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2008年3月

2008年3月31日 (月)

鞍馬で義経を想い、貴船で陰陽師を想う。

で、今回の京都行きの本当の目的は、洛北の鞍馬~貴船巡りであった。

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京阪電気鉄道の叡山電車で鞍馬まで行く。

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鞍馬といえば天狗である。
京都の奥にある鞍馬山は山岳信仰、山伏による密教も盛んであった。そのため山の精霊である天狗もまた鞍馬に住むと言われる。鞍馬に住む大天狗は僧正坊と呼ばれる最高位のものでありまた鞍馬山は天狗にとって最高位の山のひとつであるとされる。

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仁王門

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本堂金堂

そして、鞍馬は義経ゆかりの地でもある。
義経となる牛若丸は、広い境内全体を修行の場とし、さらに夜ごと天狗に剣術を学んだという。
そして、義経がこの世を去った後も魂はこの地に戻ったといわれる。

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山深い森の中の義経堂

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木の根道を通り下ると貴船神社がある。

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貴船神社
日本全国に約450社ある貴船神社の総本社であり、
古くから祈雨(水)の神として、またえんむすびの神様として信仰されている。

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御神水
全国に名水といわれる湧水はたくさんあるが、本当の意味での御神水といえる水は、水の神様のこの水をおいて他にはないという。

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絵馬発祥の地
また古来より、晴れを願うときには白馬が、雨を願うときには黒馬が奉納されたが、実際の馬に代わって木の板に描いた馬が奉納されたこともあり、このことから絵馬が発祥したとも言われているのである。

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そして、貴船神社の奥宮には「丑の刻参り」の伝説がある。むかし宇治の橋姫が貴船神社に七日間の丑の刻(午前二時)詣で鬼神となり、ワラ人形を五寸釘で打ち抜き相手の男女を呪い殺したというものである。

最近ではマンガや小説の陰陽師でも有名になり若い女性の参拝が絶えない貴船神社である。

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また貴船は川床でも有名ですな。
マイナスイオンに包まれてまったりと宴をやりたいと切に思う今日この頃である。

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2008年3月30日 (日)

そうだ 京都へ行こう。でも雨だった・・・

この時期になると恒例のCM&ポスターが目に付くようになってくる。
そして、京都への旅情が込み上げて来る。
てなワケで急遽京都行き決定したのが1週間前、でこの旬な時期の週末の宿は全て満室状態。
まぁ、当たり前といえば当たり前で、仕方なく?日程を一日ずらし日曜・月曜の一泊二日の京都へ旅立つ。

そして日頃の行いが悪い?ので京都に着くと同時に雨が降り出した。
春雨の京都もオツなもんだ、と気を取り直すも、京都の桜はまだ3分咲き程度・・・

ポスターでは南禅寺をバックに
『肩に花びらが落ちてきました。
     どんな大画面テレビでもできない お花見でした。』
というコピーだが、見頃はまだ先である。

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清水寺の桜も綻び始めた程度で、

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三年坂途中のしだれ桜だけが満開だが春雨にボヤけてイマイチ。

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嵐山のしだれ桜も晴天なら見事な色合いを想像させる咲きっぷりである。

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天竜寺のしだれ桜も咲き始めた程度。

平安神宮のしだれ桜もピンクの蕾状態であった。

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翌日に撮影した鴨川沿いのしだれ桜は見事!

そして、夜は先斗町の奥へと消えてゆくのである。

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2008年3月29日 (土)

浦賀シネマ劇場

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昔の浦賀に興味がある。
干鰯(ほしか)問屋と共に発展し、浦賀奉行所と共に衰退していった浦賀。
そんな幕末の浦賀をテーマにした「浦賀幕末物語」の映画上映会が行なわれた。
場所は浦賀公民館で、「浦賀シネマ劇場」と名づけ昭和の雰囲気が醸し出される16mm映画で上映だという。
しかも「横須賀に伝わる祭り」と2本立て上映である。

共に30~40年前?に制作された記録映画で懐かしの風景が映し出され、周りではご年配の方達が懐かしさのあまり感歎の声がこぼれていた。

そして同時上映された「横須賀に伝わる祭り」だが、知らない祭りが多かったなぁ・・・
久里浜や野比海岸で行なわれている“どんど焼き”だが 道祖神の御神体も一緒に焼くところもあるという。
この御神体は石なのだが、最後はお神酒をかけて清める。
道祖神の祭りとされる地域が多く、地域によって焼かれるものの違いがあり、また呼び方も“左義長(さぎちょう)など様々である。
また、秋谷の円乗院の「ヘチマ加持」も知らなかった横須賀の祭りの一つであるが、これら伝統の祭りも時間の移ろいと共にその形を変えていっているようである。

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2008年3月28日 (金)

緊急地震速報

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          緊急地震速報システム

気象庁が中心となって推進してきた「緊急地震速報」が着実に浸透してきた。

既にNHKでは2007年10月1日からテレビ・ラジオのすべてのチャンネルで緊急地震速報を伝える体制になり、民放ラジオ(TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送、RFラジオニッポン、TOKYO FM、J-WAVE)でも2008年4月1日から「緊急地震速報」の放送を始める。

これは大変喜ばしいことである。
個人的にも防災や地震に対するリスクマネージメントには日頃から注意を払っている。
ラジオも常に携帯し聴いており、職場でも緊急地震速報が放送されるようになった。

しかしながら、休日はのんびり、まったりとしたいからテレビやラジオを意識的に遠ざけているのが実情であるのだが、この便利なシステムを活用しないことはない。
4月1日からは周囲との関連を考慮し防災に対する意識を高めなければいけない、と考えている今日この頃である。

