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2008年5月24日 (土)

東京湾口歴史遺産クルーズ

東京湾に浮かぶ無人島「猿島」
その猿島への定期便を運航しているトライアングルが去年(2007年)秋に「21世紀の船出プロジェクト」で企画された航路「東京湾口歴史遺産クルーズ」を今年も運航するということで天候が心配されるなか出かける。

このクルーズ」は東京湾で唯一の自然島である「猿島」、東京湾の防備のために人工的に造られた「第2海堡」、また砲台など多くの歴史遺産を残す「観音崎」などの東京湾に残る数々の歴史遺産をめぐるものである。

猿島観音崎は行こうと思えば何時でも行ける。しかし、「海堡」となると話は別でここは行こうと思っても行けない。(第2海堡へは金沢八景にある村本海事の釣り船に乗っていくことが出来たが、2005年6月で施設老朽化にともなう安全上の事由により取りやめになっている

で、今回のクルーズの目玉はこの「第2海堡」である。しかし、上陸は残念ながら出来ない。

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そして、今回のクルーズの特別案内役は郷土史家の山本詔一氏である。相変わらずの博識振りに耳を傾け、納得する。

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猿島には江戸時代、明治時代、そして昭和にかけて重要な首都防衛拠点で明治時代の要塞跡は現在も残り、日本では数少ないフランス積みが見られる。

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ここは便所跡である。

で、何故「海堡」が3つあるのか?これは当時のカノン砲の射程距離によるものだという。つまりこの海堡の構想が生まれた明治時代のカノン砲の射程距離は4km!東京湾は約10kmの幅があるので海堡を3つ構築し射程距離をカバーした、しかし、30年かけて海堡は完成するころには技術が向上し射程距離は伸びて海堡を分散させる必要性はなくなったという。

この海堡の構想者は工兵大尉西田明則(あきのり)で「東京湾建設論」を、陸軍大臣山県有朋(やまがたありとも)に提出し実現した。その西田氏の記念碑は衣笠山公園にあり、墓は聖徳寺のとび墓地で通称「新墓」(しんばか)にある。

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「第2海堡」の周囲は関東大震災で崩壊した残骸が痛々しい。

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現在、「第2海堡」の管轄は海上保安庁で、気象観測所や、消防訓練施設が設置されており、ここの住所は富津市である。
ちなみに、既に撤去された「第3海堡」の住所は横須賀市であった。

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約2時間で観音崎まで到着。海から眺める観音崎は新鮮な感じがする。

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