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2007年8月13日 (月)

インカ・マヤ・アステカ展

        A_a

ムスメと上野にある国立科学博物館で開催されている
インカ・マヤ・アステカ展」に行く。

この催しはNHKの関連番組と連動しており(ほとんどの放送は終了したが)、
また、インカ・マヤ・アステカという中南米の3大文明の遺物を一挙に
公開する大規模な展覧会である。

そんなに混んでないだろうと高をくくっていたら結構な人出でビックリ。
ワシらが帰るころには入場制限までやっていた。

実はワタクシ20数年以上前に中米に居りまして、マヤ・アステカの主要な遺跡は
全て見ているのである。
当時はまだ世界遺産にも登録されず結構荒れていた遺跡もあった。

そんな訳で個人的に思い入れが強く、また当時の記憶がフラシュバックの如く
甦ってきたりしたわけで、これは是非見に行こうと心に強く決めていた次第なのである。

それにしても中南米の古代文明には、「あってよさそうなもの」がいくつも欠けていて、
それがかえって謎を深めているのである。

▼車輪がなかった
エジプトやメソポタミアでは、古くから車輪の便利さに気付いていて、
物を運ぶのに使ったり戦闘用の馬車を作ったりした。ところが、中南米の文明には、
車輪が使われることはなかった。馬に乗ることすらなく、人は皆歩いて移動したのだ。
当然、遠隔地へ迅速に移動するのは難しいと思われるのだが、インカ帝国では
「チャスキ」と呼ばれる飛脚を使って、南北4000キロにも及ぶ地域を支配していた。

▼金属器がなかった
文明の発達の歴史を「新石器時代」「青銅器時代」「鉄器時代」などと区切るが、
中南米には、青銅器時代はこなかった…?!道具としては、黒曜石などを削って
使っていた。それでも、あの数々のピラミッドを造るには問題なかったというわけだ。

▼インカには文字がなかった
マヤは石碑などに王の記録を書き残し、アステカもマヤ文字に近いものを
使っていたのだが、インカには文字らしきものは残っていない。それでいて、
広大な領土から穀物などを税として取り立てていた。

▼マヤとインカには交流がなかった
インカの北端はエクアドルまで達し、マヤ最南端とされるホンジュラスまでの
距離は約2000キロ。共通点がたくさんあるこの2つの文明が交流した跡はない…。

また、マヤの遺跡の中には宇宙船のような描写が残されている。
摩訶不思議なり、中南米の古代文明。

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