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2008年3月27日 (木)

長距離通勤者の孤独「スカジャンとスカマン?」

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最近京急の駅で横須賀をアピールしたイメージポスターを見かける。
で、このポスターのモチーフとなったのは「スカジャン」で、背中に色とりどりの刺繍で横須賀の海が紹介されているのである。
まぁ、デザインの良し悪しは置いといて、横須賀をイメージされるスカジャンは良い選択だと思う。
そして「スカジャンとは」また「スカジャンの歴史」も面白い。

また、「スカマン」なるものもあるという。これはシラナカッタ・・・
横須賀マンボの略とな・・・ウーン微かに記憶にある・・・
ヤンチャなお兄様ご用達のファッションである、
そして、「スカマン」は今や完全に死語になってしまったのだが、
この「スカマン」をネーミングにした新たな横須賀名物がこれ「横須賀まんじゅうカッチャンのスカマン」である。
横須賀の新たなる名物の誕生?である。

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2008年3月26日 (水)

立川真司ライブ!「電車でGO!」

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職場での定例的和みの会?になりつつある新宿は「キサラ」での立川真司のライブに行く。

まぁ、基本的には同じようなネタをやるのだが、何回観ても面白いし、涙が出るほど笑ってしまう。
花粉症にもめげず、アドリブ連発で観客に突っ込みを入れていく。
そして、最近では電車以外の飛行機や横断歩道などのものまねなどレパートリーも増えている。

そしてアナタは明日から山手線のホームで、飛行機の座席で、そして横断歩道でアノ音を聞いた瞬間にアノ黄色い制服姿が目に浮かび、思わず笑みがこぼれてしまうのである。

で、また思いつきの今日の一句
「電車乗り アナウンス聞き 笑み浮かぶ」
お粗末・・・

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2008年3月25日 (火)

デセプション・ポイント

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デセプション・ポイント 上 (単行本)
ダン・ブラウン (著), 越前 敏弥 (翻訳)

著者はアノ「ダ・ヴィンチ・コード」のダン・ブラウンである。
ちなみに本書は「天使と悪魔」と「ダ・ヴィンチ・コード」の間に出版されたのだが、
今回は宗教色は一切無く、人類にとっての宇宙最大の謎をテーマにしている。
この触りが実に男のロマン心の琴線に触れるのである。
この宇宙の謎にクワク・ドキドキするのだが、やがて、ポリティカルサスペンスへと変わってゆき、最後は海洋アドベンチャーへとなだれ込む。

実に映画チック?なのである。
まず、読んでいて場面がイメージしやすい。そして、映画で使われるクロス・カッティング、あるいはカット・バックといわれる技法で書かれている。つまり異なる場面のシーンを交互に描くことにより、より臨場感や緊張感などの演出効果を狙っているワケで、アノ「24」で多用されている技法である。
そして何よりも、そのスピード感やアクション性でまさしくハリウッド向きのプロットで、「ダ・ヴィンチ・コード」よりも映画向きであるとワタクシは思う。

イヤ~実に面白い読む映画を体験でき、一気に読み終えてしまった。

で、思いつきの今日の一句「夢に見た 宇宙のロマン 摩訶不思議」・・・オソマツ

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2008年3月24日 (月)

マイ・ブルーベリー・ナイツ

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マイ・ブルーベリー・ナイツ

ワタクシ、普段はコノ手のラブストーリーの映画は観ないのだが、監督がウォン・カーウァイ、で、主演がノラ・ジョーンズで、音楽がライ・クーダーとくれば観なずにはいられない。しかも脇を固めるのがジュード・ロウ、ナタリー・ポートマン、レイチェル・ワイズとくればこれは観なずには死ねない?というワケでいそいそと出かける。

やりきれない気持ちの行き場をスローモーションで表現し、吐息の切なさとフィルムの色調が余韻を残し、意図的にアンバランスな構図が適度な緊張感を与える。そして、スモーキーなノラ・ジョーンズの歌声が重なり、映像と音楽の奇妙なバランスが何故か?心に染み入る。

でも、やはり、ノラ・ジョーンズの演技力不足は否めないし、レイチェル・ワイズやナタリー・ポートマンとの絡みではどちらが主役だか分からないほどである。まぁ、普通の女の子の普通の恋愛を“距離”に重きを置いたロードムービーとして演出されているのだが、ノラ・ジョーンズの演技がこれまた普通で、そしてあまりにも即興的な演出なので脇役達の名演だけが目立ってしまっている。

個人的な意見だがウォン・カーウァイのコノ手の演出はやはりウェットな感情が似合うアジアの土壌で作られたほうが合うような気がする。
そして、徹底的にアメリカを意識したこの映画のタッチは同じアジアの同胞として分かるような気もするが、アメリカ人の感覚には合わないかもしれないなぁ、と感じた今日この頃である。

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2008年3月23日 (日)

テレビアンテナ

先日(水~木曜日)の強風は本当に凄かった。
あまりにも凄くて我家のテレビアンテナが倒れてしまった。
で、週末はこの対応で大童(おおわらわ)であった。
倒れてしまった原因は足金具が腐り、ステーだけでは支持出来なくて倒れてのである。

