グランドイルミネーション
二日酔いでボケた頭と身体(からだ)とシャッキ!とさせようと山でも行こうかと思っていたが、フト思い出したのがベース(米軍基地)でグランドイルミネーションなるイベントが本日あることである。
現役引退を控えたアノ空母「キティホーク」最後のお披露目というウワサもあり、その姿を見に行くことにする。
入場口は大胆にも正面ゲートからである。これは過去一度もなかったことである。このイベントの成功と定着、そして横須賀市民のご理解を図りたいという意気込みの現われなのかもしれない。
入口で配布されたパンフには、記念すべき第一回ホリディオープンベースへようこそ、とあった。
まぁ、基地の中で本場?のクリスマス気分を味わえるイベントとして今後も継続して開催されるらしい。
そして、夕方には基地のあちらこちらで盛大なグランド・イルミネーションが点灯するらしい。
久々に仰ぎ見る空母「キティホーク」は流石にデカイ!!
飛行甲板では艦長自ら、気軽にサインに応じていた。これも前代未聞ではないだろうか。
飛行甲板も広い!
これが「キティホーク」のエンブレムなのだが、因みにキティホークとはライト兄弟が世界で初めて飛行機による有人飛行に成功した丘「キティホーク」に由るわけで、したがってエンブレムには当然の如くライト兄弟の飛行機が刻まれている。
これは今まで知らなかったなぁ・・・
搭載機は全て厚木基地へいっており、格納庫では最後であろうキティホーク関連商品の販売が行なわれていた。
このイベントに行って良かったのは普段とは異なるアクセスルートであり、今まで見れなかった歴史的遺構が見物できたことである。
まずは、現在は在日米海軍横須賀基地司令部で、もと横須賀鎮守府の建物である。
鎮守府とは、各海軍区の警備・防御・所管の出征準備に関することを司り、所属の部隊を指揮・監督した海軍の機関。横須賀を始め、呉、佐世保、舞鶴の各軍港に置かれていた。横須賀鎮守府は明治17年(1884)に設置され、当初の庁舎は明治23年に完成したが、関東大震災で倒壊し、大正15年に再建されたものである。
1階の入口広間には昔の写真が展示してあった。
2階の講堂では趣向を凝らしたクリスマスツリーが展示されていた。
そして日本最古のドックであるドライドック1号(1871年建設)で、全長約137m、幅約29mである。
これは泊船庵の碑
仏教界の偉大な存在である夢窓国師が、関東に招かれ、当時鎌倉幕府のあった鎌倉から移ってきて庵を結んだのがこの場所である。庵の名前は泊船庵。夢窓国師はここに来て3年目の1321年、庵の背後の山に三重の塔をたて、「海印浮図」と額を掲げたという。これは、その塔を以て沖をいく船の目印とし、海に落ちる塔の影に魚が寄るようにすることで、結縁を得させようとする思いやりで建設されたものと言われている。
横須賀製鉄所跡碑
フランス人技師ヴェルニーによって建設された製鉄所は横須賀造船所、横須賀海軍工廠へと発展していった。
碑文はフランス語で書かれており、台座部分に製鉄所のレンガが使われた。
関東大震災の碑
大正12年9月1日の大震災の日、この基地内でも病院を始め、古いレンガ作りの建物など多くの被害が出た。壊れた燃料タンクから漏れた燃料による火災も発生したとのこと。大震災による犠牲者の方々の供養碑である。上部の円形の部分には地震発生の時刻、11時58分を指した時計が刻まれている。
「キティホーク」は来年の5月で現役引退する。そして後釜はニミッツ級航空母艦ジョージ・ワシントンである。
横須賀と米軍がこれからも良い意味で共存する道を模索している今日この頃である。
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