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2008年5月

2008年5月31日 (土)

石黒蝶類コレクション

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横須賀市の自然・人文博物館の企画展示で「石黒蝶類コレクション」が9月7日まで展示されている。

これは当博物館に遺贈された故石黒忠久氏収集の蝶類標本を紹介しているもので、蝶類14科のうちの7科、263種、876点、世界23カ国で採集されたものである。

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日本の蝶は山梨・長野・群馬に種類が多く、葉山在住だった石黒さんは三浦半島のものは全て採集したとのことである。

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それにしてもミイロタイマイは言葉で表現出来ないくらいで不思議な美しさで、吸い込まれ眩暈がしそうである。
足を止めてしばし見惚れてしまった。

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2008年5月30日 (金)

ご近所探索「はまゆう公園」

ワタクシは不入斗(いりやまず)中学校に通っていた。
で、当時の通学路だが、車道を通らず学校まで行けた。
要するにクルマが通る道を使わずに学校まで行けたのである。
といっても正門前の道を横断する必要があるが、それ以外は人が通る小道で通学していた。

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その当時、荒れ果てたグランドがあり横目で見ながら小道を歩いた。
そのグランドは関東学院のグランドで、使われてた記憶がほとんどない。

そしてその関東学院のグランドはかつての横須賀陸軍病院跡でもある。
この一帯は陸軍関係の施設が多かったところである。

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そして関東学院のグランドはその後「はまゆう公園」として整備された。

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今でも敷地境には陸軍用地の標石が多く残っている。

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そして、かつての庭園である一誠園の碑と一誠神社の石柱が残されている。

   横須賀陸軍病院時代の「女坂」と「男坂」は今でも使われている。

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        女坂                     男坂

横須賀にある大型公園のほとんどがかつての陸軍、海軍の施設跡であった、
ということについて軍都ならではの歴史をあらためて感じるのである。

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2008年5月29日 (木)

江南飯店 黒胡麻・坦々麺

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衣笠では知る人ぞ知る中華飯店では有名な「江南飯店」である。

ここは非常にコストパフォーマンスがよい中華料理が楽しめ、
そして既存の中華を覆すオリジナリティは見て、食べて新鮮な感動を与える。

で、最近ワタクシは「黒い麺」と相性がいいのでこの日は黒胡麻・坦々麺を所望する。
黒胡麻のコクと程よい酢の味覚、そして坦々麺の辛さが絶妙なハーモニーとなり口の中に広がる。
あっさりとした後味ながら舌の記憶に残る坦々麺である。

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2008年5月28日 (水)

マジック・サークル

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マジック・サークル〈上〉 (単行本)
キャサリン ネヴィル (著), Katherine Neville (原著), 大瀧 啓裕 (翻訳)

表紙の謎めいた絵に心が動かされて読み始めたが、あまりにも謎が謎を呼ぶ伏線の設定にチョットついていけない。
特に主人公のあまりにも込み入った家系図がスンナリと理解できない。まぁ、この複雑さがこの小説の持ち味なのだろうが、新たに明るみに出る家族関係をそのつど図解付きの家系図で説明してもらわないとわからない。
そして、紀元前のソロモン神殿から救世主イエス、ローマ帝国からナチドイツまで引っ張る歴史の謎解きはいささか間延びしてしまって次第に興味を失う。
また翻訳が悪いとは言わないが、この複雑な謎解きに英語特有の言い回しがさらに追い討ちをかけて理解度を鈍らせる。
基本的なプロットは悪くはないのだが、作者のあれもこれもの詰め込みすぎでチョット残念である。

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2008年5月27日 (火)

「サイボーグ009を作った男」

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ワタクシ、中学生の時はマンガ少年であった。
美術部の部長なんぞをやりながらマンガを描き、ビートルズを演奏し、8ミリで映画なんかを作ったりしていた。
で、当時ワタクシがもっとも尊敬していてのが石森章太郎である。(その後、本来の名前である石ノ森章太郎に変えたが、ワタクシの心の中では石森章太郎の何者でもない)
当然、彼の著書であった「マンガ家入門」は当時の座右の書であった。

そしてマンガ雑誌「COM」にいくつか作品を投稿していた。
で、当時その「COM」に連載されていた「天使偏」や「神々との闘い編」はキョウーレツなインパクトをワタクシに与えた。なんたってアナタ!最大の敵は「神」であり、その戦いを描いているのである。当時の石ノ森氏は神話や聖書などの神々に作品の可能性を求めていったのである。それが凄まじく印象に残っていたのである。でもそれもいつしか記憶の片隅に埋もれていった。

一昨日の25日、そんなワタクシの記憶に風穴を開けた番組があった。
NHK教育テレビが放映した「サイボーグ009を作った男」である。
イヤイヤ、まったくNHK教育テレビは視聴率とは無関係に凄い番組を作るなぁ・・・

