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2008年10月 2日 (木)

ご近所探索「赤門」Part1

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聖徳寺坂を下り、途中ガード下左側の石段を下る。左折して旧道に入ると左手に大きな門が見える。これが旧永島家の 「赤門」である。朱塗りの(今はチョット剥げているが)間口8間(約14m)、奥行き2間(約3.6m)の木造瓦葺の江戸時代の長屋門である。

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この「赤門」は長屋門と呼ばれる作りで、使用人たちの住まいを兼ねたもので、中央の門扉はケヤキ材である。門自体は江戸時代のものだが、他のの部分は何度か改築されている。

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で、この永島家だが横須賀の歴史を紐解くと必ずその名前を目にする。それもそのはずで、永島家は戦国時代、小田原北条氏の下で浜代官を務め、江戸時代には三浦郡総名主を務めてきた家柄である。さらに歴史を遡れば三浦一族にたどり着く。
三浦義明を先祖とする三浦義勝は、中先代の乱に北条時行に加担し、敗れて捕らわれ、楠正成に預けられ、助命されて三浦に帰った。

その義勝の子が義政で彼が永島姓を名乗ったことに始まるだが、義政が二十一歳で早世したため、義政の妹を楠正成の四男正徳に嫁がせ、永島家を相続させているのである。

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                     聖徳寺

また、この正徳は文和二年(1353)に聖徳寺を創建している。

そして三代目正義の弟正胤が幼年に出家し、のちに円城寺加賀守となり、鎌倉の合戦に参加し功をたて、後に木曾に下り島崎姓を名乗った。これが島崎藤村の先祖である。

藤村の「夜明け前」では永島家を山上家、島崎家を青山家と称して書かれている。

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夜明け前」は昭和4年から10年まで足かけ7年かけて完結した。山深い木曽・馬籠宿の本陣・問屋の家に生まれた青山半蔵(藤村の父・島崎正樹がモデルという)を主人公に描く物語で、半蔵が明治維新という激動の中で、近代=「夜明け」を目指して自らも奔走するが、明治維新は真の近代をもたらしてはくれず、時代にもてあそばれれ、やがて狂死するという話である。

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コメント

赤門ですか・・・超ご近所です。

旧道の、たどん坂から降りてきた所が赤門になっていて、
そのまま海沿いを小松の方に続く道だったんですよね。

全然関係ないですけど、聖徳寺坂の万年渋滞は何とかならないもんですかねぇ・・・

投稿: アレ | 2008年10月 3日 (金) 22時21分

こんばんは、アレさん。
聖徳寺坂はチョット前までは渋滞はしてなかった?と記憶してます。
やはり、モアーズやショッパーズが出来たのが原因ですかね?
ワタクシの家の近所では時折モアーズ渋滞が起こります。

投稿: take4 | 2008年10月 5日 (日) 01時34分

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