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2007年11月

2007年11月30日 (金)

ZABADAK 

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ZABADAK 20th

今日はどんよりとした天候ではあるが、透明感ある空気がピーンと張り詰めて頬に触れる。
黎明の気配が感じられる時、薄明かりの中色付いた木々が車窓の風景に浮かび上がり、幻想的な一瞬を迎える。
そんな時に小型ミュージックプレーヤーで聴いていたのが「ZABADAK」で、この幻想的なシーンとものの見事に彼らの音楽がマッチしたのである。

ワタクシ的には「ZABADAK」の音楽の心像イメージは北欧の森であり、そしてラップランドのオーロラである。
独特の浮遊感、そして透明感に満ちたメロディーに、天空の万華鏡であるオーロラの如く刻々と変わる叙情的なアレンジが巧妙に絡み合い神秘的な“ZABADAKワールド”が構築されている。

黎明の時の幻想的なイメージを感じさせてくれる「ZABADAK」の音楽はこれからの季節にもっとも合うワタクシの座右の“音楽”である。

※「20th」はZABADAKの結成25周年記念アンソロジー・ベストである。

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2007年11月29日 (木)

ベルリン飛行指令

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ベルリン飛行指令 (新潮文庫) (文庫)
佐々木 譲 (著)

遅ればせながら佐々木 譲の「ベルリン飛行指令」を読む。
この本の初版は1993年であり、当時より題名だけはずーと記憶の片隅にあった。
で、読後の感想は一言!もっと早く読んでいれば良かった!である。

古き良き時代の孤高の飛行機乗り、という設定で、文体も潔くその人物像を描いていおり、否が応でも男のロマンちゅうものをくすぐるワケで、この作品における佐々木 譲はまさに日本のジャック・ヒギンズと呼んでもおかしくない。

とにかくページをめくる己の手がまどろっこしい。早く、早く次のページに行きたいという想いがはやる。が、その反面いつまでもそのページに留まっていたいと言うアンビバァレントなウレシイ悲鳴をあげながら読む快感はそうざらにはない。

思えば、こんな気持ちになったのは日本の冒険小説では景山 民夫著の「虎口からの脱出」以来かもしれない。この「虎口からの脱出」は余り話題にはなってはいないがワタクシは日本冒険小説の金字塔だと思っているワケでこれに並ぶ面白さである。

そして、これはフィクションなのか、ノンフィクションなのか読者を惑わすディテールも巧みで読んでいても楽しい。

秋の夜長にバーボンを傾けながら男のロマンに没頭するのも悪くはないなぁ、と感じた今日この頃である。

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2007年11月28日 (水)

神奈川のうまい蕎麦64選

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神奈川のうまい蕎麦64選
そばったけの会/編集   

神奈川にあるうまい蕎麦屋を紹介している。なるほど横浜や鎌倉の有名処は押さえてはいる、がしかし、この本には三浦市はおろか横須賀市の蕎麦屋が一軒も紹介されていないのである。ワタクシこの手の本はあまり信用はしていないが、人口42万都市の横須賀には蕎麦屋がないのか~!とチョット憤慨してしまった。

で、少し冷静になって考えてみるとまっとうな蕎麦屋であった「まつや」や「閑雲」は既に閉店してしまっている。そういえばワタクシも最近では横須賀でが蕎麦を食していないなぁ・・・
横須賀は蕎麦不毛の地なのだろうか。
まぁ、強いて言えば中央にある「越後」の「本鴨せいろ」はウマイと思うのだが・・・
横須賀は蕎麦不毛の地ではないと信じたい今日この頃である。

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2007年11月27日 (火)

「ミッドナイト・イーグル」

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この原作を読んだのはもう5年ほど前だろうか。
原作者の高嶋 哲夫氏の小説は殆んど読んでいる、と思う。最近では「M8」や「TSUNAMI」などの災害パニック&シミュレーション小説が記憶に新しい。そしてこの「ミッドナイト・イーグル」も読んだ記憶があるが内容が思う出せない。まぁ、しょうがない3~4日のペースで本を1冊読むという雑読なので、次第に記憶が曖昧になってくる。ましてや毎日摂取する「お酒」が浸透圧で染み込んで、脳細胞を破壊しているのだ。頭もモウロクしてくる。

そしてコマッタことに一度読んだことがある本をまた買ってしまうことがある。これが一度や二度ではない。で、読み出しても暫くは気づかない。1/3ぐらい読んだところでやっと気づく「アレッ、これは読んだことがあるぞ~!」となる。まったく我ながらアホだと思う。ってな訳でこの「ミッドナイト・イーグル」も最初は思い出せなかったが、しだいに予想外のラストシーンが脳裏に浮かび上がってきた。冒険小説なのにラストがあまりにも切な過ぎるのである。

ワタクシがこの映画を観ようと思った動機は2つある。原作が高嶋 哲夫であること、そしてもう一つは助演女優が竹内結子だったからである。実はワタクシ、NHK連続テレビ小説「あすか」から気になっていた女優なのである。というのも当時仕事で仙台におり、NHK連続テレビ小説を観てから出勤という恵まれた環境にいて、毎日観ていれば情が移ってトーゼンである。

特に「一生一品」を夢に伝統的な和菓子職人の世界で生きる、というのは現在ビッグ・コミックオリジナルで連載している「あんどーなつ」のキャラと良い意味で見事にかぶり、過去と現在がワタクシの心の中にマーブル模様を描き出すワケで、これは観るしかないでしょう。ということで話は戻り、映画の「ミッドナイト・イーグル」である。

原作はかなり緊迫した山岳アクションなのだが、ハリウッド映画だったらドンパチ激しいシーンの連続だろうが、日本人の情が移った映像描写で淡々と描かれている。これが妙にリアリティがある。そして次第に高まりをみせて究極のラストへと導いていく。もうこの辺りになると周囲からは嗚咽が漏れてくる。醒めた目で見ればラストの結末は疑問が残るが山岳アクション映画でウルルになるのも悪くはないなぁ・・・としみじみ感じた次第である。

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2007年11月26日 (月)

小網代の森

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三浦半島の引橋から油壺にかけて「小網代の森」という自然林がある。
しかし、ここはもともとはと純粋な自然林ではなかった。昭和30年代には薪や炭にするために利用していた雑木林があり、下流域には水田を耕して稲作を行っていた。しかし、これら田も次第に放棄され、その田の跡には草木が繁茂し、この谷は急速に自然に帰っていき、かつてあった生態系に戻りつつある。そんな森である。

