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2007年8月

2007年8月31日 (金)

「日本人と世界遺産」

NHKで「プロが選ぶ!世界遺産ベスト3O」という番組が放映された。
http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/best30/index.html

ツアー・コンダクター、専門誌の編集者、写真家や研究者など数多くの世界遺産を調べ、その目で見てきた「プロ」100人に訊いた世界遺産ベスト30だという。

ちなみにワタクシは世界遺産が好きです。
ヨーロッパ、東南アジア、中南米の世界遺産には結構訪れている。
しかし、この世界遺産ベスト3Oで行ったことがあるのは、
5位のベネチアと23位のチチェイン・イツァだけであった。
当然というか1位はペルーのマチュピチュが選ばれていた。

まぁ、本当に日本人は世界遺産が好きなのだと思う。現地に出かけるのはもちろん、
ガイドブックも買うし、その類のテレビも見る。
そして行政はこぞってご当地を世界遺産に登録しようと目論む。

ご近所では鎌倉市が世界遺産登録を目指している。
これはこれでよい。

        Photo

コマッタのは富士山を世界遺産に!ということに関する日本人の問題である。
世界遺産には、文化遺産、自然遺産という区分があり、富士山は自然遺産で登録申請が検討されていた。が、しかし、開発が進みすぎていること、自然が保全されていないなどの理由で申請すらできない状況なのである。

また、自然遺産に登録するほどにはクライテリア(登録基準)を満たしていないという意見もあるらしい。ゴミ問題も深刻だ。富士山はゴミの山である。ユネスコの担当者が富士山を見て、そのゴミにひどさに驚いたという。

近年の日本人のモラリティの低下には本当にコマッタものである。
海でも山でも道路でも平気でモノを捨てるその気持ちがワタクシには理解できない。
今の日本(日本人)は世界遺産を語る資格さえないと痛切に感じる今日この頃である。

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2007年8月30日 (木)

ご近所探索「池之端商店街とドラッグ・ストア・ガール」

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ところで、、レアな商店街が横須賀にはある。
「池之端商店街」といって、かつては傍に池があったらしい。
で、その程よく田舎くさいところがイイ!ということで
これまた超レアな「ドラッグ・ストア・ガール」という映画のロケ地になった。
主演は田中麗奈。
ラクロスをやる女子大生に恋する?オジサマたちの悲喜コモゴモを面白オカシク
コメディーにした映画。
まぁ、公開当時もあまり話題にもならなかった。
でも、舞台になった商店街はかつて通った小学校の下にある。
この商店街にフカーイ思い出がある。
で、映画の舞台となるドラッグ・ストアは路地から見えた感じだと税務署あたりだと推測される。 

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      前の池之端商店街        現在の池之端商店街

しみじみと哀愁を感じる映画であり、商店街である。

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2007年8月29日 (水)

デジタル録音対応レコードプレーヤー

          Photo_3

押入れの中に大量に眠っているLPレコードをデジタル化(MP3)したい、という願望が
ある。
そして、それなりの機材を揃えれば出来ないことはない、が大変だということぐらいは
認識はしている。いつかやろうと思っていたアナログ音源のデジタル化は大変そうであ
る。
                   ↓
http://www6.shizuokanet.ne.jp/usr/wbf/ongen/part2/pcdt_softhard.htm

今までは否応なくCDを買っていた。
が、しかし、大変便利なシロモノが発売された。それはコレ
デジタル録音対応レコードプレーヤー
http://www.nikkeibp.co.jp/style/secondstage/kaiteki/kodawari_070803.html

スペックはそんなに良くはないだろうが、お気楽にアナログをデジタルに変換できるツ
ールというものは、これからのオジサンの楽しみが増えたということだ。
まぁ、でも実際に使うのはだいぶ先のような気がする。

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2007年8月28日 (火)

Op.ローズダスト

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あいも変わらず、平和ボケして弛んだ身体の日本人に強烈なボディブローを打ち浴びせる福井晴敏の新作です。

お得意のキーワード、「少年・少女」「北朝鮮」「テロリスト」「自衛隊」「DAIS」「公安警察」そして「国防とは?」で埋め尽くされたストーリー展開。
ご存知、「川の深さは」 → 「Twelve Y.O 」→ 「亡国のイージス」と続く「ダイス三部作」の続編です。

右翼とか左翼とか、タカ派とかハト派とかそんな“古い言葉”では今の日本は割り切れない時代になっている、、。もっと日本を再生させる為の“新しい言葉”が必要なのだと、、、。

そして、その新たなる認識と導き出す言葉“ローズダスト”は臨海副都心と共に昇天する。

下巻の大半を占める 絶対映画化は絶対に無理だと言われているたたみかける圧倒的な戦闘シーンはその爆風が感じられるほどリアルです。圧巻です。

でも、、もし、、技術的に映画化がクリアになればスーパー弩級日本版ダイハードの誕生?かな、、。

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2007年8月27日 (月)

長距離通勤者の孤独「ドレミファインバータ~愛がすべて」

        Photo

品川駅で品川始発の快速を待っていると向かいのホームからド~レミファソラシド~とストリングス系の音が聞こえてきてくる。これはウイング号の発車時のインバーター音で通称「ドレミファインバータ」と呼ばれている。そしてこのサウンドどこかで聴いたことがある懐かしさがある。
スタイリスティックの「愛がすべて(Can't Give You Anything)」のイントロに似ているのである。
まぁ、チョット調子ハズレではあるが・・・

この通称「ドレミファインバータ」はドイツのシーメンスという補聴器屋さんが作ったインバータで、どうせ雑音としか思われない加速時の音をどうにかして面白おかしい音に出来ないか?と遊び心がある技術者が「音は消せねーから、代わりに音階にしちゃおうぜ!」というノリで作ったものである。我が愛しの京急では1000系、あるいは2100系の電車で聞く事ができる。
実際にはドレミではなく、絶対音感を持ったお方によるとファソラシインバータらしい。
          ↓
http://homepage2.nifty.com/i9216/nj/mdr/m200209.html

このネタは鉄道オタクの間では有名ある。
でもよーく聴くと「愛がすべて」のイントロとは違うような気がするなぁ・・・・

聴いてみてください
これが1000系のインバータ音
http://bunsei.nomaki.jp/keikyu1000new.htm
で、これが2100系のインバータ音である
http://bunsei.suppa.jp/keikyu2100.htm

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2007年8月26日 (日)

「Bay Leaf」

        A_a

今日も残暑が厳しい。
こう暑いと極辛料理を食べて汗をかきたい?という自然な欲求に駆られる。
何だか、身体が極辛を求めて疼いてくるのである。
で、ご近所にあるインドカレーの専門店に行く。

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ランチメニューからチキンカレー・ひよこ豆カレーのセットでナンをチョイス。
これにサラダ・デザート・ドリンクが付いて1,350円である。
ナンは巾20㎝以上、長さは40cm以上ありデカイ!
久々に食べるインドカレー&ナンはウマイ!一心不乱で食べ尽くしてしまった。

ワタクシ、シンガポールに3年ほど居た時期があり、よくリトル・インディアでカレーを
食した。バナナの葉の上にライスや野菜のおかずが2~3品、せんべいの如き揚げ菓子が付く。
ライスにカレー汁をかけて右手で頂く。
食後は手を洗うのだが、しばらくは指からカレーの匂いが消えないのがコマッタ次第。
日本にはないのかな、バナナリーフカレー?