死の商人ブラックゴースト団と戦う物語からスタートしたが、次第に物語は長年にわたり様々なテーマを我々に投げかけてきた。そしてより深く人間の本質に迫るシニカルな洞察をもった作品へと変わっていったのである。
この時期がワタクシが中学生の時である。しかしそれも途中で中断という運命を辿る。
その後、様々なテーマで描かれたが「サイボーグ009」は未だに完結していない未完の大作なのである。

常にマンガの可能性を捜し求めていた30~40年前の日本こそ最高レベルの作品を生み出した時代だったのである、ということを改めて知った一昨日なのである。

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2008年5月26日 (月)

諏訪神社例大祭 点景

諏訪神社(横須賀市若松町)の例大祭が5月24日(土)と25日(日)に横須賀中央駅周辺で行なわれた。
毎年感じることなのだがこの祭りは初夏の息吹が感じられる祭りでである。しかし残念ながら今年は生憎の天候の中で行なわれた。
この祭りは戦前から海軍記念日(5月27日)の前後に開催されているという。

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五月のゆったりとした時間(とき)が流れ、山車に神輿、そして出店が淡い光の中に浮かび上がっていた。

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2008年5月25日 (日)

京急ファミリー鉄道フェスタ 2008

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いつもお世話になっている「赤い電車に白い帯」の京浜急行。
その工場がある京急ファインテック久里浜事業所で今年も「京急ファミリー鉄道フェスタ 2008」が開催された。

このイベントがあるのは知っていたが訪れたことはなかった。
ワタクシは鉄道オタクではない。ただいつもお世話になっている京急が好きなだけである
で、その京急の電車がどのように造られ、メンテナンスされているかチョット興味があり今回初めて見学する。

やはりオジサンは昔の車両に愛着がある。今年は京急創立110周年、そして旧車両を再現したラッピング車が哀愁があってよろしい。

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これは京急のスタートとなった大師電鉄のラッピング車

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で、これは湘南電気鉄道のラッピング車である。

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こちらは大師電鉄の保存車両である。

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レトロな内装が大正ロマンを感じさせる?

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これは昭和53年まで運行されていたデ1型(後にデハ230型と改称される)

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この木造の内装は覚えており、昭和30年代の普通(各駅停車)はこの車両だった記憶がある。

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これは珍しい軌道自転車である。
昔、アメリカの白黒映画で見たことがある。

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線路を保守する作業車両である。

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工場内は鉄チャンゴコロをくすぐる雰囲気が溢れている?

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お帰りは臨時列車で久里浜まで行く。
日頃お世話になっている電車を愛(いつく)しむ年に一回のイベントである。

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2008年5月24日 (土)

東京湾口歴史遺産クルーズ

東京湾に浮かぶ無人島「猿島」
その猿島への定期便を運航しているトライアングルが去年(2007年)秋に「21世紀の船出プロジェクト」で企画された航路「東京湾口歴史遺産クルーズ」を今年も運航するということで天候が心配されるなか出かける。

このクルーズ」は東京湾で唯一の自然島である「猿島」、東京湾の防備のために人工的に造られた「第2海堡」、また砲台など多くの歴史遺産を残す「観音崎」などの東京湾に残る数々の歴史遺産をめぐるものである。

猿島観音崎は行こうと思えば何時でも行ける。しかし、「海堡」となると話は別でここは行こうと思っても行けない。(第2海堡へは金沢八景にある村本海事の釣り船に乗っていくことが出来たが、2005年6月で施設老朽化にともなう安全上の事由により取りやめになっている

で、今回のクルーズの目玉はこの「第2海堡」である。しかし、上陸は残念ながら出来ない。

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そして、今回のクルーズの特別案内役は郷土史家の山本詔一氏である。相変わらずの博識振りに耳を傾け、納得する。

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猿島には江戸時代、明治時代、そして昭和にかけて重要な首都防衛拠点で明治時代の要塞跡は現在も残り、日本では数少ないフランス積みが見られる。

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ここは便所跡である。

で、何故「海堡」が3つあるのか?これは当時のカノン砲の射程距離によるものだという。つまりこの海堡の構想が生まれた明治時代のカノン砲の射程距離は4km!東京湾は約10kmの幅があるので海堡を3つ構築し射程距離をカバーした、しかし、30年かけて海堡は完成するころには技術が向上し射程距離は伸びて海堡を分散させる必要性はなくなったという。

この海堡の構想者は工兵大尉西田明則(あきのり)で「東京湾建設論」を、陸軍大臣山県有朋(やまがたありとも)に提出し実現した。その西田氏の記念碑は衣笠山公園にあり、墓は聖徳寺のとび墓地で通称「新墓」(しんばか)にある。

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「第2海堡」の周囲は関東大震災で崩壊した残骸が痛々しい。

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現在、「第2海堡」の管轄は海上保安庁で、気象観測所や、消防訓練施設が設置されており、ここの住所は富津市である。
ちなみに、既に撤去された「第3海堡」の住所は横須賀市であった。