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そして、河川の源流の森林から湿原、河口そして干潟まで自然状態のまま一体となっている豊かな自然生態系が残っているのは関東・東海地方ではこの小網代の森だけなのである。

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耳を澄まして森を仰ぐと様々な野鳥のさえずりが聞こえてくるし、その姿も見れる。面積当たりの個体数はかなり多い。
この小網代の森では、草木やシダなどの植物、昆虫、エビ・カニの仲間、鳥類やほ乳類など現在分かっているだけで約1300種以上の生物種が確認されているという。

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開発か保全か過去幾度も話題に上がったが、2005年9月、国土交通大臣による近郊緑地保全区域の指定を受け、今では落ち着き、訪れる人が殆どいないぐらいである。これはこれで良い。

この小網代の森を訪れたのは今回で2回目だがここは森の「気」が感じられるから好きな探索ポイントの一つである。

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2007年11月25日 (日)

「僕ら、スゴいんです!志ん輔・志らく・歌武蔵」

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ほんわかと秋日和の午後に落語を楽しみ、まったりとするってのもオツなもの、ってな訳でベイサイド・ポケットまでチョックラ出かける。

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今日の演目は全て大当たり!で涙を流して笑いまくってしまった。
「立川志らく」の落語はまるで瞬間ガス湯沸かし器の如くいきなり沸騰してハイテンション状態になり、息もつかせぬマシンガントークが源平合戦をベースに野球ネタから映画ネタまで駆使して縦横無尽に飛び出す。
それにしてもこの人よほどの映画狂である。シネマ落語というパロディ化した新作があるらしい。また落語を聴く楽しみが増えた。

中入り後は「三遊亭歌武蔵」の相撲ネタ落語。実はこの人は元力士で落語家になったいう珍しい経歴を持っている。この相撲ネタも角界スキャンダルという旬な時事ネタを関係者?ならではの巧みなツッコミで切りまくっていた。

トリは「古今亭志ん輔」、古典の名作「お見立て」である。口跡の良さ・表情の豊かさ・しぐさの繊細さはもう見事!というより他はない。まさしく名人芸である。古典でここまで抱腹絶倒したのは初めてである。
さて、こんどは横浜のにぎわい座に志ん輔の独演会でも聴きに行こうかなと思案する今日この頃である。

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2007年11月24日 (土)

「ロックの学園」

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「ロックの学園」なるイベントが廃校となった旧県立三崎高校で行なわれているとな・・・
エッー!三崎高校って何時廃校になったの!調べたら2004年に廃校になったという。シラナカッタ。
で、「ロックの学園with三浦芸術祭vol.1」と銘うちロックの文化祭をイメージしたイベントとして復活?した。

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ロック好き、楽器好きには一日いても飽きない内容である。かくゆうワタクシも70年代のロック少年であり、チョックラお邪魔した次第。

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講堂ではサンプラザ中野教論による「ロックと株と本マグロトロ太郎と今日という日が最後なら」という授業が行なわれており、しばし聞き入る。
まぁ、ロックと株は「大衆化」というキーワードで面白オカシク解説していた、が本マグロトロ太郎となるとワケわかめであったが、これはサンプラザ中野氏が創作したアニメだと知り納得。しかし、このキャラ、あまりにもナンセンスでシュールである。そして本邦初公開のオリジナル「本マグロトロ太郎」のあまりのバカさにしばしボーゼンとしてしまう。(本マグロトロ太郎は土曜の早朝にTV東京で放映されている

ちなみに「今日という日が最後なら」はみうら映画祭の第一回上映作品でエンディングテーマ曲をサンプラザ中野が歌っている、という繋がりで引き続きこの映画が上映された、が時間の都合で見れなかった。少々残念。

このイベントは今後も継続してゆくだろう。昨今の音楽事情には疎くなっているが、オジサンにも楽しめる内容で今後も趣向を凝らしてやってもらいたいと思う今日この頃である。

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2007年11月23日 (金)

二子山~森戸川源流を巡る

朝は曇っていたが、次第に太陽が覗いてきたので久々に山歩きに出かける。
三浦半島には自然が残された魅力的なコースが幾つかあるが今回は東逗子から二子山を巡り森戸川源流を経て長柄に下りるコースを選択。
実はワタクシ、このコースは初めてである。

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東逗子駅を降りると「二子山ハイキングコース」の案内がデーンと構えていた。

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通りを渡る右手に立派な蔵作りの家があった。
コリャ~見事である。そして保存状態も大変良い。

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道伝いには「二子山ハイキングコース」の案内板があり迷わず進める。

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気持ちの良い山道

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二子山山頂にある展望台
ここは二子山でも上の山の山頂である、この先に下の山があるが今回はパス。

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展望台からの八景島シーパラダイス方面を臨む

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森戸川分岐まで戻り森戸川源流を下る。

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しかし、この森戸川渓谷周辺は実に気持ちが良い。
春先にもまた来てみよう。

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台風の影響で倒木が多かった。

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上を見上げると気持ちの良い秋空が広がっていた。

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長柄に行く途中にある御霊神社

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傍らには忠烈塔があった。
調べてみるとこの砲弾型忠烈塔は、昭和六年十一月建立されたもので題字「忠烈」は元伯爵元帥東郷平八郎の真筆であるらしい。

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長柄にあった庚申塔

横須賀から逗子、そして葉山にかけては通称「三浦アルプス」と呼ばれている山々がある。
仙元山、三ヶ岡山、南尾根や北尾根、そして今回歩いた森戸川林道コースなど豊かな自然が残された魅力あるコースが幾つかある。
身近にこんな素晴しい環境があるということに感謝!したいと思う今日この頃である。

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2007年11月22日 (木)

ライオン丸の柏木 そして 李の大和魂

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昨夜の北京五輪サッカー最終予選の日本vsサウジアラビア戦は久々に見応えのある内容の濃い試合で、肩に力が入り疲れたが、試合終了と共に思わず小さくガッツポーズ。

双方とも中盤をコンパクトにまとめて、攻守の切り替えが早く、目を放しているヒマがない。まぁ、結果はスコアレスドローの0-0だったが、日本はめでたく「北京行きの切符」を手に入れた。

この試合で一番目だったのはMF柏木だろう。コヤツはスゴイ!何がスゴイってあのヘヤースタイルである。かつてのコロンビアのバルデラマを彷彿させるヘヤースタイルはまさに日本の「ライオン丸」である。目だったのはヘヤースタイルだけではない。あのエネルギッシュな運動量は驚嘆に値する。守りに攻めにまさにライオン丸の如く獅子奮迅の大活躍!自陣のゴール前から相手のゴール前まで駆け巡りTVの画面には必ず彼の姿があった。そしてゴールには至らなかったが、得点チャンスには必ず彼のプレーが絡んでいた。そして後半の日本の圧倒的な優勢を支えたのは彼の凄まじいばかりの運動量である。まさにチームのダイナモであり、牽引車である。恐るべき19才である。

ゴールネットは揺らせなかったがFWの李と岡崎もヨカッタ。特にベトナム戦で2点を取った李の気迫あるプレーには「大和魂」を感じた。彼は今年に入ってから帰化した反町ジャパンの秘密兵器であるが、何故その彼から大和魂」を感じるのだろうか?