横須賀でカレーというと「海軍カレー」なのだが、夏場はインドカレーがウマイ!と
感じた今日この頃である。

ベイリーフ インド料理店
■住所:横須賀市上町1-45-5
■TEL:046-821-1922 ■FAX:046-821-1922
■営業時間:11:00~15:00、17:30~22:00
■定休日:月曜日

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2007年8月25日 (土)

海上自衛隊横須賀基地一般開放“サマーフェスタ07”

  海上自衛隊の基地一般開放である、その名は“サマーフェスタ07”
憲法9条の意義、そして国防とは?と問われている自衛隊の存在をいかにアピールし、そしてどのように今後も発展させていくか?
また、最近では機密漏えい問題でひと悶着あり、アメリカの信頼を失い次期主力戦闘機の導入で却下されてしまった。

何だか裏で駆け引きする中国とアメリカに翻弄されているような気がするなぁ・・・
などと、思いつつもウォーキングを兼ねて海上自衛隊の基地へ足を運ぶ。
こう書くと自衛隊には否定的か、と思われるが、イヤイヤ、ワタクシはむしろ肯定的です。
なにしろ帝国海軍から米国第7艦隊、そして海上自衛隊と我家の歴史は共に歩んできたわけで、ここで否定したらワタクシは存在しなくなる。

まぁ、、これら軍関連は人生の一部だといっても過言ではないだろう。
グレーの船体は幼少の時から慣れ親しんでいるのである。

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今回は南極観測船の「しらせ」が停泊していた。
グレーの船の中でオレンジの船体は目立つ。

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“サマーフェスタ07”の会場は広い!
今回イージス艦の見学はなかった。

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オレンジの船体が「しらせ」で手前の潜水艦が「やえしお」

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シャトルバスで田浦にある第2術科学校に行く。
ここの2階に旧海軍機関術参考資料室があり、東郷元帥の書や、山本元帥御賜の短刀、そして芥川龍之介が機関学校教官の時に使用した英語の教科書などが展示してあった。
ここを訪れる人はほとんどいなかった。

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ヘリによる救援飛行

それにしても凄い人出である。
東京から某有名旅行会社のツアーバスが何台もきていた。
首都圏を巻き込んだイベントであると実感。
そして、自衛隊の魅力をアピールし、将来の入隊を促す子供達を対象としたイベントが多い。
これはこれでよいが、やはり国防とは何か?ということを改めて考えさせられた今日この頃である。

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2007年8月24日 (金)

夢の集合住宅

職業柄 マンションというヤツの設計やら何やらをやることが多い。しかし、ワタクシはこの「マンション」という言葉が嫌いである。何というか語感が生理的にダメなのである。
じゃ、何と呼べばいいの?と問うそこのアナタ!アナタはどれがいいですか?
マンション、アパートメント・ハウス、コンドミニアム、エトセトラ、etc.
まぁ、どれも イマイチ、ニッコウ、ウツノミヤ、なワケでヨコ文字文化というかカタカナ英語に弱い軽薄な日本人にがいかにも好みそうでワタクシは好かない。
やはりここは集合住宅と呼ぶのが建築学的にもスッキリしていると思う。
で、、この集合住宅なのだが、タテに長いのも好かんし、住みたいとも思わない。首都圏では高層マンション(イヤだなこの言い方、、)が乱立しているが、、、。

ここに一冊の本がある。

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「アパートメント」世界の夢の住宅 コロナブック(一枚目の写真)
植田実・文、平地勲・写真 平凡社 (定価:¥2,400+税)

ル・コルビュジェ、ミース、ガウディからフンデルトヴァッサーまで、20世紀を代表する建築家がデザインした理想の住まいを訪ねて。19世紀末から80年代に建てられた欧米各国の集合住宅から18事例を紹介している。
表紙はル・コルビュジェさんの「ユニテ・ダビタシオン」である。

この中にいくつかワシが住んでみたい思う集合住宅がある。

まずはコレ!
①Habitat 67、モシュ・サフディ、カナダ・モントリオール

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幅17.5フィート、長さ38フィート、高さ10.5フィート、の空間単位を354個構成して158ユニットの住戸を構成している。まるで現代の九竜城みたい。この中で鬼ごっこしたら楽しそう。
関連サイト
http://www.space1999.net/~sorellarium13/habitat-67.htm

②ハーレン・ジードルンク、アトリエ5、スイス、ベルン

        Aa_b

スイスのベルン郊外、緑の森に囲まれた傾斜地に立つ低層、3階建てのテラスハウス2棟。
どこに建物があるの?とよーく見ないと分かりません。ものの見事に自然と同化している。
一見、廃墟に見えるがこの緑の中に立派な住宅があるのです。
関連サイト
http://www5.ocn.ne.jp/~space/SiedlungHalen.html

③フンデルト・ヴァッサー ハウス、フンデルト・ヴァッサー、ウィーン

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ウイーンのガウディと言われた?フンデルト・ヴァッサーさんの1985年の作品、ウィーンの市営住宅です。
その名前が持つ語感のインパクトの強さから日本人には覚えやすい?というか一度聞いたら忘れられないフンデルト・ヴァッサーさん。元々は画家で、鮮やかな色彩がキャンバスに渦巻く、抽象画の奇才である。ディズニーランドにありそうな住宅で住んだら楽しそうである。
関連サイト
http://homepage3.nifty.com/archi-jpg/a_map/austria/hundertwasserhaus.html

彼の作品は大阪にもあります。
大阪市環境局舞洲工場
http://www.excite.co.jp/search.gw?look=excite_jp&target=image&search=%91%E5%8D%E3%8Es%8A%C2%8B%AB%8B%C7%95%91%8FF%8DH%8F%EA

※最近、ル・コルビュジェ展に行き、「ユニテ・ダビタシオン」の原寸大モデルを見て改めて彼の偉大さを知った次第。そんな彼も自宅を作らなかった建築家の一人である。

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2007年8月23日 (木)

ご近所探索「横須賀と芥川龍之介」

       A_kawana

あの芥川龍之介が横須賀に住んでいた。
場所は横須賀市汐入町五八〇番地の尾鷲方(現在の汐入3丁目1番付近)
写真に写っている川名米酒店の左手側らしい。

大正5年、芥川龍之介は横須賀にある海軍機関学校の嘱託英語教官を務めるため、
鎌倉に下宿していたが、通うには遠すぎたようで約一年弱で横須賀の汐入に引越しをした。
その場所が現在の汐入3丁目1番付近である。

この時期に「蜜柑」を執筆した。
ちなみに海軍機関学校は現在の神奈川歯科大学一帯にあった。
横須賀に居たのは約半年で婚約者の塚本文さんと結婚し、 鎌倉町大町字辻に新居を構える。