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約2時間で観音崎まで到着。海から眺める観音崎は新鮮な感じがする。

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2008年5月23日 (金)

ヴェルニーの水、横須賀の水

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今年の3月26日、「ヴェルニーの水」として市民に親しまれていた走水水源地湧水の無料給水が,横須賀水道給水開始100周年を契機に復活した。

走水水源地は横須賀市内唯一の水源地で,横須賀造船所や観音埼灯台を建設したフランス人F.L.ヴェルニーが、走水の豊富で良質な湧き水に注目し1876年(明治9年)横須賀造船所の用水として送水したのが始まり。

もともと横須賀市は、給水開始80周年を記念して1988年に国道沿いに、ヴェルニーの胸像が手にした壺から流れ出る湧水を汲める無料給水を開始した。ところが,「良質で美味しい」と評判になり,路上駐車で渋滞を招き危険なため,1999年に給水を中止したのである。
で、これがめでたく復活したしだい。

ちなみに、「ヴェルニーの水」は名水百選にも選ばれていたが給水を中止したので?今では外されている?

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このレンガ造りの貯水池は市の有形文化財に指定されている

そして、ワタクシは「ヴェルニーの水」に限らず、横須賀の水は美味しいと思う。
特に昔?よく聞かされたのは旧帝国海軍が横須賀の水は赤道を越えても腐らない、と珍重したということ、また戦後アメリカの艦船が横須賀の水は美味しいということでわざわざ水を補給しに横須賀に寄航した、ということである。

今日、東京のとある立ち食い蕎麦屋で水を飲んだがとても飲めるシロモノではなかった。
美味しい水が飲めるというささやかな幸せをシミジミと感じた今日この頃なのである、

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2008年5月22日 (木)

ラスト ワン マイル

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ラスト ワン マイル (単行本)
楡 周平 (著)

ワタクシの好きな作家に楡 周平氏がいる。
特に「Cの福音」から始まる朝倉恭介シリーズ、そして川瀬雅彦シリーズと交錯しながらも最後に両者が対決する「朝倉恭介」に至る一連の作品群はセットで読めば面白さ倍増である。

そんな楡 周平氏が最近では「再生巨流」などの経済小説を執筆しており、この「ラスト ワン マイル」も同様の経済小説である。

ワタクシ普段の経済活動?に疲れているのでコノ手の経済小説はまず読まない、というよりは読みたくはないのである。
しかし、前著「再生巨流」を読み、ビジネスを創り出すそのセンスの良さに素直に感嘆したのである。
で、この「ラスト ワン マイル」も物流ビジネスの根底を見直し新規プロジェクトを立ち上げるという筋書き。
「再生巨流」にはチョット及ばないが、通勤電車の車中で眠くならず?テンポ良く読める本である。

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2008年5月21日 (水)

麺屋武蔵 武骨

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上野ではよく行くラーメン屋である。

ここは基本的に黒、赤、白の3種類のスープから選ぶ。
ベースはトンコツ+魚介のスープで、白はあっさり系で、黒はイカスミ油と熊本系のマー油を組み合わせたものでこってり系、そして赤は唐辛子油を使ったもので辛めが特徴である。

で、今日は黒武骨を所望。
独特のこってり感のある黒スープがコシのある中太ストレート麺にほどよく絡みウマイ。

黒いラーメンでは「品達」の「なんつっ亭」にはよく行くが、たまにこのようなガツンとくるラーメンが食べたくなるのである。

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2008年5月20日 (火)

太陽

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ご存知イッセー尾形が「昭和天皇 裕仁」を演じる話題の映画「太陽」である。
同映画はソクーロフ監督がヒトラー、レーニンを撮った「20世紀の権力者」の第3部である。
全体的にセピア色の映像から受ける印象は淡いものであるが、締め付けられるような緊張感がある。
このエッジの上の微妙なバランス感覚が妙な陶酔感を与える。
それにしてもよくぞ日本で公開されたもんだ!
「あっ そー」が随所に出てくる。桃井かおりの皇后役はビミョー。

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2008年5月19日 (月)

「アジアの中の日本開国~再考・日米修好通商条約成立過程~」

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日米修好通商条約とは何ぞや?ということで先日は東京は江戸東京博物館の特別展「ペリー&ハリス ~泰平の眠りを覚ました男たち~」を観てきた。

そして昨日、地元横須賀では横須賀開国史研究会総会で「アジアの中の日本開国~再考・日米修好通商条約成立過程~」が講演された。

当時の日本を取り巻くアジア諸国とアメリカなどの欧米諸国との条約のやり取りがどのように日米修好通商条約に影響したか興味深い話が聴けた。

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2008年5月18日 (日)

