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2008年2月18日 (月)

浦賀の百年-その1

2月24日まで浦賀文化センターで「浦賀の百年~なつかしさとの出会い~」が開催されている。そして先週の9日には郷土史研究家の山本詔一氏が「うらが百年物語」という講演を行なった。
その一部は先に紹介したが、その他の面白い話をいくつか紹介する。

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①浦賀の名物は?
浦賀の名物は何?と問われると多くの人は「わかめ」や「たこ」をあげるが、昭和初期までは浦賀の名物は「水飴」だった。天明年間(1970年代)には浦賀東西に8軒の水飴製造業者がいたという。そしてこの「水飴」は明治21年に開催されたパリ万国博覧会にも日本土産として売られていた。翌年東京上野で開かれた内国勧業博覧会では、三等有効賞をもらい、日本を代表する名産品の仲間入りをした。

②浦賀を代表する廻船問屋「大黒屋」
ペリー来航の前後からの「塩」「タバコ」の商人として成長してきて、明治期には浦賀の商人の代名詞でもあった廻船問屋の大黒屋は日露戦争後の「塩の専売制」の崩壊と共に衰退しやがて倒産する。そしてこれ以降は商業中心の町から工業の町へと変っていくのである。
最盛期の大黒屋は横須賀や浦賀の芸者衆たちと横須賀線を貸切大宴会をやったという。

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大黒屋の当時の興隆を物語る看板がある。西叶神社の斜向かいにある「御菓子司 精栄軒」の看板はこの大黒屋の床の間の板で作ったという。今この看板は台風で落下して店の中に収められており、その大きさからも当時の栄華が想像できる。

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