まれた北極星を表しており、天空にあっても揺るぎのない星として古代神話では宇宙の秩序そのものを表している。
そして、他の鳥よりも高いところを飛んでいる鷲が宇宙の秩序を守っている北極星を乗せて地上に近づくことで太陽に地上に近づくことになる。
酉の市が行なわれる季節は一年のうちで日照時間が一番短く、太陽の力がバランスが崩れてしまうこの時期を選んで北極星の神様は地上に降臨し、宇宙のバランスを保とうとしたのだ。
で、この北極星は古代より動物の王である熊と結びつけて考えられており、北斗七星(ほくとしちせい)は、おおぐま座の腰から尻尾を構成する7つの明るい恒星でもある。
そして熊の手をシンボライズした竹の細工で人々は象徴的に富を掻き集めようとしたのであるが、
鷲が獲物をわしづかみすることになぞらえ、その爪を模したともいわれている。
本来ならば北斗七星を従えた北極星と大鷲が一体となりはじめてお酉さんの祭りは意味を持つのだが、売られている熊手には鷲の飾りはない。
これは明治時代の日露戦争時に敵国であるロシアのシンボルである鷲を縁起物として飾るのはいかがなものか、ということで鷲の図柄は鷲大明神社の縁起物から消えてしまったという。
写真は長国寺の熊手(一部ネットからの転用)
しかし、いまだに長国寺で売られている熊手には、鷲に乗った妙見菩薩の姿が昔のまま残されているという。
来年は浅草でこの熊手を求め、遠く神話の世界に想いを馳せてみるつもりである。
(この説はアースダイバーから一部引用しています))
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