ヴェルニー公園点景

ヴェルニー公園では「Spring Rose Garden&ローズフェスタ」ということでバラが咲き始めている。
で、今日はフリーマーケットも併せて開催されていた。

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柔らかい5月の陽射しと肌触りのよい風が心地よく、大勢の人々が薔薇に魅了された一日である。

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2008年5月17日 (土)

「アフリカン・フェスタ2008」

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最近密かなマイブームになりつつある「アフリカ」だが、今日から横浜で「アフリカン・フェスタ2008」が開催されているので会場である赤レンガを目指す。

そういえば最近この赤レンガで似たようなイベントがあった。
今年の横浜はアフリカ関連のイベントが多い。
実は2008年5月28-30日、第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)が横浜で開催されるのでこの関係である。
また、いくつかの横浜市内の小学校では「一校一国」運動を行なっており、これは開発会議に参加するアフリカの国を理解する催しである。

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アフリカ各国の大使館や日本のNGO団体のブースが建ち並ぶ。

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で、これがモロッコのナチュラル・タットゥーである「ヘンナ」である。
「ヘンナ」はミソハギの葉をペースト状にしたもの

そしてメイン・イベントは、セク・ベンベヤ・ジャバテ氏らによるライブコンサートである。
恥ずかしながらワタクシ、セク・ベンベヤ・ジャバテ氏を知らない。
ワタクシが知っているアフリカのギタリストといえば「キング・サニー・アデ」だけである。
(しかし、これも古い話である)

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パンフによればベンベヤ・ジャズ・ナショナルの中心メンバーで、通称「ダイアモンド・フィンガー」と呼ばれる国民的ギタリストだという。

大らかなアフリカンメロディーに乾いたギターサウンドが気持ちよく絡み合い(ビールが効いてきたのか)夢心地。

そして「アフリカの貧困とは?」と改めて考えさせられた一日である。

アフリカの貧困
http://ameblo.jp/wbaction/entry-10006262693.html
http://ameblo.jp/wbaction/entry-10006380091.html

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「アフリカ縦断114日の旅」

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ワタクシ、最近何故かアフリカに心が惹かれるのである。
で、最近そんなワタクシの心にど真ん中のストライクを投げ込んだテレビ番組があった。
5月6日と7日に前後2回にわたりNHK総合テレビで放映された「アフリカ縦断114日の旅」である。

実はこの番組は今年の1月8日(火)から11日(金)まで、毎晩NHKのBSハイビジョンで放映されていたものを2回分に編集したものである。

エジプトのカイロを出発点とし、南アフリカの喜望峰まで、114日間をかけてトラックを改造したツアーバスに乗ってアフリカを縦断するというもので、全行程約20,000キロ、12か国を訪問するのだが、食事はチームに分けて順番に自炊し、テント、シュラフで夜営するという何ともワイルドな旅なのである。

砂漠でトラックがスタックしたら全員が飛び出して砂を掘り、また泥濘(ぬかるみ)では石を放り込み旅人全員でトラックを押し抜け出させる。

途中で観たいところがあればトラックを叩いて知らせる。道中困ることは何日もシャワーを浴びれないことで、また女性はやはりトイレが大変みたいだ。

それにしてもこの不満も補って余りある魅力がこの旅にはある。
アフリカ大陸最高峰の山キリマンジャロに登り、ザンジバル沿岸でイルカと一緒に泳ぎ、ザンビアでは世界三大瀑布の一つであるビクトリアの滝を観て、ボツワナのオカバンゴ湿原では、丸木舟で1泊2日のサファリを楽しむ。

今回の旅では最高年齢者はオーストラリアからきた60代のお方だが、いつかトライしたい旅である。
ちなみに今回のこのツアーの参加費は約50万円だそうだ。

このようなツアーを行なっている会社は10社以上あるという。

で、なんとアフリカ一周ツアーもあり、これは約300日の日程だという。
これは・・・パスかな・・・・

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2008年5月16日 (金)

ご近所探索「高橋邸」

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向山行在所跡」に登る階段の左手にチョット気になる邸宅がある。
急勾配の緑色洋式瓦の洋館付邸宅である。
で、「建物で読む横須賀」で調べるとこの建物は「高橋邸」であることが判明。

高橋家は明治30年からの米穀商で海軍水交社に納入する御用商人だった。
ちなみにこの海軍水交社とは海軍省の外郭団体として創設された日本海軍将校の親睦・研究団体であり、海軍士官専用の旅館や喫茶店なども経営していたという。

この高橋邸を建てたのは国府津の宮大工である夏目猶吉で、玄関脇に洋間を造ることが当時は流行し、外壁のスクラッチタイル、色ガラス入りの上げ下げ窓が印象的である。

このような洋館付邸宅が横須賀にはいくつか残っている。

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2008年5月15日 (木)