思えば「日本サッカーの父」であるクラマーさんが杉山や釜本らに「大和魂」の精神を教えたのだが、これは日本のため、チームのために考え、そして一生懸命プレーしろということである。昨夜の日本の選手は当然皆一生懸命プレーしていたが、李の直向にゴールに向かう姿にオーラが宿ったような気迫があり、これが「大和魂」を感じさせたのかもしれない。

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2007年11月21日 (水)

ご近所探索「めだかの学校」童謡碑

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「めだかの学校は 川のなか
     そっとのぞいて みてごらん
     そっとのぞいて みてごらん
     みんなでおゆうぎ しているよ」

三笠公園入口の左側に「めだかの学校」童謡碑がある。これはこの「めだかの学校」の作詞者である茶木滋氏が横須賀出身ということで昭和63年に横須賀市によって建立されたものである。
茶木滋は明治43年に汐入町の茶木薬局の三男として生まれ、汐入小・横須賀中・鎌倉中を経て明治薬学専門学校に学び、薬剤師となったが、中学時代から童話や童謡に興味を持ち、児童雑誌「赤い鳥」などに投稿していた。

「めだかの学校」は小田原に住んでいた昭和21年春、郊外の小川をのぞき込んでいた時、長男が何気なく言った「待っていればまた来るよ、だってここはめだかの学校だもの・・・」という一言をヒントに一晩で書き上げたと云われている。

作曲者は中田喜直で、大正12年8月1日、東京に生まれ、有名な「早春賦」の作曲家中田章を父に、幼時から音楽的に恵まれた環境の中で育ち、やがて東京音楽学校ピアノ科を卒業した。「夏の思い出」、「かわいいかくれんぼ」、「雪のふるまちを」、「ちいさい秋みつけた」などの作品がある。

「めだかの学校」は昭和26年3月に発表され、以来小学校唱歌として子供から大人まで広く親しまれ愛唱されている。

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2007年11月20日 (火)

天使のくれた時間

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この映画はさり気なく問いかけてくる。
「what If・・・・・」と、、。

たとえば、
What if you made different choice?
もし、、別の選択をしていたら、、?
What if you said Yes instead of No.
もし、、NOではなくYESといっていたら、、。
What if you got a second chance? 
もし、選び直せたら?

現実と幻想が交錯し、男と女の「what If・・・・・」のファンタジーが描かれている。

「君は・・・僕よりいい人間だ。
おかげで僕までいい人間になれる。」
こんないい関係の台詞はチョットない。

そして何よりもこの映画の最大の見所はティア・レオーニの“可愛さ”である。
彼女の、その“可愛さ”から滲み出る癒し系フェロモンにはオジサン、もうタマリマセン!
「ディープ・インパクト」や「ジェラシック・パークⅢ」など他の主演映画はあるが、この映画ではその人柄から醸し出す“可愛さ”が絶対的な長所となっており、完全なハマリ役になっている。

また、幼い娘役のマッケンジー・ヴェガが父親役であるニコラス・ケイジに言う
「地球へようこそ」もいいシーンである。

誰もがその人生において常に正しい判断で選択はできないだろう。
しかし、、立ち止まって考える時間ぐらいはあるだろう。
そんな時にこの映画を観るとよい。

※車の運転シーンでニコラス・ケイジが言う台詞に
Sayonara、Wall Street.(さよならウォールストリート)
がある。さよならってもう英語なのね。

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2007年11月19日 (月)

失われた町

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失われた町 (単行本)
三崎 亜記 (著)

何の予備知識もなく読み始めたのだが、次第に頭の中が混乱してくる。
プロローグがエピローグなのである。
で、時系列がブンガク的に戻りつつ、この壮大な物語の全貌の謎を紐解いていく。
内容的にはSFなのだが、手法が妙にブンガク的で、非常に危ういバランスで構築されているカンジである。

“意識”、あるいは”明確な意図”を持った「町」が30年に一度、一つの町の住民を跡形もなく「消滅」させる。消滅させるのはいいが、その件がブンガク的でSF的な具体的な理由付けが施されていない。10代の頃から小松左京やら筒井康隆などSF小説に慣れしたしんだ己の感性がこの手法に違和感を抱くのである。

まぁ、ブンガク的に未熟なワタクシの不徳の致すところからもしれないが、漠然とフラストレーションだけが溜まっていく。そしてエピローグがプロローグとなり、壮大な物語は線香花火の如く終末を迎えるわけで、これはこれで生と死の儚さを意味を示唆しているのだろう。だがしかし、心に中ではもっと明確な結末を期待していたワタクシはものの見事に肩透かしをくらった訳で、割り切れない蟠りだけが残ってチョット残念である。

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2007年11月18日 (日)

よこすかカレーフェスティバル

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本日は秋の恒例イベントである「よこすかカレーフェスティバル」が開催されていた。
実はワタクシこのイベントに行くのはこれで2回目である。
前回は5年ぐらい前だったかなぁ・・・・・
そしてこのイベントは毎年恒例ではあるが、さて今年で何周年目だったかなぁ・・・
で、調べたら9周年にあたり、2003年までは夏に行なっていたとな。
そうだ、思い出した!前回は真夏の暑い中カレーを食したことを覚えている。

秋の晴天にも恵まれてのんびり、まったりを過ごそうと出かけたが、イヤ~コリャ凄い人出である。
以前はこんなには混んではいなかった。

横須賀市が頑張って宣伝・アピールした賜物で、遠方よりお越しの人達も多い。
まぁ、これはお祭りである。人出が多いのに越したことはない。

で、コチトラもビールを片手に各店先を覗く。

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ホ~、門司の焼きカレーや土浦のツェッペリン・カレー(初めて聞いた!)などご当地カレーが勢揃い。

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ビールのつまみに茨城のまいんコロッケ(ビーフ&りんごコロッケ)をかじりつつ、カレー・バイキングの列に並ぶ。そして、このりんごコロッケ、初めて食べたが抑えた甘みがビールによく合う、ウマイ!