慌てて、ご近所のホームズに足金具を買いに行き、早速復旧作業に取り組むが、考えというか見通しが甘かった。
まず、支柱と足金具が錆びてしまて分離できない。力任せにスパナを回すとボルトの頭だけがポロリと無情に取れる。で、慌てて支柱も買いに行く。再度復旧作業に取り組むも、VHFアンテナもUHFアンテナも屋外型混合器もスカパー用アンテナも見た目は良いのだが、取り付け金物が錆びてボロボロで取り外すことが出来ない。
まぁ、山向こうが海なので塩害の影響はやはり大きいと認識し、再度ホームズに必要な部品を買いに行くが、結局は復旧出来ず第一日ははこれで終了する。

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ホームセンター「ホームズ」

そして二日目の今日は朝も早よから屋根に登りアンテナ復旧作業に精を出すが、ステー用のターンバックルが紛失したり、ステー用のワイヤーが足らなかったりとしてスッタモンダの末、結局、復旧作業が終了したのは11時であった。

イヤ~たかがアンテナ、されどアンテナである。この復旧作業でお世話になったのがここである。

で、2011年7月24日には現在放送されているアナログ放送から次世代の放送形式である地上デジタル放送へと完全移行されるという。そして、この地デジのアンテナだが、UHF用のアンテナを使うという。

コマッタことに横須賀は山また山が連なる地形で、この地デジの受信も困難なのは明らかである。
やはり、ゴーストだのアンテナの転倒に悩まされないケーブルTVがいいのだろうか?と思案する今日この頃である。

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2008年3月22日 (土)

ご近所探索「三浦帝釈天」

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最近、若松町の駐車場の片隅に三浦帝釈天がお目見えした、という記事を読み、ホー、横須賀に帝釈天とは如何に?ということで、そして、ご近所というよしみもあり、その三浦帝釈天を参拝しに行く。

場所は少々分かりづらく、米が浜通りを挟んで共済病院の向かい側で、米が浜通りから16号に向かって一つ目の通りにある駐車場の角にある。
小ぢんまりとしており、石の台座に載せられて、東西南北の方向に扉がありそれぞれ内部に木製の帝釈天の仏像が据えられている。

で、何故?ここに帝釈天が?と思ったが鎌倉時代に高僧・日蓮がこの地に上陸したことから始まる。この裏手に日蓮縁の竜本寺があり、竜本寺に登る裏坂(観念寺坂)の途中に「お穴さま」とこの地の庶民に親しまれてきた座禅窟がある。日蓮が、21日間こもり発願したと伝えられる洞くつである。
そして、この帝釈天だが、法華経行者を擁護する守護神とされるため、日蓮宗には帝釈天を本尊とするお寺が多いのである。

柴又帝釈天も経栄山題経寺(日蓮宗)と言い、日蓮聖人御親刻と言われる帝釈天のご本尊が安置されている。
というわけで、日蓮宗の修行僧たちがこの地域の篤志家に請われて祈念したところ帝釈天が現れたという伝説も残っているのである。
故に「三浦帝釈天」として中世、三浦半島で勢力を振るった豪族・三浦一族ともゆかりがあったという。

そして、この地はかつては観念寺とも言われていたが日蓮との関係はなさそうである。
どうも観念寺という姓の公家の出のお方が住んでいたのが謂れの由縁らしい。

鎌倉にある日蓮が開いた長勝寺は、元は本圀寺(ほんごくじ)といい、鎌倉帝釈天として知られる。

また、帝釈天(因陀羅)は密教にも取り入れられており、これを天台宗や真言宗でも本尊とする寺院が少なくないようである。

猿島に始まり鎌倉まで日蓮ゆかりの地は数多く残されている三浦半島である。

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2008年3月21日 (金)

哀愁のハーモニカ・・トゥーツ・シールマンス

哀愁のハーモニカ・・トゥーツ・シールマンス

ハーモニカという楽器の可能性を無限大に広げてくれた奇跡のお方です。
JAZZの世界にハーモニカを導入し、クインシー・ジョーンズ、ビル・エヴァンス、ジャコ・パストリアス、パット・メセニーなどと共演し、多くの名演が残っている。
またポール・サイモン、ビリー・ジョエルとも共演している。
そして彼と共演した誰もが「ジ・ワン・アンド・オンリー」と呼ぶ。ハーモニカを吹かせたら、この人しかいないという最大の賛辞である。

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ワタクシの場合、クインシー・ジョーンズとの共演によって彼の名前を知った。
そしてクインシー・ジョーンズがA&Mに残した8枚のアルバムからトゥーツ・シールマンスをフィーチャーした名演を集めたアルバム「アイ・ネヴァー・トールド・ユー」がある。
その中の「アイズ・オブ・ラヴ」や「ゲッタウェイ」での哀愁溢れるブルージーなバラードがこよなく好きなのである。

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また、彼の「Only Trust Your Heart」も好きな1枚である。
トゥーツおじさんはハーモニカと吹きつつ、ギターを弾き、口笛を吹いています。
そして、ギターと口笛のユニゾンで独自のトゥーツ・ワールドを聴かせてくれる。
これがほのぼの、まったりとして心地よい。

トゥーツ・シールマンスはもともとはアコ-ディオン奏者でありギタリストであった。

そして、トゥーツが37歳の時、ハンブルグのジャズライブでジョージ・シアリング・クインテットの一員として演奏していた彼のパフォーマンスに魅了されたのが当時19歳のジョン・レノンである。
ジョンはトゥーツの演奏を見て影響を受け、そのスタイルに憧れ、トゥーツが当時使っていたリッケンバッカーのショート・スケール・モデルとハーモニカに傾倒し、自身もトゥーツと同様にリッケンバッカーのモデル#325とハーモニカを使うようになったという。