流星麺

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先日、久々に横浜は吉野町にある「流星軒」へ行く。

しばらく行かないうちにメニューが変わったみたいである。
久々に来たので定番の「流星麺」を頂く。

煮干系の優しい魚介風味のスープがアッサリしつつコクがある。麺は極細ストレート麺で上質なスープと良く絡み合いシミジミとウマい。
で、この「流星麺」のトッピングの炙りチャーシューも豚肉本来の旨みを堪能させてくれる。

また、周りの方達が食べていた「ホタテだしの和えそば」がこれまたウマそうである。

次回はこれを所望しませう。

ちなみにこの店のBGMは「永チャン」である。

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2008年5月14日 (水)

長距離通勤者の孤独「京急110年のあゆみ」パネル&グッズ展 第3弾

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「京急110年のあゆみ」パネル&グッズ展 第3弾は「懐かしの沿線案内」である。
追浜で5月16日まで展示されている。
ちなみに第2弾は「記念切符」の展示であった。

昭和の始めから今に至るまでの京急の沿線案内などのパンフレットが展示されていた。

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これは昭和20年代の横須賀近辺の路線図だが県立大学駅(旧安浦駅)は「横須賀公郷」
北久里浜は「湘南井田」、久里浜は「湘南久里浜」となっている。

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で、これも昭和20年代と思われる「みかさ園」と「猿島海上公園」の観光案内である。

三笠はこの頃は砲塔跡が十一面の水槽になっており水族館だったのである。
その前は米軍人の為のダンスホール 「キャバレー・トーゴー」 だったこともある。

猿島への乗船券は往復で45円!である。

そしてこの頃は浦賀金谷航路で1日に4便しかなかったのが分かる。

この当時でも品川~浦賀間は「超特急」で65分!とはオドロキである。

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2008年5月13日 (火)

建物で読む横須賀

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「横須賀建築探偵団」が横須賀の歴史を物語る特徴的な建物をまとめた本である。
16年間にわたり丹念に調べた記録が身近な建物をより一層興味深い対象とさせてくれる。
中には既に現存しない建物もあり、チョット残念ではある。

そして、生まれ育った上町には幼い頃から慣れ親しんだ建物がある。
特に横須賀上町教会や船津眼科医院には格段の思い入れがあり、写真を見ていると様々な記憶が甦ってくるのである。

著名な建築家が「記憶に残る建築を創る」と言ったことがあるが、記憶に残るデザインは著名な建築家だけが創るものではなく、その土地の気候や風土、そしてそこに住む人々の人柄が滲み込み、時を経て初めて記憶に残るものになるのだなぁ・・・としみじみと感じるのである。

また、この本の中で紹介されている建物はほとんど知ってはいるがまだ知らない建物もいくつかあるので、機会をみてゆっくりと観て回ろうと思っている。

A5判、オールカラー、百八ページ。千部発行。千五十円。市内の主な書店などで販売。

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2008年5月12日 (月)

最高の人生の見つけ方

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余命を宣告された立場が違う2人の老人たちがその残された人生をどう過ごすか?という、死と向き合い、その生き様を描いた映画である。

実は最近「死ぬまでにしたい10のこと」という映画を観た。こちらはごく普通の女性を等身大に描いていて地味に心に染み入るものがあり、欧州映画ならではウェット感がワタシラ日本人には共感できた。

で、こちらはハリウッドの王道を行く映画である、自ら危険にチャレンジし、死を笑い飛ばす。
実にドライに死と向き合う2人を描いている。
まぁアメリカ的と言えばアメリカ的であり、人生を楽しめ!
そして、悔いのない人生を送れ!というメッセージを送っている。

分かるなぁ・・・それ、でも現実的ではないなぁ・・・
あまりにもアメリカンドリーム的な余生の過ごし方だなぁ・・・

でも、最後に本当に最高の人生とは身近なところにあるのだよと、この映画は諭(さとし)してくれる。
ラストはこの映画ならではの締めくくりで良かった。

それにしても主演のジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンは芸達者だな、と思う。
特にジャック・ニコルソンのニヤリと笑うしぐさは狂気と紙一重でユーモアの中にも凄みがある。
客席は前評判も良かったのか満席で、また初老のご夫婦が多かった。

そして、この映画の最大の“良さ”は英語である。
セリフには極めつけの言い回しが溢れている。
実に素晴しい英語の教材である。DVDが発売されたら早速買いましょう!