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横須賀のカレー名店の味が一度に楽しめるカレー・バイキング。そこでチョイスしたのはウッド・アイランド、波場来人(ハーバーライト)、ホテルトリニティ、に魚藍亭のカレーである。それぞれに味に個性がありウマイ!これで300円。

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そして気になっていた土浦のツェッペリン・カレー(300円)も頂く。サフランライスじゃなかったターメリックライスがオシャレやね。
いわれは、やはりアノ飛行船ツェッペリンから頂戴しているという。

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伊豆の下田からは天然物の鮎の塩焼き~!!そしてサザエのつぼ焼き~!!
まぁ、カレーとは関係はない?が各ご当地の名物が集まるのもこのイベントの良さである。

ビールを追加し離れたテーブルでのんびり、まったりと鮎の香りを楽しむ。

で、今日の一句「秋晴れよ カレーと鮎で まったりす」オソマツ、、。

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2007年11月17日 (土)

「大徳川展」

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大徳川展である。そして「この大は2度とない」というコピーに、江戸文化大好きなワタクシとしても行かざるを得ないワケで久々に国立博物館へ行く。前回は「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」であるから6ヶ月ぶりである。

家康公ゆかりの品々も当然あり、鎧・兜の大きさから察すると家康はけっこう小柄だったということが分かる。そして神経過ぎるほどに徳川幕府を如何に長期間安定・持続されていくか心を砕いていたかそれらを物語る品々も展示されていた。

そんな徳川幕府もやがて終焉を迎える訳で、ここにはその終焉の証である「大政奉還上意書」と 徳永慶喜直筆の「大政奉還勅許写」が展示されており、しばし眺めてこれを成し遂げた坂本龍馬を想い感慨に耽る。(実際には龍馬はあやつられていたらしいのだが・・・

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展示品の中でも人気があったのが水戸光圀の「印籠」である。ほーこれがあの印籠かと思ったが、この印籠は光圀が実際に使ったことはなく、儀式で使われていたという解説があった。まぁ、水戸黄門の話は幕末に作られた話であり、信憑性は薄いということは分かっているが、昔見たテレビの影響は大きい。
アノ名セリフである「控えーい、控えーい!この紋所が目に入らぬか。こちらにおわすお方をどなたと心得る。恐れ多くも先の副将軍 水戸光圀公にあらせられるぞ!」で有名な印籠であり、日本人にとって一番身近な?「三つ葉葵」なのだろう。

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10時に入館したのだがそれでも大変混雑していた。やはり「徳川家」は人気がある。で、12時半に出る頃には館外に長蛇の列で入場制限されていた。40分待ちとな!恐るべし「徳川家」である。そしてこの「大徳川展」は日本人なら観る価値は十分にあると感じた今日この頃である。

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神保町シアタービル

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これは吉本吉本興業が運営する劇場である神保町花月とNSC(吉本総合芸能学院)東京校、そして小学館が運営する映画館が入っているビルである。

実はワタクシ、このビルを施行するにあたり、今までの図面表現ではこの建物を正しく施行することが困難なため、3次元でモデリングを行い施行用の詳細図面をシコシコを描いていた、というよりは作っていたのが今から1年以上前の話である。

多角形で立体的に構成される打放コンクリートの建物はおそらく今までにないものであり、皆さん大変苦労して作り上げた建物というよりはオブジェであるというのが正直な感想である。

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シアターでは「続・三丁目の夕日」が上映されていた。

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「蕎麦屋で一杯」

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さぁ、新蕎麦のシーズンである。
てな訳でチョイト一杯やって新蕎麦を手繰りに神田まで足を伸ばす。
神田で蕎麦と言えば「藪」か「まつや」であるが、ワタクシはこの「まつや」の方が好みである。
古き良き下町の味であるここの蕎麦が無性に食べたくなる時がある。
手打ちにこだわった蕎麦はピンと角が立ち、喉越しがとても良い。さほど香りが立ちこそしないのだが、まぁ「まつや」はこれで十分なのである。

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蕎麦屋で憩うという雰囲気がこの店にはある。で、この名物である「焼き鳥」で一杯、蕎麦味噌を舐めつつ一杯。銚子を2本明けほろ酔いで大もりを手繰る。
相席の向かいの旦那衆もビールや銚子を傾けている。
土曜日の昼下がりの午後、「まつや」でまったりとした至極の時を過ごす。

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2007年11月16日 (金)

TGIF

今日は“TGIF”である。

TGIFって何?
最近ではUNIX 上のフリーソフトのドローツールで有名かもしれないが、英語の慣用句で“Thank God it's Friday!”の略である。

直訳すれば金曜日だ!神様ありがとう!になるのだが、まぁ、花キンだ!(花の金曜日)という意味である。
しかし、この花キンも最近では死語になりつつある。

で、この“TGIF”は英語の慣用句なのだがイギリスでは使われていない。
もっぱらアメリカで使われている。理由はワカラン。

アメリカに住んでいた時、新聞なんて読まなかったが、金曜日版だけは車に乗って買いに行っていた。
金曜日版は週刊誌以上の厚さで、経済から生活までいろいろなジャンルの特集号がこの金曜日版には入っていて、週刊誌以上の厚さになってしまうのである。

その中に“TGIF”という特集があり、これが目当てで新聞を買っていた。“TGIF”では週末のイベントを紹介しており、まぁ、ぴあの週末版みたいなもんである。
で、この“TGIF”を読んで映画やらライブに出かけるわけである。

久しぶりに当時読んでいた“West Palm Beach Post”にアクセスし、“TGIF”を見たらWest Palm Beachでは“Sun Fest”の真っ最中!である。そういえばこれに行った記憶がある。
http://www.palmbeachpost.com/tgif/content/entertainment/tgif/index.html

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そういえば横須賀には”T.G.I.FRIDAY’S ”なるアメリカンレストランがある。
最近では、さっぱり、まったりの和食系が好みなので入ったことはない。

そして、ワタクシの“TGIF”は酔っ払って過ぎてゆく。
忘却の彼方へ・・・・・・

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2007年11月15日 (木)

浦和レッズを想う

昨夜も馴染みの焼き鳥屋でアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)決勝、浦和レッズVSセパハン(イラン)を観戦。永井の先制ゴールを含む活躍で2―0で快勝。イヤ~スゴイ!浦和レッズがアジアチャンピオンになってしまった!

