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2007年7月14日 (土)

ご近所探索「緒明山(オアキヤマ)と雑賀山」

緒明山(オアキヤマ)と雑賀山

               A_oakiyama

家から歩いて5分のところに緒明山がある。
今では緒明山公園となり頂には横須賀市中央図書館、配水池跡には読書公園がある。
ここは伊豆・戸田村出身でわが国近代造船業の発展に尽くした緒明菊三郎所有の山
だったことでこう呼ばれている。

        A_a_tosyokan_a

頂にある中央図書館

        Libraly

中央図書館より読書公園を臨む。
家から近いこともあり、夏にはしばしば訪れている。
クーラーも利いていて居心地はよく、書斎として重宝している。

中央図書館があった場所にはかまぼこ型の建物の小さな緒明山教会があったが、火事で焼失し、1960年に我家の近所に移転してきた。
小学生のころはよくこの教会にも行ったし、遊び場でもあった。
この時見たキリスト処刑の詳細画には衝撃を受けた。(あまりも生々しかったので)
そして、1981年に横須賀中央教会と改称して現在の場所に移転している。

ちなみに、緒明氏の物納からと言われる緒明山だが、それ以前は雑賀山、大道山とも呼ばれていた。

横須賀の老舗デパートといえば「さいか屋」である。明治五年に岡本氏が小さな呉服屋からスタートした。
そしてこの岡本氏の祖先が紀州の雑賀(さいか)から「さいか屋」となった。
緒明山の中腹にはさいか屋社長 岡本氏の邸宅があるので雑賀山とも呼ばれたのである。

さいか屋の歴史を紐解く
http://www.ic-y.jp/furusato/furusato_p128.html

雑賀衆は源平合戦のころから源頼朝に味方し鎌倉幕府創設と共に多くの者が三浦半島に移り住んだ。

話は飛んで新宿は新大久保界隈に百人町という地名があるが、
これは徳川幕府の将軍警護を目的とした雑賀衆鉄砲組百人隊の屋敷があったので
こう呼ばれている。

雑賀衆は数千丁単位の数の鉄砲で武装しており、きわめて高い軍事力を持って傭兵集団としても知られている。

話は戻って緒明山であるが、緒明氏にしても元は尾明だった説と、貧しかったころ、
夜明けまで鼻緒をなっていたことを忘れぬため緒明としたといういい伝えもあるらしい。
通称オアキ山が本来はオアケ山だったことも、郷土史の面白さだと思う。

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