関連サイト
http://www.ic-y.jp/furusato/furusato_p88.html

そしてこのような作品を残している。

「横須賀小景」  芥川龍之介

カフエ
僕は或カフエの隅に半熟の卵を食べてゐた。するとぼんやりした人が一人、僕のテエブルに腰をおろした。僕は驚いてその人をながめた。その人は妙にどろりとした、薄い生海苔の洋服を着てゐた。


僕はいつも煤の降る工廠の裏を歩いてゐた。どんより曇つた工廠の空には虹が一すぢ消えかかつてゐた。僕は踵を擡げるやうにし、ちよつとその虹へ鼻をやつて見た。すると――かすかに石油の匂がした。

五分間寫眞
僕は或晩春の午後、或若い海軍中尉と五分間寫眞を映しに行つた。写真はすぐに出來上つた。しかし印畫に映つたのは大きいVIといふ羅馬數字だつた。

小さい泥
僕は或十二三のお嬢さんの後ろを歩いて行つた。お嬢さんは空色のフロツクの下に裸の脚を露してゐた。その又脚には小さい泥がたつた一つかすかに乾いてゐた。
僕はこのお嬢さんの脚の上の泥を眺めて行つた。すると泥はいつの間にかアメリカ大陸に變つてゐた。山脈や湖や鐵道も一々はつきり盛り上つてゐた。
僕はおやと思つてお嬢さんを探した。が、お嬢さんは見えなかつた。僕の前には横須賀軍港がひろがり、唯一面に三角の波が立つたり倒れたりしてゐるだけだつた。

そして、吉倉公園内に芥川龍之介文学碑がある。
ここには「蜜柑」の一文が刻み込まれている。
「蜜柑」は海軍学校教官時代に鎌倉への帰路、横須賀線内でたまたま出会った事を題材にしている。
http://www.yokosuka-benri.jp/db/g_info/l100004003.html

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2007年8月22日 (水)

容疑者Xの献身

         X_3

2005 文藝春秋  東野 圭吾

「刑事コロンボ」や「古畑任三郎」でおなじみの“倒叙ミステリー”で物語りは淡々と進んでいく。
つまり、最初に犯人が明かされ、主に犯人の視点で物語が展開されていくわけだが、最初の犯人である容疑者Aがいつの間にか容疑者Xに成り代わってしまう。
そして、容疑者Xが容疑者Aに対する深い慈愛に溢れた「献身」がこの物語のキーワード。
容疑者Xである天才数学者の「理論的思考」が「献身」という運命の数式によって証明されていく。

そして極めて「純」な、限りなく深い愛の気持ちが最後には昇華していく、、、はずが、、。

物理学者湯川シリーズの中の素晴しい一冊です。

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2007年8月21日 (火)

商店街プロレス!!

      A_puroresu

今年もやります!商店街プロレス!
時は10月6日(土)、場所は諏訪神社(多分、去年はこの境内でやった)
去年はたまたま知って見たのだが、やはり生のプロレスは面白い、というか
迫力がある。
タイトルがよい「若松商店街 純ちゃんお疲れサマーIN諏訪神社プロレス」
である。そうか、純ちゃんを労(ねぎら)いそして商店街の発展を願うのである。
しかも場所が諏訪神社の境内、何だか奉納プロレスみたいである。
しかし、侮ってはならぬ!最後の蛍光灯デスマッチは蛍光灯が突き刺さり流血シーンは
当たりまえという激しい試合である。気の弱いお方はご辞退を・・・
前座?にはベリーダンスのオネーサマ達も舞い踊っていた。

関係サイトはこちら
http://www.e-wakamatsu.com/pro-wrestling/
http://byw.blog31.fc2.com/blog-entry-70.html

ちなみにワタクシも昔は後楽園ホールでプロレスを観戦してました。
今年もビールと焼き鳥を片手に楽しみませう。

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2007年8月20日 (月)

中澤家の人々

『中澤家の人々』 三遊亭 圓歌

        Photo_2

先日、お台場寄席での円丈の「悲しみは埼玉に向けて」を紹介した。
で、今度は同じお台場寄席で行われた三遊亭圓歌師匠の「中澤家の人々」である。
               ↓
http://fujitv.cocolog-nifty.com/yose/2007/01/index.html

これも面白い!圓歌師匠と暮らしていた中澤家の6人の爺さん、婆さんを
題材にした創作落語である。

ちなみに三遊亭 圓歌の襲名前の名前は三遊亭 歌奴である。
そーです!あの「山のあな、あな」は有名ですなぁ。

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2007年8月19日 (日)

若松の特製つけそば

ワタクシの横須賀のフェバリット・ラーメン店は
「イツワ製麺所」「和らく」そして「若松」である。

これらの店に共通していえるのは「つけ麺」がウマイ!ということである。

今日は「若松」に行く。
この若松だが、「dancyu」の2007年3月号の表紙を飾ったのが若松の「中華そば」である。

           」20070300

いつもはこの「中華そば」を頂くのだが、
今日は特製つけそば(醤油仕立て 弐)の並盛り(950円)を注文。

        A_tukesoba

魚介系の香り立つつけ汁にこしのある麺が良く合いウマイ。
煮玉子もチャーシュウもメンマも風味があってよい。

お品書きはこちら
ちなみにここの「ぶたまんま」も絶品のウマさである。

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2007年8月18日 (土)

ハリーポッターと不死鳥の騎士団

        Photo_6

毎年恒例になりつつある「ハリーポッター」をムスメと鑑賞する。
今回は第5作目、「ハリーポッターと不死鳥の騎士団」である。

しかし、今回は駄作だね。

まぁ、年月が経過しているのでしょうがないとは思うが、出演者みんなが大きくなりすぎで、
大人びてしまった出演者たちが学生を演じているのでなんだか違和感がある。

そして、マンネリになるのはしょうがないが、今回は監督も変わりファンタジーというよりも
シリアスになりすぎてつまらない。
まず冒険がなく、脚本もイマイチ、原作は読んでないが原作どおりだとすると今後の展開も
なんだか期待はずれになりそうな気がする。

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インド文化を体験しよう~ジョージ・ハリスン~ノラ・ジョーンズ

映画を観終わり、下に降りるとセンターステージで「インド文化を体験しよう」と
いうイベントあり。
インド舞踊やらシタール演奏が行われていた。

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インド舞踊は足に鈴を付けて激しくステップし、フラメンコの原型とも言われているらしい。
そういえば、「踊るマハラジャ」なる映画があったなぁ・・・

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シタールの生演奏は初めて聴いた。
シタールの胴体(共鳴胴)はヒョウタンで出来ているということは初めて知った。
それにしてシタールの音色は瞑想を誘うカンジがする。

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そして、有名なシタール奏者といえばラヴィ・シャンカールである。
ビートルズの故ジョージ・ハリスンが師と仰いでやまないお方である。
彼の代表曲である「My Sweet Load」は当時ヒンドゥー教に大きく傾倒していた
彼の神への信仰心を歌ったものである。
バックでは「ハレー、クリシュナ、ハレー、クリシュナ♪」と歌っている。
クリシュナとはインド神話に登場する英雄のこと。