最近では浦和レッズはJリーグでも躍進しているが、かつてはJリーグのお荷物チームとさえ揶揄されて、1999年には最終戦で福田がVゴールを決めて勝利したにもかかわらず得失点差1でJ2に降格となり「世界で一番悲しいVゴール」と呼ばれた。

翌年の2000年にはJ1にカムバックする。しかし、当時の日本サッカー界を席捲していたブラジルサッカー路線に変更するも結果は失敗に終わる。

その後日本代表監督だったハンス・オフトが監督に就任し、再度ヨーロッパ・サッカー路線へ戻る。そしてかつて浦和の選手であったブッフバルトが監督としてチームに復帰し、今のオジェック監督へとドイツサッカーを継続している。

やはり、日本人にはドイツサッカーとの相性はいいのだろう。
メキシコオリンピックで銅メダルを取った最大の功労者はクラマーコーチであることに異論を唱える物はいないだろう。当時のサッカー番組で岡野さんや長沼さんが盛んにクラマーさんの教えを話していたのが思い出される。釜本や杉山などが活躍した時期である。

来日当初、日本サッカーを見たクラマーさんは「これはサッカーではない!」と言い放った。
その後、ワタクシが敬愛しているオランダのクライフ氏も「日本と韓国のサッカーはサッカーではない!」とけなしていた、がオランダのチームフェイエノールトに移籍した浦和レッズの小野 伸二を見て「日本はワールドカップの決勝ラウンドまで行ける。何故なら日本には小野がいるからだ」と絶賛していた。

そしてジョホール・バールでの奇跡、野人「岡野」の決勝ゴールでフランス大会への切符を手に入れた。

浦和レッズが日本サッカーに果たした役割は大きい。そして来たる12月にクラブチーム世界一を決め「TOYOTA  FIFA クラブワールドカップ ジャパン」が開催される。是非とも浦和レッズVSACミランの試合が見てみたい。まぁ、順当に行けば決勝はボカ・ジュニアーズVSACミランという決勝になるのだろう。

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そういえば去年のTOYOTA カップ、SC インテルナシオナル vs FC バルセロナの試合を観戦したがロナウジーニョは見せ場がなく終わってしまって残念であったが、ワタクシが座った席はSC インテルナシオナルのサポーター席で大いに盛り上がってこれはこれで楽しかったなぁ・・・・・

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2007年11月14日 (水)

イノセント・ボイス 12歳の戦場

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想像してほしい。
日常生活の中に銃撃戦があるということはどういうことなのか?
些細な出来事が仲の良かった少年達を政府軍とゲリラとに引き裂いて戦い合うということはどういうことなのか?

そして少年は問いかけます。
「神様、きこえますか。僕は戦わなければいけないのですか?」

1980年代 私は隣国であるホンジュラスにいた。
そして同じく隣国であるニカラグアの反政府ゲリラである「サンデニスタ」の脅威に怯えていた。
周りの人達は皆銃で武装していた。

そんな環境を体験していると、普通の人が衝撃を受けるであろうこの映画を観てもさほど驚かない。
そのような事実があってもおかしくはないな、とさえ思ってしまう。
だいぶ感覚的に麻痺しているのかもしれない。

ともすれば戦場では大人でも感情を喪失してしまう、そんな中この少年は子供なりの感情を持ち続け、子供でいつづけようとする彼なりの戦いを描いていたのではないだろうか、、。

「12歳の戦場」それはそれはとりもなおさず大人のエゴと戦うピュアな少年の戦いなのかもしれない。

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2007年11月13日 (火)

三笠を想う

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幼少の頃両親に連れられて三笠に来た時、父が一枚の写真の前で立ち止まり、「この人がお祖父ちゃんの親戚の方だよ」と言った。指差した写真は30人ぐらいの水兵達の集合写真で父の指は見知らぬ若い水兵を指していた。ワタクシの父方の祖父の親戚が三笠に乗っていたという僅かな記憶が残っている。

その写真は何故か今はもう展示されていない。

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三笠に通じる道は今は埋め立てられて公園になってしまったが、昭和44年までは三笠橋を渡り、横須賀学院脇の細い道を歩いていった。道の右側は海でよくここで釣りをしたし、灯篭流しもここで行った。三笠橋の手前(今のさいか屋の駐車場近辺)には魚市場があり、何故かここで靴下を海に流してしまったという記憶が鮮明に残っている。

三笠のフェンスを乗り越えてよく釣りをした。そして三笠の船首近くまでフェンスが張り巡らされていており、その向こうはアメリカだった。現在は返還されて三笠公園として市民の憩いの場として利用されている。

ワタクシは横須賀を離れていた時期は15年以上ではあるが、そんな三笠は、ワタクシにとって幼少の頃からそして今までも、離れていても横須賀には三笠がある、横須賀に帰れば三笠があるという帰るべき道標(みちしるべ)である我が心のランドマークであったことは確かなことである。そんな三笠がこれからもワタクシも含めて横須賀の人達の心のランドマークであってほしいと願う今日この頃である。

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2007年11月12日 (月)

昨日の続き 戦艦「大和」特別展

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三笠公園にある記念艦「三笠」にて戦艦「大和」特別展が11月10日から開催されている。

そして11月11日(日)には呉市大和ミュージアムの館長 戸髙一成氏による「大和を想う」という特別講演会があった。

思えば「大和」が戦後改めて注目されたのは辺見じゅん著の「男たちの大和」が1984年に新田次郎文学賞を受賞してからではないだろうか。
そして、その翌年の1985年7月、「海の墓標委員会」の尽力により、東シナ海の水深350mの深海底に没した大和が発見され、初めて一部遺品などが引き揚げられた。

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この辺見じゅん著「男たちの大和」は、生存者と遺族への膨大な取材によって完成された戦後ノンフィクションの金字塔で、そのリアリティと、ディテールの奥深さ、また何よりも生と死という真実から平和の尊さを描いた傑作である。

そして2005年に大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)がオープンし年末に原作に忠実に製作された映画「男たちの大和」が東映系で全国劇場公開された。

これにより一気に「大和」ブームが到来し、大和ミュージアムの年間入場者数も100万人を大きく突破し国立科学博物館に匹敵する入場者数でこれは県や市の経営する博物館としては異例の活況を呈している。

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その大和ミュージアムの館長 戸髙一成氏であるが、大和に対する立場が違えど辺見じゅん氏と並んで多くの大和関係者と会われたお方である。従って、辺見じゅん氏とは違った視点から大和の真実を興味深く語っていた。その中でも呉海軍工廠造船部設計主任を務め、戦艦「大和」の建造に携わった「牧野茂」氏が「大和」の設計仕様仕様について戦後も時あるたびに悩んでいたという談話は興味深く面白かった。

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彼は「大和」の防御にこだわっていたという。特に船体の防御鋼板については当時の日本の生産技術の限界で悩んでいたらしい。船体の防御鋼板の厚さの410mmもあったが、問題はその繋ぎ目だったという。防御鋼板の真ん中に魚雷が当たっても問題はないが、繋ぎ目に当たるとどうなるかと聞くとムニャムニャと語尾を濁したらしい。当時の最先端技術を駆使したとあるが、実体は出来る限りのことはやったという感想であり、日本海軍技術者の苦悩が手に取るように分かるような気がする。

そして、今、日本人にとって「大和」の存在意義とは一体何だっただろうか?

