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2007年11月15日 (木)

浦和レッズを想う

昨夜も馴染みの焼き鳥屋でアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)決勝、浦和レッズVSセパハン(イラン)を観戦。永井の先制ゴールを含む活躍で2―0で快勝。イヤ~スゴイ!浦和レッズがアジアチャンピオンになってしまった!

最近では浦和レッズはJリーグでも躍進しているが、かつてはJリーグのお荷物チームとさえ揶揄されて、1999年には最終戦で福田がVゴールを決めて勝利したにもかかわらず得失点差1でJ2に降格となり「世界で一番悲しいVゴール」と呼ばれた。

翌年の2000年にはJ1にカムバックする。しかし、当時の日本サッカー界を席捲していたブラジルサッカー路線に変更するも結果は失敗に終わる。

その後日本代表監督だったハンス・オフトが監督に就任し、再度ヨーロッパ・サッカー路線へ戻る。そしてかつて浦和の選手であったブッフバルトが監督としてチームに復帰し、今のオジェック監督へとドイツサッカーを継続している。

やはり、日本人にはドイツサッカーとの相性はいいのだろう。
メキシコオリンピックで銅メダルを取った最大の功労者はクラマーコーチであることに異論を唱える物はいないだろう。当時のサッカー番組で岡野さんや長沼さんが盛んにクラマーさんの教えを話していたのが思い出される。釜本や杉山などが活躍した時期である。

来日当初、日本サッカーを見たクラマーさんは「これはサッカーではない!」と言い放った。
その後、ワタクシが敬愛しているオランダのクライフ氏も「日本と韓国のサッカーはサッカーではない!」とけなしていた、がオランダのチームフェイエノールトに移籍した浦和レッズの小野 伸二を見て「日本はワールドカップの決勝ラウンドまで行ける。何故なら日本には小野がいるからだ」と絶賛していた。

そしてジョホール・バールでの奇跡、野人「岡野」の決勝ゴールでフランス大会への切符を手に入れた。

浦和レッズが日本サッカーに果たした役割は大きい。そして来たる12月にクラブチーム世界一を決め「TOYOTA  FIFA クラブワールドカップ ジャパン」が開催される。是非とも浦和レッズVSACミランの試合が見てみたい。まぁ、順当に行けば決勝はボカ・ジュニアーズVSACミランという決勝になるのだろう。

        Aaa

そういえば去年のTOYOTA カップ、SC インテルナシオナル vs FC バルセロナの試合を観戦したがロナウジーニョは見せ場がなく終わってしまって残念であったが、ワタクシが座った席はSC インテルナシオナルのサポーター席で大いに盛り上がってこれはこれで楽しかったなぁ・・・・・

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