そうそう、ワタクシの好きなステファン・グラッペリ、そしてジム・ホールとも共演している。その枯れた渋みがナントも言えず良い。

で、思いつきの今日の一句「哀愁の 枯れたメロディー 心地よく」オソマツ・・・

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2008年3月20日 (木)

ご近所探索「海軍料亭 小松」

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国道16号沿い、「文化興業社屋」の先、湘南学院高等学校の向いに「海軍料亭 小松」がある。
実はここは訪れたことがなく、一度はいってみたいところであるがまだその機会はない。
この料亭小松は、明治18(1885)年創業の老舗料亭で、小松の宮様からその名を頂いた初代山本コマツが田戸海岸、今の聖徳寺坂下にある赤門の前で開業したことに始まる。

現在地には大正12(1923)年に移転し、この時の旧館は今はマンションに建てかえられている。
現在国道から見える大きな木造の建物は、昭和9(1934)年に建築された新館である。

この小松には海軍ご用達の料亭として有名で歴代の横須賀鎮守府長官が訪れている。新館一階奥にはかつて長官たちが利用したという部屋があり、今でも長官部屋と呼ばれ人気がある。そして東郷平八郎、岡田啓介、米内光政、山本五十六をはじめ旧日本海軍の軍人の掛け軸などが多数残されており、貴重な歴史資料ともなっているのである。
この長官部屋で食事をして、この掛け軸を見たいとかねがね思っているのである。

また、旧日本海軍の隠語でこの「小松」は「パイン」と呼ばれ、また大滝町千日通りにあったこれまた海軍ご用達料亭「魚勝」は「フィッシュ」と呼ばれていた。

で、この旧日本海軍の隠語集があるのだが、キョウービのジョシコーコーセイ達が使う「KY」のような略語が多くあるのが面白い。また、呉や佐世保の料亭も当然の如く隠語で表されている。
そして、最近では死語になりつつある「チョンガー」(独身男性を意味する)も海軍の隠語から広まっていった、ということを知った。

また、「アフター・フィールド・マウンテン」 (あとは野となれ山となれ )や「コレハウマイ」(これはうまい-ゴマと鰹節の味付ふりかけ)は今でも使えそうである。
この隠語というヤツは他人に知られたくない下ネタ系が多いのは世の常であるなぁ・・・・

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2008年3月19日 (水)

コフィン・ダンサー

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コフィン・ダンサー (単行本)
ジェフリー ディーヴァー (著), Jeffery Deaver (原著),

ボーン・コレクター に続くリンカーン・ライムシリーズ の第二弾である。
その後、エンプティ・チェア、石の猿 、魔術師 などがあるが個人的にはこの「コフィン・ダンサー」が最高に面白い。複雑に構築された伏線に、緻密に検証される証拠のディテール描写、そしてミステリーの王道というべき完璧なラストは本当に見事である。この原作が完璧に映画化されるならば、アノ名作「情婦」に勝るとも劣らない究極のミステリー&サスペンス映画が出来ると思うのだが・・・
まぁ、これほどまでに見事に人を欺けることができるとは、読んでいて快感である。
450ページをあっという間に読破してしまった。

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2008年3月18日 (火)

リンダ リンダ リンダ

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何気なく借りたというか、間違って借りてしまったのだが、ツボにハマってしまったのである、
この「リンダ リンダ リンダ 」を観たのは休日の早朝、目が冴えて起きてしまった寝起きのナチュラル・ハイの状態で、いわゆる早朝の“ゆるい”時間ということもあり、この映画の波長と運よく?グッド・バイブレーション!してしまったのである。
偶然の組合せの相乗効果で、映画の“ゆるさ”と時間の“ゆるさ”が増幅されて感覚を刺激する。
そして、この映画の良さはその絶妙なキャスティングにも表れている。ボーカルのソンちゃんの天然キャラは良いアクセントであり、ギターの恵ちゃんのクールさは程よい締まりをあたえている。
(恵ちゃんって「ローレライ」の香椎由宇なのね)

この微妙な“ゆるさ”と“締め”で適当に?この映画に身を委ねていればほのぼのとしてくるのである。

ちなみにこの「リンダ リンダ」が流行った頃、ワタクシは六本木のJAZZクラブに入り浸っていた。

で、今日の格言「三日あれば、バンドは出来る!」
(ホンマかいな・・・)

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2008年3月17日 (月)

Xlider(エクスライダー)?

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昨日ショッパーズのイベントステージでXlider(エクスライダー)なるシロモニのデモンストレーションが行なわれていた。インラインスケートとも違うし、スケートボードとも違う。強いて言えば、スケートボードとインラインスケートを足して2で割った?ようなものである。(ワケが分からん説明だ・・・)

しばらくインストラクターのオネエサマが滑っているのを眺めていたがどーして滑るのか?ワタクシには分からない。公式ネットのハウツーを覗くと、「まずは2つのボードを前後に動かすか、腰をくねらせ基本の水平動作をして下さい。そして両方を操る喜びを実感して下さい。」とある。

ナニナニ、腰をくねらせると水平動作が得られるという、この説明で益々ワケワカメ状態になり、この腰をくねらせるという動作が何となくセクシーな響きを感じさせる。
この段階でメタボなオジサンが腰をくねらせる図が脳裏に浮かびチョット滑稽なり。
何人かがトライしていたがやはり最初から滑るのは難しそうである。

で、このXliderはいかにもアメリカ生まれという思い込みがあったが、ナント!お隣は韓国で生まれたという。
そして、きっかけ?があればハマってしまいそうな予感がするシロモノである。