「進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ 負ケテ目覚メルコトガ最上ノ道ダ 日本ハ進歩トイフコトヲ軽ンジ過ギタ 私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダハツテ、本当ノ進歩ヲ忘レテヰタ 敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ハレルカ 今目覚メズシテイツ救ハレルカ 俺タチハソノ先導ニナルノダ 日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ヂヤナイカ」

臼淵大尉が語ったこの言葉が嘘偽りのない「大和」の存在意義だと思いたい、そして戦没者に合掌

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2007年11月11日 (日)

防衛大学校 開校祭

横須賀の小原台に防衛大学校がある。
自衛隊の幹部養成機関であり、英語では「NATIONAL DEFENSE ACADEMY」となる。
入学試験はあるが、ある意味では東大に入学するよりも難しいとされている。というのも学力もさることながら一定の体力をクリアーしないといけない。また国家防衛に対する健全な思想を持っていなければならない。

まぁ、これは昔の話で今は少しは緩和されているかもしれない。なんたって最近では女子学生がいるくらいだからなぁ・・・・アレッ、彼女達は早朝の乾布摩擦体操はどーするのだろうか? 早朝、男子学生達が上半身裸で乾布摩擦による体操をやっていたが・・・今はやっていないのか?

実はワタクシ、防衛大学校の中で2年ほどお仕事していた時期がある。構内地図を眺めるとサッカー場やアメフト場の脇に7号、8号学生舎があるが、この学生舎の建設に携わっていた。
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資料館の年表によると1978(昭和53)年の3月7日に7号学生舎が、そして、1979(昭和54)年の2月20日に8号学生舎が完成しているとある。ヒエ~、今から28年も前になるのか~、子供だったら成人して結婚しているかもしれない。ひょっとすると孫までいるかもしれない。コチトラが年を取るのも当たり前か。

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そして今日は恒例の開校祭である28年振りに防衛大学校を訪れる。

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で、これが28年振りに対面した「子供達」の姿である。往く年の汚れが見立つのは致し方がないことである。(何箇所かリニューアルした跡があるが)

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7号学生舎と8号学生舎

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手前が7号学生舎で右奥が8号学生舎である。

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それにして28年振りに訪れた防衛大学校は随分と変わってしまった。

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学生会館の外観は変わらずだが内部はリニューアルされている。昔、ここにあったアライ写真のオネーサマが好きだった。

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今では各国の留学生も受け入れているようでエスニック料理の屋台がある。

学生舎を建設していた当時は工期もなく毎日夜遅くまで工事をしていたので、現場を照らす水銀灯も夜遅くまで点けていたが、ある日夜間訓練に支障があるから消してくれと連絡があった。で、構内をよーく見ると戦闘服に身をまとった学生達が現場の照明で丸見えである。確かにこれでは夜間訓練にならないが丁重にお断りしたこともある。

現場の中にいきなり手榴弾が放り込まれたことがある。これは手榴弾の遠投訓練で勢い余って放り込まれたモノである。

パラシュート降下訓練で誤って現場に降りてきた者もいた。

ある意味で「地図に残る仕事」をやっていたのでご当地横須賀にもその痕跡がある。
この防衛大学校であり、油壺の東大地震観測所であり、武山にある第二通信研究所である。
通勤途中の車窓からもかつて携わった建物が見える。そして時折当時の記憶が甦ってきて感慨に耽るときがある。
何だか最近は己の痕跡を追い求めているのかと想う今日この頃である。

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2007年11月10日 (土)

雨の六本木 モノトーンの世界

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20代の若き頃、終電がなくなった深夜の六本木の裏道を酔っ払い彷徨い歩いた道。
光が失せた雨の日はモノトーンの色調に落ち着き過去の記憶と重なる。
しかし、通いつめたクラブは既になく近代的な建物に変わっていた。
六本木の過去と現在、見上げれば街の移ろいの証しがそびえ立っていた。

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フェルメールの「牛乳を注ぐ女」

15年ぐらい前にNHKの美術番組でフェルメールという画家の特集があり、その番組の中で解説をしていたのが小林頼子女史である。
そしてこの小林頼子女史が余りにも熱っぽくフェルメールを語っていたのでこちらも思わず引き込まれてフェルメールの世界に引きずり込まれてしまった。

そしてこの時がフェルメールとの最初の出会いである。

その後、フェルメール関連の書物を読み漁ってきた。そして知れば知るほどフェルメールの魅力の奥深さにハマってしまった。
しかしである、ワタクシは今まで本物のフェルメールの作品を観たことがないのである。

フェルメールの生涯で30数点しか作品を残していないのでその作品の少なさ故になかなか観る機会がない。しかも作品は世界中に散らばっている。

数年前に関西でフェルメールの展覧会があったが行けなかった。しばらくは観ることは出来ないのか、と諦めていたら今年東京の国立新美術館でフェルメールが観れるという情報があったのは今年の初めである。
で、待ちに待って本日やっと生フェルメールとご対面!

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国立新美術館開館記念
アムステルダム国立美術館所蔵
フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展

フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展とあるが、これまで宗教的な意味合いが多かった絵画が経済の発展と共に市民の生活に入り込んできた、それが風俗画である。

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フェルメールの「牛乳を注ぐ女」

計算された光の描写、巧みな質感の描写、そして透視図法を取り入れて、意図的に光と影を操り、計算されつくした構図が観る者の視点を巧みに操り絵画に集中させてしまう。
絵画上の意図的な操作、現実の世界と企みの世界とが織りなす綾がまさしくフェルメールの世界である。

絵画とはここまで緻密に考えられて描かれていたのか!という衝撃的なオドロキがまさしく今目の前にある。
「牛乳を注ぐ女」の前を何度も往復し、近寄ったり離れて観たりとしていたら涙が出てきた。
15年も待ってやっとご対面である。そりゃ~カンドー島倉千代子である。

フェルメールの30数点を巡る世界の旅というのは夢なのか、何とか実現させるためにガンバリましょうか。

そしてワタクシをフェルメールの世界に誘(いざな)ってくれた小林頼子女史に感謝!
日本でフェルメールを語らせたら右に出るものはいないだろう。現在の日本のフェルメール研究の第一人者である。
フェルメールに関する著書も数多い。

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2007年11月 9日 (金)

デレク・トラックスとグッド・バイブレーション!