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話は戻りラヴィ・シャンカールであるが、米国の女性歌手「ノラ・ジョーンズ」のお父様でもある。
ノラ・ジョーンズは、2002年に弱冠22歳でデビューアルバム "Come Away With Me"をリリースし、グラミー賞では主要4部門を含めノミネート部門すべてで受賞し8冠を獲得。ビルボードのコンテンポラリー・ジャズ・アルバム・チャートで143週連続1位(2002年3月16日付~2004年12月4日付)を記録するなどの記録を残した。

あのスモーキーボイスで歌う"Come Away With Me"はけだし名曲である。
ノラちゃんは最近サードアルバムをリリースしたがファーストアルバムの完成度には及ばない。
それにして、彼女のスモーキ&ハスキーヴォイスは得も言われぬ彼女独自の世界に我々を
誘(いざな)ってくれる。

シタールの瞑想的な曲を聴きながらイロイロと思いを馳せた今日この頃である。

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2007年8月17日 (金)

鄙びた金田海岸

所用で三浦海岸の先にある金田まで行く。

        A_kaneda_a
鄙びた風情のある金田海岸

        A_kaneda

ほとんどひと気のない海岸
三浦半島にはこのような鄙びた風情のある海岸がたくさんある。

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LOST シーズン2

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今年のワタクシの夏は「LOST」にハマってしまった夏でもある。
LOSTで貴重な夏休みの時間がLOST?するくらいハマってしまった。
まぁ、こういう中毒症状になるということは分かってはいたが、
TSUTAYAのシステムをフルに活用し、8日間で24話を見終わった次第。

謎が謎を呼びワケわかめの深みにハマる。
これでもか、と話を広げ、そして、行き当たりばったり感のあるストーリー展開に次第に怒りが込み上げてくるが、1話見終わるとそんなわだかまりもフッと消え、早く次が見たくなる。
これを中毒と呼ばなくして何と言うのか。

まったくコマッタドラマである。
こんな調子で2010年のシーズン6まで引っ張るという。
コマッタドラマなのだが、結局最終話まで見てしまうのは間違いないだろう。

何はともあれLOSTで貴重な時間をLOSTしないように気をつけようと自覚した
今日この頃である。

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2007年8月16日 (木)

鎌倉の夏“On the beach”、摩訶不思議な空間とラーチャーメン?

             Photo

散歩の達人という雑誌の2007年6月号は「鎌倉 江ノ電」特集であった。
この雑誌はこの時期になると定期的に鎌倉 江ノ電」特集をする。
で、この中に「ちんや食堂」なる怪しげな雰囲気のお店が紹介されていた。

そして猛烈にこの店に行ってみたくなり鎌倉へ向かう。

チョット寄り道して真夏の鎌倉でビーチサイド・ウォーキング&ビーチコーミング。
ビーチコーミングとは浜に打ち上げられたモノを拾い愛でること。

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真夏の由比ガ浜

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そして稲村ガ崎から臨む江ノ島

で、ビーチコーミングの結果であるがたいした収穫はなかったが、
携帯電話やら鳩の死骸やらが打ち上げられていた。

  A_b_tinya_omote_2 A_b_tinya_omote_a_2

これが「ちんや食堂」
場所は鎌倉から藤沢に向かった、常盤口交差点そばにある。
存在感がありますなぁ。

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 A_b_tinya_tennai_c_3  A_b_tinya_tennai_b_2

店内のディスプレイはご主人の手作りだという。
イヤイヤこれはスゴイ。
テーブルの灰皿はナント!墨壷であった。

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で、これが店の名物「ラーチャーメン」
辛子味噌のかたまりが載っている。

後で調べて分かったのだがここは定食と餃子がウマイらしい。
特にレバニラ炒めやピーマン炒め定食が評判がよい。
暑さが和らいだ頃、この炒め定食にチャレンジしませう。

ちんや食堂関連プログ
http://www.deci-litre.com/kenkababa/ba22.htm
http://blog.livedoor.jp/oioi2003/archives/50665833.html

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2007年8月15日 (水)

観音崎-夏色風景と“海に生きた素朴画家”

        A_dennsya_posuta

最近京急の電車の中でこのようなポスターを見かける。

観音崎にある横須賀市美術館で「アルフレッド・ウォリス展」があるのは知っていた。
しかし、ワタクシはアルフレッド・ウォリスを知らない。
しかもナントも不思議な画風である。
アルフレッド・ウォリス-海に生きた素朴画家-というコピーであるが、
失礼ながら一見すると「ウマヘタ絵」である。
そして、この不思議な画風に誘われて観音崎に出かける。

 A_tatarahama_a  A_tatarahama_b

チョット足を伸ばして多々良浜まで行く。
多々良浜の夏色風景。
この日も気温は35度以上あったと思うが日陰に入ると潮風が心地よい。

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そして観音崎灯台と東京湾、房総半島が見える。

 A_tenntomura  A_tenntomura_a

夏の風物詩?観音崎テント村
ここでは皆バーベキューで盛り上がるのが定番。

      A_bijutukan

横須賀市美術館
「アルフレッド・ウォリス」展-海に生きた素朴画家

アルフレッド・ウォリス(1855~1942年)はイギリス、コーンウォールの港町、
セント・アイヴスで船乗り、後には船具商を営み、70歳から独学で絵を描きはじめた
そうな・・・
帆船や、汽船、灯台、セント・アイヴスの港や街の情景などを、ボール紙の切れ端や
板に船舶用のペンキや油彩で描いている。

          A_pannhu

ウォリスの絵は子供の絵のような初々しいエネルギーに満ちている。
絵画の技法や物理的制約を乗り越えて表現しようとする純粋なエネルギーである。
それにしても彼の絵に対する視点はピカソなどに相通じるものを感じる。
一つの絵で色々な視点から見た対象物を、彼が意図している構図内に全て配置して
描いている。
船がタテヨコナナメに描かれ、灯台が真横に倒れている。
やはり、なんだかピカソ的だなぁ・・・

それにしても70才でイキナリ絵を描き始めた彼は神の啓示があったのだろうか?
「天才≒狂人」を感じさす純粋なエネルギーはタダモノではない。

       A_okujou

美術館屋上から東京湾を望む。

横須賀市美術館のコンセプトには“海”があるが夏に相応しい企画展であった。

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2007年8月14日 (火)

潮騒の道と南仏プロバンスでハワイアン?

