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2008年7月 1日 (火)

ご近所探索「三笠ビル」

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ワタクシが小学生の頃の遊ぶエリアは南は練兵場(不入斗公園)で東は重箱(安浦港)、そして北は大勝利山を経て三笠ビルであった。
で、その先のドブ板は子供は行ってはいけない“危険地帯”であり、たまにドブ板を迂回して臨海公園(今のヴェルニー公園)まで遠征して遊んだ。 

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この「三笠ビル」は三笠通りに面して大勝利山との間に昭和34年に建設された共同商店街で、全長は175メートル、総面積2890坪、鉄筋コンクリート3階建で総工費は2億7千万円である。

現在の商店数は63店舗で、昔ながら商店は減っており、携帯電話などの新しい形態の店舗が増えている。
ワタクシが一番通った店は豊川稲荷の入口にあった模型屋であり、ヤジマレコードでもよくレコードを買った。

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地上3階建であるが2階部分は1階と同じで中央に通路(屋上)があり、昔はここでよく遊んだ記憶がある。
そして、三笠ビルには時空を超えて大勝利山に鎮座する豊川稲荷への入口でもある。この一帯は切り立った崖に沿うように急で、長い階段が延びており、独特の雰囲気がある。

また、昔、ここには滝があり、それが今の大滝町の由来となっている。
三笠ビル建設時も滝壺が基礎工事の障害となり、予定してた既成杭では施工出来ず急遽現場打ちの杭に変更になったという。

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     三笠ビルと大勝利山

この滝がいつごろのものか知る由もないが、大きな地殻変動で土地が隆起し、また陥没し、川が消えてしまったのだろう。それにしても現在の土地の形状からは川があったとがとても想像できないし、“大滝”という言葉が遥か昔から伝承されてきたことに大きな驚きを感じているのである。  

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