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2008年3月16日 (日)

「湘南江の島春まつり」

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昨日に続き小春日和の陽気に誘われて散歩&ウォーキングを楽しむ。
目指すは江ノ島で、恒例の春まつりが行なわれている。

ワタクシ人混みはキライなのだが「まつり」は好きなのである。

この日の江ノ島はそれなりの人出で賑わっていた。
実はワタクシこのまつりは初めてなのだがメインは大道芸らしい。
ということで会場内では大道芸に人々が大きな輪をつくり楽しんでいた。

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展望台があるサムエル・コッキング苑では春の花が咲き乱れていた。
右上は「ミツマタ」である。
お札(紙幣)の原料として有名で、実物を見たのは初めてである。

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ここはマイアミ・ビーチエリア
藤沢市はマイアミ・ビーチ市と姉妹都市関係にあるという。
これは知らなかった。
なんでも藤沢市は東洋のマイアミ海岸と呼ばれているということでマイアミ・ビーチ側から申し出があったという。
(以前、ワタクシはマイアミに住んでいたので、チョット違う気がしなわけでもないが・・・)

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展望台から観た江ノ島大橋。
まぁ、遠目から見ればマイアミ・ビーチに多少は似ているかもしれないなぁ・・・

ビールを飲みつつまったりと春の小春日和を楽しむ今日この頃かな・・・

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2008年3月15日 (土)

東京庭園美術館「建築の記憶-写真と建築の近現代-」

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東京庭園美術館「建築の記憶-写真と建築の近現代-」

目黒にある東京庭園美術館は旧朝香宮邸として1933年(昭和8年) に建てられた建物を、そのまま美術館として公開したもので、フランス人デザイナーが設計したアール・デコ様式が特徴的である。

この東京庭園美術館で開催されている「建築の記憶」展がなかなか面白そうなので見に行ってきた。

写真が日本に紹介されてから撮影されてきた建築が紹介・展示されている。
記録として撮影された明治期の建築写真、そして建築の魅力を独自の表現で切り取った現代の建築写真などその時代の写真史と建築史の遍歴が垣間見れて興味深い。

せんだいメディアテークの工事写真は観る者の視点によって、記録とアートの領域の狭間で揺れ動く。

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この日の東京の最高気温は19度。
シャツ1枚で歩いていても汗ばんでくる。
そして、庭園では家族連れがまったりとランチを楽しんでいた。
このまったりとした時間を体感できるのもこの美術館のメリットかもしれない。

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2008年3月14日 (金)

Nilsson Sings Newman

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Nilsson Sings Newman
(1969)

アメリカの吟遊詩人?であるランディ・ニューマンの初期作品を親友であるハリー・ニルソンがが心をこめて歌った名盤である。歌詞の殆んどがアメリカのどこにでもいそうな人々のごく普通の日常をごく普通の言葉で(そして少しの皮肉を込めて)シンプルに表現しており、まさに“我が心のアメリカ”が詰まっている。

そしてこのアルバムでは殆んどをランディ・ニューマン自身のピアノ伴奏だけで歌われている。
これが実に無駄のない、シンプルなピアノアレンジで引き算の美しさが潔く、その旋律がいつまでも心に余韻を残す。

昔、ライト・ミュージックという雑誌があり、深町純氏がこのアルバムを絶賛しており、ワタクシが手にしたのはその数年後だが、それ以来ワタクシのフェバリットアルバムになっているのである。

万人に受ける音楽ではないが、その旋律の侘びや寂びはワタクシの心の襞(ひだ)に染み入るのである。

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2008年3月13日 (木)

恐怖の審問

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恐怖の審問 (単行本)
ポール ギャリコ (著), 早野 依子 (翻訳)

ポール ギャリコ氏はあのパニック映画の名作「ポセイドン・アドベンチャー」の原作
者である。ということをこの本の解説で知った。

で、この「恐怖の審問」であるが、プロローグは状況説明やら人物紹介がダラダラと続き、
チョット嫌気がさしてしまう。何しろ名前がフルネームで出てくるので覚えるのに一苦労である。
翻訳モノの欠点かもしれない。

が、しかし、タフガイなヤンキー記者がハンガリーに入国してからは別人の如き巧みな描写で読み手を引きずりこんでいく。人間の自我とはなんと脆いものなのか、自我を破壊され洗脳されていく描写は戦慄さえ覚える。そして、ポセイドン・アドベンチャーでもそうだが、極限での人間の葛藤をほろ苦く描いており彼の根底に流れている人間を見つめる心は同じものなのかもしれない。
そして人間とは何と弱いものであるということを改めて思い知らされるのである、

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2008年3月12日 (水)

“トランスフォーマー”(まどろみの週末)

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トランスフォーマー

超圧倒的に凄まじいトランスフォームシーンはやはり凄いとは思うのだが、
移動は単なる車の暴走シーン?だったりするわけで、まぁ、理性あるアダルト?が観るには
ツッコミどころ満載でそれを楽しむのもまたおつなもんである。(ワケが分からん講釈だな・・・)

そんな一見超娯楽大作如時間潰的不毛作?な映画であるが、ワタクシが気に入った台詞があった。
「ぬるいビールを飲みながら、野球観戦だ。週末はいいもんだ・・」
この一言でまどろみの週末のシーンが脳裏に浮かぶ。
このようにゆったりと時間が流れるのを楽しむ。大人の週末の過ごし方かもしれない。ということをこの映画で知った今日この頃である。

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2008年3月11日 (火)

