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2008年5月 5日 (月)

「ペリー&ハリス ~泰平の眠りを覚ました男たち~」そして鰯を思う?

先日、浦賀で「咸臨丸フェスティバル」が行なわれた。
咸臨丸は日米修好通商条約をアメリカで批准するため幕府使節団が乗船したポーハタン号に随行する形で太平洋を横断したのだが、この日米修好通商条約やらペリーとの間で締結した日米和親条約の原書をかねがね見てみたいと思っていた。

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そして今回、江戸東京博物館の特別展「ペリー&ハリス ~泰平の眠りを覚ました男たち~」でこれらが展示されているということで東京は両国まで出かける。

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この江戸東京博物館、設計は菊竹清訓で地上7階、地下1階の鉄骨造構造である。高床式のかなり大胆な構造の建物になっている。ちなみにワタクシはこのデザインは好きではない。またバブル期に建設したため膨大な維持費用がかかる構造・設備になっているというオマケ付き。

展示資料は、ペリーとハリスの遺品を中心に、ペリー艦隊の同行画家ハイネが描いた油絵原画、日米和親条約と日米修好通商条約の原本、幕府の贈答品―に至るまで、日本で初めて公開されるものばかりである。

面白かったのはペリーが幕府に送った蒸気機関車の1/4スケールの模型で、幕臣たちが走る蒸気機関車に飛びついたという。

「日米和親条約」の日本側原本は、幕末の江戸城火災により焼失しており本展には、アメリカ国立公文書館が保存する原本が出品されている。英語・日本語・中国語・オランダ語の4カ国語の調印書があるが、日本側の全権代表・林大学頭は、意を解さない英語版へのサインを拒否したため、英語版にはペリーのサインしかないのである。
で、オランダ語版には「Moriyama」という日本名のサインがあるのだがこれは通訳の森山栄之助のサインである。たかが通訳、されど通訳、国同士の和親条約に通訳がサインするとはこの時代ならではの大らかな風潮のなせる出来事なのか・・・・

もともとペリーはアメリカの太平洋での捕鯨船のために開国というか燃料や食料補給のために開港を迫ったのである。
捕鯨船が捕っていたマッコウクジラの鯨油からは紡織用のスピンドル油をはじめ、その他各種機械類の潤滑油を抽出・精製することができ、また髭や骨は女性のコルセットやペチコートの材料として使われたのである。

で、そのアメリカが1972年に国連環境会議で「全ての商業捕鯨を10年間禁止」を提案し、それが可決され1982年商業捕鯨全面中止へとつながるのだが・・・・

最近、鰯の漁獲高が減っている。増えすぎた鯨が鰯を食べてしまったのが原因とする説もある。まぁ、地球温暖化も関係しているかもしれない。鰯が高級魚になりつつある現状を今回の展示会が終わった後シミジミと感じながら家路を急ぐのであった。

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