イヤ~毎日本当に暑いです。
暑いので潮騒の風に吹かれに、和田長浜海岸~荒崎~ソレイユの丘を
歩く。

 A_n_ie A_n_kaunta  

 A_n_darin  A_n_yotto
和田長浜海岸のはずれにあったカリビアンな雰囲気の店。
オープンはしていなかった。

 A_nagahama_a  A_nagahama_b

和田長浜海岸、普通の海の家がある普通の海水浴場。
この平凡さが今では貴重?に思える。

 A_arasaki_a  A_arasaki_b

     A_arasaki_c

岩礁の景観が荒々しい荒崎
三浦半島でも毘沙門と並び岩礁の荒々しさで有名である。

 A_soreiyu_a  A_soreiyu_b
ソレイユの丘は南仏プロバンスをイメージして作られた施設であり、
ここには、バーベキューやら、体験教室や温浴施設まである。

                A_beer_a_2   A_beer_b_2

まずはソレイユの丘「太陽のビール」で乾ききった身体に水分補給、
お次は「鎌倉ビール」

8月はハワイアン・ミュージックのイベントが多い。
今日もハワイアン・バンドが水上ステージで演奏していた。

 A_live_ukurere  A_live_ukurere_b

このウクレレの人、日本では有名なお方らしい。名前はスミマセン失念。
ウクレレソロではクラシックからジャズまでご披露。
最近ではウクレレといえばジェイク島袋だが、こうゆうテイストもいいもんだ。
ベースが加わりファンキーなサウンドになる。

      A_hawaian

で、こちら御馴染みのハワイアンなのだが、歌っている曲は「銀座カンカン娘」
ハワイアンなアレンジがほろ酔いの身体に心地よい。

      A_himawari

小振りな向日葵が咲くソレイユの丘である。

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2007年8月13日 (月)

インカ・マヤ・アステカ展

        A_a

ムスメと上野にある国立科学博物館で開催されている
インカ・マヤ・アステカ展」に行く。

この催しはNHKの関連番組と連動しており(ほとんどの放送は終了したが)、
また、インカ・マヤ・アステカという中南米の3大文明の遺物を一挙に
公開する大規模な展覧会である。

そんなに混んでないだろうと高をくくっていたら結構な人出でビックリ。
ワシらが帰るころには入場制限までやっていた。

実はワタクシ20数年以上前に中米に居りまして、マヤ・アステカの主要な遺跡は
全て見ているのである。
当時はまだ世界遺産にも登録されず結構荒れていた遺跡もあった。

そんな訳で個人的に思い入れが強く、また当時の記憶がフラシュバックの如く
甦ってきたりしたわけで、これは是非見に行こうと心に強く決めていた次第なのである。

それにしても中南米の古代文明には、「あってよさそうなもの」がいくつも欠けていて、
それがかえって謎を深めているのである。

▼車輪がなかった
エジプトやメソポタミアでは、古くから車輪の便利さに気付いていて、
物を運ぶのに使ったり戦闘用の馬車を作ったりした。ところが、中南米の文明には、
車輪が使われることはなかった。馬に乗ることすらなく、人は皆歩いて移動したのだ。
当然、遠隔地へ迅速に移動するのは難しいと思われるのだが、インカ帝国では
「チャスキ」と呼ばれる飛脚を使って、南北4000キロにも及ぶ地域を支配していた。

▼金属器がなかった
文明の発達の歴史を「新石器時代」「青銅器時代」「鉄器時代」などと区切るが、
中南米には、青銅器時代はこなかった…?!道具としては、黒曜石などを削って
使っていた。それでも、あの数々のピラミッドを造るには問題なかったというわけだ。

▼インカには文字がなかった
マヤは石碑などに王の記録を書き残し、アステカもマヤ文字に近いものを
使っていたのだが、インカには文字らしきものは残っていない。それでいて、
広大な領土から穀物などを税として取り立てていた。

▼マヤとインカには交流がなかった
インカの北端はエクアドルまで達し、マヤ最南端とされるホンジュラスまでの
距離は約2000キロ。共通点がたくさんあるこの2つの文明が交流した跡はない…。

また、マヤの遺跡の中には宇宙船のような描写が残されている。
摩訶不思議なり、中南米の古代文明。

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2007年8月12日 (日)

南房ぶらり旅

日曜日である。
実はワタクシの夏季休暇はナント!10日間!!今日で3日目。
今年は特に予定はなし。
ご近所リゾート、散策&B級グルメなどなどで楽しむ。

で、日曜日の朝、フト思い立った。
「そうだ、館山で寿司を食おう」と

館山は千葉県の房総半島の突端にある。
アクセスは久里浜からフェリーで金谷まで40分。

        A_kurihama

フェリーで久里浜を後にする。

        A_toukyouwan

夏景色の東京湾

        A_hutuudensya

浜金谷から普通電車で館山まで行く。
ここで大事なことに気がついた。
ここでは1時間に1本しか電車がないということに・・・
40分待って電車に乗り込む。

そして不思議なアナウンスがあった。
「次の保田ではドアは開きません。降りる方はドア右上にあるボタンを押してください」
ほ~、こりゃこの界隈では珍しい「押しボタン式ドア開閉ボタン」ではないか!
確かにドアの右上にボタンがある。
あまりにも珍しいので写真撮影を失念。
と、いうよりは自分が使う立場になってイロイロと考えていた訳で、
じゃ、乗るときはどーすんの?という疑問が頭の中に渦巻いていたのである。

外部にもボタンがあるのだろうか?
コノ手の電車はフランスで乗ったことがあるが日本では初めてだ。
初めてということはとりあえずドキドキするものである。

これは帰ってから調べて分かったことなのだが、
この「押しボタン式ドア開閉ボタン」は去年から導入された、省エネ対策だという。
内房線は単線である。下りの電車は駅で上り電車を待たなければならない。
この間ドアが開きっぱなしになっているとエアコンの消費があがる。
そこで小まめにドアの開閉を行うという大変有意義な取り組みなのである。

            Photo

乗る場合にもボタンを押して乗るとある。
こうゆうポスターで事前に分かっていればうろたえたりはしないのだが、
新参者はうろたえてしまう。

        A_gakekannon

途中、那古船形で下車して崖ノ観音を見学。
船形山中腹の断崖に張りつくように建つ朱色の観音堂。漁民の安全と豊漁を
祈願するため、養老元(717)年行基により開かれたという。
県内最古の十一面観音の磨崖仏がある。

        A_tateyamaeki

館山駅
なんだがタテヤマチックであるなぁ、

        A_benjo

そしてタテヤマチックなトイレに

        A_yane

タテヤマチックな屋根

            A_gyosen

タテヤマチックな漁船?に

        A_kanban

タテヤマチックな看板

        A_ekimae

駅前通りもタテヤマチックである。
フロリダのウエスト・パーム・ビーチを思い出す。

        A_kujirabentou

で、これが名物の鯨弁当

        A_susi

そして「館山で寿司を食おう」という初心を貫き寿司を頂く。
専門店を避けて御馴染みの周る寿司(しかも本物趣向とある)にする。
オジサンは「本物」には弱い。
しかし「本物趣向」とは一体どーゆう意味なのだろうか?
「本物志向」ならわかるのだが・・・

そして、館山駅で上り電車を調べると行ってしまった後で1時間待ち!
ビールを飲み、館山の風に吹かれながらの瞑想タイム。

電車の中でもビールを飲み、フェリーの中でもビールをあおる。
時間がゆっくり流れるのを感じ、ビールでほろ酔いになる。

各駅停車の旅はいと楽しかな・・・

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2007年8月11日 (土)

「なぎさ」と「普通電車の旅」

        A_nagiza

京急の各駅で配布している小冊子に「なぎさ」と「普通電車の旅」がある。

        A_bisan
「なぎさ」8月号は夏の思い出ということで「海の家」やら「ビーサン」やら
「すいか」やら「アロハシャツ」などの特集である。

        A_zusi

そして最近配布している小冊子に「普通電車の旅」なる小冊子がある。
Vol.2は「新逗子」編であった。

これによると京浜急行電鉄が1952年に開始した「海水浴特急」の運行と
共に海水浴が最盛期を迎え、1日で50万人を数え海水浴客が深夜まで
駅に列を成していたという。
これは海上ページェントに出演する有名女優目当てだったらしい。
当時の写真を見るとスゴイ!ひと、ひと、ひと!で砂浜が見えない!