ご近所探索「文化興業社屋」

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文化興業社屋
竣工 1938年(昭和13年)
所在地 神奈川県横須賀市米が浜通2-4
設計 松田建設
施工 松田建設
構造 木造2階建て

国道16号沿いを下って市役所を通り過ぎると右手にある何だかメカニカルな建物が見えてくる。
文化興業社屋で旧松田建設が設計・施行しその後文化興業社が買い取り、社屋として使用しているという。
この建物は一見鉄筋コンクリート造に見えるが実は木造である。

奇を衒っているデザインで、アールデコをモチーフにしているように見えるが、アールデコはストリームライン(流線型)が特徴的でこの建物はそれが見られない。

そして内部は階段の手すりは石で彫刻が施され、壁面にはレリーフも、2階の応接室には床の間があり、シックな調度品も設置され、見事な和洋折衷が見られるという。
(これは一度は見てみたい)
その独創的なデザインから広告塔としての狙いがあっったのかもしれない。

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2008年3月10日 (月)

青空市民まつり、“Lamp”と“lamp”

昨日の日曜日、中央駅前で毎月恒例の「青空市民まつり」が開催されていた。

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                  “lamp”

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                   “Lamp”

で、この青空市民まつりの顔である「Lamp」というバンドがトリを演奏するのが常なのだが、この大文字の「Lamp」の前に「lamp」という小文字のユニットが演奏していた。

男女2人組のユニットなのだが、これが聞いていて実に心地よいのである。耳障りが良いというか、優しいメロディーに乗った柔らかな歌詞に、女性ボーカルの抜けるような声質が光と風を感じさせてくれるのである。

春先の夕暮れ前のまったりとした時間の中で、まどろみながら五感で感じさせてくれる音楽を聴くのはまことに気持ちが良いものである。

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2008年3月 9日 (日)

三浦海岸の河津桜、そして染井吉野は伊豆が発生地?

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今日は移動性の高気圧に覆われて気温が揚がり16度はあったのでは?
そんな春先の陽気に誘われて散歩に出かける。
(実はランチでピザとパスタとドリアを食べ過ぎて腹ごなしの散歩である)

春の散歩ということで桜を愛でに行く。
三浦海岸の河津桜は先週はまだ5分咲き?だったので今週は如何なものか、と思いたち再び三浦海岸へ。

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しかし、またチャンスを逸してしまったようで、今日は葉桜が目立つ、、チョット遅すぎたようである。

で、この河津桜はご承知のとおり、伊豆は河津川の土手で1955年(昭和30年)に最初の原木が見つかり、また河津地方独特の桜であったことから命名されたワケである。

そして桜の代名詞といえばソメイヨシノ(染井吉野)であるが、このソメイヨシノの出生地も伊豆半島が有力だという。
河津桜はカンヒザクラと早咲きオオシマザクラの自然交配種である。
そして、ソメイヨシノは三島の国立遺伝研究所の遺伝学的研究によると「エドヒガン」と「オオシマザクラ」の交配種で、天城一円に自生する「エドヒガン」と伊豆南部中心に自生する「オオシマザクラ」が自然交配されできたとするのが最も自然な流れだというのである。
http://www.kawazuzakura.net/gokuraku/col2.htm

まぁ、ソメイヨシノの起源は諸説いろいろあり、どれが正しいのか分からないが、伊豆半島発生説が何だか夢があってワタクシは好きである。

そして河津桜の見頃は5-7分咲きだという、シラナカッタ・・・
(満開時では花びらが白っぽくなってしまうので)

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2008年3月 8日 (土)

満願寺「春の文化展」

横須賀の中央部に位置する本拠衣笠城の周辺には三浦一族の建立した寺院が点在している。岩戸にある満願寺もそのひとつで、三浦義明(大介)の末子である義連(佐原十郎義連)を開基にしている。

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その満願寺が「春の文化展」を催しており、国の重要文化財である仏像もこの時だけに限り一般公開されているので見に行く。

これが木造菩薩立像
http://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/bunkazai/kuni02.html
そして木造 不動明王立像である。
http://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/bunkazai/shi10.html

両像ともに、張りのある頬、切れ長の伏し目がちな眼、引き締まった口元など運慶の特徴を捉えており運慶作といわれているが、衣文ひだが複雑でなく地方的な作風が見られ、運慶の影響を受けた鎌倉地方仏師の制作といわれている。
鎌倉時代初期の東国の武士たちが、いかに運慶様式の像を好んだかを物語る貴重な資料である

そして、佐原十郎義連といえば有名なのは一ノ谷の鵯越の逆おとしである。
一ノ谷に立て篭もった平家にたいして、義経はその背後にある崖から奇襲作戦を起てた。しかしその崖に誰もがひるんだ中で、先陣を取ったのは三浦党の佐原十郎義連(よしつら)であった。
「三浦の方で、我等は鳥一つたてても朝夕か様な所をこそ馳せありけ。三浦の方の馬場よ」といってまっさきに駆け下りていき他の者もそれに続いたのである。

そしてその佐原十郎義連の墓が満願寺にある。
実は佐原十郎義連の墓は、三つあるらしい。一つは生地神奈川三浦半島の佐原の万願寺五輪塔と会津在城の地とされる岩尾館の五輪塔と、喜多方市は熱塩加納の半在家の宝きょう印塔である。

