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2007年4月12日 (木)

三浦大介百六つ

Zzz

源頼朝が挙兵して鎌倉幕府を打ち立てたのだが、これは北条氏の政治力と
三浦氏の軍事力というパワーのベクトルが最大限生かされた結果だといってもよい。
三浦氏は平安時代、三浦半島で成長してきた武士集団である。
そして、源平合戦にはいくつかの有名な戦いがある。

まず、一ノ谷に立て篭もった平家にたいして、義経はその背後に
ある崖から奇襲作戦を演じた。しかしその崖に誰もがひるんだ中 
先陣を取ったのは三浦党の佐原十郎義連(よしつら)であった。
「こんな崖なんぞは三浦の者にとっては馬場です」といってまっさきに
駆け下りていき他の者もそれに続いた。

また、源平最後の戦いとなった壇ノ浦の海戦でも三浦党は活躍した。
もともと平家は水軍を得意としていた。それに対して源氏は騎馬戦を得意し、
水戦が苦手であった。しかし、三方を海に囲まれている三浦半島の
三浦党だけは水軍に長じていた。このときも義連は源氏の水軍の
先陣をうけたまわったという。 そして、平家はほろんだ。

日本の歴史上大きな意味を持つ戦いで我が郷土の先祖達が
活躍していたとは、、最近までまったく知らなかった。

江戸時代の門付け歌(かどづけ)歌で
「鶴は千年、亀は万年 三浦大介百六つ」というのがあった。
亀は鶴よりもめでたく、三浦大介はそれらよりもめでたい、というのである。

頼朝の開運は三浦党の長である三浦大介義明によって開けた。
そして、そんな我が郷土の先祖達だが、北条氏の策略でほろんでしまった。

歴史では習わない郷土史がまことに面白いと感じるトシになったのかなぁ、、
と感じる今日この頃である。


※写真は頼朝公の墓である。

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