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ライヴ・アット・ジョージア・シアター [Live]
デレック・トラックス・バンド (アーティスト)

ワタクシの年ぐらいになるとリアルタイムで感動するというミュージシャンにはなかなかお目にかかれないなぁ、と思っていたら昨年のクラプトンのコンサートに同行してきたスライドギタープレーヤーである「デレク・トラックス」には正直いってオドロキ・モモノキ・ファンキー・モンキー・ベイビィー!

そしてこれはそのデレック・トラックス・バンドのジョージア・シアターでのライブ盤である。

ジョージア・シアターの雰囲気と彼らの音楽がグッド・バイブレーション!
非常に良い雰囲気の中でデレックが伸び伸びと自然体でプレイしている
音楽のミューズが宿ったような彼の両手に操られた赤いSGからほとばしる絶え間ない旋律はギターの息づいた鼓動のように聴こえる。

彼の音楽にはブルース、ジャズ、ロック、そしてインドやパキスタン、アフリカの民族音楽などエッセンスが散りばめられている。そしてその音楽のジャンルを超越したデレック・ワールドの中でレイド・バックしながら彼の音楽の中で身を任していたい。
そしてその旋律とグッド・バイブレーションしたい。

Songlines Live」というDVDも買ったがワタクシ的にはこちらのジョージア・シアターでのライブ盤の方がグッド・バイブレーションである。

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2007年11月 8日 (木)

リンゴォ・キッドの休日

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(角川文庫) (文庫)
矢作 俊彦 (著)

我が地元、横須賀を舞台にしたハードボイルドの中篇2編が収められている。

昭和61年に六版発行とあるだけあって今は亡き?ガントリークレーンも登場し、古き良きドブイタが舞台である。まぁ、今だから古き良きドブイタなんて表現が平気でできるが。ワタクシが幼少の時のドブイタは怖かったという印象しかない。特にベトナム戦争の頃は荒れていて、怖くて子供は近づけなかった。
で、昭和60年代というと少しは落ち着いてきた頃であり、トリオ・ザ・パンチの内藤陳の「おら、ハードボイルドだど!」などのギャグは流行った頃でもある。

ハードボイルドと言えばレイモンド・チャンドラーである。矢作 俊彦氏は彼を手本としてハードボイルド小説を書きたかったのだろう。

でも、ハードボイルド小説特有のウィットに富んだ描写が時には仇になることがある。
例えば「時は10月、ジャマイカのパンフレット写真みたいに晴れ渡った少し寒すぎるくらいの水曜日」という件はテンポよく読めるが、「金庫から飛び出してきた新品の札束みたいな笑顔だった」とくるととたんにガクッとくる。テンポが殺がれるのである。心の中で思わず反復してしまい、新品の札束みたいな笑顔とはどんな笑顔なのか?と考えてしまう。まぁ、これはワタクシのハードボイルド小説を受け入れる器が小さいのが原因かもしれないが・・・

ハードボイルドのエッセンスを詰め込みすぎた感じで、ストーリが分かりにくく、展開が急すぎる。
センスが良いだけに残念である。

そして、横須賀、というか横浜のリンゴォ・キッドはあまりにも善人すぎたのかもしれない。

ちなみに「リンゴォ・キッド」とは名作「駅馬車」の主人公のことであり、通称“ビリー・ザ・キッド”と呼ばれた西部開拓時代のガンマン(無法者)である。

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2007年11月 7日 (水)

ローズフェスタ、そして花びらの質感


先週の土曜日、ヴェルニー公園にて「ローズフェスタ」が開催されていた。
ここはバラの名所でもある。

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で、スナップ写真を何枚か撮影したが、そのビロードのような薔薇の花びらの質感が何だかとってもヴィヴィッドなのである。

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特にこだわった設定はしていない普通に撮ったものである。なのに艶やかで浮き出ているカンジがする。

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まぁ、、、自画自賛ということでご容赦を・・・・・

それにしても薔薇という漢字が書けなくなって久しい時が流れているなぁ、、としみじみと感じる今日この頃である。

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2007年11月 6日 (火)

昨日の続きの、続き「「グリコ少年07年版」

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三遊亭圓丈のシュールでナンセンスな圓丈ワールドに触れてまだ2年。遅咲きの落語ファンである。
そして先日(11月4日日曜)に 横浜は野毛の「にぎわい座」で三遊亭圓丈独演会があった。

ネタは圓丈師匠最大のヒット作である「グリコ少年07年版」である。これは聞かねばならぬ。

「一粒300メートル」のコピーから派生するネタやギャグは圓丈ワールドそのものであり本当に面白い。
この「グリコ少年」を始めた頃(昭和55.6年)は無敵のネタだったらしいが、時は移り、子供はキャラメルを知らず、40才以上でないと実感として分らない噺になってしまった。オジサンのワタクシには十分にオモロイのだが・・・で、ポスターにはこれが最後の「グリコ少年」!とある。

で、グリコのキャラメルを客席にばら撒き大盛り上がり!

最後は師円生の得意ネタ「首提灯」!これがアレンジしたのはよいがアンチョコを見ながらの実演となりこれがナンともいえず面白かった。
久々に落語というか圓丈ワールドを堪能したのである。

ちなみに「アマゾンの朝は早い」という新作があるが、これは日本語がまったく使われないという落語界では始めての噺だという。いつか聞いてみたい「アマゾンの朝は早い」である。

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2007年11月 5日 (月)

昨日の続き「よこすかの知られざる貌」

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「よこすかの知られざる貌」

文化会館市民ギャラリー第一 にて
10月 29日 (月) ~11月 4日 (日) まで
写真集団「岬」による横須賀の過去、現在、未来に直結するドラマを101点の写真で紹介していた。

横須賀の光と影、時の移ろいによる忘却、人々の日々の営み、そして小さな好奇心が見事な映像を生み出している。

嘘偽りない横須賀の歴史と生き様が見事に切り取られている写真展である。

ちなみに写真集団「岬」は「トンネルの風景 横須賀再発見」という著書がある。

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2007年11月 4日 (日)

横須賀 イベントの秋 そしてライブあれこれ

昨日(11月3日)は文化の日ということで横須賀ではヴェルニー公園では「ローズフェスタ」、三笠公園では「よこすか産業まつり」、観音崎では「観音崎フェスタ」が催された。
そしてこれらのイベントではライブ演奏もあり楽しめた。  

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ドブイタバザールでの沖縄民謡ライブ
演目は御馴染み「ハイサおじさん」!