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これは満願寺にある佐原十郎義連の墓

そうそう、横須賀と会津との関係は鎌倉時代から江戸幕末に渡っているのである。

これは、佐原十郎義連が文治5年(1189)の奥州合戦での戦功により源頼朝から会津4郡(会津・大沼・河沼・耶摩)を与えられた時から始まるわけで、観応3年(1352)頃に義連の子孫である芦名直盛が会津地域で活躍し、会津を拠点として、(伊達政宗との決戦に敗れるまで)400年にも及ぶ芦名時代を築いたのである。

そして、幕末には幕府は会津藩に江戸湾警備の任務を命じ、命を受けた会津藩は鴨居と三崎の地に陣屋を構え、三浦半島のほぼ全域を会津藩領となるワケなのだが、今でもその名残がいくつかある。

まず「~だべ」という俗にいわれている横須賀弁だが、これは会津言葉がなまって広まったとも言われている。

そして大津から鴨居周辺に会津藩士の墓が多く見られる。
会津藩士は一家をあげて横須賀に移住してきたので、鴨居には藩士の教育機関である藩校の養正館も設けられた。そして、横須賀で生涯を閉じた会津藩士およびその家族も多く、現在確認できる墓石だけでも70基以上ある。

また、中央駅近くには若松町という地名があるがこれも会津若松からきている。
鴨居にある高橋家が会津藩御用達として会津若松の「若松屋」の屋号を拝していて、その後の明治12年にこの高橋家が今の市内米ケ浜一帯を埋立て屋号の若松から若松町と命名した。

幕末から明治維新にかけて波乱の時代に翻弄され悲劇的な結末をむかえた会津若松に親近感を感じ、また、説法で和尚が語った「悲しきことも うきことも 如来のこころなり」という言葉が印象に残った今日この頃である。

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2008年3月 7日 (金)

久里浜花の国の“足湯”とナッチャン!

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先日何気なくテレビを見ていたら見覚えのある風景が写っていた。
その風景とは久里浜は“花の国”にある足湯である。
(多分、間違いはないと思う・・・)

これはナッチャン(田中麗奈)が足湯に浸かりながらトヨエツ(豊川悦司)とやりとりをしているCMで、この足湯の上屋が記憶の琴線に触れたのである。

これはソイジョイという大豆から作った栄養食品のCMでこちらから見れます。
       ↓
http://www.otsuka.co.jp/soy/proposal/cm.html
この中の「女優とマネージャー篇」がそれである。

この足湯はワタクシも数回ほど利用したことがあるが、最近では訪れる人はそれほど多くない。
ビールを飲みつつ、まったりと出来る雰囲気がなかなか心地よい。
まぁ、穴場的足湯である。
で、今日の一句「ビール飲み まったりできる 足湯かな」 おそまつ

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2008年3月 6日 (木)

ダウト

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ダウト

“ダウト”から連想するのはやはりトランプ遊びだと思う。
そして、この映画の醍醐味?はどれだけ嘘を見破ることができるか、ということである。

カメレオンが象徴的に描かれている。カメレオンは周囲の状況に合わせて身体の色を変え敵の目を欺く。
ヒロインのノラは「彼女は陽炎のような女、光を織り成す幻影だ」と台詞で言わしめているが、
まさにカメレオンの如く周囲の状況に合わせて“色”を変え、そして幻影のように振る舞い消えていく。
また、ノラは白人?なのか黒人?なのか・・・

そして誰が嘘をついているのか?ダウト、ダウト!とこの映画はたたみ掛けてくる。
また、“ダウト”を印象させる光と壁が、そして色の移り変わりが映像の中で効果的に使われている。
曜日で人種を使い分ける“ノラ”に我々は最後まで欺かれる訳だが、見終わった後は心地よい疲労感が残る映画である。

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2008年3月 5日 (水)

石の猿

   Photo

石の猿
【文藝春秋】
ジェフリー・ディーヴァー
定価 1,995円(税込)

「石の猿」である。原題は「The Stone Monkey」でこの石の猿は孫悟空のことである。
実に明解で分かりやすい。原作はジェフリー・ディーヴァー で彼の一作目はあの「ボーン・コレクター」である。
映画にもなった。リンカーン・ライム役にはデンゼル・ワシントンを、アメリア・サックス(映画版ではアメリア・ドナヒー)巡査役にはアンジェリーナ・ジョリーを起用し大ヒットした映画である。

で、この石の猿はこのリンカーン・ライムシリーズの第三作目となるのだが、如何せん映画のイメージが強く、脳裏にこびりつき、読んでいてもデンゼル・ワシントンやアンジェリーナ・ジョリーの姿が浮かんでしまう。そしてその彼らが小説の中で勝手に活躍してしまう。こうなると一度作られた固定観念はなかなか破れないものでこれは仕方がないと諦めるしかない。

そして、この小説の中では中国公安局刑事ソニー・リーの存在が大きい。彼の中国的思想や発想でストーリーはより一層深みを増していく。でも、殆んどの中国人は“調和”なんて気にしてないとワタクシは感じるのだが・・・

ほとんどまぐれ当たりの様な推理で物語りは進んでいき、そしてキーワードである「石の猿」によって解決される訳なのだが、そして最後は政治と外交はきな臭いなぁと感じさせてくれる今日この頃である。

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2008年3月 4日 (火)

セント・エルモス・ファイアー

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セント・エルモス・ファイアー

この映画は好きな映画というよりは“思い入れ”がある映画なのである。
公開は1985年でこの時ワタクシはアメリカはマイアミにいた。最初観た感想は普通の青春映画だね、といった程度の軽いもの。それよりは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の斬新なアイデアに衝撃を受け3回も観たほどでこちらの記憶の方が強い。