で、この映画の原題は“THE BUCKET LIST”だが、字幕では“棺おけリスト”となっていた。
何だか訳が違うような気がするなぁ・・・・
で、チョット調べたが、“ kick the bucket”に由来している。
バケツを蹴る、つまり、バケツの上に乗ってロープなどに首をかけ、それからバケツを蹴り飛ばすことから「死」を意味しているという。
そこから“Bucket List”とは「死ぬまでにしておきたいことのリスト」という意味で使われているという。

話は変わるが、昔ワタクシはインドネシアで「ルアク・コーヒー」を捜し求めましたが手に入れることは出来なかった。もちろんどのようなコーヒーかということも承知してのことである。

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2008年5月11日 (日)

ご近所探索「汐入不動尊」

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隣町の汐入の小高い山の上に汐入不動尊がある。
京急の車窓からも山腹に構えるその建物が見える。

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そして、この汐入不動尊では5月第2日曜日(母の日)に大根加持の大護摩修行が行われるのである。
で、この「大根加持」とは、血流をよくするといわれる大根でボケを封じる厄よけのことなのだが、元来大根は冬の野菜である。夏大根を探していた住職を三浦の方々が支援し、サカタのタネの協力もあり夏大根が誕生し、大根加持も実現したという。

この大根は護摩でたかれ、大根の味噌田楽として配られるのである。
汐入不動尊は正式には山号は高尾山、長光寺という。
三浦不動尊・第5番札所でもある。
真言宗の寺であり、真言密教を基盤としているので加持を尊重しているのである。

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また、本堂の脇には汐入観音もあり、本堂内に「十一面観音」像を安置している
そして、高尾山の本尊である「飯綱権現」と、それと同体とされる「不動明王」も祀られているという。

今日はその大根加持で遠方からも大勢の人々が訪れて賑わっていた汐入不動尊である。

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2008年5月10日 (土)

海洋研究開発機構一般開放

日本は地震大国である。
先日も関東地方に地震があった。
それもそのはずで4つのプレートがぶつかりあっているからである。

で、ワタクシは常日頃から地震のメカニズムや最新の地震科学を知ることが、防災の第一歩であると考えている。
そして今日は、その研究機関の一つである「海洋研究開発機構」(JAMSTEC)の一般開放日である。
これは行かねばならぬ、ということで追浜まで足を伸ばす。

ここは去年も訪れている
今日は生憎の雨であるが大勢の人々が来ていた。
ちなみに横浜にも海洋研究開発機構の施設がありここにはアノ「地球シュミレーター」がある。

基本的には去年と同じ展示内容だが、今度はじっくりと説明を聞きながら見学する。

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プレート境界帯を掘削することによる地震発生のメカニズムを解明する。

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マントル内部の複雑な動き

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海底地震計、わずかな振動でも記録される。

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で、これが深海曳航システム「デュープ・トウ」
最近ではイージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」をの衝突事故の調査にも用いられた。

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深海13,200mの圧力で破壊された破片。
深海の圧力の凄さがわかる。

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かいよう7000
無人探査機ではあるが水深7,000mまで潜行できる。
ランチャーとビークルの2つで構成されている。

何はともあれ地震とは何ぞや?
防災とは何ぞや?と問いかける良い機会である。

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2008年5月 9日 (金)

横濱元町 塩らー麺 本丸亭 元町店

横浜の元町は大変お洒落な町である。
従ってオジサンにはほとんど用がない街である、と言っても過言ではない。

ワタクシも足を向けることはなかった。
が、しかし、この元町に塩ラーメンの美味しい店があるのを最近知った。

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厚木に本店がある本丸亭の元町店である。
本丸亭は日本一美味いと言われる塩ラーメンで有名である。
場所は代官坂を登る左手にある。

基本的に塩ラーメンは引き算の美学だと思っている。
しかし、最近では個性的な塩ラーメンを食するにつれ、シンプル+αの魅力を再発見するのである。
ここの塩らー麺でいえば上質な上澄みのスープに絡む春菊であり、ワンタンである。

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旨みが凝縮された塩スープを口に含んだ時、余韻を残しながら淡雪の如く消えていく。
ウマイ!
そしてミスマッチを思われる春菊がこのスープには良く合う。
また、この上質なスープとワンタンはまるで究極の中華を連想させる。

青竹手打ち麺の本場である栃木県の佐野から取り寄せている麺は絶品である。
ラーメンの総合芸術を思わせる究極の一杯である。

この近辺では「いまむら」や「味奈登庵」がオジサンのランチ調達店であったがチョイスが増えてウレシイと思う今日この頃である。

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2008年5月 8日 (木)

今月号の「なぎさ」、そして表紙の写真に想う

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今月号の京急の情報誌「なぎさ」の特集は「篤姫の時代を歩く」である。
そして地元は横須賀の浦賀と久里浜が紹介されている訳で実にタイムリーな企画である。
当然の如く「ペリー上陸記念碑」も紹介されていた。

で、表紙の写真だがこれはその「ペリー上陸記念碑」の裏側のアップ写真である。
英文で1853年7月14日、アメリカ合衆国 ペリー提督がこの地に上陸す、と刻まれている。
そしてこの記念碑の左上が欠けているのが見て取れる。
実はこの欠けは戦時中に倒された時に出来たものらしい。