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こちらはデキシーランドジャズ。

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で、産業まつり(4日)の三笠公園の野外音楽堂では御馴染みの第7艦隊のFar East Editionの演奏。
つくづく彼らの演奏を聞くたびに感じるのはパワーであり、体全体で受け止めるブラスの音圧には圧倒される。
これは、“血と肉”によって生み出されるビートとパワーなのかもしれない。
テクニックより以前にパワーありき、やはり米食と肉食の食文化の違いは音楽にもその違いが明確にあるような気がする。ビートは「血の鼓動」であり、肉によりパワーを得る。
まぁ、簡単に言うと「お茶漬けJAZZ」と「ステーキJAZZ」の違いである。
そして彼らの曲目はブライアン・セッツァー、ダイアン・クラールにビートルズである。そして「涙そうそう」を朗々歌った。

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血と肉のビートとパワーが秋の空に天高く吸い込まれていく・・・今日この頃である。

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2007年11月 3日 (土)

「ALWAYS 続・三丁目の夕日」

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イヤイヤ凄い人気である。
前作は時が経つごとに人気が上昇し、社会現象にまでなってしまった“奇跡”の映画である。
期待が否が応でも盛り上がるのも致し方ない。

普段は映画館なんぞ足を運ばないお方達も大勢でご鑑賞。
一番大きい劇場が満員御礼、SOLD OUT!
前のジジサマ、ババサマが上映中に、あーだの、こーだの説明し合うのもこの映画なら許せる。

前作のオープニングはウルルだったが、今回は横須賀にも縁のある御仁が大活躍!
鈴木オートが壊され、ミゼットが跳ねる!
コリャ~迫力あるなぁ・・・・

そして、三丁目の皆さんもお元気そうで何よりである。
ニューフェイスはご愛嬌。

良くも悪くも前作の続編である。
そして先が読めるベタな作りもこの「ALWAYS」ならではの良さかもしれない。
前作が奇跡的に素晴しい映画だったので、続編をどう料理するか?
監督の苦悩が手に取るようにわかり、よくぞ頑張ってここまで作ったという正直な感想である。
もう1回は映画館で観たいと思う映画である。

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シオン祭

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横浜の高台にある女学院の礼拝堂である。
今日はこの女学院の文化祭(シオン祭)であった。

シオンというとダ・ヴィンチ・コード (映画)のシオン修道会という「秘密結社」を連想してしまうが、
エルサレムにある丘の名前であり、太古の時代からエルサレムのことを指す詩的な名称である。

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そしてこの文化祭(シオン祭)だが、全体的に清楚な感じで、歴史の風格が醸し出す雰囲気が、晴れ渡った秋空と相俟って“まったり”とした時間(とき)を過ごせた。

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2007年11月 2日 (金)

「蝉しぐれ」

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引き続き藤沢周平氏ネタである。
この「蝉しぐれ」はあまりにも有名な長篇時代小説で藤沢作品のなかでも代表的な小説のひとつである。
2005年に映画化され全国東宝系にて公開されたことは記憶に新しい。そして映画化される2年前の2003年のNHKの金曜時代劇で全7回で放映されている。

良い原作が良い映画になるとは限らず、多くの場合が駄作となるのが殆どである、とワタクシは感じている。まぁ、良い原作というのはストリーが緻密に構成されていて密度がある。これを映画の時間枠である2時間の中に収めるのはハッキリ言って無理なのである。で、この映画もご他聞に漏れず出来は良くなく、評価されているのは風景の美しさである。

このNHKのドラマは本編315分で原作に忠実に丁寧に作られている良作である。
前にも書いたが藤沢氏の良さは庶民の視点で庶民の生活が描かれていることである。
東北の小藩「海坂藩」の下級武士である義父のもとで成長する主人公という設定から藤原ワールドに引き込まれる。そしてこの「蝉しぐれ」の物語の軸は純愛である。相手を想い想われるという淡い気持ちが薄いベールとなり全編を覆い尽くしている。この“まったり”感が程よく心地よい。

「蝉しぐれ」とは我々日本人の心奥底にある美しくも悲しい記憶であり、また頭上に鳴り響く「蝉しぐれ」を見上げれば木々の木漏れ日から覗く光に“生きる”という意味を感じることが出来るかもしれない。

ちなみに、このNHKのドラマの脚本も映画の脚本・監督をした黒土三男氏なのである。テレビの演出家、そしてキャストによってこれほど作品の印象が違ってくるのも面白いと感じた今日この頃である。

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2007年11月 1日 (木)

よろずや平四郎活人剣

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よろずや平四郎活人剣〈上〉 〈下〉(文春文庫) (文庫)
藤沢 周平

もう10年以上前に池波正太郎の「剣客商売」の面白さに目覚め時代劇のドツボにハマってしまった。
それ以降、池波正太郎、司馬遼太郎、藤沢周平などの時代劇作家の本を時あるたびに読んできた。

で、最近読んだのがこの小説である。
池波正太郎、司馬遼太郎、藤沢周平諸氏ともそれぞれの作風があってそれを味わうのも時代小説の醍醐味なのかもしれない。

池波正太郎氏の小説からは男の美学というか、ダンディズムが行間からプンプンと漂ってくる。まぁ、池波氏は「男の作法」という本を出すほど男の生き方に拘りを持っていたお方であり、己の信じる男の美学をそこはかとなく散りばめた結果なのだろう、とワタクシは思う。

そして対照的なのがこの藤沢 周平氏である。藤沢氏の小説の大きな特徴は庶民の視点から観た庶民の生活を描いているということである。例えば、池波氏の小説の主人公は絶対に鼻毛は抜かない。しかし、藤沢氏の小説の主人公は武士であろうと庶民の視点から見ればただの人であり、鼻毛を抜くのは当たり前で、これがスンナリと浮け入れられる描写が心憎いほど自然なのである。

だからこのまったり感がとても心地よいのである。普通の人が普通の生活と営み、そしてごくごく普通の事件に巻き込まれる。そして主人公の平四郎が、鼻毛を抜きながら?事件を解決していくくだりは藤沢流の手馴れた技で見事である。まったりと肩の力を抜いて、この藤沢ワールドをゆるりと堪能しませう。

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