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2007年7月26日 (木)

ご近所探索「昔の記憶、①重箱」

ワタクシが幼少の頃、安浦港は「重箱」と呼ばれていた。
重箱とは、安浦港が四角い重箱のような形をしていたからつけられた愛称である。
この重箱では学校帰りによく釣りをした。たしか近くに釣り道具屋もあり、
そこでエサを購入した記憶がある。
しかし、いつの間にかフェンスが張り巡らされ立ち入ることが出来なくなり、
埋立て工事が始まり、今では高層マンションが建ち並んでいる。

ちなみに、安浦という地名は、安田財閥の安田保善社が大正初期に周辺海岸を埋め立て、
安田財閥の「安」と、港の意味を持つ「浦」を合わせて「安浦」と名付けられた。

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聖徳寺坂下歩道橋から望むかつての安浦港、今では高層マンションが建っている。
手前の歩道橋の脇に安浦公園がある。

             A_yasuura_kuyoutou
そして安浦公園には安浦町埋立地殉難供養塔がある。
大正時代の安浦埋め立て工事は、当時としては大規模であり、犠牲者も多かった。
その霊を慰めるために建てられたのが、この供養塔である。
17名の名前が碑文に刻まれているが、女性の名前が2名ある。
当時は女性も男性に混じり作業していたのかもしれない。

        A_yasuura_jisinn

そして安浦公園には横須賀市の「地震観測室」もあった。

安田保善社の歴史
http://www.yasuda-re.co.jp/yasuda/meguri/02.html

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