太平洋戦争も末期の昭和20年(1945)2月8日に敗戦の色も濃色になりつつある中、「敵国をたたえる碑」として大政翼賛会横須賀支部が県知事の許可を受け、碑を引き倒してしまったのである
そして、倒された記念碑の跡には、国家主義者徳富蘇峰の『護国精神振起之碑』というヒノキの木標が建てられてしまった。
また、この碑は粉砕されて砂利として道路に散布されていたはずだったという。

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しかし、建材として利用出来ないかと放置されていたら半年後に終戦。
進駐した米軍が引き倒しのことを知れば激怒し、関係した者はすべて殺されるなどといった噂が広まり、慌てて引き起こしたという記録が残っている。

まさに波乱の時代を刻んだ記念碑なのである。

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2008年5月 7日 (水)

ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

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      ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

久々に観た骨太の映画である、
万人に受ける映画ではない。そして冒頭から見事な映像美と特異な音楽でボディブローを打ち込んでくる。
計算された映像は乾いたアメリカの大地を肌で感じさせ、それとシンクロするように鳴り響く不協和音の旋律。それが何故か新鮮でいつの間にかスクリーンの中に吸い込まれる。

そして描き出される“欲望”と“狂気”の世界。
石油と神(宗教)という相容れない関係の中で執拗に己の道を模索する。
己の道を突き進めば進むほどにその先には“血(ブラッド)”がある。

気がつけば2時間43分という上映時間が過ぎていた。
凄まじいまでに人間の本性を描ききった映画である。

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2008年5月 6日 (火)

観音崎ウォーキング、そして「中村岳陵」展

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久々に晴れたので観音崎までウォーキング。

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今日は大潮である。走水では大勢の人々が潮干狩りを楽しんでいた。

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観音崎にある横須賀美術館では「中村岳陵」展が催されていた。
ワタクシ、勉強不足で中村岳陵(なかむらがくりょう)なる画家を知りません。
知らないならば知ればいい?ということで鑑賞する。

中村岳陵は大和絵を出発点として創作活動を始めたという。
そして、その作風は大和絵独特の透明感、浮遊感があり、眺めていると自然にその淡い世界の中に誘(いざな)われてしまう。

そんな中村岳陵の作品の中でワタクシが一番気に入ったのが“残照”である。
しばしその絵に見入ってしまう。
夕日に赤く染まった空に木の枝々が躍動感溢れ活き活きと描かれている。
いつまでも眺めていたい絵である。

この絵を見れただけでもこの展覧会を訪れた価値があった。
こういう嬉しい不意打ち?があるから美術館巡りは楽しい。

外は5月の太陽の日差しが眩しい。

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そんな5月の光が溢れる芝生の上を楽しげに魚達が風に揺れれていた。
これは「海の生き物を描こう!空想水族館」という美術館のイベントの作品たちである。

5月の光と風の中、まったりとすごし、実に気持の良い一日である。

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2008年5月 5日 (月)

「ペリー&ハリス ~泰平の眠りを覚ました男たち~」そして鰯を思う?

先日、浦賀で「咸臨丸フェスティバル」が行なわれた。
咸臨丸は日米修好通商条約をアメリカで批准するため幕府使節団が乗船したポーハタン号に随行する形で太平洋を横断したのだが、この日米修好通商条約やらペリーとの間で締結した日米和親条約の原書をかねがね見てみたいと思っていた。

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そして今回、江戸東京博物館の特別展「ペリー&ハリス ~泰平の眠りを覚ました男たち~」でこれらが展示されているということで東京は両国まで出かける。

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この江戸東京博物館、設計は菊竹清訓で地上7階、地下1階の鉄骨造構造である。高床式のかなり大胆な構造の建物になっている。ちなみにワタクシはこのデザインは好きではない。またバブル期に建設したため膨大な維持費用がかかる構造・設備になっているというオマケ付き。

展示資料は、ペリーとハリスの遺品を中心に、ペリー艦隊の同行画家ハイネが描いた油絵原画、日米和親条約と日米修好通商条約の原本、幕府の贈答品―に至るまで、日本で初めて公開されるものばかりである。

面白かったのはペリーが幕府に送った蒸気機関車の1/4スケールの模型で、幕臣たちが走る蒸気機関車に飛びついたという。

「日米和親条約」の日本側原本は、幕末の江戸城火災により焼失しており本展には、アメリカ国立公文書館が保存する原本が出品されている。英語・日本語・中国語・オランダ語の4カ国語の調印書があるが、日本側の全権代表・林大学頭は、意を解さない英語版へのサインを拒否したため、英語版にはペリーのサインしかないのである。
で、オランダ語版には「Moriyama」という日本名のサインがあるのだがこれは通訳の森山栄之助のサインである。たかが通訳、されど通訳、国同士の和親条約に通訳がサインするとはこの時代ならではの大らかな風潮のなせる出来事なのか・・・・