その約1年後、ワタクシはマイアミの北にある小さな街にいた。そしてそこにあった小さなジャパニーズレストランの片隅で、この「セント・エルモス・ファイアー」に出演してた“ジャディ・ネルソン”と一気飲み対決をしたのである。
その時、交わした会話の中で覚えているのがある。
「デミ・ムーアってジャンキーだったの?」
「そうらしいが、撮影には影響はなかったね」

この映画に出演した役者達はこの映画をジャンピング・ボードにして活躍の場を広めていった。
一人、“ジャディ・ネルソン”を除いてである。
彼はその直後に、不祥事を起こしてからはあまり映画には出ていないようである。
(この不祥事についてはワタクシも関係しているので機会を改めてご報告します)

その後、日本に帰国しこの映画がトレンディドラマブームのきっかけを作ったということを知った。
翌年に放映された「男女7人夏物語」であり、「愛という名のもとに」にいたっては内容も酷似している。まぁ、この映画が存在したからこそ、その後の青春ドラマが成り立っていったのだろう。
そういう意味ではこの「セント・エルモス・ファイアー」の存在は大きかったともいえる。

そして、ワタクシにとっても忘れがたい“思い入れ”がある映画なのである。
(写真の右から3人目がジャディ・ネルソンである)

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2008年3月 3日 (月)

淡島神社の流し雛

今日は3月3日で雛祭りである。
そして地元 横須賀の佐島にある淡島神社では祭礼として“流し雛”が行なわれるのだが、
今年はあいにくの月曜日で見物はできない。
しかし、去年は土曜日でまったりと見物できたので一年前の流し雛をフラッシュ・バック!
週末ということもあり東京方面からも大勢の人が見物にきた。

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   Bbb

   Ccc

そして、この流し雛だが歴史は古い。
古代中国では三月の初めの巳の日は凶日とされており、その日水辺に出て手足を清めることでその厄を落としたという。まぁ、禊(みそ)ぎの原点でしょう。でこれが日本に伝わってきた。
そして日本では紙や草などで人の形に作った人形(ひとがた)を作り、穢れを人形に移して川や海に流すという物忌みの行事へと変わっていった。

ここで思うのは人間は昔から身勝手で、汚れた己の身を何かに身代わりしてもらおうという安易な発想であるということである。
「禊ぎ」と称して、身のけがれ・わざわい・厄災等をその人形に身代わりとして、これを川や海に流すことで厄災をはらう行事と変化させていった訳である。

そしてこの流し雛が雛人形の原点でもある。
現在では雛人形は幼い女の子に降りかかろうとする災厄を、代わりに引き受けてくれる災厄除けの守り神のようなものへと変わっていった。

ちなみに、 嫌なことを「水に流す」というのも、この“禊ぎ”から来る言葉でもある。

さぁ、嫌なことはどんどん水に流してゆったり、まったりといきませう!
人間って本当に身勝手な生き物なのかもしれない。

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2008年3月 2日 (日)

三浦国際市民マラソン&三浦海岸さくらまつり

今日の天候はやや曇りがちで時折日が覗き、やや風が強いが、
三浦の河津桜を愛でにチョット出かける。

この三浦の河津桜も2~3年前から知れ始め東京方面からの見物客も多い。
電車からはドッと人が吐き出されて駅前が人で溢れる。

そうだ!今日は三浦国際市民マラソンも開催されており、三浦海岸駅前は桜見物の人とマラソン関係者で夏の海水浴シーズンを凌ぐ凄い人出である。
マラソン完走者の方々は皆さん「三浦大根」をぶら下げております。

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マラソン会場も何千人という人達で溢れていて盛況である。

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   A__b

で、肝心の河津桜だが、チョット早かった。
まだ2~3分咲き。
去年は遅すぎて今年は早すぎた。
でも沿道は河津桜、菜の花、スイレンが咲いて三浦はもうすぐ春である。

そして、のんびり、まったり、散歩するにはよいコースである。
さて、来年はマラソンの10kmでもエントリーしてのんびり、まったりと走りましょうか?

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2008年3月 1日 (土)

大津・浦賀の文化財 寺社めぐり写真展と講演会

浦賀や大津地域には神社や寺院が多い。その文化財を一堂に集めた写真展示会が大津にある行政センターで行われており、また講演会もあるということで出かける。

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講演会は「大津の神社 十社合祀について」という題目で大津諏訪神社宮司 岩城純隆氏が講演してくれた。特に神社とは何か?という基本的なことを仏教との違いや歴史上の制度などから面白く解説してくれたのが興味深かった。

昔は各集落ごとに神社があったが関東大震災で甚大な被害を蒙った。当時は一村一社の神社合祀が奨励されており大津近隣の十社が大正13年4月17日に諏訪神社に合祀された。

馴染み深いのは大津駅の脇に鎮座している「宿守稲荷」だが実はここも合祀されているのだが、残った祠を駅舎新設で撤去したところ、駅長などが次々に災難に遭ったため、地元の人々や駅員の交通安全と無病息災を願って現在地に祭られるようになった。京急の守り神ともいわれ、毎年初午に執り行われる祭礼には京急の駅長も参加するという。

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宿守稲荷

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そして写真展では大津・浦賀地域の10の神社と21の寺院が紹介されていた。個人的には浦賀の神社や寺院に残されている漆喰芸術「鏝絵」が妙味深い。
そして浦賀「鏝絵」芸術の真髄は川間町内会館の「鳳凰」だと思っている。これは見事! 浦賀の隠れた名所である。

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川間町内会館軒下の「鳳凰」

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