そうか・・こんな昔もあったのね・・・

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逗子と葉山点景

京急の小冊子「なぎさ」と「普通電車の旅」に誘(いざな)われて、
逗子&葉山散策に行く。

        A_enmeij

延命寺
本尊は大日如来で、かつては三浦氏や北条氏の祈願所でもあったという。

        A_miura_haka

延命寺にある三浦道香とその家臣の墓

        A_rokudaigozen_3

この地で刺殺された平惟盛(たいらのこれもり)の長男六代御前の墓

        A_kyoudosiryoukan_3

蘆花記念公園内にある郷土資料館
訪れる人も少なくひっそりと佇んでいる。
見学者はワタクシ1人

        A_siryou_kaigan_3

郷土資料館から望む逗子海岸

        A_kohun_2

郷土資料館から10分ほど登ったところにある長柄桜山古墳群の第2号墳
この上に展望台があるのだが、展望台の上で女の子3人が瞑想していた。
やはり、なんらかのパワーが宿っているのだろうか?

            A_kouen_tora_3

公園にポツンと虎

        A_hatatateyama_2     

旗立山
日影茶屋のまん前にある山。
源頼朝挙兵の際、頼朝に加勢した三浦義澄がこの山に旗を立てて気勢を
あげたことから『旗立山』の名がついた

 A_huseigou_a_2 A_huseigou_b_2 A_huseigou_c_4

逗子市桜山「鐙摺(あぶずり)の不整合
県指定の天然記念物

        A_taiyoukisetu_2

太陽の季節記念碑

        A_tonneru_2

国道下のトンネルを抜けるとそこは海

        A_zusikaigan_2

現在の逗子海岸はなんとなくトロピカル

なにはともあれ逗子には海がよく似合うと感じた今日この頃である。

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2007年8月10日 (金)

「 ハワイアンフラの夕べ」

昨日に続きフラダンスである。
場所は地元横須賀で「ハワイアンフラの夕べ」となうったイベント。
三浦半島界隈のフラダンス・スタジオの皆様が多数ご出演。

         A_hura

やはりコノ手のものはアウトドアに限る。
エアコンが効いた小さな空間でチマチマ踊るのは何だか
違うような気がする。

もともと、フラは総合芸術であると同時に宗教的な儀式でもあり、
日本の能楽と同様で、単なるダンスや音楽の概念では捉えられないものである。
まぁ、これは世界各地にある古典的な民族舞踊に当てはまるのでは?

フラでいう古典的な踊りは“カヒコ”で、これは男性が打楽器に
あわせて力強く踊るものだが、修行や訓練を行った選ばれた男性
しか踊ることを許されていなかったという。
カヒコの物語が、多くの宗教的意味を持つ神話、伝説、神への賛歌を起源と
しているおり、神聖な踊りである。

それに対して普段我々が見るのは“アウアナ”(新しい形式の自由なフラ)で、
主に男女の愛の要素を含み、その詩はいわゆるハワイアンソングである
ムームーをつけ、ウクレレ、ギターの音楽にあわせて踊るフラは、アウアナである。

フラの源流がタヒチ、トンガ、サモア等ポリネシア各地の踊りと共通の起源を
持つものと考えられているので、“カヒコ”の男性的な踊りというのは理解できる。 

         A_ranpu

で、インターバルにはヨコスカライブの顔である「ランプ」の演奏あり。
「ランプ」はYOKOSUKA市民青空祭りの横断幕あるところには必ず顔を出す。
そして「ランプ」と「あゆみ」嬢はヨコスカライブの定番。

         A_mc_2

MCは毎度毎度の「ランプ」のオニーチャン。

そして、フラの夕べの後は横須賀のネオンの中に消えてゆくのである。

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2007年8月 9日 (木)

LOCO'S TABLE MAHANA

LOCO'S TABLE MAHANA

        _

ハワイアン・ダイニングで展開している赤坂見附店
今日はここで職場の暑気払いが行われた。

        Hanama

ロコモコやマヒマヒなどを頂き、フラダンスを鑑賞する。
それにしても赤坂という都会のど真ん中でフラダンスを見ていると
なんだか感覚がマヒしてくる気がする。(マヒマヒを食べたからではない)
やはり、フラダンスは海の香りと風が感じられる場面が似合うし、
そのギャップに戸惑うからマヒしてくるのか?
都会のエアコンの効いた空間の中ではその存在感が薄れるような気がする。

なにはともあれ摩訶不思議な空間を体験した今日この頃である。

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2007年8月 8日 (水)

音楽四方山話その2「竹野屋セントラル ヒーティング」

        Photo

1978年当時、大橋純子のバック・バンドは「美乃家セントラルステーション」である。
美乃家セントラルステーションの初代ベーシストで当時日本のチョッパー奏法
(当時はサムピック奏法)の大家、福田郁次郎氏とギターの土屋昌巳氏の
センスの良い演奏が冴え渡り最高であった。

そして、1978年にメジャーデビューしたサザンオールスターズの桑田佳祐は
1980年、「竹野屋セントラル ヒーティング」を結成した。

「竹野屋セントラル ヒーティング」とはTOKYO-FM(当時はFM東京)の特番で
結成された即席のバンドで、メンバーは桑田圭佑(ヴォーカル、ギター)
ダディ竹千代(ヴォーカル、サイド・ギター)、世良公則(ヴォーカル、ベース)
竹内まりや(ヴォーカル、ピアノ)山下達郎(ヴォーカル、ドラムス)
という豪華なメンバーである。

で、この「竹野屋セントラル ヒーティング」だが、竹内まりやさんの実家が
島根は出雲大社の前にある「竹野屋」という旅館でこれのパクリである。

去年、FMラジオ番組「山下達郎サンデー・ソングブック」の中で
お亡くなりになった宮川泰さんの特集をやっていたが、
最後にかかった曲が竹野屋セントラル・ヒーティングが演奏した
「恋のバカンス」だった。

※実はワタクシこの「竹野屋」に泊まったことがある。
8年前、当時の仕事仲間が結婚式を挙げるとこになり
その披露宴会場が「竹野屋」だったのである。
司会は竹野屋の専務(竹内まりやの実兄)であり、
ロビーの受付には竹内まりやの父親がデーンと座っていた