もともとペリーはアメリカの太平洋での捕鯨船のために開国というか燃料や食料補給のために開港を迫ったのである。
捕鯨船が捕っていたマッコウクジラの鯨油からは紡織用のスピンドル油をはじめ、その他各種機械類の潤滑油を抽出・精製することができ、また髭や骨は女性のコルセットやペチコートの材料として使われたのである。

で、そのアメリカが1972年に国連環境会議で「全ての商業捕鯨を10年間禁止」を提案し、それが可決され1982年商業捕鯨全面中止へとつながるのだが・・・・

最近、鰯の漁獲高が減っている。増えすぎた鯨が鰯を食べてしまったのが原因とする説もある。まぁ、地球温暖化も関係しているかもしれない。鰯が高級魚になりつつある現状を今回の展示会が終わった後シミジミと感じながら家路を急ぐのであった。

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2008年5月 4日 (日)

しょうぶ園の藤

横須賀にはいくつかの花処があり、ここしょうぶ園では藤が見頃ということで藤を愛でに行く。
しかし、今日も曇り空、そして小雨もぱらつく生憎の天気。

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小雨が煙る花処も情緒があり、これもまた一趣なり。
藤棚をくぐると、むせるような藤の香りに包まれる。  

日本では古来より藤を珍重してきた。特に平安時代に権勢を誇った藤原氏はその氏にちなんで家紋にも“藤”をシンボライズして用いている。

そして、藤原氏から出た武家としては藤原秀郷を祖とする、佐藤・武藤・近藤・尾藤・首藤・後 藤の諸氏、また藤原利仁を祖とする斎藤・加藤・進藤などの諸氏は、名字に藤の字を 用い、藤を家紋としている。

古来より、日本人の心に映える藤の花を眺めながら悠久の時の流れを感じた今日この頃である。

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2008年5月 3日 (土)

氷川丸とアールデコ

2006年12月に一般公開を終了した氷川丸は、日本郵船に譲渡され、戦前シアトル航路の外航貨客船として活躍した当時の再現するための修繕工事を行なってきた。そして先月の4月25日から一般公開されている。

氷川丸は1930年に竣工し、内装は当時最先端のデザインであったアールデコ様式が採用されていて、今回の修繕工事ではそのアールデコを出来る限り再現しているという。

これは是非見なければならない!
実はワタクシ、アール・ヌーヴォーやアールデコ、そしてトロピカル・デコなるデザインがこよなく好きなのである。
特にモノトーンを基調にジグザグ模様や流線形や幾何学模様を基調としたデザインのアールデコは芸術と産業が融合した現代のデザインの原点となっているもので見ていて飽きない。

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まずは日本郵船歴史博物館で予習を兼ねて写真展「あの頃の氷川丸」を鑑賞する。

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雨の中にしっとりと佇む「氷川丸

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エントランス・ロビーの主階段の手すり中央には名前の由来である「氷川神社」の紋章がデザインされている。

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照明デザインもまさにアールデコ。

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一等特別室

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一等特別室のステンドグラス

実は日本にはアールデコのデザインの建物は少なく、特に東京都庭園美術館(旧・朝香宮邸)はフランスのデザイナーを起用して邸宅を建設した日本に現存する代表的なアールデコ建築である。

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生憎と本日は雨、そしてその中で恒例の横浜みなと祭りのパレードが行なわれていた。
雨の中皆さん一生懸命パフォーマンスされてました。
で、ランドマークタワーも雨雲の中・・・

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2008年5月 2日 (金)

長距離通勤者の孤独「京急110年のあゆみ」

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「京急110年のあゆみ」

京急は今年で110年周年である。
「なぎさ」という京急情報誌でも特集を組んでいた。

で、先日何気なく横須賀中央の駅の改札を抜けようとしたら「京急110年のあゆみ」パネル&グッズ展が展示されていた。

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これは第2弾で「記念切符」の展示である。

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興味深いのは改札鋏(パンチ)でパンチの形が駅によって違う。
これは知らなかったなぁ・・・
そして、3冊あった記念切符のファイルをしみじみと見入ってしまった。

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第3弾は4月26日から5月23日まで、「沿線案内」展示である。

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2008年5月 1日 (木)

わが手に雨を

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わが手に雨を (単行本)
グレッグ ルッカ (著), Greg Rucka (原著), 佐々田 雅子 (翻訳)

原題は "A FISTFUL OF RAIN"である。
だから、わが手に雨を、と訳したのか・・・・
幼い日々の記憶は雨のように瑞々しいものなのか、
でも、本当の記憶はその雨に隠されているのか?

酔いどれ女性ロックギタリストが雨に打たれながら懸命に己の生きる道を探す。
ロックを描写するセンテンスが多いが、ロックの余韻は感じさせない。
幻影と現実が交差し、酒と血の匂いが漂う。
雨に隠れた記憶はアンタッチャブル。
父は娘を想い、娘は父を想う。

そしてやまない雨はない。雨がやみ陽が射した時に真実が表れる。

今までにない感覚のハードボイルド・サスペンス小説である

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