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2008年6月25日 (水)

長距離通勤者の孤独「通勤時における頭脳戦術争いとは?」

副タイトルは「通勤時にボーッしていてはイケナイ!」

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大層なタイトルではあるが、まぁ、早い話が朝の通勤電車の中でいかに早く座り、まどろみの幸せを手に入れるか、毎朝繰り広げられている壮烈な争奪戦の話である。

ワタクシの通勤時間は片道約1時間45分である。往復で3時間30分である。
半日通勤で潰れるのである。エライコッチャ!チョイと前までは座りたいという願望はなかったのだが、最近はありとあらゆる知識と技術を駆使して、いかに早く座るか、ということに心を砕いている。(日本語の使い方が違っている気がするなぁ)

まず、電車と乗客そして駅の関係を調べる。要するに何時発の電車のどの車両からどの駅でどれだけ乗客が降りるかを調べる。
例として横浜では大量に乗客が降りるわけだが、当然階段に近いドアから大勢乗客が降
りる。

しかし、電車の始発駅などによっても異なるのである。横浜で立っている乗客がほとんど降り、座っている人は降りないという電車もあるし、座っている人の大半が降りるという電車もある。まずは、一番よい条件の電車を探す。探すといっても時間帯の関係から前後
1~2本程度の範囲に限られてしまうが、、。

その次はターゲットとなる電車の車両に乗り込んだ瞬間からセンサーを働かせる。乗客の顔を短時間で脳裏に複写する。そして誰がどの駅で降りるかという情報と複写した顔をリンクさせる。この作業が結構大変なのだ。ワシは記憶の付箋として見知らぬ乗客に勝手に名前を付ける。「スネ夫」、「小池さん」、「ジョシコーコーセイA」、「ジョシコーコーセイB」、「長森くん」、「関さん」、「仲丸くん」や「シンペイちゃん」などなど。

まぁ、見た目から連想できる漫画のキャラクターや知り合いから名前を頂戴する。
ちなみに今日は「ジョシコーコーセイA」の前に立ち無事に横浜で座れた。
しかし、最近では電車に乗る前から立ち位置をめぐる競争が熾烈になってきている。
出来るだけ短時間で座ろうとワシ以外の人間も同様に努力してきているのでいかに目指すターゲットの前に立つかで毎日大変である。

ドアが開いたらすぐ右足を突っ込んで入り、相手の進路を妨害するように電車の中を進むのである。そして多少押されてもいいように両足開きスタンスを構えるのである。
運が良ければ「関さん」の前に立てて、金沢文庫で座れる。こういう日は出だしからとてもハッピーなのでオジサンも嬉しい。

朝も早くから頭を体を駆使しているオジサンがいるのである。

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コメント

お気持ちよ~く分かります(^o^;
アタシも毎日ではありませんが、同じ様な通勤をしているので、近くの駅で降りやすい位置の車輌に乗って早く座れる確立を上げ、熟睡体制に入ります(*^_^*)
出来れば端で寄りかかれる所が希望です。←贅沢かしら???

投稿: さらまま | 2008年6月28日 (土) 01時45分

出来ればワタクシも端で寄りかかれる所がヨイですね。
でも、これって原始時代から続いている人間の防衛本能の表れでもあるらしいです。
電車はまず端から座り、レストランも壁際から埋まっていく。
道を歩くときは真ん中より端を歩き、座って背中と壁が近いウナギの寝床みたいな居酒屋が繁盛する。
まぁ、人間は必然的に落ち着ける居場所を求めるのでしょうね。

投稿: take4 | 2008年6月29日 (日) 07時50分

そうかもしれないですね。

アタシの建築のテーマは学生時代から変わらず『壁』なんですが、体内回帰、壁に囲まれる安心感とそこから外に飛び出したい欲望・・・その繰り返しなのではないか、そして必ず帰ってくる桃源郷・・・目の前にはばかる壁、その壁を乗り越える優越・・・

こんな感じです。

投稿: さらまま | 2008年7月 1日 (火) 11時06分

よく西洋は壁の建築で、日本は屋根の建築と比喩されますね。
確かに西洋は組石造だから壁の占める割合が多く、いかに窓(アーチ)を造るかという

技術が発達し、そのアーチから建築家(アーキテクト)という言葉が生まれ、そして壁
が多いからいかに飾るかでインテリアという技法が発達してきました。

で、日本の昔の家屋は壁が少なかった。その空間の中で精神的に落ち着ける場所は唯一
床の間だったのかもしれない。
床の間を背にして上座に座ってもらい客に安らぎを与える、というのも日本ならでは配
慮でしょうね。
ところで達磨太子は洞窟の中で壁に向かい約6年座り続けたといいます。無防備な背中
をさらして精神の修行を行う。
イヤイヤ、聖人の考えることは凡人には理解できないのである。

投稿: take4 | 2008年7月 1日 (火) 22時38分

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