今度この「竹野屋セントラル ヒーティング」の演奏を聴けるのは
何時になるころやら・・・・・・

で、ちなみに「美乃家セントラルステーション」だがこれも
スライ&ザ・ファミリーストーンのベーシストであり、
チョッパー奏法の生みの親といわれる、ラリー・グラハムが
結成した超弩級ファンク・バン「Graham Central Station」の
パクリ?だと思われる。

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2007年8月 7日 (火)

音楽四方山話その1「センチメンタル・レディ」

スペシャル・ブレンドアルバム/大橋純子
S-7042(日本フォノグラム) 1978年リリース

        00hasijunnko_2

【Side-A】
ミスター・スマイル
センチメンタル・レディー
私今日はとてもがんこです
フラワー・ブロッサム・ストリート
坂の上の家
【Side-B】
ラヴィン・スプーンフル
FUNKY LITTLE QUEENIE(英語ロング・ヴァ-ジョン)
シンプル・ラブ(英語ロング・ヴァ-ジョン)
夜汽車よ夜汽車

我が地元である横須賀のご当地ソングといえば、お隣の横浜には及ばないが、
ご当地出身の最大のスターである百恵チャンの「横須賀ストーリー」や、
「I CAME FROM横須賀」「横須賀サンセット・サンライズ」があり、
そしてダウンタウン・ブギウギ・バンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ 」
高田みずえの「そんなヒロシに騙されて」(作詞、作曲:桑田佳祐)などなど数々
あるが、意外や意外の隠れた名曲がある。

それは大橋純子の「センチメンタル・レディ」である。
作詞は松本隆、場面は深夜の横須賀で最終バスの後ろのシートに座った女性が
一人ポツンと船を数えているところから始まる。

この光景は夜横須賀の米軍基地の横を車で走ったことがある御仁なら
すんなりと感情移入ができ、その光景が眼に浮かぶことができる馴染みの光景。

かくゆうワタクシもこの曲が収録されたアルバムが発売された頃はよく深夜に
この道を通り米軍基地の船を横目で眺めた。
そして頭に中にはこのメロディーが流れていた。

時は1978年である。
この年に新東京国際空港(現成田国際空港)開港し、
サザンオールスターズがビクター音楽産業から『勝手にシンドバッド』で
メジャーデビューしたのである。

ちなみに大橋純子は1974年に「鍵はかえして」でプロデビュー。
当時のキャッチコピーは「和製ダイアナ・ロス」だったはず。
そして大橋純子は夕張出身。財政破綻した夕張市ために、
最近夕張応援チャリティーカバーアルバム「Terra」をリリースした。

頑張れ夕張!

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2007年8月 6日 (月)

男たちの大和

        Photo

辺見じゅん原作の「男たちの大和」。
主人公の内田貢氏は実在の人物。
20年前のNHKのドキュメンタリーで、
「海の墓標委員会」が沈没現場で当時の乗船員に
インタビューをしている。

その中に内田貢氏がいるという情報を聞いて、
さっそく渋谷の放送センター内にある「NHKアーカイブス」で
「海底の大和 ~巨大戦艦・40年目の鎮魂~」を見てきた。

内田さん、眼帯姿でした。
戦後は機関銃を小型?のものに変えて活躍したとか、、。
任侠道を地でいったお方です。
体の中にはまだ金属片が多く残っており、空港のセキュリティー・チェックで
必ず止められたという。

養女牧子(真貴子)さんの散骨と「ただいま帰りました」のせりふは
事実です。

「俺たちが血みどろの戦いをしているのに日本では花見か、、」
のセリフに心が痛みます。

軍部の狂気に振り回されて「一億総玉砕の先駆け」という建前?で
3333名+1名が沖縄特攻に行く。
(+1名は内田貢氏、本来の乗船員ではない。山本長官から貰った
短刀と取りに大和に乗船する。映画では違うストーリー)

決して忘れてはならない事実です。

でも、ちょん髷と刀を差してきた民族がわずか50数年でここまでの
技術力を持ったということも事実です。

そして今日8月6日は広島に原爆が投下された日。
劇中では神尾の帰りを待つが広島で原爆にあい死んでしまう
はかない少女を演じたのが蒼井優だった。その迫真の演技に脱帽。

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2007年8月 5日 (日)

「ヨコハマ EIZONE 2007」

昨年に続き今年で2回目の「ヨコハマ EIZONE 2007」にお出かけ。

        A_eizone

昨年は偶然このイベントに遭遇しその面白さのドツボにハマった次第。

CG、Flash、アニメ、携帯ムービーなど最先端のデジタル映像・デジタルアートが身近に感じ、
そして体験できる。

気が狂いそうな猛暑から逃れてエアコンが効いた小さな空間で非日常へショート・トリップ。
普段では感じることが出来ない異次元の刺激を脳に与えるのは何だか心地よいものである。
たまにはこのような非日常空間に身を置くのも悪くはない。

昨年もそうなのだが、このイベント、面白いのに見学者が少ない。
まぁ、ゆったりと観れていいのだが、もう少し人気があってもよさそうなのだが・・
日本人はコノ手の映像芸術?には興味がないのかな?

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味奈登庵

        A_minatoan

遅めのランチは県立歴史博物館前にある「味奈登庵」で頂く。
横浜では知名度があるチェーン店。
そして、ここの名物はコレ!

        A_hujisanmori_2

「富士山盛り!」
これで500円です!

        A_tuketen

ワタクシはカワイク「つけ天の大盛り」
しかし、この「つけ天の大盛り」も量が多い!!
ここは初めてではないがいつもの癖で大盛りをオーダーしてしまった。
いつもの蕎麦は大盛りというオーダーはこの店では止めたほうがよい。

ちなみにワタクシに隣のテーブルでは家族連れのオトーサンが富士山盛りをオーダー、
そして、富士山盛りが運ばれてくると、店にいた客が一斉にその盛り付けに
呆れたように見入っていた。存在感が圧倒的である。
で、トーゼンの如くこのオトーサンは半分も食べていないのにギブアップ宣言をしていた。
この富士山盛りは通常の4人分あるそうだ。
良い子の皆さんは真似をしないようにしませう。

※一度お試しください、後悔はさせません。と謳っていますが、後悔します・・・だぶん・・

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「広重が画いた日本の風景」

特別展 歌川広重没後150年記念
広重が画いた日本の風景

        A_hirosige

そして、馬車道にある県立歴史博物館では
アノ広重の東海道五十三次の全作品が展示しているというので足を伸ばす。

広重の東海道五十三次は永谷園のお茶漬けの袋の中に入っており、
何度か全セットを手に入れようとしたがことごとく途中で挫折した苦い思い出がある。

まぁ、そんな恨みつらみはキレイに忘れて五十三次の本物をじっくりと拝見する。
やっぱり、大胆な構図と色使いがスバラシイ!
で、よーく見ると人物の顔の表情も面白い。

また、初刷と後刷ではデザインが異なる(背景の山が消えたり、馬の尾の色が違う)経緯や、
広重や版元の名前をさり気なく店の暖簾に入れるなどの遊び心、
そして、商品名(化粧水)を店の暖簾に入れるなどの宣伝も行っていたという。

