« 昔の記憶「アイススケート場」 | トップページ | 「灯ろう夜市」 »

2008年7月13日 (日)

御谷

鎌倉の鶴岡八幡宮の裏手、県道沿いに県営駐車場の脇に無料休憩所がある。で、その無料休憩所には「御谷休憩所」という看板が掲げられている。

   A_

谷はやと、やつと読み、それに「御」が付いておやつと読む。ということはここはかつて幕府の所有地であったことが想像できる。
もともと、将軍家(つまりは幕府)に所属する機関や施設には「御(お)」を付けて呼ばれていた。

例えば、東京湾には御台場(おだいば)と呼ばれる砲台跡が、そして、浦賀には御用林である御林(おはやし)があり、これらは幕府の所有地であった。で、この御谷には昔、八幡宮に仕えた僧侶の住坊の二十五坊があり、また、明治初年には現在県営駐車場がある場所に八幡宮の祠官が「御谷館(おやつかん)」と呼ばされる資料館を建てたが明治19年に県道がこの地を分断し、御谷館は解体され、横浜の三渓園に移築されたが後年焼失してしまった。

そして時は流れ、昭和39年(1964年)に御谷が注目される。「昭和の鎌倉攻め」とも呼ばれる開発の波が鎌倉を襲ったのである。この時に開発され消失した山林は概ね500haにも達する。
この時に御谷の宅地造成に反対する市民が立上り、イギリスで行われていたナショナル・トラスト運動を手本とした運動を展開した。

   A__2

               御谷(鶴岡二十五坊)

そして、作家の大佛次郎さんをはじめ多くの市民の努力により、風致保存会が結成され、募金活動を展開し御谷(鶴岡二十五坊)の緑地1.5haを買い取ったのである。そして2年後の昭和41年には「古都における歴史的風土保存に関する特別措置法」(古都保存法)が成立した。これが日本初のトラスト運動であり、この御谷騒動が古都保存法制定の契機となり、御谷は「日本のナショナル・トラスト発祥の地」及び、「古都保存法発祥の地」となっているのである。

  A__3  A__4
      古都保存法発祥の地                鶴岡二十五坊跡

ある大手開発業者は開発した住宅地に桜を植えるのが好きである。その桜並木が今ではその街の名所にもなっているのだが、緑地をズタズタにした代償がこの桜なのか、と桜の時期 桜並木を見て思い出すのである。

|

« 昔の記憶「アイススケート場」 | トップページ | 「灯ろう夜市」 »

歴史・考古学」カテゴリの記事

逍遥雑記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/210831/41837014

この記事へのトラックバック一覧です: 御谷:

« 昔の記憶「アイススケート場」 | トップページ | 「灯ろう夜市」 »