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2008年4月18日 (金)

浅草寺の三社祭とは?そして神輿とは?

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先日、都内のある寿司屋でたまたま隣り合って座ったとても感じのよい夫妻がいた。
話を進めていくうちにご主人は浅草神社の奉賛会の関係者だと分かった。

で、浅草寺(せんそうじ)の由来やら三社祭についてとても興味深い話が聞けた。

寺伝によると、推古天皇36年(628年)、宮戸川(現・隅田川)で漁をしていた地元の漁師である檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)兄弟の網にかかった仏像があった。これが浅草寺本尊の聖観音(しょうかんのん)像である。で、この像を拝した兄弟の主人・土師中知(はじのなかとも)は出家し、屋敷を寺に改めて供養した。これが浅草寺の始まりという。

そして、三社祭は平安時代の末期から鎌倉時代にかけて、この三人の子孫が祖先を神として祀ったものなのである。

その後、明治時代になり、 神仏分離によって浅草寺と浅草神社に分離してからは浅草神社単体での祭りとなり発展していったのである。

で、この三社祭について、最近ではいろいろな動きがありその対応・対策に苦労しているという。
特に神輿に乗るという行為が目立ってきたので、昨年、浅草神社と奉賛会の連名で通達を出した。しかし、昨年の三社祭でも神輿に乗る担ぎ手が確認され、都迷惑防止条例違反の疑いで逮捕者5人も出た事から、神社と奉賛会は今年(2008年)の祭での本社神輿の「宮出し」と「本社神輿各町渡御」「宮入り」を中止する事を決定したのである。

元来、神輿とは神霊が渡御するに当たって一時的に鎮まるとされる輿であり、氏子のみによって担がれるものなのである。しかし、担ぎ手の不足などにより氏子以外の人も神輿担ぎに参加できるようになってきているのである。浅草でも戦前は上から見下ろすことさえ禁じていたぐらいである。

そして、話は少し逸れるが、この「神輿」なのだが、古代ユダヤの聖櫃(アーク)と日本の神輿は、良く似ているとワタクシは思うのだが・・・
聖櫃(アーク)は映画「レイダース/失われたアーク<聖櫃>」で御馴染みで契約の箱ともいわれている。
まぁ、これは日ユ同祖論というのがありこれによるものなのだが・・・
ところで「ソーラン節」の歌詞もヘブライ語で解読できるという。
これはこれでまた面白い。

何はともあれ来月5月16日~18日は三社祭が行なわれるのだが、来客数は激減するでしょう。しかし、これをきっかけに本来の祭りに戻れることをワタクシは願います。

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