その他に近江八景、金沢八景なども展示してあった。
それにしても金沢八景は当時の面影がすっかり消えうせているなぁ、と改めて感じた。

お茶漬けのオマケでは絶対分からない本物の東海道五十三次は迫力があり、
一見の価値があると感じた今日この頃である。

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2007年8月 4日 (土)

ご近所探索「昔の記憶③ ベースとオープンハウス」

今日は「よこすか開国祭開国花火大会」に合わせ、米海軍横須賀基地が開放された。
ネイビーフレンドシップデーと称して、桜祭りなど日本の諸イベントに合わせて一般開放をしている。

昔(1950年代~60年代後半?)はオープンハウスと呼ばれ、米国の三軍統合記念日、及び
独立記念日(4th July)の確か年に2回だけ基地(ベース)を開放していた。
ただし、一般の人は入れず基地で働く従業員とその家族を対象としていた。

ワタクシの場合、叔母が基地で働いていたので物心が付く前からこのオープンハウスに
連れて行かれた記憶がある。
まぁ、叔母は基地で働いていたが、義理の叔父が第7艦隊の将校だったりしたわけで、
横須賀ならではのイロイロな諸事情がワタクシの周辺にはあり、ベースには思い出がある。

当時のオープンハウスは正面ゲートから堂々と入り周遊バスに乗り各ポイントでのイベントに
参加した。飲み物、食べ物は全てタダ!で、ゲーム大会みたいのもありむこう(米国)の子供達と遊んだ記憶もある。

その後30年ぐらいはまったくベースには足を向けたことはなかったが、最近ではこの昔の記憶が懐かしく時折りこのイベントに参加しているが、昔の記憶の断片に触れる機会はなかなかない。

        A_benidekka

しかし、このベニー・デッカー・シアターでは昔、ここで映画を観た記憶があり懐かしかった。
今日は第7艦隊のJAZZバンドである、Far East Editionのコンサートがあった。

        A_far_east_edition

このFar East Editionは迫力のイイ演奏をする。

        A_rock

そしてこれがFar East Editionのロック・バージョン。
「バン・ヘイレン」のJAMPをご披露。(ピンボケだな・・・)

        A_amesya

アメリカン・グラフティを彷彿させるアメ車。

思えば物心付く前からワタクシはアメリカ文化にどっぷり浸かっていた。
両親は共にベースで働いていたので、
朝食はトーストにココア、両親が聞く音楽はスイングジャズ、
そして、小学校の友人はハーフの男の子、親戚にはアメリカ人がいて、
従兄弟には本物?のアメリカ人もいる(養子だから)

そして、年を重ねるたびにアメリカという文化から遠ざかっているように感じる。
だからこそ、思い出を辿るためにベースに行くのだろう。
アメリカには従兄弟が4人いるが今後会うことはまずないと思う。

フェンスの向こうのアメリカはやはり近くて遠い国なのだ。

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2007年8月 3日 (金)

「豚と軍艦」

        _a_3

我が家から歩いて5分のところに図書館がある。
最近ではこの図書館でCDやDVD、マンガ本が借りれるようになった。
そして、ぶらりと立ち寄り借りてきた一枚が「豚と軍艦」である。

舞台は終戦間もない頃の横須賀基地前のどぶ板通り。
いいですね。製作されたのは1960年です。
ボンネットバスが走ってます。
懐かしのガントリークレーンの姿も健在。
監督は日活の今村昌平氏。
チンピラ役の長門裕之も兄貴分の丹波哲朗も、
その女房役の南田洋子も若い若い!!
斜陽のヤクザが、米軍の残飯で養豚業を始め
そして自滅していくストーリー。
欲望とエネルギーが迸(ほとば)しってます。
当時は衝撃の映画だったようですが、ワタクシにとってみれば
随所に混沌とした当時の地元「横須賀」の懐かしの場所が 
垣間見られチョット感激なのである。

例えば埋立て前の安浦界隈や大津から馬堀海岸の海岸道路などなど。
養豚場があったのは観音崎付近か?

ラストの豚の大群がどぶ板通りを疾走するのは見ものである。 
実はこのシーンが観たいが為にこの映画を借りたのである。

で、若き日の長門さんですが・・・。
うん、確かに似てる。サザンの桑田にクリソツだ(笑)。

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2007年8月 2日 (木)

ご近所探索「昔の記憶、②砲台山」

ワタクシが幼少の頃、中央公園は「砲台山」と呼ばれていた。

今の中央公園は、明治新政府が東京湾防衛のためこの場所に砲台を
新設し、海堡と共に我が国防衛の拠点として太平洋戦争終結まで
秘密のベールに包まれていた。
そしてここは「砲台山」と呼ばれていたのである。
昔の砲台山ではよく凧揚げをした記憶があるなぁ・・・

        Houdaiyama

砲台山  
http://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/oldays/houdai.html

日露戦争における乃木希典大将の203高地攻略は熾烈な戦闘で
日本軍は16,935名の死傷者を出した。これは、本国からのバルチック艦隊と
ロシア太平洋艦隊(旅順港に停泊)の合流を阻止するため203高地に砲台を設置し、
旅順港に停泊するロシア太平洋艦隊をするのが目的であった。
この時に使われた28サンチ榴弾砲6門はこの砲台山から取り外したものである。
結果として、これが旅順港内の敵艦隊を壊滅させ、陸戦勝利原因となった。

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現在の砲台山、中央公園として整備されている。

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奥に見えるステンレス製のモニュメントは「平和モニュメント」で
核兵器廃絶・平和都市宣言の意思を内外に示すものとして平成4年に建設された。

        

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2007年8月 1日 (水)

悲しみは埼玉に向けて

「悲しみは埼玉に向けて 」  三遊亭 圓丈

     Photo

昨年、横浜は野毛にある「にぎわい座」で三遊亭 圓丈の
新作落語「悲しみは埼玉に向けて」を拝聴してからは、にわか圓丈ファンに
なってしまった。

寄席に入ったのは十数年ぶりだったが、ここ5年間で一番笑ったのではないだろうか。
それほど強烈で面白かった。

「19時43分発、準急栃木行きの発車のベルは鳴り続けている・・・」という枕言葉が
随所に入る、「悲しみは埼玉に向けて」は全編を通じて哀愁と笑いが混然となっている。
圓丈が古くからかけている傑作だという。

        00_enjou_cd

で、たまたま入ったCDショップでこのCDを見つけて通勤電車の車中で聴いているのだが、
何回聴いても「ムッフフ」と笑いを堪えるに苦労する。

ところが、ナント!この傑作落語がタダ!で聞こえるというのを最近になって知った。
お台場寄席で行った公演がMP3となってタダで聴けるのである。
                              ↓
http://fujitv.cocolog-nifty.com/yose/2007/02/post_36d3.html
 (ココをクリックした後、“DOWNROAD”を右クリックでファイルで保存)

皆さん!是非聴いてください!抱腹絶倒のオカシさです。
でも、やっぱりライブの面白さには適わないが・・・・

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